流れる
精神を直接切り刻むような言葉は、一度も投げつけられなかった。ただ、状態の細かい確認がなされるだけだった。それでも同意は求められない。何もかもは勝手に進んでいった。この男が一体何を信じてそれを行うのか、中里には想像もつかなかった。その迷いのない振る舞いがどこから生まれるのか、掴みようがなかった。だから最後には一切が流される。
「……す……ッ」
迷いも思考も感情も、流されていく。体の感覚のみが残って、強く存在を主張する。尻の奥から背骨へと駆け上がるもののために、全身がわなないた。男の動きがわずかに停滞し、しかしすぐに元通りになる。性急なようで、適確で、長く、くどかった。そのくせ、ろくに息も乱さない。
「ど、う……」
意味のない声を上げるのが嫌で、意味もなくその名を口にする。押さえつけられた両手首に、一層力が込められた。骨までに届く痛みが、慢性的な快感を途切れさせ、鮮明化した。腰の奥がひどくうずいた。一切が、流されていく。立場も面子も理性も、何もかもが離れていく。体の感覚のみが残って、それを維持するために、勝手に肉が動き出す。
「中里」
耳に触れる低い声は、意味もなく名を呼んできた。意味はない。だが、それだけで、流されたものが戻ってきて、恥辱が末端までを熱くし、また、中にあるものがもたらす感覚を、痛みと同じく、鮮明にする。大きく声を漏らしていて、それが更に、全身を焼いた。直接の痛みはない。そこに非道さはない。なのに、遠くから、少しずつ己が削られているように感じる自分が恨めしく、中里はわずかに取り戻した意思で歯を噛み締めたが、すぐに口をこじ開けられて、一切を流された。
(終)
2006/10/11
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