弱さ
恋だの愛だのは所詮生活に支配されるのだと思っていた。いや、今も思っている。それはおそらく理想で、夢で、希望だ。心の痛み。青春という虚構のその残滓は、膨大な時間によって過去へと流されていく。遠い過去。生活の積み重ね。つまりはそれが人生のすべてであり、単なる好悪の感情と本能的な欲望を綺麗に飾り立てて一喜一憂することでしか暇を飽かせない奴らを嘲っていた。身の程を知っているからこそ股を開きたがる自虐的で自惚れ屋の女も嘲っていた。肉体への刺激による快感など一瞬で過ぎる。暗黒の牢獄に封じられているかのような恐怖が引き連れてくる、長く狭い快楽には、どんな肉体も敵わない。そう思っていた。いや、今も思っている。それはおそらく理想で、夢で、希望だ。些細な心の痛みを悲劇に仕立て上げ、慟哭することでしか人生の意義を見つけられない奴らを嘲っていた。些細な心の痛み。例えば目が合った瞬間に逸らされたとか、舌打ちを飛ばされたとか、そういうことだ。実くだらない、大いなる悲劇。だが所詮は果てのない地獄のごとく続いていく生活の一部分だ。過去は遠ざかる。そう思っている。泣きながらもそう思っている。この弱々しい自分もいずれ遠ざかる。永遠に誰にも見つけられないだろう。特にあの男には見つかりたくもない。それは理想で、夢で、希望だ。現実はどうであるか、そんな知れきったことなど慎吾は最早考えたくもなかった。
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