試しの刃
自称洞察力が尋常ではない男の言うことによれば、ある人間に対する他人の評価を知りたい時は、他人に向かってそいつの人間性を褒めてやればいいらしい。そいつを信用している他人は腹黒くない限り同調してくるが、そいつを信用していない他人は軽蔑した顔をするのみだという。俺はそうやってお前の評価を探ったもんだぜ、と自称観察力が半端ではない男は言った。気になってその評価とやらを問うてみれば、微妙だったという言葉のみしか得られなかった。いまだに納得いかぬ事柄である。
ともかく、自分のことを自分で褒めて相手の顔色を窺っても、こいつは馬鹿かナルシストかと思われるだけであろうから、自分については実践できない手段だが、他の人間についてならば何とかなる。そいつの周りにいる奴らの顔を見ながら、そいつを褒めればいい。同調が浮かべばシロ、軽蔑が浮かべばクロ。ただし個人個人に対していちいちそうしていては様子を疑われるから、二人ぐらいが限度だろうか。
「立派な奴だな。指導力も統率力もある。実力も申し分ねえ。話し方も理論立てられていて分かりやすい。こんなにリーダーに相応しい走り屋、俺は見たこともないぜ」
そんなようなことを、一人に言った。そうだろう、と真面目に頷かれた。軽蔑心など欠片も見当たらない顔だった。それどころか、京一さんはそれだけじゃなくチームの一人一人をケアする繊細な気遣いも忘れない人なんだ、と次から次へと長所を主張された。信用されているどころか、信奉者が一人いるということと、そういう奴とだけ話していると洗脳されそうになることが分かった。さすがに神よりも偉大とまでは褒められない。
二人目に言ったとき、近くに五人ほどいて、会話に加わってきた。たまに怖い、よく怖い、何を考えているか分からない、暴力的だ、いや平和的だ、冷めている、しかし情熱家、ロコツに人を馬鹿にする、気配りを忘れない、様々な意見が出たが、確かにすげえ人だ、という共通認識があった。そして、誰の顔にも軽蔑心は見当たらなかった。褒められて当たり前の人間だということである。信用されて当然の人間だということである。
軽い気持ちで始めたことだが、打ちのめされた気分だった。微妙だと言われた自分との人望の差を、見せつけられたような気がした。
当人のご登場でそれまでしていた話を説明できたのは、そこにそいつの仲間なんだか友人なんだかという不思議な立場の男がいたからだ。でなければ、何の話をしてたんだ盛り上がってたなと入ってこられる前に散り散りになっていた。事態を一から説明すると、話の端緒を開いた自分に矛先が向く。褒めていたぜ、そういうことだ。確かに褒めた。本音でだ。いくら褒めるにしても、そいつをして優しくて柔和などと言おうものなら、まず誰のことを言っているのかと頭を疑われる。本人に当てはまる褒め言葉でこそ、同調も得られるというものだ。
「俺はお前みたいなタイプも妥当だと思うけどな」
矛先、だと思っていた。噂されることは好まないだろうという予想だった。だが、そう言われた。妥当、と呟いた。妥当だ、とそいつは言った。チームってのはまとめればいいってもんでもねえだろ。そして各々に指示を出して、去った。まあすげえ奴だ、という結論しか出なかった。
後から自称人を見る目が段違いの男にその件を話すと、お前は褒め方からして間違ってんだよとため息を吐かれた。ならお前がやってみろと言うと、興味がねえと即答された。納得して、終わった。
(終)
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