それだけ



 闇夜にきらめく外灯が室内の輪郭を薄く映し出す。紫煙が光を浴びて形と色を変える。姿を見せない電車が地響きのみを立てて過ぎ去っていく。その後に沈黙、そして人間の呼吸音が部屋を埋める。これでいいのかと考える。これで相応しいのかと考える。この空間から旅立つ時のことを考える。生活というものについて考える。幸福というものについて考える。答えは出ない。唾液を奪っていく煙草を捨てる。やめようかと考える。変わるべきではないかと考える。責任について考える。答えは出ない。カーテンは閉めない。密室は理性を失わせる。二人きりの時間について考える。自分の態度について考える。改善すべきことが多すぎるという結論が出る。変えるべきことは多すぎるという結論が出る。舌の裏に溜まった唾を飲み込む。目を閉じる。遠慮がちに触れてくる唇の感触を思い出す。堂々と滑り込んでくる舌の感触を思い出す。その動きを思い出す。目を開ける。わき出てきた唾を飲み込む。それだけだと思う。それだけでいいと思う。そして朝を待つ。



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