我慢大会
「高橋か?」
ケータイに出た毅がまあ嬉しそうな声をお上げになった。立ち上がりかけたその体を肩を掴んで抑えてやったのは、嫌がらせだ。だから毅はベッドに座る俺の足の間であぐらをかいたまま、電話を続けることになる。
「ああ、覚えてくれてたのか。ありがとう。嬉しいぜ」
気持ちが悪くなってくるほどに、嬉々とした声だ。ここからじゃ見えない顔が、だらしねえ笑いで満ちてることは簡単に推測できる。やっぱ声のトーンが違うんだよな、俺と話すときとじゃあ。そんなに楽しいのかね。元赤城の白い彗星様。俺も憧れないわけでもないが、ここまで熱中もしない。一種カルトだな。まったく恐ろしい。
「俺か? 俺は全然大丈夫だぜ。悪いな、忙しいのに」
毅は平然とそう言った。へえ、後ろにいる俺のことなんか眼中にございませんか。なるほどねえ。全然大丈夫ときたもんだ。この体勢で。俺はしばし考えた。こういうシチュエーションを用意された俺が、どういう対応を期待されているかということだ。勿論考えたのは少しで、随分と楽しげに話を続ける毅の胸を、すぐにシャツの上から撫でてやった。ビクッと体を跳ねさせた毅が、驚いた顔で俺を振り仰いでくる。俺は肩をすくめた。毅はすぐに首を戻した。その間も、会話は続けている。ビデオがどーたらこーたら言ってるから、どうせ走りのことだろう。俺は少しだけ待ってから、布越しの平たい胸にもう一度手を這わせて、電話でふさがれていない方の毅の耳に、唇を寄せた。
「『全然大丈夫』、だろ?」
「……ッ、この……」
耳に息を吹き込んでやると、毅は電話を耳から離して、怒りの形相を向けてきたが、すぐに電話の向こうから、『中里?』、と、低いくぐもった声が聞こえて、雰囲気は一変した。俺はにやにやしつつ、
「ほら、出てやれよ」
「……クソ、覚えてやがれ」
促して、小さく悪態ついて電話を耳に当て、何でもない、と上擦った声で言った毅の胸を、撫で続けた。厚手の布越しにも、突起の存在は指先に感じ取れる。両方ともを指で適当にこすりながら、耳たぶを軽く噛んで、そこを舐めてやる。
「そうか、そう……うん…………うん、ん……あ? いや、何でもねえよ、あの……ちょっと、腹が痛くて」
息が段々上がってきているし、声も変にかすれてきてる。それでも俺の足の間から抜け出さないのは、こいつ独特のプライドのおかげだろう。全然大丈夫だってことを、否定したくないわけだ。まあバカだな。拘束とか強制とか命令とかされてるわけじゃねえのに、よくバカ正直に感じたまま電話を続けられるもんだ。っつーか高橋涼介さん、気付かねえのか。そういうところじゃ地味に鈍いかね? まあ俺に分かるわけねえってな、と思いつつ、耳から首筋に口を持ってく。弱いんだよなあ、こういうところ。
「いや、食あたりかな……ッ、くッ……」
おお、歯ァくいしばってるよ。頑張るね。じゃあそろそろちゃんと触ってやりましょうか。優しいからな、俺は。
「あ、ああ、いや、大丈夫だ、それで、俺の走りのッ、だ、あれ、うん、そう、それだ」
汗ばんだ肌を掌で撫で上げて、十分尖ってる乳首を指で引っかく。毅は言葉になってない声を上げてから、「ちょっと待て、ちょっとだけ待ってくれ」、と焦ったように電話に向かって言うと、通話口を押さえながら耳から遠ざけて、俺の右手をまずシャツの中から出そうとした。
「お前ッ、いい加減にしろッ」
「何もしてねえぜ、俺は」
「してるだろうが!」
バレバレのごまかしは、まあただ単にこいつがいちいち怒るのが面白いからってのもあるが、怒らせることで意識を逸らさせるって目的がちゃんとある。つまり、抵抗を受けてる右手はあっさり白旗を上げといて、油断した隙に、あぐらをかいてる足の膝裏の内側に俺の足をねじ込んで開かせてやるわけだ。するとどうなるか。M字開脚のできあがり? それもあるけど、膝頭が俺の足とベッドについてるから、簡単には逃げ出せない仕組みになるんだな、これが。まあ本気で抵抗されたら普通に俺でも跳ねのけられるが、そこはほら、俺こいつの性感帯は熟知してるから。白旗上げさせた右手も戦線に戻して、力を半減、いや七割減くらいさせられるわけだ。ちょっと体勢的に厳しいが、これで反応しかけてる股間も刺激してやれば完璧で、実際やってやりゃあもう電話どころじゃねえけど、『ちょっと待って』と言っちまった手前、待たせるのはちょっとだけじゃないと毅にとっても厳しいから、まあ健気に電話を続けやがる。その献身的な態度、うん、素晴らしい。涙がこぼれそうだね、俺は。嘘だけど。
「あ、ああ、大丈夫だ、本当に。いや、まだ……待ってくれ、うん、そう……そこから…………うん、ん……うん、うん……あ、ああ? ああ、そうだ、いやッ……」
ズボンの上から撫でてたモンを、特に焦らしもしないで直接触ってやると、毅は前にあるテーブルに突っ伏した。それでも電話は離さない。うん、健気だな。
「……だい、問題ねえよ……分かった、ああ、あ、りがとう、十分だ、十分……ッ、また、そう、電話くれよ、時間が……あったら」
言葉が切れ切れになっている。声もすんげえエロい。腹が痛いで通じんのかね。まあ普通の奴になら通じるか。俺ならトイレの中にいんじゃねえかって思うだろうな。まさか野郎にしごかれてるなんて思わねえし、普通。まあ俺にとってエロい声でも普通に聞いたら単なるかすれ声だろうし。条件反射ってのはすげえよ。マジで。
「ああ、今度はな、俺も……調子、いいだろうし、今日は、ちょっと……ホント、ッ…………悪い、じゃあ……」
ほっとしたらしく、毅の体から力が抜けるのが分かった。けどチンポはギンギンに勃っている。惜しいな、もうすぐ絶対イくってのに。高橋さんもどうせなんだからこんなところで止めないで、聞いてきゃいいんだよ、漏らすのと一緒だ一緒。
「……あ? え、あ、いや……どうだろう、それは……」
と思ったら、途端に体が硬くなった。引き止められてる? うわ、マジかよ。考えてる時ゃいいけど、実際やられると微妙だな。俺の気分が下降線を辿るのと比例して、俺の手の動きは遅くなった。毅の腰が少し動くのが分かったが、何かなあ。マジ微妙。
「……うん、ああ、俺としちゃあな、自分のやり方が正しいのが一番いいんだが……」
そうして俺がサボっていると、毅はさっさと調子を取り戻しやがった。まだ勃ってんのに、現金な奴だ。あーもういいか、とりあえずイかせてやろう。後のことはそれから考えよう。そうだそうだ。
「そう、しかし、客観性ってのは、自分で持とうと思っても、なかなか――ッ、ん、お……いや、何ッ…………でも、ない……」
ガマン汁を擦りこむみてえにきつくしてやる。これが一番イイやり方だ。多分。俺の経験的に。っつーかこいつの経験的? まあいいか。で、これで乳首も耳も刺激してやりゃ裏ドラもくるね。最低ライン。毅がテーブルに突っ伏してるから、俺が上から覆いかぶさるようになって、丁度こいつの背中に俺のナニが当たるような形になってる。これを知らせると、こいつは余計緩くなる。証拠が必要なわけだ。俺がどうにもたまんねえってことの。
「何でもねえ、よな?」
囁いてやる、俺の声も上擦っている。興奮してる。今すぐヤりてえ。っつーか最初からヤりたかったし、俺。毅は嫌な風に息を吸い込んで、食いしばってる歯の間から、少しずつ吐き出してった。よく耐え忍ぶ。感動した。まあ話さねえと怪しまれるとは思うけどな。
「……あ、いや……え、何だ……ああ、待て、ちょっと……ッ、待ッ、――」
とうとう電話を放り投げるみてえに(ちゃんと持ってたけど)遠ざけて、毅は小刻みに声を上げ出した。なぜか俺には微妙な気分が戻ってきた。そう、微妙だ。男なら何つーかこう、やっぱ限界ギリギリまでいくってのが最高な領域で、たまんねえ興奮を味わえるわけでな。なんて考えてる間に、俺の左手は毅の肌から離れて、勝手に遠ざけられた携帯電話を奪っておりましたとさ。めでたしめでたし。とはなんねえのが世の常人の常ってか。
「……あ?」
毅は少し呆然としてから、慌てて電話を取り戻そうとしたが、急所を責めてやれば簡単に動きを止めた。俺は電話を適当に上に掲げたまま、最後の仕上げに取りかかった。通話口はふさがずに。毅は声を見事に完全に抑えたが、息までは抑えられていなかった。そしてイく時には、唸るような声は上げていた。
『中里?』
こいつがイッた後にいつも流れる柔らかい雰囲気は、さっきの変に低くて聞き取りにくい声が破りやがった。この野郎、タイミング悪いな。もっとわきまえろっての。仕方ないので、俺は精液で濡れた右手でテーブルの上のティッシュを取ってソファに座り直してから、電話に出てやった。
「はい、もしもし」
『……中里か?』
「いえ、こちら、我慢大会中継会場でございます」
『何?』
「挑戦者が我慢の限界に達しましたので、以上をもちまして中継を終了いたします。ご清聴まことにありがとうございました。またのお電話をお待ちしております」
『……おい、それは――』
そして通話を切ると、持っていたティッシュで右手を拭った。丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れると、テーブルに突っ伏していた毅は、ぽかんとした顔で、俺を凝視していた。現実が理解できてない奴のする顔だ。俺は左手に持ってた電話を投げてやった。毅は同じ顔のまま、それを腹のあたりで受け取った。何か、今まで流れたことのない雰囲気が、部屋に溢れていた。居心地が悪いとか、そういうことじゃない――俺の存在が、そうと宣言されないまま、丸々拒絶されてる感じだ。股間は落ち着かなかったが、俺は立ち上がって、荷物を取ると、じゃあな、と玄関に向かった。靴を履いてドアを開けてドアを閉めるまで、毅は俺を追ってはこなかった。その後もだ。俺はEG6に乗ってから、とりあえず、誰とヤるかを考えた。
(終)
2006/10/23
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