抱擁
常と変わらぬ峠で可とも不可とも言えぬ運転をなし、平凡な気分で愛車から外へ抜け出して、ほてった顔や首やシャツから出ている腕をぬるい風にさらしていると、今風の髪型をした男三人がこちらに背を向け、何かを取り囲むように立っている光景が目についた。その音と光の加減から中心にあるものが車であることは容易く推測され、三人の佇まいには見覚えがあり同じチームの人間であると確信できたので、肉体と精神の緊張をより緩和させる一環として他者との接触を図るべく、庄司慎吾は関節が重くなっている足をその三人へ向けた。
「何やってんだ」
あと二歩というところで慎吾が声をかけると、三人は一斉に慎吾に振り向き、それぞれのむさ苦しい顔にある口の前に立てた人差し指を置いて、これまた一斉に「しっ」と言ってきた。
「……はあ?」
それが声を出すな、あるいは声を潜めろという意味の仕草だということは理解できたが、その理由までは想像できず、慎吾は首を傾げることとなった。
すると正面に位置していた黄色のパーカーの男は、一度口を開き、思い直したように閉じて顎を突き出すようにしてから、その身を右側へ引いて、三人で囲んでいたものを慎吾の目前に露わにした。
予想通りそこには右へ頭を向けて停まっている、闇に融けるような車があった。
その運転席のドアの前に人間が立っており、それが本来三人に囲まれていたものであることも、予想の範囲内だった。ただ、そこで目を閉じ腕を組み仁王立ちしている黒いシャツと色あせたジーンズ姿の人間の正体は、いささかの驚きと複雑な感情をもたらし、慎吾の目を細めさせた。
微動だにしない体裁にある威厳と場にそなわる重々しい雰囲気から、慎吾は「お説法か」と察し、身を引いたパーカーの男にそう尋ねた。パーカーは声を必要以上に潜め、いや、と首を振った。
「寝てんだよ、毅さん」
なに? と慎吾はもう一段首を傾げた。パーカーは更に潜めた囁き声で、「だから寝てんだって毅さんが」と早口に返してきた。
慎吾は仁王立ちの男に目を戻し、より正確な判断を下すため、一歩足を近づけた。
寝てる。そう言われて見てみれば、閉じられている目は棒のように真っ直ぐだし、眉は力が抜けていて締まりがないし、常はしっかりと引き結ばれている口も半開きでくすんだ前歯が覗いているしで、全体的に間の抜けた顔になっている。
つまりこの、『毅さん』こと中里毅は眠っているのだ。
そう承知したものの、慎吾は現状を納得しかねる感覚に襲われ、それで、と中里を囲むように立っていた三人を見渡した。
「何でお前ら、こいつの寝姿なんてつまらねえモン囲んでんだ」
慎吾が不審を隠さず、だが場に合わせての小声で聞くと、三人それぞれ顔を見合わせ具合が悪いように苦笑したのち、「いやあ」と右側のタンクトップの男が、そっと口を開いた。
「三人でジーッと見てりゃあ、起きるかなって」
慎吾はタンクトップから中里に目を移し、そのまま十秒ほど中里を見詰めた。中里は動かなかった。慎吾はタンクトップに目を戻した。
「これ、生きてんのか」
「いや呼吸は確認したし、ちょっと触ってもみたんだけど、やっぱ寝てるって。狸寝入りとかでもなさそーだし」
「そんで俺ら、これで慎吾来るまでまあ大体三分くらいだったけど、やってたんだけどよお。ゼンッゼン気ィつかねえのなあ、中里サン」
タンクトップに次ぎ、左側の縦縞のシャツを着た男が言って溜め息を吐くと、パーカーとタンクトップも疲労を隠さぬ溜め息を吐いた。中里の間抜けな顔に費やされた三人の三分間を思った慎吾は、その愚かさと純粋さが重く感ぜられ、三人と似たように小さく息を吐いていた。
しかしそうなると、お世辞にも平和的とは言えない様相であるこの三人の男たちに、大抵のカップ麺ができるだけの時間見詰められながらも、中里は眠りの世界から一歩も動かなかったということだ。更に今、四人分の気配と小声の会話が生まれた中でもなお、動じていない。それも何かに座っているとか腰掛けているとかリラックスした状態ではなく、ただの地面に突っ立って、腕まで組んでいる状態で、だ。
「よほど鈍いのか、眠たかったのか」
慎吾が独り言のように呟くと、三人は暗い空を見上げたりアスファルトを見下ろしたりと迷ったように視線を逸らした末、「どっちもだろう」と似たような結論を出した。予想通りだった。ただ眠たいだけではここまでぐっすり眠れはしないという共通認識があるということだ。
まったく、と慎吾は恨めしくなる。この神経の強靭さが土壇場で発揮されるような人間であれば、中里は慎吾の好敵手以外にはなりえなかっただろうし、互いの機微を斟酌してしまうような、この情のかかりすぎる繊細で甘ったるい関係にもならなかっただろう。
だがこの現状こそが互いの限界であり現実であると知れ切っていたため、変わらない中里に対しても変えられない己に対しても、慎吾は非常に恨めしくなるのである。
――もっとこう、ドラスティックでクレイジーな敵対関係、これが刺激的でいいんじゃねえか。それで何でこいつはこんな悠長に寝こけてられるんだ。何でこんなに隙だらけだ、何でこんなに無防備だ。いや、これが他の奴らの前でならどうでもいいんだ、勝手にやっててくれってもんだ。けど俺の前でまでそれされちゃあ俺としたってそれ相応の対処法を考えなけりゃならねえだろ、おい。
迫力のかけらもなくなっている中里の顔を眺めているうちに、そんな理不尽な苛立ちが慎吾の腹の底の底から沸いてきた。慎吾は中里の顔を目の前に据えたまま、さて、と顎に手を当てた。
「どうするかな」
え、と縦縞が目を見張り、何かすんのかよ、といさめるような、だが少々のおかしみを含めた声で続けてきたので、慎吾は鼻で笑ってやった。
「峠に来て、走りもしねえで寝てる奴が悪いんだよ」
口に出してみると、指が震えそうになっていたほどの苛立ちは、すうっと腹に落ちていった。そうだ、と慎吾は思う。悪いのは中里だ。俺の前で油断したこいつが悪い。
一方的に断じて気分をさっぱりとした慎吾が、さあまずは身体検査でもしてやるか、と中里に意識を戻したその時だった。
中里の体が、後ろへ傾いていくところだった。
「あ」
と言うしかできなかった他の三人を尻目に、慎吾は声を出す間すら置かず、体を動かしていた。中里まで約一歩の距離を右足で潰し、同時に上半身を前に運んで、広げた両腕を後ろへ流れていく中里の背に回し、右腕を巻きつけて左手で固めた。慣性でそのままつんのめりそうになり、前に出した右足を踏ん張ってとどめ、腕に抱え込んだ中里を思い切り自分の胸に引き付けて、その勢いと腹筋、背筋、腰を使い、中里を抱え上げるようにして上半身を反らし、慎吾は地面と垂直な体勢に持ち込んだ。状態は安定し、中里の転倒は防がれた。
「おお」
電光石火の救出劇に、瞬時に反応できず、何もできずに終わった三人は揃って感嘆した。
だが慎吾にそれを得意とする余裕はなく、それどころかこれから事態を言葉として認識しようとする段階であったのだが、服越しの胸に触れている組まれた中里の腕の硬さや、背中に回した腕から伝わってくるぬるい体温、首や右の頬に触れる髪の柔らかい感触、丁度股の間に入り込んだ左の太もも、そういったものの感覚が総じて足元から背骨を通ってうなじまでをざわつかせ、何かを考えるより先に、つい慎吾は腕に力を入れていた。
「ぐえ」
中里の肺から息が漏れ、ひしゃげた声となった。慎吾は慌てて離れようとしたが、完全に中里の目が醒めてから離れなければまた倒れかねないことに気付き、そこからこうなった経緯を思い返し、『倒れそうになった中里を真っ先に救った』というまとめの文章を作ってしまい、一人絶望に襲われた。
そんな慎吾にとって中里がすぐに目を覚ましたことは、いつまでも中途半端な状態で絶望を漂っているよりはマシだったと言えるだろう。
ただし、さすがに中里も意識を覚醒させてから己の身に起きている事態を正確に認識するまでには、時間がかかった。何かに体をとらわれているという意識から、誰かに体をとらわれているという意識へとあがり、その柔らかさから誰かに抱き締められているのだという意識へ改め、しかし抱き締められているというよりも抱き止められていると言うべき堅苦しさがあったため、結局何なんだ、と混乱の中、とりあえず目を開いた。かすむ視界の中に、闇夜に木々に人に車にコンクリート、常と変わらぬ峠の景色が広がっている。ゆっくりと呼吸をすると、車から発される異臭が鼻を刺した。と、そこに薄く混じっていた汗の匂いと軽い芳香、そして右に目をやるとぎりぎり見える男のうなじが、中里の浅い記憶を呼び起こした。
「慎吾」
何を目的とするでもなく、中里はただ頭にのぼった名前を呟いた。直後、抱き止められていた体が突然離され、勢いで後ろにふらつきかけたので、中里は組んでいた腕を解いてバランスを取った。そこで後ろにものの気配を感じ振り向くと、己の車が息をしていただけだった。俺の車だ、と中里は頷き両目を指で拭ってから、顔を前に戻した。
幾分かすみの取れた目は、己を取り囲むように立っている三人の見知ったメンバーと、その三人から一歩下がった真正面、中途半端に腰を引いて、中途半端に『お手上げ』をしている慎吾を見つけた。
「……何やってんだ、慎吾」
その体勢が不可解すぎて、思わず中里は聞いていた。
慎吾ははっとしたように前に出している自分の両手を見て、中里に目を戻し口元を引きつらせると、両手はこうするために出していたのだと言わんばかりにゆっくりと前髪をかき上げ、「毅クン」と若干震えた声で、呆れたように言った。
「それは、本来てめえが言われるべき言葉なんですがね」
「あ?」
「寝てたんすよ、毅さん」
中里の右側にいる縦縞が滑らかに言い、うんうん、と左側の二人が頷いた。
寝てた?
中里は単純に驚いた。当然ながらそんな記憶はなかった。前後の記憶も抜け落ちていた。
「そりゃもう見事に寝こけてたぜ。絶賛熟睡中ってテロップ出せるくれえにな」
両手を腰に当てた慎吾が、溜め息混じりにあざ笑うように言った。そう言われたところで中里に実感は沸かず、腕を組み直し、寝てた、と呟いてみるも、やはり一向に信じられなかった。
「大体お前、寝るんだったら車ン中でもどっか腰下ろすんでもいいじゃねえか。何で立ってんだよ」
「分からん」
言い切った中里を見て、慎吾は疑わしそうに眉根を寄せた。
「覚えてねえのか」
「いや、覚えてはいるはずだ。だが今は思い出せねえ、どうも頭が働かない」
中里はまだぼやける頭を二回振り、散漫な思考に形をつけようとしたが、余計散らばるだけに終わった。何がどうなってこうなったのかは、時間を置いて落ち着いてから考えるべきだろう。
だが己を取り巻いているこの状況は疑問であり、慎吾と三人に顔を戻して、中里はひとまずそれを口にした。
「それでお前らは、揃いも揃って何やってたんだ」
慎吾を除く三人は、一様に気まずそうな笑みを浮かべた。
「いやあその、毅さんの寝てる姿ってのもなあ」
「珍しいよな、しかも立って寝るなんてな」
「そうそう普通の人間にゃあできねえから」
なあ、と三人は示し合わせたように顔を合わせ、頷き合った。うろたえているような不自然さは気になったが、普通の人間にはできない、という言葉が耳に心地良かったため、そうか、と中里は見物していたのだという三人の主張を疑わないことにした。そもそも頭が明晰さを欠いている今では、疑ったところで何も追及できないことが明白だったのだ。
だが三人はあっさり主張を認められて、寝込みを観察していたことに対する後ろめたさを抱えてしまい、居た堪れずに「じゃあ走るんで」と各自の車へ引いていった。
これらの事態を中里の責任だと完結させていた慎吾は、後ろめたさなど感じるわけもなく、逃げるようにその場を去るようなこともしなかった。しかしそうなると離れるタイミングも掴めず、とりあえず煙草を取り出した。一本を口に咥えたものの、中里を抱えた時に体に残った、肌を掻きむしりたくなるようなざわつきと、慎吾の名を何の感情も含めずに呼んだ中里のその声が意識に入り込んできて、うまく火が点けられなかった。
「クソ、スッキリしねえな」
三人を見送った中里は頭上を振り仰ぎ、腕と背中を伸ばした。ようやく煙草に火を点けた慎吾がそれを見るでもなく見ていると、あくびを一つして首を鳴らした中里が、あ、と言い、煙を深く吸おうとしていた慎吾を見て、淡々と言った。
「そういやお前さっき何で俺を抱いてたんだ」
慎吾は深く煙を吸い、一旦息を止め、その中里の言葉を解釈するにあたって、咄嗟に別の意味を脳裏に過ぎらせてしまい、
「げふほっ」
と、むせた。
「お、おい大丈夫か」
げふっ、げほっ、がひょっ、と盛大に咳き込んで、一瞬やってきた吐き気のため涙を浮かべるまでになった慎吾の丸まった背中を、中里は心配そうにさすってきた。その手のぬくもりは不快ではなく、むしろ快いものであったが、中里の寝顔を見ていた時と同様の苛立ちを感じた慎吾は、素早くその手を振り払った。
咳払いをし、すぐに呼吸を落ち着かせ、慎吾は顔を上げて中里を見た。中里は手を振り払われた体勢のまま、軽い驚きを顔に乗せていた。尚更それが気に障り、慎吾はにじんだ涙を左手で乱暴に拭い、右手に持った煙草で中里を指し、言った。
「それは、忘れろ」
中里は顔に満たしていた軽い驚きを怪訝に変えて、『あ』と『え』の中間のような疑問の声を上げた。慎吾は気を静めるため速い調子で煙草を吸い、中里を睨みつけた。
「なかったことにしとけ。何もねえ。それが一番だ」
「何だ、慎吾お前、俺に何かしやがったのか」
怪訝を残したまま中里が言い、慎吾はいよいよ苛立ちを深くした。まだ十分に長い煙草を地面に捨て、それに意識を取られた中里のシャツの襟を掴んで、「おいコラ」と顔を引き寄せた。
「てめえな毅、自分で勝手に寝といて何かしやがったってのはどういう了見だ、このタコ。それで何されようがてめえが悪いんじゃねえか、何だお前、何様だ」
にわかに怒りを発した慎吾に、中里は怒りを返すよりまず戸惑った。慎吾の言は筋が通っていないこともないのだが、中里にはその脈絡が見えていないため、それが条理なのか不条理なのか判断つかず、戸惑ったのだ。そして先に己を抱き止めていたあの柔らかさと硬さを持つ人間が、こうまで怒るものなのか、という違和感もあり、中里は引き寄せられ至近距離になったのをいいことに、まじまじと慎吾の顔を見てしまった。強く寄せられている眉、濡れた目、神経質そうな鼻に頬、唇、顎、間違いなくそれらは慎吾のものだったが、よく見てみると、こいつはこんな顔してたんだな、という感慨がわいた。だが徐々に怒りが困惑に侵食されていくその表情に、そんなこと考えてどうすんだ、と思い直し、中里はようやく反論を口にした。
「しかしお前、寝込みを襲うのは卑怯じゃねえか」
「お前ね、よりにもよって戦場で寝てる相手を襲うのが卑怯だってんなら、戦争に負けちまうぜ」
「ここは戦場かよ」
「それだけのクレイジーさを持てっつってんだよ」
つまり、峠ではもっと緊張感を持てということか。なるほどそれならその通り、気を緩めたこちらが悪い。中里はそんな間違った理解をし、分かった、と自信を持って頷いた。
「分かったからとりあえず、この手を離せ。襟が伸びちまう」
中里としては締められるようになっている首の苦しさもあったため、平和な体勢になってからきちんと話をしようと考えて言ったのだが、言い方が多少打算的になっていたことは否めなかった。よって今の段階で中里への不満を強くしていた慎吾は、こいつは何も分かっちゃいねえ、と怒りも強くしてしまった。
「その場しのぎでお前、何分かったフリしてんだよ。そこまでてめえは優柔不断か、見損なうぜ」
「分かったフリって、フリじゃねえ、言いがかりつけてんじゃねえよバカ。だから、峠で眠るなんて油断のしすぎだってことだろ。それは俺が悪かった、今後気を付ける」
中里は不服そうに言ったが、その言は理に適っていた。ただ徹底的な認識の違いがそこにはあった。慎吾にとっての最大の問題は、中里が峠で眠ったことではなく、中里が己の前でそれだけの隙を晒したということだ。だが最早それを説明する気にはなれなかった。
そう、所詮これが俺たちだ。
納得するべく思った末、やってきたのはやはり恨めしさだった。
慎吾はこれ以上の中里に対しての、また己に対しての苛立ちを抱えたくもなれず、考える間を作らぬため、いい加減な、と何も考えずに口を動かした。
「お前そんないい加減なことばっか言ってっとてめえ、本気で抱くぞ」
中里は驚き、言った慎吾も驚いて、目を見合わせた。
何でそうなる?
その瞬間だけは、互いの意思が重なった。慎吾はまったくの思いつき、わずかな本気も持たずに言っただけであるし、中里も慎吾が本気で言ったのだとは信じていなかった。それを両者は承知していた。疑いを挟む隙間すらなかった。しかし気まずい空気はやってきた。
慎吾は乱暴にならぬよう、変な意図を含ませぬように中里の襟から手を離し、つまりだ、とこれまた咄嗟に思いついたフォローをした。
「俺の前じゃあお前はいつそうされるか分からないという緊張をもって行動をしろと、つまりそういうことだ」
一気に言うと慎吾は頷き、そういうことだ、と繰り返した。勢いで中里も、そういうことか、と頷いた。
何でそうなる。
だがそんな思いが互いの肌を突き破り、空気に混じり、何とも言えぬ雰囲気を作り出していた。その中にいると、途方もない不条理さに怒りも苛立ちも支配されてしまい、慎吾は中里に対し何の衝動も持てなくなった。
「……じゃあ、俺も走るわ」
自分の言動も把握できなくなり疲れ果てた慎吾は、言って重い足取りで自分の車に戻っていった。
その背中を半ばまで見送って、中里は潰れた煙草を取り出し、一服した。そして寝てしまった前後の記憶を探ってみようとしたが、今の出来事からもたらされた不可解さに思考は侵害された。
慎吾の怒りの出所と、峠で持つべき緊張感について。
「あいつ」
俺を抱きてえってことか、と違うことを考えながら軽く呟いて煙草を口に差し込んだ中里は、一拍置いてから真剣な顔でそう告げてくる慎吾を想像してしまい、
「ぶふっ」
と、一人噴き出して、むせた。
その日は自重して帰路についた中里が、翌日峠で慎吾を会った際、その想像を思い出して再び噴き出し、おかしさにたまらず経緯を慎吾に語った結果、足払いをされしたたか背中を打ったことは、中里にゆえがあると言えるだろう。
それでも二人は変わらずに、深夜の山道で車を走らせる。
そうしてあるいはいつか、限界は打破されるかもしれない。
(終)
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