笑い上戸
ビールのお供として出された焼き餃子は、温かみが殺がれない程度に冷めている分食べやすく、皮は薄いのにもちもちと弾力があり、噛んだ途端に肉汁を溢れ出させる具は、肉の旨みと野菜の甘みが調味料によって絶妙に引き立てられていた。美味いと褒め称える準備はできていた。
だが、その調理人たる須藤は、人が事の顛末を話し終えて五秒後、口に手を当ててベージュのラグが敷かれた床に突っ伏した。突然吐き気でも催したかと心配して寄ってみたが、何ということはない。笑いを堪えているだけだ。
曲がり角を曲がったところで、出会い頭だった。闇に紛れそうなほど黒い、車輪止め程度の大きさの物体が猛スピードで向かってきて、一歩手前で急ブレーキをかけると、ジグザグに曲がり、脇を駆け抜けていった。正体は、黒猫だ。度肝を抜かされて、腰まで抜かされるところだったと、人気のない夜道で、十メートル先のアパートの一室で焼き餃子を仕上げていた須藤にまで聞こえるほど、素っ頓狂な叫び声を上げてしまった理由を聞かれたから、答えたまでだ。笑われるいわれはない。
何笑ってんだ、いささかむっとして尋ねると、体を起こした須藤は自然な木目の浮かぶ黒いローテーブルに肘をつき、揺れの多いため息を吐いた。厳つい顔には常に漂う真面目さが取り戻されたが、いや、お前の言い回しが少し、と言う声は、常より低められていても、笑いの余韻の震えを隠せていない。
言い回し。餃子を口に入れながら考える前に、腰まで抜かされるってよ、と須藤が続け、掌で口を覆う。上がろうとする頬を元の位置に押し戻しているようだ。ここまで笑いを堪える須藤を見るのは初めてかもしれない。珍しい。それくらいで、そんなに笑うこたねえだろう。思ったが、笑みを必死で抑えにかかっている須藤の引き攣り顔は物珍しく面白くて、餃子は美味い。つられて笑い始めたら、餃子のせいかビールのせいか須藤のせいか止まらなくなってしまい、不公平にも実力行使で止められた。
(終)
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