絶縁の隙間



 てめえはジジイか、と嫌みらしいことを言われても、折角の休み、家事も雑事も車のメンテも終えた午後、晩秋の低い日差しが一角だけ暖める布団の上、横になって煙草を吸いながらテレビを見る安らかな一時を、手放す気にはとてもならない。大体、日曜日の午後一から相撲中継を見るのがジジイとは限らないだろう。
「だからって、こんなよく分かんねえデブども見て何が楽しいんだ」
「お前力士の体脂肪率知ってんのか?」
「知るかよんなこと」
 テレビのリモコンを奪おうとする慎吾を牽制して、画面の取り組みに見入る。引いた画では体型しか違いのない力士、若さの目立つ行司、まばらな客席、不慣れな実況、饒舌な解説。箱車レースと違い、どうしても見たいというわけではない。見逃したところで大して悔しくもないだろう。ただ、こうしていると、昔、同じ安らかな時間を過ごした人を、思い出す。なくした空気を、近くに感じられる。中里はうつ伏せになった。体重を預けていた右肩が軋んだ。
「他に見てえもんがあるなら、てめえんチで見りゃいいじゃねえか」
 誰も来てほしいとは言っていない。いてほしいとも言っていない。折角の休日だ、好きにすればいい。どうせ夜には峠で会う。
 慎吾は何も答えない。隅でまた携帯電話でもいじっているのかもしれない。いつもそうやって人の家で、孤独を満喫する男だった。傍迷惑に思いながらも、部屋に勝手に持ち込まれた鮮やかなブルーのビーズクッションを、中里は掃除の時でも不用意には動かさない。好きにすればいい、そうも思うからだ。
 一方的な相撲、長い相撲の合間、たまに珍しい決まり手が出ながら、しかし取り組みは単調に進む。煙草の匂いが染み着いた部屋で、暖かな太陽の匂いを感じると、けだるい郷愁が鼻骨の上に、眠気がまぶたの上に降ってくる。右の人差し指と中指の第一関節に挟んだままの煙草は、先端が布団の上部に据えた灰皿に入るようにしてある。寝るなら火種を消さねばならない。思うが、手を動かすことすら億劫だ。もう目も開けていられない。体は記憶を途絶する眠りに誘われ、神経を閉じようとしている。
 右手に何かが触れても、それが何か確認する力も残っていない。ただ、確認しなくとも、優しげな仕草で手首を取り、指から煙草を抜いていくそれが、細い骨と薄い肉と乾いた肌を持つ、仮初めの孤独を愛していると見せつけたがる男の手であることを、中里は感覚的に理解しており、ただ純粋な感謝を込めて、手首から離れていくそれに、眠りに落ちる寸前のわずかな時間だけ触れた。
(終)


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