貧弱な愛
「慎吾」
俺の名前を呼んでくる奴は、ここにはゴロゴロいる。けど、気の抜けかけたサイダーみたいな声で呼んでくる奴は、一人だけだ。
「おい、慎吾」
毅に呼ばれた時、俺は一度聞こえていない振りをする。そうすりゃそいつはもう一度俺を呼ぶ。さっきよりも大きな声で、炭酸入りまくりのビールみたいな声で。そこで俺が聞こえた振りをして顔を向けてやると、毅がほんの一瞬、母親見つけた迷子のガキみてえにほっとした顔になることは、多分俺しか知らないだろう。だから俺は一度聞こえていない振りをする。少しでも、俺がいることのありがたさを毅に分からせてやるために、俺がそれを欲しがっていると気付かせるために。
(終)
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