喋りたがり、聞きたがり



 あいつと仲が良かったのかって? どうしてそう思う。名前で呼んでるからか。無理矢理に理由をひねり出したような顔してるぜ。まあいいさ。一時期はそうだったかもしれねえ。そう、一時期だ。結局のところ、思想が合わなかったんだな。あいつは一般性を考えないことがある。俺は万人に通用する理論が欲しい。交わらねえだろ。そんな相手と話してたって時間の無駄だったんだ。
 分かってねえのに分かったような顔をするのはやめといた方がいい。相手をつけあがらせる。こいつは分かってくれている、それか、こいつは知ったかぶりをしているってな。どうしてもそうしたけりゃ相手を見てやることだ。そう、相手を選べ。覚えとけよ。
 お前は換気扇を掃除したことがあるか? 換気扇だ。それを聞いたんだよ。あいつに。最後に二人で飲んだ時だった。酒をだよ。そうだ、二人で飲みに行くような仲だったんだぜ、俺とあいつは。和やかに歓談ってやつもしてた。今じゃ考えられねえがな。その時は、最初、車についての話だった。俺の方だったか、その話の運び方が気に食わなくなってな。結局言い合いになった。あいつはしたことがねえっつってたよ。換気扇の掃除はな。俺はしたことがある。ガキの頃から掃除は俺の役割だった。親が……いや、つまり、俺はそういう必要性のある環境にいた。あいつは違う。そういうことは求められていなかったわけだ。あいつが除湿剤とコンドームを一緒に買うことはないし、俺が親の結婚記念日に家族でワインを飲むこともない。あいつは人を殴ったことがない。俺はある。殴られたことも。小便かけられたこともある。あいつはない。
 俺が何を言いたいのか分かるか? それだけ分かりゃあ上等だ。俺とあいつは違う。最初はそんなことは気にならなかった。走り屋同士で相手の素性なんざ気にはしねえ。警察と関係あるなら別だけどな。しかし親しくなると……長い時間一緒にいると、個人的な話もぽつぽつは入ってくる。敢えては聞かなくてもだ。印象が良かったんだ。俺にとってのあいつは。だから俺はあいつに時間を割いた。あいつも俺に時間を割いた。お互いにだ。そうなると、一緒にいる時間が長くなる。話すことも多くなる。個人的なことが。そいつのいる環境、生活水準、常識の基盤、そんなものが次第に見えてくる。どんな靴を履くか、どんな酒を飲むか。指はどれだけ汚れてないか、経歴はどれだけ汚れてないか。見たくなくても見えてくる。見えてくる頃には、自分と比べてる。あいつの才能。分析せずに直感で物事の本質を見抜いて、それを理屈にできる。俺にはできねえ。俺は証拠を集めて結論を出す。あいつは結論を出して理屈をつける。結果、俺よりもあいつの方が、物事の本質は理解している。
 そんなに言いよどむことはねえだろう。その通りだ。俺はあいつに嫉妬した。羨ましかった。あいつになりてえとまでは思わなかったが……つまり、思想がどうとかってのはな、そっちの方が決まりがつくからそういうことにしてるだけだ。俺はあいつに近づけば近づくほど、走りと無関係なことばかりが気になり出した。そんなことはあいつ以外に一度もなかったんだぜ。俺は別に聞きたかったわけじゃない。あいつがどういう家庭環境で育ったのか、どういう香水を選ぶのかとかな。でもあいつはそれを俺に話したし、俺もそういうことを少しはあいつに話してた。長く一緒にいすぎたんだ。最初の印象が良すぎた、いや、あいつは最初の俺の印象通りすぎた。妬ましくもなる。俺はだからあいつを嫌いになった。あいつはそういう俺を嫌いになったんだろう。俺でもそんな奴は嫌いになる。勝手に嫉妬した挙句卑屈になるような奴はな。次元の低い話だ。格好もつかねえ。
 だから、仲が良かったって言えるとすりゃ、一時期だ。長くはなかった。信じるかどうかはお前の勝手だが、俺はそんなに人のことを妬むことがねえんだ。憎むことも。不条理なことや不公平なことがこの世には余りある。いちいち気にしてたって神経が磨り減るだけだ。時間も勿体ねえ。俺はそういう風に感じられる自分が好きなんだ。でもあいつと一緒にいると、そうじゃなくなる。そうじゃなくなってく。それが嫌だった。離れたら少しは良くなるんじゃねえかと思ったが、気になる一方だったな。憎たらしくて仕様がなかった。今でもあいつを思い出すと、むしゃくしゃする。そのくせ気になる。時々な、馬鹿げたことだが、恋みたいだと思うことがある。笑うかと思ったぜ。ああ。お前には理想があるか? 理想だ。俺は思うんだが、現実と地続きにある理想と、夢想と同じような理想ってのは、まったくの別物だってな。叶えられるもんと叶えられねえもんだ。だったら叶えられねえ方に焦がれるだろ。叶えようとはしねえ代わりにな。
 何でこれをお前に話したかって? 理由が欲しいか。そうだな。そりゃ、お前が換気扇の掃除をしたことがあるからだ。これじゃ納得できねえか? お前、俺が言ったことは覚えてるか。あいつのことじゃねえ。あいつのことはどうでもいい。いや、お前の理想はあいつだったか? あいつ、涼介だ。高橋涼介。どうした?
 奇遇だな。そこまではっきり言ってくれりゃ、こっちも遠慮せずに済む。あいつのことはどうでもいい。お前が何で俺の部屋まで来てあいつのことを俺に聞いてきたのかもな。言っただろ。分かってねえのに分かった顔をするのはやめた方がいい。相手をつけあがらせる。どうしてもやりたけりゃ、相手を選ぶことだ。そうだろ。俺はそう言ったはずだぜ。忘れてたか。
 いつもと違うな。今日は俺が喋りすぎだ。仕様がねえ。仕様がねえついでにこれも思い出してもらっとこう。証拠を集めてからじゃねえと、俺は結論を出せねえタチでな。結論を出したい場合は、いつでも証拠を集めるようにしてるんだ。俺なりのでしかねえが、俺のことを決めるだけならそれで足りる。
 ああ。俺のことだ。そりゃ、お前が俺をどう思ってるかってことだからな、中里。
(終)

2007/12/10
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