積極的姿勢
腰の左右、ベッドについた両手でシーツを強く握り締める。それは気まぐれにもたらされる刺激に対する反射でもあり、大きく外側に開かされた股関節の負担を軽減するためでもあるが、他のことを仕出かしてしまわないようにという、中里なりの自尊心防衛の手段でもあった。
「お前さァ」
ただでさえ、慎吾にそうやって後ろから、耳の近くで喋られるだけで、じりじりと疼く腰を揺すりそうになってしまうのだ。これで両手を自由にしたら、赤々と濡れ光り続けている膨張しきった自分のものを、すぐにでも擦り立ててしまいそうだった。そんな切迫した中里の状態を、慎吾は既に把握しているに違いないのだが、尻に入れてきている肝心なものは動かさず、
「できねえ我慢、そろそろやめろよ。お前がマゾってことは知ってるけど、良いより辛くなってるだろ、これは」
と、滑らかに通る低めの声と、散々弄られ硬くされた乳首を弾くように胸を撫でる両手とで、中里が達するには足りない、だが身をよじらずにはいられないような快感を、与えることをやめようとしない。誰がマゾだ、思いながら中里は、それでも快楽に染まった声を上げることも、自ら刺激を求めることにも耐えている。できないと言われると、余計に我慢するしかなかった。
別に慎吾との、他のモテないメンバーがよく女性としたがっている、中里も以前までは達成方法を模索していた、この行為自体が嫌だというわけではない。どう見ても男の中の男のはずである自分が下に敷かれるのは、今もって腑に落ちない面もあるが、かといってどう見てもヤンキー系野郎である慎吾を、下に敷きたいという欲求も中里のうちには存在せず、慎吾がどうしてもしたいというのなら、渋々ながらも承諾できる事柄ではあったから、以前慎吾と一晩に二回及んでから一ヶ月、峠帰りに部屋に誘われ、寄ってすぐ、切羽詰まったような顔でキスを仕掛けられても、中里は拒まなかったのだ。その行為が嫌ならば、ものの弾みでそうなった最初の時点で拒んでいるし、何よりどこか不安げな慎吾を前にすると、積極的に受け入れざるを得なくなるのが中里だった。つまり、そうしたいだけのものを、中里は慎吾に対して抱いているのである。それが何であるか、正確に認識してはいなくともだ。
だが、何もなかった一ヶ月の間、慎吾が中里に対して抱いていたものは、また別だったらしい。キスをしながらベッドに移動し、服を脱がされうつ伏せにされて後ろを解され、そのまま一気に猛ったものを入れられて、一ヶ月ぶりに味わう圧迫感と快感の、体を内側から引き裂かれそうな衝撃に、歯を食い縛って堪えていると、突然上半身を後ろに引き起こされ、気付けば中里は、あぐらをかいた慎吾の股間に、大きく足を開いて座る体勢になっていたわけだが、それからは、ねちねちと責められたものである。腰は結合したまま固定され、敏感な首筋から耳にかけて舌で唾液をなするように舐められ、皮膚の薄い内腿や脇腹などをくすぐるように指で撫でられて、乳首は弾かれ捏ねられ爪を立てられ勃起させられた。そうしながら、慎吾の言うことときたら、久々過ぎて鈍ってんだろ、前にしてから一ヶ月か、それだけ経ってりゃ声も出ねえよな、という調子だ。そこまでくると中里も、こいつ、キレかかってやがる、と気付きもしたが、この一ヶ月間、二人きりになってもそういう雰囲気が発生しなかったことを恨まれたところで、筋違いにしか思われなかった。
中里からすれば、峠に行く日にちが減るような行為を、積極的にしたくはならなかったというだけだ。翌日には、腰から下の大部分は勿論のこと、首肩背中等々の筋肉関節も痛くなるし、疲労による微熱が出たり、腹が下ったりする場合もある。肉を噛まれでもしたら、痛みと歯型が三日は肌にくっきりと残り、それが太腿や尻などの隠しやすい場所ならまだいいが、首筋や手首などの目立つ場所にでもつけられると、処理には非常に苦労する。そういった手間や面倒も考えろ、という話である。だが、慣れたつきで肌をまさぐられ耳を舐められながらそれを主張するのは、難しかった。一ヶ月経とうが、感じるものは感じるのだ。記憶に苛まれ、夢にも見た。嫌というわけではない。嫌なら最初の時点で、殴り倒している。ただ、積極的にしたくはならなかったというだけであり、この一ヶ月の間にもし、慎吾から何らかのアプローチがなされれば、拒みもしなかっただろう。それもないから、あいつも男の尻を掘ってバテてるより、雑魚でも見下してドラテク磨いてる方がいいんだろう、と中里は見ていたわけで、何もなかったことにしていたとか、そういうことではないのだ。
しかし、そういうことだといきなり一方的に決めつけられて、責められて、やり過ごせるほど中里も、都合良くはなれなかった。いつもならその程度、馬耳東風でもある。慎吾の嫌味は時候の挨拶のようなもので、気にする方が馬鹿らしい。だが、自分の意思を無視される形で苦しめられては、自尊心も徹底反撃を命じるし、とはいえまともな声も出せない以上言葉で抵抗するのも難しく、実力行使しようにも体は快感の獲得を優先しようとしてしまうから、それが正しいか正しくないかは無関係に中里は、とにかく我慢するしかなくなったのだ。展望などは無論なかった。
その行き詰まった状態を、慎吾は把握しているに違いない。どうせお前は忘れてんだろ、やり方も感じ方も、などと、最初は中里の記憶力を馬鹿にしていたものが、いい加減、いいじゃねえか、と、今では宥めるような調子で言ってくる。
「感じてんの、バレバレなんだよ。いきたくてしょうがねえんだろ、なあ毅、お前が淫乱なんてこと、俺はもう、知ってんだぜ。我慢する意味ねえだろうが」
口調は懐柔しにかかっているのだ。声は優しく、囁くようで、だがこの内容を、喧嘩を売りにかかっていると捉える認識が、それに甘えることを服従と捉える思考が、中里にはまだ残っているために、素直になろうにもなりきれず、歯を食い縛りながら肩で息をし、全身が性感帯になったような苦行に耐えるしかない。まさに苦行だ。苦しい。正直苦しくてたまらない。今すぐにでも自分のものを扱き立てて射精したい、腰を動かして、内側を慎吾のものが行き来するその摩擦を感じたい、思うがままに声を出したい。普段なら考えもしないことが中里の脳裏を頻繁に過ぎる。だが我慢しなければならない。辛さが高じて次第に我慢する意義を見失いつつもあるが、結局それが中里なりの、自尊心防衛の手段なのだ。
「ったく……」
と、慎吾が肩の後ろでため息を吐いて、そっと胸から手を離した。いきそうでいけない、絶頂に近い快感とそれゆえの苦しみを生み続けていた刺激が止まり、何が終わったわけでもないが、中里は少し気を緩めた。その途端だった。慎吾の右手に、服を脱がされた段階からまったく触れられていなかった、空気にすら感じそうになっている下腹部を突然包まれ、あろうことか先端を強く擦られて、
「アッ」
抑えに抑えていた声を、中里は思いがけずに漏らしてしまっていた。それでも慎吾は構わずに、親指と人差し指の腹で、中里の亀頭を押し転がすように摩擦する。
「あっ、まっ、待て、やめ」
止まらず溢れている自らの体液で、滑らかになっているといっても、敏感な粘膜が露出しているところへの刺激としては、あまりに強い。剥き出しの神経をぐりぐりと擦られたような、閾値を遥かに越えた激しい快感に、目がくらみそうになり、中里は制止の声を上げた。すると即座に慎吾の動きは止まり、ただ、手はそのまま、中里のものを包み込む。それをもう少し、優しく動かしてくれるだけでいい、それだけで、射精できる。その考えが、欲求が、中里の頭を一時的に支配した。我慢はとっくに限界だった。
「やめていいのかよ」
背中にのしかかるように胸をくっつけてきながら、慎吾がそろりと聞いてくる。鼓動が骨を打つようだが、自分の心臓の音がうるさくて、どちらのものか、不明瞭だ。
「……しん、ご」
「何」
後ろに慎吾は確かにいる。本当に慎吾かどうか、疑わしくなるような、だが慎吾そのものでしかない、どこか不安定に、甘えがかった声で、何、毅、と返してくるのだ。そんな声を向けられると、シーツを握り締めている自分の両手を使うより、自分で腰を動かすより、気持ち良くなれる方法に、頼りたくなる。中里は唾を飲んだ。行き詰まっているのは、きっとお互い様だろう。慎吾にしても、挿入したまま不動の状況を維持するのは、相当な我慢にあたるに違いない。それがこれからしてしまうことへの、せめてもの慰めだった。中里は深く息を吸い、少しの間喉でせき止め、声として、吐き出した。
「……やってくれ、慎吾」
何も起こらなかったのは数秒で、その後は、素早かった。あっという間に犬這いに戻されて、その拍子に慎吾のものは抜かれ、空白を感じている余裕もないうちに、仰向けにされると両足を担がれて、中里は再び一気に貫かれた。
「いっ……あ、あっ」
そのまま深く数度突かれただけで、腰の奥で射精感が爆発した。脳味噌が四散したような衝撃だった。だがそれが治まると、続けざまに行われる乱暴な律動に、危険を感じるだけの余裕は生まれ、おい、ちょっと、と中里は勝手に出ていく喘ぎ声の合間を縫って言おうとしたが、目の前に飛び込んできた慎吾の、乱れた長髪から覗く、眉間にしわが寄り、目が細まり、頬が引きつった、今にも笑い出しそうで怒鳴り出しそうで泣き出しそうでもある、だからこそ最も気持ち良いとでもいうような、見栄えが悪く心臓にも悪い顔を見て、両手でそれを、下から支えていた。翌日の、自分に関する懸念はいや増している。この調子では、考えたくもない結果になるだろう。だが結局、それすら積極的に受け入れざるを得ず、強く大きく穿たれながらも、中里は慎吾の顔を自分の顔へと引き寄せた。
(終)
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