愚痴



 いい感じだった。食事に何度誘っても断られなかったし、話だって楽しく進めた。ドライブだって行った。スカイラインも好きだと言ってくれた。二ヶ月だ、二ヶ月。それで告白したら、フラれた。どういうことだ、これは。俺が悪いのか。キスもしなかったのに。
 繰り返される中里の愚痴を慎吾は聞き流した。何年経っても進歩のない奴だ。失恋話を酒のつまみにするのも片手じゃ数えられなくなっている。学習能力ってもんがないのかね、慎吾は思う。ないんだろうな。デートを重ねて距離を縮めていけば女は落ちると思っている。こいつは何も分かっちゃいない。
 可愛い子だったんだ。昔剣道をやっていたって言ってたけど、指が長くて綺麗だった。笑顔が本当に可愛かった。はいそうですか、そりゃ残念でしたね。口に出しそうになって、ウーロンハイに口をつける。薄い。相変わらずボッてやがるこの店。しかし今あまりアルコールを入れてしまうとこの男の始末がつけられない。日本酒好きなのはいいけど度数高いのばっかいってんじゃねえよ。誰がてめえを外に出してタクシーの中に押し込むと思ってんだ。ことと次第じゃ家まで運ばなきゃなんねえんだぞ。大体人が紹介してやるって何度も言ってんのにその度拒否って見込みもねえのにイイヒト演じて正式にフラれたら頼ってくるってどこまで鈍感だ。
 しかし慎吾は何も言わない。ただ受け流す。彼女が欲しいなあ、という呟きにも何も返さない。そして中里は自分で話を続けていく。そのうちテーブルに突っ伏した。うううう、とうなった後、無言になる。そろそろ潰れてくれただろうか。吐いても何でも良いから終わりにしてもらいたい。何が楽しくて見知らぬ女を褒め称える話を聞かねばならないのだ。
 始まってから一時間後にようやく終わり、自分の財布から金を出して会計を済ました。足元が怪しい中里に肩を貸し、外に出る。生ぬるい風が頬を舐める。店の真ん前に停めているタクシーにまず中里を押し込んでから、自分も乗り込む。
 金を払うとまた財布が軽くなった。昔は後で利子をつけて返させていたが、最近は徴収もしていない。記憶をなくす中里は自分の金で慎吾が支払いを済ませたと思っている。慎吾の言うことを信じている。何万円これで貸しを作っているだろうか。運ぶのは中里の家、鍵はジーンズの左前ポケットの中。部屋に入ってベッドまで運んで水も運んで作業は終了。既に中里は夢の中にいる。
 何でもできる。こういう時、常に考えることだ。実際に財布から金を抜いてやることも、服を脱がせて全裸の写真を撮ってやることも、ベッドに縛り付けてやることも、殺してやることも、何でもだ。万能感が満ち溢れる。何でもできるんだぜ、俺は。呟いてみると、馬鹿らしくなった。
 帰る時、追いかけてしやこないだろうかと期待する。だがありえないことだった。いつになったら諦められるだろうか。いつになったら諦めてくれるだろうか。ありえない。歩いていると、ぐわん、と世界が展開しかけ、塀に手をつくと同時に、吐き気に気付く間もなく吐いていた。野良猫が鳴いている。涙がにじむ。苛立って、塀を拳で殴った。痛かった。
 家に戻ったが、面倒だったので傷はそのままで自慰をした。寝て起きた時には、何を考えてしたのかは思い出せなかった。シャワーを浴びて、出勤の準備をする。新しい一日の始まりだ。もう何も関係はない。
 手の擦り傷が完治するまで一週間がかかった。それまで中里には会わなかった。



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