新発見
勝利を疑いもしなかっただろうメンバーが、勝利を当然のごとく宣言していた中里を歓迎し、勝利をネタとしてぎゃわぎゃわと騒いでいる。
負けたチームのドライバーは難癖をつけるタイミングを奪われて、下がるも進むもできない様子だった。その取り巻きもしかりである。慎吾は中里を囲んで最早バトルも何もあったもんじゃねえという方向に進んでいる盛り上がりを無視して、口を半開きにしたまま眉毛を変な具合に上げている敗北者へと近寄った。
「おい」
「……あァ?」
そこらのチンピラと大差のない容貌でガンを飛ばされたところで、そこらのチンピラ以上の仲間を持つ慎吾は特に何も感じなかったので、綿密な計画に基づいた話を持ちかけた。
「お前ら、負けたんだからよ。さっさとこっから帰っとけ」
「はあ? なんでてめえに言われなきゃなんねえんだよ、んなこと。アホか」
予想通りの反応に頬が上がりかけたが、ここで笑いでもしたら『何笑ってやがるんだ』と因縁をつけられることは明白である。慎吾は神妙な顔を保ったまま敗北者を見、一拍意味深となるような間を置いてから、馬鹿共の盛り上がりへと顎をしゃくった。
「あれ見て分かんねえか? うちの奴らはな、暇さえあれば何でも面白おかしくしようとするんだよ。だからあんたも、このままここにいたらあの流れに巻き込まれて、悪夢を見るぜ」
敗北者は胴上げを始めた中里以下約十人のメンバーたちを見、んなオオゲサな、と笑みを浮かべた。しかし顔は明らかに引きつっていたし、声は残念ながらわずかに震えていた。よし、と心の中で拳を握りながら、慎吾はなるべく淡々と続けた。
「俺も一応同じチームのメンバーだけどな、あのお祭り騒ぎにはついていけねえよ。何回もあったけどなあ、普通にバトルに勝った負けたの話が続くならいいけどよ、負けた奴を取り囲んで、速い遅いに始まって、童貞かどうかだの包茎かどうかだの、年齢身長血液型、住所氏名勤務先まで白状させて、からかうんだよ。イジメだな、イジメ。しかも飽きたら始末もしねえで放り出すから、ズボンとパンツ下ろされたままの奴は悲惨だぜ。もう見てらんねえし、そいつは二度とこの峠には現れねえな。まあ、あんたがそんな風になりたけりゃあ、別に俺はいいけどよ」
話す間に、敗北者の顔は面白いほど青ざめていった。そして今度はなぜかジャンケンを始めた集団を再び眺め、意を決したように眉毛を元の位置に戻すと、
「……またいつか挑戦すると、あのドライバーに言っておいてくれ」
「ああ」
リベンジ宣言をし、取り巻きを引き連れて去っていった。何だ、結構まともじゃねえか。慎吾がその車を見送る頃には中里を崇める会も終わっており、さー帰ろ帰ろとメンバーたちは興を失していたが、慎吾の元に来た中里は、おい、と不審げに言った。
「さっきの奴らはどうした。ワイルド何たらとかいう奴ら」
「ワイルドアンドワイルドな。お前、同じ名前の繰り返しくらい覚えとけよ。突っ込まれるぞ」
「うるせえな、大して速くもねえ奴らのチーム名なんぞいちいち覚えてられるか」
「お、言うねえ。そういやお前も島村クンにゃあ覚えられてなかったもんな?」
「だから、お前慎吾、あいつらはどうしたかと俺は聞いてんだよ」
「帰ったぜ」
「帰ったァ?」、と中里は素っ頓狂な声を上げる。会話をしている間に、ギャラリーもメンバーも波が引くように減っていく。慎吾はそれを視界の端で確認しながら、敢えて遠回りをしていく。
「お前ともう一回やりてえとか言ってたな」
「何でそれを俺に直接言わなかったんだ」
「プライドだろ? 素直そうな輩じゃなかったから」
いつもならば、『お前があいつらに囲まれてギャーギャー騒いでたからだろうが、俺でもあんな集団に入っていきたくねえよ、っていうか他人決め込むよ』とくらいは言うのだが、今回は慎吾も考えて、中里の心境をあまり害さないような会話を心がけていた。我がチームの同志を無実の罪で――でたらめに告げたことと大差のない振る舞いはしているが――貶めてまで得た好機だ。逃すわけにはいかない。
「そうか。まあ、なら仕方ねえな。俺も忘れねえようにしないと」
中里は真面目たらしく頷いた。慎吾は何も言わなかった。口を開くと『お前だったら確実に忘れそうだけどな』だの『頑張らないと覚えられないなんて老化の証拠だ』だの言い合いにつながる言葉しか出てきそうになかったので、敢えて黙っていた。やがて場は極度に静まった。互いのチームの都合により深夜に行ったため、ギャラリーは皆さっさと撤収し――元々ナイトキッズは走り以外では評判も芳しくないチームである――、メンバーもバトルの応援に疲れて皆揃って帰っており、一般人は元よりバトル前に十分走りを満喫していたらしいので、この後も走ろうとする者は一人もいなかった。
つまり、気付けば二人きりである。
慎吾はかなり前から気付いていた、むしろ狙っていたので気付くも何もなかったのだが、中里はたった今その状況に気付いたらしく、あれ、と不思議そうな声を出した。
「何だ、みんな帰っちまったのか」
「だな」
「折角俺が勝ったってのに、あっさりした奴らだな」
「そんな派手な相手でもなかったしな。下馬評は十割お前の勝ちだったんだからよ、波乱もなかった。文句も何もつけどころがねえくらい、妥当なバトルだったってわけだ」
揶揄も皮肉も除いて解説してやると、ふん、と中里は得意げに笑った。至極満足そうだ。俺があんな格下に負けるわけがねえ、と顔に書いてある。蹴りを出しそうな足を慎吾は抑えた。ここで暴力的ツッコミに走ってしまっては、すべてが水の泡である。
と、不意に中里が笑みを消し、思い出したように慎吾を見た。
「そういやお前、今日、青木の隣に乗って来てただろ」
「ああ、だから青木に……」
そこまで言って、あ、と慎吾は今気付いたように周りを見回し、あー、と悔しく聞こえるような声を出した。
「クソ、あの野郎、ギャラリーの女引っかけやがったな」
「何だよ、置いてけぼりか」
中里はおかしそうに笑う。お前笑ってんじゃねえよ、と慎吾はそこで中里を見た。距離は近かった。互いの肌の毛穴まで分かる。は、と中里は一つ笑い、だが慎吾がじっと見続けていると、次第に笑みを消していった。雰囲気が変わる。慎吾はそっと、自然な動きで中里の頬に手を当てた。中里は慎吾から目を逸らさなかった。その瞳の奥に、慎吾はいまだ消えぬ熱を見た。触れる皮膚から伝わる熱、興奮という炎が伝える刺激だ。顔を近づけていくと、中里はその目をゆっくりと閉じた。重ねた唇はしっとりとしており、柔らかく慎吾を受け止めた。
最初は、ただ単に自分の幼馴染にフラれた中里が馬鹿を通り越して哀れだったので、まあ仕方ない燃え上がった性欲の処理くらいは手伝ってやろう、と親切心を持っただけだった。薄々その童貞じみた勘違いに勘付きながらも放置していたことについて、罪悪感も抱いていたのかもしれない。
いずれにせよ、不埒な意図はなかったのだ。それが、適当に手で刺激を加えるだけで簡単に硬度を増していくものだとか、聞こえてくる焦ったような怯えたような上擦った声、快感に染まる顔などを感じていると、そういうケはなかったのだが、なぜかこちらが燃え上がってしまった。まあ元々何だか気になっていたし虐めたくて仕方なかったし、これもアリだろうと終わった後には納得したものだ。それからベッドで放っといたらいつまでも呆然としてそうだった中里が、現実逃避に走らないように事の次第を捏造して正当化していって、今まで抵抗されても最後には美味しくいただけるよう手段を尽くした。
しかし、慎吾はそこで壁にぶち当たった。初夜の時ほど中里がよがらないのだ。いや、声を抑えようとして失敗したり自ら腰を動かしたりという無意識的なサービスはしてくれるのだが、どうも初めての時とは具合が違う。普通は回数を重ねれば慣れるとともに快感も倍増するものだろう。二回目で一旦下がって、近頃でようやく下がった半分くらいまで上がっているというのは、慎吾には腑に落ちないばかりだった。そして日々考えたり考えなかったり考えたりしているうちに、ある日唐突に気付いたのである。状況、条件によって、中里の性感は大きく動くのではないか、ということだ。つまり、初めてついついいただいてしまった時、中里はバトルをした後だった。それもプライドを大きく傷つけられた相手を、アウェイでもって完膚なきまでに叩きのめしたバトルだ。その上その場でフラれたのである。そりゃもう頭も体も上がりゃいいのか下がりゃいいのか分からずに、命令系統も狂い出すだろう。
そういえばこのところヤる時はヤること以外に特に何もしていなかった。男同士でムードもへったくれもないだろうと考えていた。しかしそのムードに左右されるのが、中里毅という男なのだ。流されやすい。その性質を利用していながら、詰めをしくじっていた自分に慎吾は殺意を覚えたが、自分の命ほどこの世に大切なものはないので――自分の命と車の無事は同等である――、とにかく詰めてみることにした。そんな時、バトルの話が持ち上がったのだ。チームの情報通によれば、相手はこちらの中級クラスのメンバーと似たような実力ということだった。普段ならば中里が出るまでもなく、慎吾が暇潰しに遊んでやって負けた後にからかってまた遊ぶという風に落ち着くはずだったが、そこで慎吾はたまにはトップの実力をアピールしたらどうかね、と中里を煽ったのである。
そして誰の予想も外すことなく中里は格下相手に多少加減をした走りでもって完全な勝利をおさめ、中里が興奮したままの状況でヤッてみよう、という慎吾の計画も止まることなく進んでいる。
長い間味わってから唇を離すと、ん、と甘い声を漏らした中里が、濡れた目を向けてきた。慎吾は片方の口の端を上げ、頬に当てた手を肩に回し、横に並びながら、耳に直接囁いた。
「帰ろうぜ」
身を震わせた中里が、驚いたように眉を上げた。その顔の奥に粘ついた期待を見ながら、慎吾は軽く、なけなしの優しさをこめて笑った。
「ここでやるわけにもいかねえだろ。処理できねえし」
「や、やるって……」
「してくれねえの?」
今更怖気づいたように下がろうとする中里を、肩に回した腕で止め、笑ったまま窺ってやる。流されやすい。こういう時、その性質を思う存分利用する。
「いや、そういうことじゃあ……」
「なあ毅」、とその耳朶を食んでから、再び囁いた。「俺の家まで、送ってくれよ。お前の運転で。俺を酔わせてみろ」
そして、お伺いを立てるように卑屈に笑いながら覗き込んでやると、中里は目を見開き、三回きっちり瞬きをしてから、上等だ、とノってきた。
深夜という強みがあった。家までのすべての道程において32が出した最高速度は百キロを越えた。それでも一台のパトカーも現れなかったのは、中里がそういった道を選んでいたからだろう。他人の運転によって、心臓が唸りすぎて気持ち悪くなる体験をしたのは初めてだった。
「すげえな、お前」
アパート前の駐車場に車が停まってしばらくして、まともな声を出せるようになってから、慎吾は計画も何も考えず、そう言っていた。すげえよ。中里はああ、と頷いた。見ると、気が抜けたような顔だった。慎吾はひとまず助手席から降り、前方から回り込んで運転席のドアを開けた。中里はまだ気が抜けたような顔をしていた。おい、と声をかける。
「何そんな、ぼさっとしたツラしてんだよ」
「……いや。久々に、こんな走りをしたからな」
「久々にしちゃあ堂に入ってたけどな」、と言いながら、体を運転席から出すよう促す。よろけた中里は車に鍵をかけてから、そりゃ、と言った。「捕まるわけにゃあいかねえし」
「オービスとか引っかかってねえの?」
「そういうルートは通ってねえよ、残念ながら」
そこでようやく、生気が入ったように中里は笑い出した。くつくつと肩を揺らす男を、慎吾はため息を吐きつつ自宅に引っ張った。玄関で靴を脱ぐ間も中里は笑い続け、先に人のベッドに倒れ込みながらも笑っていた。ご機嫌麗しゅうて。ベッドにうつ伏せているその体に、笑いすぎだろ、と言いながら乗る。うなじにキスを落とすと、くすぐったそうに笑いながら、仰向けになった。
「ちょっ、と、待て、やべえ、おかしい」
目に涙を浮かべた中里が、息も切れ切れに言う。そりゃ良かったな、と慎吾はそのこめかみに唇をつけ、腕を伸ばしてジーンズの前を開いてやり、直接局部を手で握り込んだ。ははっ、と中里が酔っているような笑い方をする。
「やめろ、お前、ちょっと待てって」
「待つのは性に合わねえんだよなあ。知ってるだろ?」
囁いて、耳を舌で撫でる。ひゅう、と中里は喉の奥で風を吹かせた。やはり簡単に、手で擦っているものは大きくなっている。その顔を覗くと、頬が引きつっていた。笑みに見えなくもなかった。
「まだおかしいか」
身を少し起こし、笑いながら真上から言うと、中里は充血している目を泳がせた。顔もまた赤く染まっている。そしてそこも充血したらしく、離しても自動的に立つほどになったので、慎吾は中里のシャツの裾から中へと手を差し入れ、肌を撫でていった。中里は笑みを消し、黙った。その呼吸音だけが響く。顔を見下ろしながら、片手を胸へ進め、突起をいじる。中里は鼻から声を出した。背けられている顔を覗き込みながら、そこだけに触れていると、やがて目が合わせられた。
「……ッ、慎吾……」
「何?」
「そこは、いいから」
「うん」
「……頼む、早く」
泣きそうな顔で真っ直ぐ懇願されては、もぞもぞしていた愚息も元気になるというものだ。慎吾は嫌らしいと名高い笑みを浮かべながら、じゃあ上脱いで、と言い、身を起こした。中里はシャツを脱ぎ、上半身をさらした。ジーンズを脱がしにかかると、腰を浮かして協力してきた。そうしてから慎吾は上を脱ぎ、下は前をくつろげて、開かせた足の間にすっと体を滑り込ませた。音を立ててキスをし、今度は両方の胸に手を這わせる。口の中で声を出した中里が、両手を止めにかかってきたが、親指で突起を弾いてやると、すぐにすがるようになった。中里は頭を振って唇から離れ、やめろ、とかすれた声で叫ぶ。慎吾はやめず、真正面から見下ろした。
「気持ちいい?」
「あ、あ……ッ、ん」
「あ?」
「んんッ……、い、いい、いいから」
「から?」
「早く、触って……ッ、くれ……」
中里は目を閉じて、声を絞っていた。焦らすのも良かったが、焦らしすぎてこちらが爆発しても意味がないので、慎吾は左手はそのままにして右手を腹へと下ろしていき、先ほどよりも大きさを増し、濡れているそれを刺激した。
「ひ、あ……、ああ……」
途端、悩ましい声を中里は上げ出した。両手でシーツを握り締め、動こうとする体を止めている。ああ、やっぱりこれだ。慎吾は思った。こいつとヤるなら、このくらいまでしねえとつまんねえ。名前を呼ばれたあたりで、今か今かと逸っている息子の出番を作ってやろうと、張り詰めたものをしごいていた手を陰嚢からその下の窄まりへ向け、胸へやっていた左手を腹へと落とし、それで再び触ってやる。そして指を入れていくと、前回から間も置いていないので、すんなりと入った。
「ん……ッ、あ、しん、ご」
「ん?」
「――ひ、あッ」
ゆったりと慣れさせる余裕がなくなってきたため、いささか乱暴に指を増やしていく。ともすれば萎えそうだが、絶え間なく刺激を与えているためか、中里のものは勃起を保ったままだった。馴染んできたあたりで、慎吾は広げるのではなく、快感を与えるために指を動かした。
「どうだ?」
「んんッ……」
「この辺とか」
「やッ、やだ、やめ……ッ」
言われたところで、左手は離し、右手も抜いた。はあっ、と大きく中里が息を吐き、それから目を開き、見上げてくる。慎吾はジーンズと下着を脱ぎ、中里の両膝を掴んで、足を大きく開かせてから、笑ってやった。
「やめてくれってんなら、やめてもいいけどよ」
どうする、と選択を促す。中里は息を荒げたまま、意味を解せないように、ぼんやりと見上げてくる。快楽に溺れた顔を見下ろしているだけで、俺最高、と自画自賛したくなった。ここまでこいつをこうできるのは絶対俺しかいねえ、っていうか俺以外にいたらぶっ殺す、などと物騒なことを半分ほど本気で考えながら、十二分に勃起してしまっている自分のものの先端を、先ほど緩めた穴へ寄せる。
「なあ?」
「あ……」
「早く言わねえと、入っちまうぜ」
中里は息を吸い込み、目に光を宿した。その奥に、変わらない熱があるようだった。この男の根底にある情欲が、表面に染み出てきているのだ。慎吾が動きを止めてじっとしていると、瞬きを多くした中里が、慎吾、と切羽詰ったように言った。
「何だ?」
「……頼む」
「やめろって?」
正直ここまできてやめられもしないが、ここまできたら最後まで言わせたいので、敢えて尋ねる。中里は首を振ると目を閉じ、呼吸を大きく二回取って、唇を何度か震わせてから、呟くように言った。
「入れて、くれ」
――よし!
と思うのが、精一杯だった。言葉を味わう間も置かず、慎吾は一気に突き入れた。自分自身も焦らされて、快感が増大している。だが元が遅いので、入れただけで出るなどという悲劇は起こらなかったが、声を裏返した中里は射精していた。ひどく締め付けられて、心すらも折れかけたが、快感以外に浮かんでいないその顔を見ると、かっちりと立ち上がった。ぴくぴくと震えているその太ももに手を当てて、膝裏まで滑らせながら胸につくまで足を上げさせ、腰を尻に打ち付けていく。
「は……あ……、ああッ、あ」
「あー、すげ、毅」
「しん、慎吾、やッ……」
シーツを掴んでいた手を慎吾の腕へと伸ばしてきたため、中里自身が開いた両足を抱えているような状態だった。絶対的な快感を得るための、持続的な快感に裏打ちされた反復運動をこなしながら、慎吾は愉悦に浸っていた。うわあ、もったいねえなあ、今までの俺。中里は肉感的に喘いでは、羞恥のためか息を止め、それでも耐えがたいように声を漏らしている。そして体位を変えた慎吾は、いつまでできんだよ、これ、と笑いを止められなかった。
(終)
2007/01/13
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