軟弱クローザー
姿を追いかけていて、目が合うと、どうしたら良いか分からなくなって、笑っている。こんな風に笑いながら見てくる奴がいたら、気持ち悪いだろう、そう思いながらも、笑ってしまう。自分から、目を逸らせはしないし、ただ、見続けているわけにもいかない。睨んでいると思われるよりは、気持ち悪いと思われた方が、関わる可能性も断然減るだろう。不審者におのずから歩み寄る人間には、見えない。
何度かそうして、目を逸らさせた。それで済むと思っていた。無礼な真似はしていないし、目的は初めて会った時に知らせている。不審者ではあるが、敵ではない。始末はされないだろう。
六回目だ。覚えている。目が合うと、熱い汗が、服の下に、どっと噴き出す。耳の後ろで心臓が鳴いて、考えの邪魔をする。どうしたら良いか分からなくなって、笑っている。そのまま目を逸らさせて、終わりのはずだった。何もない。だが、目は、逸らされなかった。合ったまま、距離が、縮められた。どうしたら良いか、余計に分からなくなって、笑うことすらできなくなった。逃げれば良かったのだ。不審者ではあるが、敵ではない。始末はされないはずだった。
熱い汗は、冷や汗に変わった。足は錨のように重く、地中に刺さり、体が動かなかった。
何がしたいんだ。
耳は、その音だけを拾う。意味は拾わない。頭まで、地中に刺さっているようだった。口を開けても、空気が入ってこないし、出てもいかない。
お前は、何がしたいんだ。
脳の中に、心臓が移ったのか、拍動とともに、頭がずきずきと痛んだ。音は拾う。意味は拾わない。もう、笑うことはできない。目を逸らさせることも、距離を保つことも、ごまかすことも、できない。ただ、沈黙の終わりが告げられるまで、見続けるしかない。その他には、したいことなど、何もなかった。
(終)
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