アンチ節制



 うつ伏せの、広い胸に枕を抱きながら、俺は繊細なんだよ、と肯定も否定も受け付けたくなさそうな、不満げな面持ちで、高橋は言ったが、無言でいると、それはそれで不満らしく、何か言えって、と枕を投げてきた。そばがらの枕は重量感があり、軽くぶつけられただけでも違えかけた首の筋を撫でながら、繊細ってより、ワガママじゃねえか、言い返し、狭いベッドから床へと転がり落ちた枕を拾って、なかなか強力な飛び道具にされないように、本来の役割通り頭の下に敷く。高橋はその端に頭を寄せてきて、それ比較になってねえだろ、と感情の排された声で言い、それは確かにその通りで、良い反論が思い浮かばず黙るも、今度は言葉を求められなかった。沈黙が続き、眠ったのかと目をやれば、ただ、目を向けられている。猛々しさを裏に秘めた美しく繊細な顔の、繊細な目。狭い他人の家の狭い他人のベッドじゃゆっくり休めないだろうという同情も、睡眠の邪魔をしないでおこうという配慮も、それらを悟られないように感情を操作する努力も、余計で無意味で無価値なのだと迫ってくる、ふてぶてしい大人と、傷つきやすい少年の同居したその目に、肉体を一度果てまで燃やしながら、消えきらずくすぶり続けていた欲望の炎が、急激に焚き付けられて、勝手にわなないた唇に、それでいいと言うように、繊細な唇がすぐ触れた。
(終)


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