役割



 虫を集らせるもんは俺の敵だ。憎々しげに慎吾はテーブルの上の灰皿を睨む。
 チームの連中でやる花見に、行くつもりはないということだった。っつーかあいつらうるせえし。ドンチャン騒ぎなら勝手にやってろっての。
 お前も大概うるせえだろ、とは言わずにおいた。慎吾の虫嫌いも祭り嫌いも筋金入りだ。それで夜の山に頻繁に来ていることも、お祭り騒ぎが常態のチームに入っていることも、若干不可解だが、まあ、走ることが好きなのだろう。
 無理強いはしなかった。花見といってもどうせ、チームの飲み会のようなものだ。あるメンバーの家族の敷地内で、桜を遠く眺めながら、バーベキューと酒盛りをする。風情はない。風情のある花見というのは、少人数、あるいは一人でこそ、できるものだ。

 で、何でお前、来てたんだよ。酩酊組を各自の拠点に強制送還してから自宅に戻り、水を入れたコップを出しながら、慎吾に聞く。多少酒の入った顔は、いつも通りの無骨さに、柔らかみと、赤みと、人間味を加えていた。
 まだ火の点けられていない煙草を、口の左端に咥えながら、コップを右手で受け取り、慎吾はそれをテーブルに置く。
 バーベキューがセッティングされる前から、一升瓶が空いていた。遅れて到着し、もう始めてんのかよ、と不平の声を上げた数人のメンバーの後ろから、慎吾が何食わぬ顔で現れた時には、食べていた肉を噴き出しそうになった。
 慎吾は何食わぬ顔で、そのまま多少酒を飲み、肉を食って、よくつるんでいるメンバーと、下卑た会話に花を咲かせていた。お前、来ねえんじゃなかったのかよ、少し何か、裏切られたように思ったが、盛り上がっている最中に、敢えてそれを言うのも無粋な気がしたし、まあ、楽しそうだからいいか、と肉を食うことに集中した。
 今日の配送役、お前だろ。水を飲み終え、慎吾は煙草に火を点ける。それがどうした、と立ったまま返すと、だからだよ、と不味そうに煙を吐き出した。
 飲み会で車を出す人間、酒を入れてはならない人間は、順番で決められる。先々代のリーダーが、飲酒運転を蛇蝎のごとく嫌っていて、それを明確なルールにしたらしい。お鉢が回ってきたら、メンバーのバンを借りて、送迎役を務める。流れによっては、そのまま誰かの家で、三次会あたりが始まることもある。今日は慎吾を乗せていたから、他のメンバーの家には立ち寄らなかった。
 慎吾は不味そうに吸った煙草を、コップに持ち替え、不味そうに水を煽る。不味そうだが、不愉快そうではない。選択を、後悔している様子はない。
 その、剣呑な色が窺えるのに、いつもほど凶悪ではない、アルコールとぬるい感情で緩んでいる顔を見ていると、急に喉が渇いてきて、唾を大きく飲み込んでいた。
(終)


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