ある見地から



 寒い寒いと口々に言いながらもついつい夜の山に集まっているのが走り屋チーム妙義ナイトキッズのメンバーである。一日の終わりには峠道を爆走せねば気が済まない、という者もいるが、大体は思考が放棄された習癖でいつの間にか峠の風に吹かれている者であり、晩秋において独り身のうら寂しさに耐えられなくなった者であり、暇なので何となく人がいそうなところに来てみた者であるので、そういう奴らには寒さに耐えるという概念がなく、よって群れるたびにに皆口々にさみーさみーと言い合うのだった。
 そんな中でさみーさみーと口にしない者は、ナイトキッズにおいては一目置かれるよりも、こいつの温感狂ってんじゃねえのか、と疑われる。一般的な感性を重んじるのが妙義ナイトキッズのメンバーである、というわけではなく、単に少数派をからかって遊ぶのが好きなのである。
 というわけで、その日、ナイトキッズのリーダー的存在である中里毅は、疑念のこもった多数の目を食らっていた。
 多数派を気取る面々は言う。
「っていうか普通に上着なしで寒くねえって言うとかおかしいっしょ。神経系とか」
「そのセーターどう見ても安物っすよ。っつか薄物っすよ毅さん」
「いくらお前が普段から熱血的な男だってことをアピールしたがってる馬鹿だとしても、最低限季節感ってものは確保しとくべきだと俺は思うぜ」
「せめてとっくりにしとかねえかなあ、それ」
 話はとどまることを知らない。一人が口を開けばその場にいる七割は何を言おうか考えていようがいまいが、とりあえず口を開く。残り三割のうち一割は愛車の肉体にいかに手を加えるかを考えており、一割は本日のオカズを何にするかを考えており、一割は普段通り余計な口は開かないでいる。現在中里を疑念のこもった目で見ているのはとりあえず何はなくとも口を開く七割に入るメンバーなので、やれ「肉体の限界にチャレンジしてるんだろ」だの「マゾヒズムに挑戦か」だの「爬虫類的感覚にチャレンジしてると言うべきじゃないかね」だの「これで風邪引かないなら知能が平均以下だってことが証明されるな」だのと言う。そこで中里は、だが口を開かない。言いたい放題に言われるままに考えている。皆の話に切れ目はない。そのため中里が考えを述べるには、「おい」、と三度は声を発さねばならない。今回は四度目、「おい!」と叫んだところで、ようやく中里の声が場に通る程度の静けさが保たれた。
 そして中里は、言った。
「俺は、常々疑問だったんだけどよ」
 誰もが口を開く。そこで声を発される前に中里は両手を前に出し、常々の疑問を述べた。
「お前ら、俺を尊敬してるか?」
 誰もが開いた口を閉じた。誰かの問いかけに対するナイトキッズ内では非常に珍しい沈黙が十秒続き、
「黙るなよ!」
 と中里が再び叫んでようやく、皆の口が再び開いた。
「え、いや、だってそんなことマジに聞かれましても」
「なあ」
「面と向かってそんなこと言えるほどさ、俺らもあれだよ、コーガンじゃねえっつーかさ」
「そりゃ俺らはふぐりじゃないだろ」
「だからふぐりほどにも、何だ、隠れてると思ったらいつの間にかはみ出してたりすることもないわけだよ。っつーかそっちのコーガンじゃねえよ」
「面の皮が厚いわけじゃないってこったろ」
「お前の面の皮はどう見ても厚いけどな。火箸押し付けても肉焦げそうにねえ」
「自分のチンコの皮が厚いからって嫉妬すんじゃねえよバカ」
「何だとアホ」
「まあ毅、お前が完璧なまでに見た目通りだってことはある意味尊敬に値するとも言えなくはねえよ」
「こう、コロンブス的見地から眺めたらすげえよな」
「おお、すげえすげえ」
 ナイトキッズの根城たる妙義山での暫定的総合的最速者でありチームの中核的存在である中里が、粗暴な物言いもするが比較的堅物かつ単純かつ流されやすい男だということはメンバー皆承知している。よってメンバーは面倒を避けるために中里に真面目な話を振られてもとりあえず流しにかかる。今回中里は真面目に自分がここにいる面子に実力を認められ尊敬されているのかを疑問に感じて考えた末に尋ねたので、そう一秒二秒では流されない。軽い口調で次々に適当なことを言うメンバーを中里が怪訝な面持ちで見ているという構図がしばらく続き、尊敬されているか否かの回答が得られる前に言葉の乱射に中里が耐えかねた時、「あ」、と一人が思い出したように前へ出て、言った。
「いや毅さん、話違ってますけど、俺はこいつらと違って毅さんのこと尊敬してますよ。本当に」
 眼前まで出てきたそのメンバーを探るように見ながら、中里は言った。
「…………本当か?」
 と、その言葉は、「お前抜け駆けしてんじゃねえよ」「俺だって尊敬しまくってるってマジで」「そうだよ、何、孫子?」「リスペクト?」「リスりまくってるよなあ」という他の面々の声にかき消されずに、最初に中里の問いを思い出したメンバーの耳に届き、「ええ」、と力強くその男は中里の前で両手を振った。
「俺はもう、毅さんのためだったら何だってできますよ。例え火の中水の中ですよ。アナル拡張しろって言われたらフィストファックできるまで拡張しますよ」
「いや何でアナルだよ」、と一人が驚き、「それだけ俺は毅さんを尊敬してるってことだ」、とそいつは言い返した。「分かるか。つまり尊敬は愛に等しく、どれだけ許容できるかということにかかっているわけだ。だから逆に毅さんがアナルを拡張したいっていってもとことん手伝いもするぜ、俺は」
 驚いた奴にそいつが力説しているのを不可思議なものとして見ながら、中里は言った。
「いや、俺はそんなことは望まねえんだが……」
「いや毅さん」、とそいつは振り向き力強く言う。「この際です、何でもやりたいことを言ってください。アブノーマルなプレイがご所望ならいい店紹介しますし、会員割引が利くところも知ってますから。俺は毅さんのためならどんなことでも協力します」
 そいつの熱意はに伝わった。尊敬されていると十分に感じ取れた。しかし、迷った末に中里は、「いや」、と言った。
「じゃなくてよ、その……そっちじゃなくてできれば車の方面で協力をしてもらいてえというか、そこまで別に俺はお前に協力はしてもらわなくてもいいというか……」
「そうですか? コスプレでもSMでもアナルファックでも何でもできますよ」
「いや、いい」、と中里は声を大きくして言った。「それは全面的に遠慮する」
 何となく釈然としていない風ではあったが、一拍置いてからそいつは、「分かりました」、と元の位置まで下がった。そのやり取りを他の面々はにやにやしながら眺めていた。そのにやにやしている面々に向かって中里は、上げたままの両手を前に出し、宣言した。
「もういい。俺の言ったことは忘れて、あとは好きにしてくれ」
「はーい」
 間の抜けた返事を上げたり上げなかったりして、にやにやしている野郎どもは中里の周りから去っていった。思う存分先の事例について話したのちに適当な話を続けるためであった。一人だけは残っていた。中里の代名詞が馬鹿であると勝手に決めている男だった。煙草を吸っているのでまだ動きたくないのだろう。中里は先ほど尊敬を表してきたメンバーよりも釈然としない顔のまま、気だるげに煙を口から吐き出した男を向いた。
「なあ、慎吾」
 声をかけると、一つ煙草を吸ってから、「あ?」、と不機嫌そうな顔を向けてくる。この男が愉快そうな顔をするのは他人の不幸を食らっている時しかないので、不機嫌な顔の方がよほど安心感がある。だから中里は素直に尋ねた。
「俺はそんなに……妙なプレイをするように見えるか?」
 慎吾は少し考えるように目だけを動かし斜め上を見て、また目だけを動かし中里を見て、変わらず気だるげに言った。
「俺にはお前がノーマルなプレイもできるようには見えねえよ」
 中里が、「どういう意味だ?」、と顔をしかめたところに、紫煙を吐き出した慎吾は、「じゃあな、馬鹿野郎」と囁くように言って、愉快そうに笑い、他の面々と同じように去って行った。中里は、しばらく顔をしかめたまま、己のチーム内での待遇について考えながら、その場に立ち尽くしていた。
(終)

2008/01/16
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