頭の中でガンガンと鐘が鳴り響いている。他の音を聞く余裕がない。二日酔いだった。休日を控えていたから油断した。チームの連中何人かと居酒屋をはしごして、最終的に自宅で一人ビールを何本か空けた気がする。実際テーブルの上には空き缶が二本ある。合計一リットル。昨日から今日にかけてしこたま飲んだ。そして吐いた。そして寝た。正確な記憶はない。布団の中から出たくない。吐き気はないが、とにかく頭の中でガンガンガンガン鳴っている。これだけうるさければ煩悩も何も浮いてはこないものだ。携帯電話の着信音も玄関のチャイムも認識できなかった。慎吾が勝手に人の家に入ってきても、驚く余裕もなかった。
「何だ、いるんじゃねえか。電話くらい出ろよ」
 目の前に立った慎吾が面倒くさそうに言う。中里はだるい体をずるずると動かしベッドに腰掛け、俯いたまま言い返した。
「頭がガンガンするんだよ」
「二日酔いか?」
「ああ。うるさくてたまんねえ」
「どんだけ飲んだんだよ、お前が」
 左隣に慎吾が座った。顔を向ける。目が合う。距離が近い。覚えてねえよ、と中里はまた俯いた。「財布はやけに軽くなってるけどよ」
「吐き気とかは?」
「ねえよ。頭痛もない。うるせえだけだ、ガンガンガンガンと」
 ふうん、と合点したような声を上げた慎吾が、肩に腕を回してきた。おい、と中里は咄嗟に慎吾を睨んだ。
「俺は今、頭ん中で鐘が鳴りまくってんだ。余計なことするんじゃねえぞ」
「鳴らしてえだけ鳴らしとけ、その間に済ませちまうから」
「済ませるってお前、そんな言い方ねえだろうが」
「余計なことって言い方もねえだろ」
「またそんな屁理屈を……」
 言い終える前に、唇をふさがれていた。寸分の無駄もなく舌が入り込んでくる。その感触を追うべきか頭の中の音を追うべきか意識が迷っているうちに、先ほどまで寝ていたベッドに押し倒されていた。シーツは汗で濡れている。中里はそこで慎吾の体を押し返した。
「何だお前、どういうつもりだ」
「こういうつもりだ」
 トランクスの上から股間を鷲掴みにされていた。息が止まる。体が一瞬にして熱くなる。頭の中では相変わらずガンガンと鐘が鳴っている。その上に慎吾の声が被る。
「お前まだ酒くせえんだけど」
「……そうか」
「坂田たちと飲んだんだろ」
 慎吾が普通の顔をして尋ねてくる。これは普通の顔で答えるべきかと迷いつつ、中里は言った。
「ああ」
「俺も呼べよ」
「お前遅番だっつってたじゃねえか」
「今日は休みだ」
「だからゆっくり休めるようにだな……」
 そこまで言い返してから、ふと自分が間違った選択をしたのではないかということに思い当たり、そっと慎吾を見上げた。同時に股間が解放され、今度は直接掴まれた。変な声が勝手に出てきて、中里は焦った。
「お、おい、ちょっと」
「俺は休むってことほど時間を無駄にすることはねえと思うんだよ、毅」
「そ、そうか。そりゃ知らなかった」
「それとあれだ、地味にな、想像力が豊かなわけだ」
 それも知らなかった、という言葉はうまく言えなかった。二日酔いの体でも、慣れ親しんだ感覚に容易く反応する。嫌になるほど従順だ。思考がついてこない。
「んで、していいのか?」
 動きは止めずに慎吾が囁いてくる。低いくせに、ガンガンと鳴る鐘の音の上に被さる声だ。余裕がなくとも認識できる。腹立たしい。腹立たしいが、心地良い。
「してえのかよ」
 中里が問い返すと、
「したくねえのに何で俺がお前をその気にさせようと努力をしなきゃなんねえんだ」
 真面目腐った風に慎吾は答えた。そのくせ努力という言葉は無縁のようなぞんざいな手つきだった。そしてそれが一番良い。中里は強い理不尽さを感じたが、いつものことなので諦めた。慎吾の首に腕を回しつつ、舌打ちする。
「クソ、ここでそれを聞くかお前は」
「聞くぜ俺は。後で文句言われたくねえし」
「俺が文句を言うなら俺に対してだ、チクショウ」
「まあけど今日は特別だ。文句も許す。それだけやってやるからな」
 慎吾は最後にくつりと笑った。どこまでも悪趣味な奴だ。頭の中でガンガンガンガン鐘が鳴る。煩悩は消えない。体はだるい。さしあたり、終わった後にどういう風に慎吾を責め立てるかを考えようとしながら、中里は目を閉じた。
(終)

2007/09/03
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