入力、出力



 寒々しい景色だった。樹木の葉は、肝臓がイカれた人間の皮膚のように、ぼろぼろの黄色に変じており、飛び降り自殺者のごとく地面へと投げ出されていた。枝がむき出しとなった樹木は、さながら木乃伊だ。慎吾は木乃伊を実際に見たことはない。肝臓を壊した人間なら見たことがある。アルコールの分解に疲れ果て、硬くなり、解毒作用を失った肝臓は、持ち主を死に至らせた。いいザマだった。
「俺は好きだぜ、秋らしくて」
 車のボンネットに腰を下ろしている男が、空を見上げながら言った。遠い濃紺の空間では、半月が淡い光を放っており、無数の星が瞬いている。雲は少なかった。この遠さは、秋らしいのかもしれない。
「むしろ冬だろ、今は」
 慎吾は男に言い返した。それでも夜の寒さは肌を刺すほどになっている。峠に雪が降るのもそう遠くないだろう。
「まだ秋だ。空気が違う」
 強固に男は言う。黒いタートルネックのセーター、焦げ茶のジャケット、黒いジーンズ、黒いスニーカー。髪も染めていないから、轢かれたがっているような男の出で立ちだが、秋の装いといえばそうだ。寒々しい景色に、轢かれたがっている男。冬ほどの終末感も、清浄さもない。だが、秋ほどの暖かみもない。
「そうかね」
 不服の色を込めて言いながら、慎吾は風に揺すられている大木を見た。葉を落とし、裸になりながらも根を腐らせず生きるのは、そういった植物だの、自然がやることで、人間がやることではない。枯れた自分を脱ぎ捨てて、新たな自分を芽生えさせることには、その間に、無防備な裸が晒される。
「俺にはそう感じられる。お前は、違うのかもしれねえけどな」
 轢かれたがっている男は、窺うように慎吾を一瞥して、そう言った。男にしては大きめの、歪みのない目には、無防備な透明さがあった。刃物を眼球に突き立てられることなど、警戒もしていないような目だった。慎吾は刃物を持っていないので、そういうことはしない。裸の男を、蹴飛ばす趣味もない。轢かれたがっている男を、轢いてやる優しさも、持ち合わせてはいない。
「違うだろうな」
 慎吾は言った。車のまばらな駐車場、木乃伊のような木々、真空に続く濃紺。寒々しいことこの上ない。自動車のアイドリングの音は、最期の唸りのようだ。轢かれたがっている男はその中で、枯渇することのない熱を、肉体から発散させているようでもあった。平面で存在するなら許せるが、生きてそこに立っていることは、似合わなかった。
「俺にはこれは、死ぬ直前の人間みてえにしか見えねえし」
 だから慎吾はそれだけ言って、この寒々しい景色を秋らしくて好きだと言った、轢かれたがっているような、人前に裸を晒しているような、グロテスクに無防備で透明な得がたい男から、離れた。
(終)

2007/10/22
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