無防備地帯
俺の感覚じゃあ夕方あたりの時間帯だけど、午前零時は世間的には深夜に入るのかもしれない。もう今日は昨日で明日が今日だ。
それでも俺の気分は昨日のまま。クリーム色の外壁が微妙にヒビ割れてたり階段の手すりがサビでボロけてたりする、家賃は安いからちょっとくらい外装悪くても見逃してください、って感じのアパートの前。トラックジャケットの下、黒いナイロンの紐を首から抜いて、そこに通しておいた鍵をつまむ。
何の変哲もない家の鍵。質と値段がリンクしてるアパートの鍵。俺が中里に貰った合鍵。
何やってんのかね俺は。自分でツッコミつつ、鍵を鍵穴に入れる。二ヶ月以上連絡一つもしてねえくせに、急に会いたくて、っつーかヤりたくてどうしようもなくなったからって、こんな時間に突撃すんのは非常識じゃねえか。突っかからずに刺さった鍵は、少しの手応えを残して回る。でもそれが嫌なら、合鍵渡さねえだろ、普通。ペラいドアをなるべく音を立てないようにゆっくり開いて、暗い部屋の中に忍び込む。あいつが普通かどうかは別として。
俺と一緒にいることが、中里にとっては苦行みたいなもんらしい。生臭いもんでも食わされましたかって感じのしかめッツラと、しこたま殴られたいんですかって感じのひっくい声は、いつでもどこでもこれでもかってくらいに不機嫌さバリバリで、まあよくそんな反抗的態度をこの俺の前で何ヶ月も取り続けられるもんだなと、ちょっと感心してしまう。
そのくせ俺とヤるのはやめねえし、一回くれって言っただけで、言った俺が忘れてたタイミングで合鍵くれたりするとか、明らかにあいつは普通じゃねえんだけど、今の俺にはだからって、ここで帰れる余裕もなかった。靴脱ぐ音すらメチャクチャ大きく聞こえる静かな玄関で、それが聞こえた時も、サカリすぎて幻聴のお世話になっちまったかと思ったくらいだし。
「……はあ、はっ……あ……」
でもそれは、確かに俺の耳の外から聞こえてた。中里の、準備運動なしに百メートル全力で走り抜いた後みたく、弾んだ息とかすれた声。いや、その表現は正しくない。事実はこれだ。
ヤッてる時の中里が、限界越えた一瞬だけ出す、やべえ感じのあえぎ声。
が、一瞬だけじゃなく、ずーっと続いてるってこれは、どうなってんだ、と混乱する。でも俺は分かってる。どうなってるも何も、これはどっからどう聞いても、ヤッてる声だ。あいつが一人で、自分でヌいてる声。間違いない。だって、
「はぁ、啓介……ぁ、あ……っ……」
他の誰かとヤっといて、俺の名前を呼ぶわけねえだろ。あいつが俺をそう呼んだことが一度もないにせよ。普段あいつは俺を『高橋』と呼ぶし、ヤッてる時に名前は呼ばない。俺を呼ばないんだ。あいつは本当に、何も言わない。やめろともいいとも良いとも悪いとも、痛いとも。
けどそれが何で、どう聞いてもマスかいてますって声で、あいつが俺の名前を呼んでんだ?
頭の中に氷詰められたような感じがするのに、股間は熱湯に浸かってるみてえな感じだ。俺は混乱してて、なのに冷静で、気持ち悪ィほどぞくぞくしてて、興奮してる。
ワケ分かんねえ。
何も考えられないまま、暗さに慣れた目で、中里と俺以外の靴が玄関にないことをチェックしてから、先に進む。1DKの部屋は、三歩もあれば奥まで行ける。ベランダの前、左側にラック、真ん中にテーブル、右側にベッド。
そのベッドに、中里は寝てて、
「……んっ……いっ……啓介……」
壁向いて布団の上に横になって、すげえエロイ声で、俺の名前を呼びながら、オナニーしてる。俺のことを考えながら。
クソ、何だよこれ。やべえ。マジ吐きそうだ。走ってても、こんなことはない。疲れ過ぎてじゃなく、興奮し過ぎて気持ち悪くなるとか。
こんなはずじゃなかった。フラストレーション溜め込んで自滅しないように、発散しようと思っただけだ。こいつと一発ヤッて。今までそれで、気分は晴れた。でも、これは、サクッと一発ヤるって状況じゃあ、ねえよ。
段々はっきり見えてくるベッドの上の中里は、シャツもズボンも半分脱いで、右手でアレをしごきながら、左手で乳首をいじっていた。そして、隣の部屋にまで聞こえそうなくらい、ちゃんとした声であえいでる。俺がベッドに近づいても、全然気付く様子はない。ヘッドフォンをしてるからだろう。そのコードはCDプレイヤーに伸びている。俺が前に来た時に、CD入れっぱなしにしていたプレイヤー。
ああ、俺は何だか納得してしまった。もうこいつ、俺のこと以外、何も考えてねえな。
納得してしまって、でも、何なんだよ、と思う。お前、俺が嫌いじゃなかったのか。俺と一緒にいるのが嫌なんじゃなかったのか。俺に合鍵くれたのも、俺とヤるのをやめないのも、お前が単に、押しに弱いからじゃなかったのか。お前は俺が、嫌いじゃなかったのかよ、中里。
「啓介……啓介っ……もっと……」
息遣いで、イクまでどのくらいか分かるようになったのは、こいつがセックスの間中、声を出そうとしてこなかったからだ。なのに、今、何でそんな風に俺を呼ぶ。何でそんな、俺にヤられたがってるみてえな声を出す。今までのお前は何だったんだ。
なあ中里。本当に、お前はそれでいいのか?
俺はやっぱり混乱していた。氷漬けになってたはずの頭がグツグツ煮えて、体とうまくリンクしてくれずに、無意識に動かした足は、テーブルを思いきり蹴り上げて、どぎつい音を立てた。
◆◇◆◇◆◇
中学時代のダチには、スキンシップが過剰な奴が多い。体育会系が多いせいか、それとは関係なく元々そういうタチなのか、酒が入ると過剰も過剰で、シラフで絡むと面倒臭くて仕様がなかったが、峠帰りに携帯電話で呼び出された俺はその場に車で行っていたから、どうしてもアルコールは入れられなかった。
「お前相変わらずそーゆーとこ変に固ェよな、もっと頭を柔らかく使えっつーの」
一人がそう無責任に言いながら首を絞めてきやがるのもいつものことで、相変わらず、昔と変わらず付き合えるってのは、面倒臭えが良いもんだと思った、その時だ。そいつの胸に俺の顔は押し付けられて、俺はその匂いを嗅いだ。
煙草の匂い。嗅ぎ慣れ過ぎて麻痺しちまってそうなその匂い、それは、あいつの吸っている煙草の匂いそのもので、頭でダメだと思う間もなく、俺の体はその匂いを間近で嗅いだ時の感覚を、正確に蘇らせた。
一気に全身が熱くなって、顔まで火照り、そして、下半身が湿りかける。
俺は慌てて首を絞めてくるそいつを突き放したが、俺の狼狽はただ、首が完璧に絞まったせいだと捉えられた。危機は脱したようで、しかしそんなことはなく、その後も、少しそいつにくっつかれたり、そいつじゃない奴にでも触られる度に、あの感覚が蘇りそうになるから、俺はブーイングを背に浴びながら、早々に家まで避難するしかなかった。
うちに帰って寝ちまえば、何でもなくなる。それは俺の希望的観測に過ぎず、部屋の電気も点けずにベッドにうつ伏せになっても、あの感覚は消えなかった。あの、あいつが、高橋啓介が、俺の体をぐちゃぐちゃに貫く、ひどく惨めで、なのに死にそうに気持ちが良い、あの感覚。
もう、二ヶ月会っていない。あいつと寝ていない。それはあいつが来ないからだ。俺はあいつがヤりたい時に体を貸してやるだけで、俺からそれを要求することはありえない。
ありえない、でも俺は、たまに、こういう風に、死にたくなるほど惨めな風に、あいつを思い出しちまう。
抱かれている最中、なるべく反応しないようにして、声も出さないようにすれば、そのうち飽きるだろうと思っていた。飽きてくれと願っていた。だがあいつはやめようとはせずに、家の合鍵まで求めてきた。そんなもの、渡す必要もなかった。
渡さなければ終わらせられたかもしれないのに、渡してしまったその理由を考えないように、俺は動いた。上着を脱いでベッドの下に放り投げ、靴下も同じように放り投げる。自分の息遣いの分かる静けさが嫌で、テレビやラジオで他人の生々しい話し声を聞くのはもっと嫌で、CDを聞こうと思った。頭の中の下らない考えを粉々に砕くような音を。
深夜だから、ヘッドフォンをつけて、CDプレイヤーのスイッチを入れる。そして俺は思い出した。そこにあいつが好きなCDを入れっぱなしにしていたことを。
今時の、機械的な音の重ねられた洋楽が、俺の感覚を支配する。
隣の部屋の奴らに何も聞かれたくないから、大きな音を立てないことだけを、俺は要求した。そしてあいつは俺を抱く時、その曲を流す。微妙な、迷惑にはならない、だが俺たちの行為を隠す程度の音量で。
歌詞の意味分かんねえ方が、頭に入ってこねえだろ。そう言ったあいつの声、あいつの肌の湿り気、温度が、一瞬で俺の体を包み、全身が熱くなる。背中を悪寒に似たものが駆け抜けて、自制心は遠くに押し流された。
その曲が聞こえる時、あいつがそうするように、俺はそこに手を伸ばす。もう完全に硬くなっているそれは、ズボンの上から触るだけでも、腰がひりつくような快感を生んだ。それがもっと欲しくて、直接掴んで、しごくと、俺の手は、いやらしく溢れた先走りのおかげで、あいつがそうするように、滑らかに動いた。
あいつが、高橋が。あいつが俺にしてくれるように。
「高橋、啓介」
名前を呼んでみると、直接触るのとは違う、中から突き上げられたような痺れが背中にきて、俺はそれを止められなくなった。
啓介。
今までほとんど呼んだことのない、関係を持つようになってから、一度も口にしたことのないその名前。啓介、そう呼ぶと、あいつがすぐ傍にいるように感じられた。俺の目の前にいて、俺の体の隅々まで触って、俺をぐちゃぐちゃに貫く、あいつが、啓介が。
今まで自分でした中で、一番気持ちが良いのに、泣きたいような気分だった。取り返しのつかないことを、俺はやっちまっている。
最初にそれを言われた時には、意味が分からなかった。少し考えて、添い寝の話かと思った。緊急に人肌を要するような。俺と寝たいというのが、つまり俺を、男の俺を男のあいつが抱くという意味だなんて、あいつが直接言うまで分かりゃしねえし、夢にも思わなかった。
俺は断った。ふざけるなと怒りを見せた。高橋は、ふざけてはいなかった。真剣に俺を見ながら、それを頼んできた。俺と寝ることを。俺を抱くことを。真剣に、本気で。
断り抜けば良かったのに、俺はそうしなかった。同じ群馬の、一度バトルをしただけの関係を、守る努力をしなかった。できなかった。
無視できなかった。同じ男にヤられなけりゃならねえ、気色の悪いその行為、そいつとのその行為を、ちらっと想像して、俺の胸が高鳴ったことを。少しでも、それを期待したことを。
だが俺は、こんなことはしたくない。本当だ。俺はあいつとこんな関係でいたくない。妙義の走り屋として、赤城の高橋啓介を追いかけ、追い抜きたい。
だから、我慢しなければならない。いつだって、我慢してきた。気分が盛り上がらないからといって、キスで始めて、体中をまさぐってくるあいつに、俺は頭がおかしくなるほど感じさせられるが、それでも我慢してきた。俺は、我慢できるんだ。だから、我慢しなければならない。こんな下らない欲望は、消してしまわなければならない。
分かってる。それは分かっている。でも、今は止められない。もうイきそうだ。俺をしごいていくあいつの手の質感、キスの時のあいつの舌の動き、中をえぐるあいつの指の感触、無造作にそこを貫くあいつがくれる、剥き出しの快感、何もかもがリアルに蘇って、俺は、あいつを求めることを止められない。
終わったら後悔するだろう。一生悔やみ続けるだろう。それでも今だけ、独りの時くらい、一回だけ、あいつに惚れてる俺の好きにさせてやってもいいだろう。どうせ、俺は一人なんだ。
ヘッドフォンの外から音がしたのは、その時だ。
◆◇◆◇◆◇
去年の秋の終わりくらい、若気の至りで無茶してた頃の仲間が一人こっちに来てるとかで、ファミレスで落ち合うことになっていた。俺はそいつとサシで話す気満々だったのに、そいつには連れがいた。それが中里だ。
俺の顔を見て、信じられなさそうに目ェ開いて、高橋啓介、と言った中里を見て、こいつフルネーム好きだよな、と俺は割と普通に思った。多分俺は、俺の昔の仲間の横に座ってる中里を、そういう感じの知り合いには見れても、走り屋としてうまく見れなかったんだろう。同じ群馬の、いっぺん完全に負かしてやってる、リマッチ申し込まれたら、ちょっと考えてやってもいいくらいのレベルの走り屋として。
そうは見れなくても、でも俺はその時、中里を見ていた。居心地悪そうに俺から目を逸らして煙草を吸う、向かいの席に座ってる中里を、昔の仲間と適当に話してる間も、ずっと。
何となく、目が離せなかった。一回見たら忘れられねえくどい顔。妙にでかい目。濃いマツゲ。定規当てられそうな頬。剃り残してるヒゲ。厚めの、柔らかそうなくちびる。
色々見てて、突然思った。キスしてえ。思ったら、ヤりたくなった。おい、中里だぜ。俺は俺に呆れちまった。何でこいつとヤりてえとか思うんだよ。こいつに入れてえとかさ。おかしいだろ。そう考えながら、俺は中里を見ながら、やっぱり思ってた。キスしてえ。
結局サシになったのは、俺と中里だった。呼び出した張本人は、別の相手と約束があるとかで出てったが、元々マイペースな野郎だから気にはならなかった。
中里はやたら居心地悪そうで、俺をなかなか見ようとしなかった。でも俺が見てると目を合わせてきて、不機嫌そうに、威嚇するみてえに、何だ、って聞いてきたから、俺はつい、言っていた。いや、お前と寝てえんだけど。
結構な音がした。テーブルが一旦宙に浮いて元通り落ちたんだから、そりゃ結構な音もするはずだ。
びくっとした中里が、ヘッドフォンを片手で外して、顔だけこっちを向いた。俺を見た。口をぽかんと開けて。俺も中里を見ていた。口は開けてなかったと思う。二人で見合って、一分くらい経ったように感じたけど、多分実際は五秒くらいだろう。中里は慌ててまた壁を向き、丸くなった。
中里に見つけられても、俺はそんなに動揺しなかった。俺の名前を呼びながらヌいてたのが俺にバレた中里は、俺なんか比べ物にならねえくらい動揺してたし。
でもまあ、少しは動揺してたのかもしれない。何をしようとかは考えられなかった。考えないで、電気を点けて、ベッドに上って、壁に向いたままの中里にまたがった。それから両手を取って、仰向けに押さえつける。
完全に暗いよりは、逆光になってても明るい方が、ものはよく見える。中里の顔もよく見えた。首をねじって、少しでも俺から逃げようとしてる顔。今まで見たことねえくらい赤くて、もう、泣きそうな顔。
何か、鳥肌立った。ぞくぞくして、急に口が渇いてくる。やべえ。ちょっと待て、このシチュエーションは、どうよ。
「合鍵、使わせてもらったぜ」
一旦落ち着きたくて、普通っぽいことを言ってみる。
「……や、やめてくれ」
中里は、弱い声で言う。会話になってねえ。普通じゃねえな、ホント。
「何を」
一応会話にしようとそう聞いても、
「悪かった、俺が、俺が悪かった……」
中里はそう繰り返す。何がだよ。次はそう聞いてやりたかったが、どうせ会話にゃならねえだろう。俺が何言おうが関係なしに、中里はただ、俺でヌいてたのが俺にバレたこのシチュエーションから、俺から、逃げたいんだ。逃げられりゃあ、何でもいいんだ。プライドもクソもない。クソったれ。
こんな奴、時間かけてやる価値もねえ、のに俺は、かなり、キてる。興奮してる。こうなってくると、体は勝手に動いちまう。例えば右手で中里の、出しっぱなしのアレを握るとか。
「やっ……あッ、あ……」
少しこすっただけで、高い声出した中里が、ビクビクと体を揺らしながら、俺の右手を止めようとする。抵抗するのは当たり前だ。このシチュエーションってのはまあ、ムリヤリだよな。それをお門違いに感じるのが、お門違いなんだろうけど、
「俺のこと、考えてたんだろ」
ならいいんじゃねえかって、俺は思ってるらしい。中里は驚いたように俺を見て、まばたきしたその赤い目の端っこから、涙が落ちた。
「お前、俺が好きなのかよ」
それで、俺はそう聞いていた。聞いてどうなることでもねえのに。目を少し開いた中里が、俺を見たまま、ピタッと固まる。
ああそうか。そういうことか。お前は俺が好きなのか。
割と簡単に、俺は納得していた。今までこいつが俺に取ってきた、こっぴどい反抗的態度の原因というか理由を、そこに見つけられたからだ。今、プライドもクソもない状態になってる理由も。
隠そうとしてたわけだ。その気持ちを、俺を好きってことを。あの頑固さ的に、多分一生。それがこんな形でバレちまったら、頭も真っ白って感じになるよな。それでも我に返るくらいの余裕はまだあったみたいで、
「……頼む、本当に……帰ってくれ……」
空いている左手で顔を隠そうとしながら、中里は、ヘッドフォンから漏れる曲にかき消されそうなくらい小さい声で言った。
この頼みは、聞いてやるべきだろう。今の中里は本当に、ここから逃げたがっている。ナイフあったら胸でも刺してそうな勢いで。あの中里が、去年バトルで負けまくっても結局へこたれてなかった中里が、そこまで追い詰められてんだから、俺もここは、引いてやるべきに違いない。
頭じゃそう分かってても、俺は帰らなかった。こんなこと、萎えても不思議じゃないシチュエーションなのに、萎えるどころか俺は、今すぐ使えるくらいだった。
どうしようもねえ。ハマっちまってるんだ、こいつに。
体は勝手に動く。握ったままのヤツを力を入れてしごくと、中里は目を閉じて、ますます俺から隠れようとする。手は口だ。
「んっ、んう、ぐっ……ッ、ん」
声は隠せてない。無理だろそりゃ。一旦作業を止めて、中里の口に張りついてる手を引っぺがして、俺の太もものパンツを掴ませる。
「中里、こっち見ろ」
命令形で言う。中里が、涙目で俺を見る。ひでえツラ。きたねえ。でも、何か、綺麗だ。
「ほら」
今度は優しく言う。中里の手首を押さえつけてた手を、手に絡ませてやる。ぎゅっと握ってくる。俺にすがりつくように。放ったところに、右手を戻す。中里、ってはっきり呼んでやりながらきつく擦ると、中里はちらちら俺を見ながら、啓介、って俺を呼ぶ。
「……うっ……啓介……啓介ぇ……」
弱々しい声は、いつもより断然高い。かなり強烈。これをエロく感じて、もっとそう呼ばせたくなる俺は、いい加減やばいのかもしれない。改める、って気にもならねえけど。ここで俺が改心でもして全部止めちまったら、こいつも可哀想だ。あと少しでイきそうだってのに。そうだろ。
「イくだろ、中里」
体倒して耳噛みながら言ってやると、力いっぱい俺の手を握りながら、中里はビクビク震えた。
「啓介、イく、いっ……」
俺の右手に中里の精液がかかる。体起こして見下ろしたら、中里の胸と、俺の胸にもかかってた。
服着たままヤるのも面倒くせえな。ってわけで俺はさっさと服を脱いで、イッた直後でまだ冷めてなさそうな中里の服も脱がせた。冷められても面倒くせえから、気分が続くように、肌触れ合わせて、優しくキスしてやる。
「んぅ……ん……」
たまんねえ声に煽られて舌出したら、がっつり絡んできて、マジやべえと思いながら、ベッドの脇に隠されてるジェルを取った。こいつがこんなもんを、俺とヤるためだけに取っといてんだぜ。合鍵貰った時点で気付けよ、俺も。
でも、気付いてどうする。どうなることでもねえだろ、やっぱ。いや。俺がどうにかしようと思えば、どうにかなることなのか。これは。だとしても、今考えられることじゃねえな。まだ、しばらくは。
もつれる舌を解いて、また体起こして、寂しそうに口開いている中里の足を開かせる。下にきた尻を、ジェルつけた指で撫でたら我慢できなくなってきて、慣らす前に中に一本入れていた。
「あ、あぁ……」
それだけで、中里はイきそうな顔になった。がっついてる奴は好きじゃない。こんな風に、感じさせようとしてねえところで、モロに感じられるってのも。なのに、興ザメしない。冷めるより、熱くなる。
俺も余裕がなくなってきて、結構強引に中広げる指増やしても、中里は感じまくる。イッたばっかのくせして、また勃ってるし。それに俺は、更に余裕を奪われる。イラつくくらい。神経がビリビリしやがる。
クソ。もう我慢できねえな。
「入れるぜ」
使えるモンは使っちまわないと、頭も体もおかしくなっちまう。一応それだけ知らせてやって、指を一気に抜いて、俺は中里に押し入った。
「ひうっ……」
イきそうになったのか実際イッちまったのか、軽く背中反らせた中里の、はっきりしてる目が遠くなる。口は半開きで、赤い顔は涙と汗でぐちゃぐちゃしてて、相変わらずきたねえのに、綺麗だ。っつーか、エロい。
俺は動いた。イラつきを振り払うみてえに、ガツガツと。中里は泣いてる。俺が突く度に上がるあえぎ声は、悲鳴にも泣き声にも似てる。
このシチュエーション、やっぱ、そうだ。レイプしてる感じ。したことねえけど。ムリヤリなんて燃えねえと思ってた。頼まれても御免ってやつで。
けど、こいつとは、そういうんでもいいらしい。頼まれなくてもヤれるだろう。ヤッちまえる。中里は多分、それでも受け入れる。俺の根こそぎ受け入れて、俺の全力を引き出して、俺の余裕を奪ってく。
少し休憩入れないと、あと何分かで終わりそうだった。それももったいねえから、動くの止めて、キスでインターバル。中里はちゃんと応えて、俺の首に腕まで回す。舌吸ってやりながら、ついでに胸撫でて、乳首を擦ったら、いきなり腰が動いてきた。休憩は必要ないらしい。だからって、一人でヤろうとするなよ。
「欲しいか」
くちびるだけ合わせたまま、微妙にぼかして聞いたら、中里は俺の口に、積極的に吸いついてきた。それが答えってわけだ。そうやって欲しがられて、焦らす余裕も、俺にはなかった。俺の首をがっちり固めてきてる中里の手を放して、少し離れて、腰掴んで、また動く。
「ッ、あ……はぁっ、はっ、あッ……」
痛くないようにとか、少しは感じさせてやろうとか、そんなこと全然考えなかった。ヤりてえようにヤるだけだ。でも、中里はすげえ良さそうだ。元々これだけ反応するなら、今までのこいつは何だったんだ、と思うほどに。
あんなに嫌そうだったのはただのフリで、ずっと我慢してたのか。これを、俺に知られたくなくて、我慢し続けてきたのか。
セックスの最中に音楽聴くような趣味、俺にはない。他に音がある方が、中里も少しは声を出すかと思って、流してただけだ。隣の奴なんざ散々うるせえセックスしてんだから、お前が黙ってることもねえだろ。そう言っても中里は、不意突いてやった時かイく寸前の時にしか、声を出さなかった。
あれは本当に、我慢しきれなかった時に、出てたってことなんだろう。我慢しなけりゃ、これだけ出せるんだから。好きな男にヤられて感じまくって。そういうこいつを見てると、そんなツラでもねえのに、淫乱って言葉が浮かんでくる。似合わねえ。
けど実際、俺にヤられて泣きながら感じまくってる中里は、もっと泣かせたくなるくらい、ミダラだ。
「あ、あッ……け、啓介、けいすけ、も、だめ……」
両手でシーツ握り締めて、俺の動きに耐えてた中里が、俺を呼びながら精液を飛ばす。その中里全部が刺激的で、俺もイッた。中里の中に出しきって、一呼吸置く。
とりあえずは、スッキリした。これで元に戻るだろう。俺は少しほっとして、俺の下で、頭緩くなったみてえにぼんやりしてる中里を見て、また、ぞくっときた。抜いてねえアレに意識が向いて、それをまだ締めつけてくる中里に、意識が向く。中里は、俺を見てる。
「啓介……」
ぼんやりしたままなのに、ちゃんと俺を見て、舌っ足らずに、俺を呼びやがる。
「……中里」
唾飲み込んでから呼び返して、俺は、ここまで我慢してきた、俺をその気にさせた中里に、ゴホウビの、キスをしていた。帰るのは、これが、このもう少し先が、終わってからになりそうだ。
(終)
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