まとも
高橋啓介って野郎はワガママだ。ガキだ。すぐムキになる。我が強い。人の話を理解しようって姿勢も見せねえ。俺の意見なんて、全部偽物とでも言わんばかりの態度を取りやがる。それなのに、できすぎた正義の味方のような熱血漢で、憎たらしい、憧れたくなるほど速いFDのドライバー、が、俺を、
「なーかーざーと」
呼ぶ。馬鹿にしてるのか、何なのか、いや、これは、甘えてるんだろうが、何でお前が俺に甘えるんだと。それは違うだろうと、思いながら、やめろとも言えない。歯を食いしばっておかないと、顔が変なことになりそうで恐ろしい。というか声が変なことになりそうで、ああ、クソ、何で俺がこんなに我慢してるんだ。俺が。俺のベッドで、一人暮らしを始めてからもう長い付き合いのベッドで、俺は、我慢している。高橋啓介に突っ込まれていることを。だから、何で俺が我慢してるんだ?
「こっち見ろって」
何で俺が、お前の頼みを聞いてやらなきゃいけねえんだ。そんな関係はどこにもない、はずで、こうしてるだけでも俺は、随分、譲歩している。部屋に入れてやって、裸になってやって、尻に、入れさせてやっている。させてやっているのか、しているのか? 俺は男で、こいつも男で、俺のホームで、俺に勝ちやがった野郎、ワガママ、ガキ、速くて、熱い男、高橋啓介。そいつに、俺は、
「おーい」
そんな声で、俺を呼ぶなと思う。早く終われと。目を閉じて、そればかり思う。早く終われ早く終われ早く終われ。早く終わったことなんて、一度もねえのに。何回やれば終わるのか、いつになれば終わるのか、こんなことは知らなかったというのに。知りたくもなかった。しかし知ってしまった以上は、知らなかった頃にも戻れない。早く終わってくれ。終わってくれないと、俺はどこにも戻れない。始めたのは、けど、こんなことをよりにもよって、俺に、頼みやがったこいつなのか、それを、断りきれなかった、断れずにいる俺なのか、どっちの責任だ?
「おい」
よく通る、軽めの、機嫌が悪そうな、声だ。そいつの、気配が寄ってくる。息が近い。もう中に入り込まれているのに、外でそれ以上に近く感じるのは、変な感じだ。ぞくぞくして、気持ちが悪い。
「毅さん」
機嫌の悪さが消えた声、軽い、通りがかったところを何となく呼んでみた、みてえな、そういう風に呼ばれたことは数えきれない、峠で、同じチームのメンバーに、錯覚が、俺の目を開かせたのかもしれない。目の前には当然、高橋啓介がいる。俺の部屋、俺のベッドの上、裸の高橋啓介、見た目ほど硬くない金髪、整ってるのが崩れない硬い顔、それが仏頂面で見下ろしてくる。呼ばれて俺が、体に力を入れちまったせいか、でも、しょうがねえだろう、そんな風に、峠の仲間を思い出させるような呼び方で、こんな状況で、
「『さん』って感じじゃねえんだけどな、お前。変なプレイみてえ」
呼びやがった高橋は、勝手なことを言って、勝手に笑って、キスをしてくる。キスとか、ねえだろ。俺とお前で、それは違うだろう、思うんだが、断れない俺は、何なのか。心臓が、そこらじゅうを跳ね回ってて、気持ちが悪い。高橋に、キスされたまま、動かれると、死にたくなるほど、気持ちが良い。こんなことは知らなかった。知らずにずっといたかった、そうすれば、俺はこいつに、もっと、まともに、できたんじゃないか。もう、何がまともなことなのかも、分からないが。
「中里」
馬鹿にするような、甘えるような、何でこいつが俺にそんな声を使うのかも、何でこんなことになっているのかも、分かりたくもないし、それは、分からない。分かっちまったら、俺は本当に、どこにも戻れなくなるだろう。それでもいいと、一瞬だけ、思った俺を、早く終われと思う俺が、ねじ伏せたが、後は、もう、何も分からなくなった。
(終)
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