捉え方
公共の場において数名で輪を作り互いのイチモツを見せ合ったり、無闇に性器名を連呼したり無闇に服を脱ぎだしたりするような奴らとチームを組んで長く一緒にいれば、野郎同士の全裸に対する羞恥心も遠ざかっていくものだ。それでも慎吾が中里を初めて抱いた時には、その股を開かせるのに苦労した。互いの表情の微妙な変化も見えない電気を消した暗い部屋だというのに、中里はなかなか尻に触らせなかった。はじめは慎吾もなるたけ時間をかけて合意の上で行おうとしていたが、準備万端の息子を抱えた身では、わずかに焦らされるだけでも耐えがたい。最終的には問答無用で突っ込んだ。後々文句は言われたが、交際を承諾しキスも抜き合いもフェラチオもしているというのに、セックスだけ焦らす方が悪い。大体、突っ込まれている最中に散々喘いでいた奴がどんな文句を言っても、説得力はなかった。
そんなわけで初秋のその日、慎吾は中里とひとまずはセックスを済ませ、それから今に至るまで、定期的にやっている。最初は股を開くのをためらっていた中里も、何ヶ月も過ぎた今では裸で向き合ってもどこも隠さないほど開放的だ。文字通り尻の穴まで見られているのだから、もう慣れたものなのかもしれないし、何十回とやっているから最早やけっぱちの心情なのかもしれない。いずれにせよ慎吾にとっては良いことである。特に堂々としつつも奥底で恥じらいを残しているところがたまらない。中里というのはそういう男だ。フェラチオをしながら勃起してても、それを見せつけてくることはなく、むしろ隠そうとする。それを暴くのがまた愉しい。自信に溢れた精悍な顔に、野蛮で淫乱な表情が浮かび上がってくる、その肉欲をそそる様相といったらない。あまり高圧的に出ると殴られるので、加減をしながら、峠で車一筋でやっている奴を、そのように性欲に支配された人間におとしめてやることは、かなり刺激的だ。だからついつい度が過ぎる。普通に寝転がりながら触り合っても満足はできるのだ。何だかんだ慎吾は中里が好きで、中里も慎吾を好きだと言っている。男同士は前提だ。元々外せないものを障害に仕立て上げるほど、二人とも暇ではない。好き合っていて互いに性欲を持っている者同士、抜くだけでも良いといえば良い。だが相手が中里となると、慎吾は勢いを止められなくなる。というかもう止める気がない。煽るようなことをする奴が悪いと決めている。顔を背けながら腰を突き出すような奴が悪いのだ。それが中里という奴だった。
終わってからの尻と腹の具合を中里が見極めにくいという理由で、やるのはほとんど翌日中里が休みの日だった。ホテルは金がかかるのでどちらかの部屋。大抵は中里の部屋だ。田舎のアパートで住人が少ないから、多少暴れても苦情はこない。
もう電気を点けたままでも拒まなくなっている。裸でベッドに二人で座りながらテレビを見ていても、滑稽だと笑ったりだらしがないと文句を言ったりもしない。テレビを消せば気配を察してもぞもぞし出すが逃げようとはしない。後ろに回って、腹には腕を回し、肩に顎を乗せる。その時、慎吾の長い前髪はどうしても中里の肌に触れる。それがこそばゆいらしく、中里はいつも身を避けようとするが、その動揺が面白いので、慎吾はわざと胸を背中にぴったりとつけて、抱き締めて離さない。
「久々だよな」
耳に唇を触れさせながら囁くだけで、腕の中にある体がびくびくと小さく跳ねるのが、また面白い。精神は鈍感なくせに、肉体は敏感な男だった。中里毅。濃い顔に硬い体、頑固な頭。ホモに見えなくもないが、だとしてもどう見ても抱く側だ。この男の尻に突っ込むことを考える奴などそうそういないだろうと慎吾は思う。だからおそらくその凄さを知っているのは、自分だけだとも。
「……そうでもねえだろ」
わざと低められた声。それが高く、甘くなっていくことを想像するだけで、慎吾の股間はもう熱を帯びる。
「一週間ってのはお前、長いぜ。毎日会ってんのによ」
峠で顔を会わせないことはない。時間帯が被る。中里はどこの誰よりも早く来て、どこの誰よりも遅く帰りたがる。走ることに執着している。慎吾もそうだ。自分より速い奴のいることが許しがたい。だから懐とは相談しながらも夜通し峠を攻める。夜半を過ぎても残っているのは大概自分と中里の二人だけだ。それでもこんなことはしない。一度急にムラムラときて峠でキスをしたら、終わってから本気で頭を殴られた。半勃ちしていたくせにケチな奴である。その分また、いざという時に歯止めが利かなくなることを、おそらく中里は分かっていない。
「そんな長いってもんでも、ねえだろ。たった七日間……」
耳朶を舐めながら、腹から胸にかけてをさすっていた両手で乳首をいじると、中里は言葉を途切れさせた。ごくりと唾を呑み込む音が間近で聞こえる。事あるごとに触れてきたおかげで、指で乳首を擦れば、すぐその息は乱れ出し、肌に汗が浮いてくるのが分かる。勃起の兆しがある中里のペニスを手にしても、腕は掴まれるが、振り払われることもない。全体をゆっくりしごくだけで、すぐに硬くなる。期待されていたようで、頬が上がるのを、話かけたくなるのを抑えられない。
「そんくらいが丁度良いか、お前は」
「……何が」
「毎日はめるより、週一くらいの方がよ。待ち遠しいだろ。飽きがこねえ」
「バカか、お前……」
かすれたその声は耳に心地良いが、バカと言われるのは腹立たしい。お前よ、と首に言いながら、慎吾は柔らかく手で包んでいたペニスの先端を指で刺激した。
「んっ、んん……」
粘液の染み出てくるそこだけ擦りながら、左の乳首をつまみ、汗のにじんだ首筋を舐め上げる。中里が堪えがたそうな声を上げ、身じろぎするたび、中里の腰部に当たっている慎吾のペニスも浅い摩擦を受け、より充血していく。微妙な快感は、胸以上に股間を膨らませる。首筋から舐め上げていき、真っ赤な耳に言葉を続けた。
「人をバカって言う奴がな、バカなんだぜ、おい」
「いや、お前……お前が、慎吾……」
「俺が何だ。またバカとでも言うつもりか、この野郎」
「ちょ……っと、待て、そんな、に……」
「何だって」
「い、あっ……」
のけぞる中里の腰が浮き、ペニスが手に押しつけられるようになる。全体的に擦って欲しいのだろうが、人をバカと言ってくる奴の希望をそう簡単に叶えたくはないし、ここで射精させてやってもつまらない。一旦勃ちきっているものから手を離し、腕を掴んできている中里の手も外し、用意しておいたローションを取る。その間に自分でしごき出すかと思ったが、そこまでやるほど開放的でも理性が飛んでもいなかったらしく、中里は握り拳を胃のあたりに当てながら浅く息をしているだけだった。慎吾はその上からローションを垂らした。流動性をもったそれは重力に従い中里の胸から腹、腹から股間へと流れていく。胃のあたりに置かれた手も濡れている。慎吾はローションの容器を片付けてから、改めて中里の体を後ろから抱き直し、そして左手で中里の左足を膝の裏から胸につくまで上げて、右手で中里の右手を掴んでそれごと股の間へ滑らせた。
「……ッ、お前、何……」
「何?」
「何、何だ」
「手、開けよ。それともこのまま尻に入れるか? 挑戦者だな、お前。応援はするぜ」
「何言って……っ、ん……」
慎吾が右手を動かせば、その手に覆われている中里の右の拳も動き、ローションに濡れた自分の並んだ指で、ペニスをぐりぐりと擦ることになる。それよりは開いた手で握った方が刺激は満遍なく訪れるから、中里も拳を崩す。だがここまできて慎吾も手淫の手伝いをしてやりたいわけではないので、開かれた手の指に甲側から指を沿わせながら、袋を通って尻の穴に触れる。周囲を優しく揉み、硬く締まっていたそれが開き出したところで、慎吾が中里の手の甲を握り、力を加えると、中里は自分の人差し指を穴へと入れた。瞬間緊張した中里の筋肉からも、肩越しに見える中里の胸から足先までの様子からも、それは分かった。
「……ふっ……う……、くうっ……」
身を強張らせてなかなか動かさないその手を、慎吾が掴んで揺さぶると、中里の腰まで揺れた。それを繰り返せば、中里自らが滑らかに尻を指でいじり出し、慎吾の手は触れているだけになる。
「感じるか?」
手を内股へと移し、ローションを肌の塗り込むようにさすってやりながら、囁く。中里は手の動きをぎこちなくはしたが、止めないまま、顔は背け、消え入りそうな声で言った。
「こんなことして……楽しいのかよ、お前」
「楽しくねえこと、俺がやると思うのかよ、お前」
「そりゃ、やるとは……思えねえが……」
「つまり、お前が俺に突っ込まれるためによ、自分で尻の穴開いてんだぜ。それ見てりゃ、まあ、楽しいだろ」
中里の手が、完全に止まった。慎吾は内股を撫でていた手を、その手に被せ直し、中指も入れさせて、抜き差しを手伝った。中里が顎を上げながら、泣きそうに震える声を出す。
「お前、そんな……こと言う奴、じゃあなかった、じゃねえか、そんな」
「そりゃ、山でこんなこと言ってたら、それこそバカだぜ。っつーか危ねえよ。イカれすぎだ」
「ここで、言ってても、危ねえって……」
中里は喋りながら、呼吸を落ち着けようと努力をしているらしかったが、次第にためらいがちになる尻の中を掻くその手の動きを、慎吾が強引に続けさせていると、息はますます荒くなり、言葉も出なくなっていった。その余っている左手は、左足を抱えている手で慎吾が握ってやっているから、中里のペニスは外からの刺激を得られていない。それでも腹につくほど勃起したままなのは、中里が尻で感じている証拠である。その光景を汗で滑る肩越しに見下ろしながら、時折堪えきれぬように漏れ出してくる中里の甘い声を聞いていると、慎吾はほとんど触れられていない自分のものを、ぶち込みたくて仕様がなくなる。動かしていた手を止めて、一応念のためを考え、声をかけた。
「もういいか?」
「……あ……何……」
「入れてもよ」
「ああ……」
それが単なる相槌かどうかを確かめるための間は、取らなかった。これ以上焦らすのは、焦らされるのと同じだ。慎吾は中里の指を尻から抜き、後ろから抱えていたその体をベッドに倒して、上から覆いかぶさると同時のような素早さで、そのまま挿入した。
「んん、んッ……はッ……はあ、あ……」
痙攣のように中里の体が震え、強く締めつけられたが、突き入れた状態で少し待っても、中里は射精せず、勃起も保たれていた。絶頂は迎えなかったらしい。慎吾はそれからゆっくり腰を進めた。最初から激しく動くと、出してしまいそうな快感が腰のあたりに潜んでいた。ここまでしておいて、一回目が三分以内で終わるのはさすがに物悲しいものがある。それに、ゆるゆるとする方が、刺激は柔らかく一定だが、動かすたびに表情を変える中里をじっくり見られるし、触れ合っているという充足感もある。そうして慎吾は悠々とやっていたのだが、中里は急に腕を掴んできた。
「加減、すんなよ」
苦しそうに顔をしかめながら、中里は言った。慎吾は一旦腰を止め、はァ?、と声をひっくり返していた。
「してねえよ、加減なんて」
「してんだろ、おい」
「してねえって。一発大事にやってるだけだ。入れてすぐ、出してたまるかよ」
出さないようにという意味で加減はしているかもしれないが、中里の身を案じてというのではない。指摘はお門違いだ。どこか不満そうな中里の顔に顔を寄せ、分かったか?、と尋ねる。汗だくの赤い顔。辛そうだが、痛そうではない。中里は慎吾の視線から逃れるように顔を背けながら、呟いた。
「んなこと、いいだろ」
「良くねえよ。誤解はすんな。こっちの問題だ」
「……出しちまえよ」
間が置かれなければ、聞き返していたかもしれない。それほど小さな中里の声だった。だが慎吾はそれを聞き取った。聞き取った瞬間に、達しそうになった。ペニスに対する直接の刺激以外で快感が限界を越えそうになることを知ったのは、中里とやるようになってからだ。最初の頃は対処もしがたかったが、今ではうっかりという失態もない。経験は予想の精度を高める。何がくるか想像できれば気を引き締められる。だが不意打ちには、慣れようがない。我慢の仕様もない。慎吾は中里の顔の横に顔を落とし、生ぬるさの残るシーツで熱くなっている顔を若干冷やしながら、布に喋って声をくぐもらせた。
「これだから嫌なんだよ、お前」
「……ああ?」
「ったく、あーもう、やってらんねえっての」
そしてがばりと起き上がり、中里の腰を掴み直す。
「文句言うなよ。俺は知らねえ」
「文句なんざ――」
言うだけ言って、慎吾は一気に力と速度を増して突き入れていった。粘膜の擦れる強い快感が、動きを助長する。中里は突如激しくなった流れについていけないように息ごと言葉を止めたが、慎吾が構わず溜め込んだ欲望をぶつけていくと、腕を引っかくように掴んできて、急迫しているような声を上げた。
「ま……ッ、待て、慎吾、やっ……」
「待つか、誰がッ、知らねえよそんなの」
ここで一旦引いてしまうと、再び動いた時に三秒で終わりそうだ。キスをする余裕すらないのだ。話を聞いてやる余裕などもっとない。
「ひっ、……ァ、あ、やめ、やめろ、それ……それ、無理っ……」
「無理じゃねえって、俺は」
「や、あ、あっ……」
腕がちぎれそうなほどに掴まれている。足が腰に絡んできている。まだ中里は射精していない。しごいてやろうかとも思うのだが、そうした間を取る余裕もない。動物のようにひたすら抜き差しするしかない。それでも中里は、極まってきているらしかった。呼吸が速くなり、声が抑えられなくなっている。
「はあ、はッ、あ……いッ……いく、駄目だ、俺、もう……ッ」
「いけ、いっとけ、先いっとけよ、俺は先にいきたくねえ、絶対」
本心だった。限界は近い。いかせられずに終わりたくない。だが早く出したい。だから先にいってほしい。そして早く自分もいきたい。その一心で動いていた。最早肉欲の解放を待つのみだった。
「……ひッ、ひう……しん、……ん、んうッ……」
息を止め、全身を突っ張らせた中里が、がくがくと震えたのちに射精した。慎吾は緊張している肉に抵抗しながら責め続け、その締め付けが薄れたところで、背骨を駆け上がっていく快感の兆しを得た。
「……っ、あ、……毅……ッ」
「ふっ……う……、ん……」
緩まっている中里の尻に、そして慎吾は精液を放った。吹っ飛んだ思考が戻り、腰が落ち着くまでは短かった。抜かずにいると、ぴったりとペニスを取り巻く肉が余韻を感じさせた。そのまま慎吾は一息入れた。急に一気に動きすぎて、酸欠気味だ。中里もまだ呆けている節がある。
「慎吾……」
それは独り言のようだった。中里は目を向けてきていない。だが名を呼ばれて、無視をしたくも、されたくもない。慎吾は中里に顔を近づけ、囁くように聞いた。
「何だ」
「……何だ」
「何だよ」
「だから、何が」
「何がじゃねえよ。俺が聞いてんだぜ」
「いや……何でもねえ……」
面倒くさそうに中里は目を閉じる。やはり独り言だったのかもしれない。それならそれで、それはもういい。顔を近づけたついでに、唇も近づける。中里の口は半ば開いていた。他のことを愉しがりすぎて、その厚い唇に唇で触れるのは、今日初めてだった。表面を味わってから、中に入り込み、絡み合う。
たった七日間がどれだけ長いか思い知らせるのは、これからだ。
(終)
2008/06/08
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