距離
声は白く宙に舞った。峠の夜は寒く、空気に触れている肌からはたちまち熱が奪われていく。ふもとの駐車場で会話をしていても、適当に体を動かしていなければ歯の根が合わなくなりそうだった。車での暴走を目的として山に集まる者は、夏に比べれば減っている。雪も近いこの季節、まだ残っているのは毎年大概同じ走り屋で、中里にとっては話をするにも気心が知れた相手ばかりだった。何を言っても自然と笑いが漏れ出し、動きも増え、空気の冷たさもそれほど意識はされなくなる。心地良かった。第一は愛車を際限なく走らせることが目的だが、嗜好を同じくする者と話をすることも、この山における中里の楽しみの一つだった。
そしてそれは、
「そういや庄司さんと中里さんて、喧嘩でもしたんすか?」
という、防寒着を身につけている者もいる中、半袖のシャツ一枚で平然としている北国の出身の男が、不思議そうに発したその問いによって、一瞬でぶち壊されたのだった。たわいない会話によって浮いていた気分は氷点下まで落ち込み、心臓が喉から飛び出そうになったが、中里は何とかその場にとどまったまま、単純な疑念に覆われている新参の男へと、慎重に尋ね返した。
「喧嘩?」
「ええ、主義主張の食い違いとか」
「いや……別にそんなの、ねえけどよ」
男から目を逸らしながら答え、指に持っていた煙草を咥える。指先は冷たくなっていた。気温の低さがひとしお感じられる。中里が煙草を吸う間に、へえ、と男は相変わらず不思議そうに言い、
「それにしちゃ最近何か仲悪そうっすね」
風情も何もなしの単純明快な感想を述べた。中里は反論に窮した。半袖男の発言は至極もっともで、そもそも反論の仕様がなかった。だが、
「庄司と毅が仲わりーのは毎度のことじゃねえの」
と、会話を傍観していた一人が、笑いながら男へと言い、またもう一人も、
「その二人が仲良いって光景も気持ち悪いと思うね、俺は」
と笑いながら言ったため、半袖男は腑に落ちないような顔ではあったが、まあそうっすね、と頷いた。中里は一人声は出さずに頷いて、煙草を吸い、むせた。何やってんだよ、と笑っている一人が肩を叩いてくる。半笑いだ。聞こえる声には、わざとらしい抑揚がついていた。場に流れ始めた気まずい雰囲気に気付いていないのは、半袖男だけと思われた。
仲が悪い。そう表されることには慣れている。文句もない。初めて会った時から、庄司慎吾は何かにつけ中里を目の敵にしていた。同じ走り屋チームに所属しても、その敵対的な態度は変わらなかった。中里はそんな慎吾を疎んじた。走り屋としては競り合った。意地を張り合った。また、実力は認めながらも、忌み嫌い合った。そんな状況が、今年の夏まで延々続いていたのだ。
実際、中里が慎吾とこの場で話すことは近頃ではほとんどない。チームや車の情報が必要な時、必要最低限の時間と言葉を使うだけだ。少し前までは不和も目立たぬ程度になっていたものだから、敬遠し合っているかのごとき現状は異様さが際立っていた。特に、一触即発だった時期を知っている周りの人間には、油断がならぬ状態なのかもしれない。
「実際どうなんだ、お前ら」
やがて半袖男が車に戻り、場には気まずい沈黙が流れたが、残っていた二人のうちの一人がそれを破った。こめかみに傷を持つ、古くからの仲間だった。浮かべられている苦笑は、厳しくはない。
「どうって……」
と、中里が唇をあまり動かさずに言うと、
「何かあったとしか見えねえって。あんだけ避け合ってんだから」
もう一人、金髪の男が笑った。この男にせよ、同時期に山を走り始めた仲間である。この二人に対して、隠し事はしがたかった。中里は顔をしかめ、いや、と呟いた。
「別に、何もねえんだよ、本当に」
「マジで?」
「ああ」
「何もなくて、あれだけ距離置いてんのか」
こめかみに傷を持つ男が、呆れたように言う。数拍躊躇したが、ああ、と中里は言い切った。再び気まずい沈黙が流れ、今度は顎をぼりぼりと掻いた金髪が、まあ、とそれを破った。
「おめーがそう言うならそーゆーことなんだろうな、毅」
意味深長な笑みに対し、中里は繰り返し、ああ、と言った。寒いというのに、脇の下に汗が染み出しているのが分かった。
「ま、こっちに迷惑かけるとかじゃねえならどうでもいいよ、俺ゃ」
苦笑を浮かべたまま、こめかみに傷を持つ男は気だるそうに肩をすくめた。ドライだな、と金髪男がけらけらと笑う。迷惑なんてかけねえさ、と中里は顔をしかめたまま言った。それ以外、言えることなど何もなかった。
部屋に来た男は沈鬱な面持ちだった。発する空気も淀んで鬱陶しい。背中に嫌な圧力を感じ続けることにも耐えかねて、慎吾はパチンコの収支計算を終えないうちに、後ろのベッドを振り向いた。仰向けになり、組んだ手を後頭部にやり、何が面白いのかじっと天井を眺めている中里が、そこにいる。慎吾は持ち続けていたシャープペンシルをテーブルに置いてから、おい、毅、と声をかけた。
「今日のお前の存在感はどうにもうざってえんだけどよ」
数秒待っても、中里は天井を見ているまま、微動だにしなかった。更に約十秒待っても動きはない。おい、と慎吾がもう一度、苛立ちを利用して先ほどよりも大きくした声をかけると、途端びくりと身を跳ねさせた中里が、慌てたように上半身を起こし、顔を向けてきた。
「な、何だ。どうした」
「そりゃこっちのセリフだぜ、おい」
「何?」
まったく意味を解せぬというように眉根を寄せている中里の顔を見ると、からかう気も起きなくなった。慎吾はため息を吐き、あのよ、と単刀直入に問うた。
「お前、俺に何か言いたいことあるんじゃねえの?」
ベッドの上にあぐらをかいた中里は、ぎくりとしたように肩を浮かし、目を泳がせ、唇を細かく動かし出した。問いは図星を突いたらしい。動揺がたやすく見て取れる。慎吾はテーブルの上の煙草を手にし、一本咥えた。ここで畳みかけても答えは得られるだろうが、敢えてこちらから行動を起こすことは癪に障った。ライターを手に持ち、火を煙草の先端に当てる。そこで、
「最近、このところだな、慎吾」
中里の、苦渋に満ちた声が聞こえ、慎吾は火を点けた煙草を一つ吸ってから、再び中里を向いた。
「何だ」
「お……俺たちの仲が悪いということが、チームの奴らの間で話題になっているようなんだが……」
目を伏せ、深刻に中里は言った。なるほど、と思いながら慎吾は、それがどうした、と返す。
「いや、どうしたというか……」
「仲良いって話題になるよりゃマシだと思うぜ、俺は」
言葉を濁した中里へ、慎吾はそう続けた。仲が悪いとは、昔から言われていることだ。出会った頃から慎吾が公言し、中里もその気になった。それが普通だったのだから、今更ごたごた言う必要もない。慎吾はそう思っているが、中里はそうは思わぬらしく、そりゃそうだけどよ、と納得いかぬように呟く。慎吾は中里を見た。断崖の縁に立たされているかのような、不満と不安と怯えと、分かりやすい虚勢が混じった顔をしている。中里はその顔のまま、目を慎吾へと向けてきた。大きいそれには迷いが見えやすい。どんな揺らぎも見えやすいのだ。
「……あそこまで露骨に、避ける必要もねえんじゃねえかと……」
言ってすぐに中里は目を逸らした。本題はつまり、それのようだった。確かにここのところ、慎吾はこれでもかというほどわざと中里との距離を置いている。それを変に勘ぐった奴らが事実無根の噂を立て、チームの雰囲気がよそよそしさを含み出していることを、慎吾は分かっている。だが、どうしようもないのだ。慎吾は煙草を唇で咥えたまま、中里へ尋ねた。
「んじゃくっつけって?」
「そうじゃねえ、ふ、普通にしろっつってんだ、普通に」
「無理だよ」
即座に言うと、はあ?、と中里は眉間にしわを寄せた。煙草を灰皿に置きながら、慎吾は言葉を補足した。
「できねえから」
「何で」
中里は無理解を表す声を、ためらいもなく発する。低いくせに迫力がない声だ。慎吾は小さくため息を吐いてから、改めて中里を見た。顔には不安よりも、不審が出張っている。コミュニケーションには言語が重要であることを確信させるような顔だった。
「言っていいのか?」
「……何が何なのか言ってくれねえと、分かんねえよ」
相変わらず不審げに、そう答える中里が、本当にそれを分かりたいのか慎吾には分からなかった。本来、本気を信用できない相手に何を言いたくもない。だが、これ以上話を引き伸ばすのも面倒だった。しくったなこの流れ、と慎吾は舌打ちした。
「何?」
「あー」
「おい、何だよ」
中里は苛立ちを隠さず言った。慎吾は右のこめかみを右の人差し指で掻き、観念した。咳払いをし、中里を見据え、吸った息を一度吐いてから、声を出す。
「お前のことが好きすぎるから」
三秒、どちらも何も言わなかった。先に声を出したのは慎吾だった。鳥肌がたまらなく立ったのだ。
「うっわ、ぞくっとした」
寒気までして、腕を手でこする。中里はあんぐりと口を開けていた。落ち着かねえ奴だな、と慎吾が思っていると、開けた口を閉じて目も閉じた中里が、右の掌を突き出しながら、静かに言った。
「待て。……落ち着け慎吾」
「お前さんね、俺のどこが取り乱してるように見えますか」
言い、慎吾は灰皿に置いた煙草を吸い直した。「お前」、とすぐに中里は言い返してきた。
「言ってることが取り乱してるじゃねえか、お、俺ごときにそんな」
「ごときって使い方違うだろ。っつーかお前が取り乱してんじゃねえか、毅。落ち着けよ」
慎吾が冷静さを見せ付けるように言うと、唾を飲んだ中里は、顔を背け、その口を手で覆った。その肌が赤くなっていることは見間違いようがなかった。平然をつくろってはいるが、慎吾ですら、顔に血がのぼっていることが感じられていた。普段理屈よりも感情を優先させがちな男の方が、反応が敏感であるのは当然だろう。
しばらく音が立つほど深く大きく呼吸をしていた中里は、うん、と一人頷いて、顔から手を除き、慎吾をじっくりと見据えた。
「……それはだな、慎吾クン」
「何でしょうか中里サン」
「そ、そこまで……つまり、俺の存在をなきものとしているかのように避けなきゃならないほど、その、アレなもんなのか?」
肯定すれば終わる話だった。視界に入るだけで意識を奪われる。気付けば姿を探している。気になって仕方がない。走りに集中ができなくなる。だから避ける。単純な理屈だ。だが、簡単に答えをくれてやるのも気に食わなかった。ただでさえ精神を翻弄されているというのに、余分な親切など働かせたくはない。
「俺はよ毅、まともな言葉にされてねえ質問に答えるほどの優しさは持ち合わせてねえよ、残念ながら」
煙草を灰皿にねじり込みながらそう言うと、中里は黙った。慎吾はそれ以上何も言わなかった。約一分後、焦れたように中里が口を開いた。
「つまりだ、俺は、お前に、どうすればいいのかということでな」
「そんなことだったのか?」
「いやいや、そういうことというか何というか……」
「っつーかお前にどうされてもこれどうしようもねえぞ、言っとくけど」
それは慎吾の感じることであり、慎吾の問題でしかなかった。中里がどうすることでも、どうできることでもない。だが、中里は自分でどうにかしたいらしかった。
「お……俺はお前に嫌われればいいわけか?」
自信がなさそうでもあり、だがこれしか答えがないというように、中里が尋ねてくる。それができれば苦労はしない。慎吾は苦笑した。
「お前のそういう発想の凡庸さは割かし好きだぜ、俺」
「好き、好き好きってお前、何べんも言うんじゃねえよ、慎吾」
「いや二回しか言ってねえし」
顔をまた赤くした中里が、クソ、と苛立たしそうに舌打ちする。これはこれで、面白い流れだった。慎吾は苦笑いを含み笑いに変え、ベッドにのぼった。ぎょっとしたように身を揺らした中里に近づき、素早く耳に口を寄せる。
「もっと言ってやろうか」
「は?」
「好きだって」
声を耳に吹き込んでやると、大仰に中里は身を引いた。逃げるその体を押し倒し、見合う間を与えず唇を触れ合わせる。舌先で歯列をなぞると、いつもよりあっさりと口内に導かれた。頬に手を当て顔を固定し、中里の舌を絡め取り、深く長くキスをした。追ってくる舌を押しとどめて、唇を離す頃には、中里の息は荒くなっていた。慎吾はそれよりは落ち着いた呼吸で、ただ下腹部の熱さは意識したまま、片頬を上げた。
「素直だな、いつになく」
「は……話が、終わってねえ」
目の縁を赤くしながら、中里は困惑したように言った。じゃあ続けろよ、と笑いながら、慎吾は中里のシャツの中へと手を差し込み、腹から胸を撫で上げた。ぶるりと震えた中里が、焦ったように声を出す。
「だからこのままだとお前、チームの統一感というものがなくなるというか……」
「統一って言葉には、元から縁がねえもんだったろ」
指で胸の尖りを引っかくと、中里は息を止める。別の手を股間にやるも、張りはなかった。片手でボタンを外し、ファスナーを下ろす。
「か、勘違いされてんだぜ、俺らは」
「そうだな」
「お前は、気にならねえのかよ」
「だから、ならくっつくかって言ってんじゃねえか」
耳へ囁きながら、開いた前から直に手を入れ、まだ柔らかいものを慎吾は握り込んだ。できるわけねえだろ、と言った中里の声は裏返った。なら我慢しろよ、と慎吾はその耳へ囁いた。
「我慢とか、我慢、何で俺が我慢しなきゃなんねえんだ」
「俺はいつも、我慢してんだよ」
「何を」
「お前が」
慎吾はそこで言葉を切り、片手をその胸に這わせたまま、片手に握り込んだものをしごいていった。中里の息は上がっていく。その上がった息の中から、俺が何だ、と問うてくる。続きを言おうとして、慎吾はやめた。胸からも一物からも手を離し、中里の体から降りて、着ていたシャツを脱ぐ。履いているジャージも下着ごと脱ぎながら、
「しゃぶってくれたら答えてやるよ」
「あ?」
「まだ俺勃ってねえし」
言い、素裸のままあぐらをかいて、中里を見た。肘をついて上半身を起こした中里は、信じがたいように顔をゆがめた。
「何?」
「そんくらいしねえと、つまんねえだろ」
「つ、つまるとかつまらねえとか、そんな話じゃねえだろうが」
「お前が聞きたいんならって話だろ? するかしねえかはお前の問題だぜ、毅。しねえならそれでもいいけど、服は脱いでくれよ。気持ち良くさせてやっから」
大抵の人間に嫌悪感を与えるような笑みに、声に、なぜか目の前の男は弱い。慎吾が口角をつり上げながらねっとりと言うと、眉間にしわを刻んでいた中里は、しばらく逡巡していたようだが、やがて大人しく服を脱いだ。シャツ、ジーンズ、靴下、下着。現れたのは、目新しくもない裸だ。それでも触れたくて、たまらなくなる。
慎吾が動く前に、同じく素裸になった中里が近づいてきた。意図はすぐに分かった。よほど話が聞きたいらしい。慎吾は膝立ちになった。下腹部にある、熱を持ち始めているものを、中里が手で持ち、唇を当ててくる。ためらいが伝わってきた。しかし結局中里は開いた口でそれを呑み込んだ。舌の動きが分かる。呑み込まれている。あの中里毅に。この中里毅に。それがどれほど頭をおかしくするか、おそらくこの男には分かるまい。
「俺のを普通に咥えるお前がよ」
髪をすいてやりながら囁くと、苦しそうに上目で見てくる。見苦しい顔に、情欲を掻き立てられる。血が集まっていく。粘膜を擦っていく動きはまだまだぎこちないが、物理的な刺激は確かにあった。
「他の奴に何かしてるっつーのが……」
徐々に意識が感覚に侵食されるのを感じ、慎吾は呟きをやめ、中里の頭を掴んで下腹部から剥がした。そのままベッドの上に仰向けになるよう放り投げる。背中から落ちた中里は、即座に身を起こし、この野郎、と真っ赤な顔で吠えた。
「調子に乗ってんじゃねえぞ、てめえ」
「入れる前に出したくねえよ。っつーかお前より先にいきたくねえ」
「話をしろ、話を!」
叫ぶ中里へ、ベッドの下に落としていたローションのボトルを片手で拾い上げてから、迅速にまたがる。今度のキスは舌を拒まれた。慎吾は露骨に舌打ちをして、腹いせに開けたローションを中里の胸から腹へとどぼどぼ垂らした。中里は低いとも高いともつかない声を上げたが、べたべたになった肌を撫で回していくと、その低さは消えた。
「……ッ、おい、慎吾……」
「あ?」
「俺が、だから……何だって」
「こんな時に聞くなよ、俺は忙しいんだ」
言いながら、開かせた足の間、触れぬうちに反応しているものを通り過ぎて、奥の窄まりをぬめる指で探った。中里が呻く。続けざまに、二本指をねじ込んだ。別の手では、硬くなっているものを緩く刺激した。中里は言葉を使えなくなっていた。時折呻き声が上がる。苦痛のためかどうかは判然としなかったが、少なくとも勃起は保っていたので、問題はないと思われた。
三本の指で充分拓いたその奥を、筋肉が収縮する間を与えず、慎吾はゴムで覆った自身で貫いた。中里は歯を食いしばり、また呻いた。足を開かせたまま、きっちりと自分のものを埋める。肉の締め付けは相変わらず強かった。毎回この瞬間は、拒まれているように感じられて、萎えかける。だから、すぐには動かない。下にいる中里をじっと見下ろす。朱に染まった肌。流れる汗。強張る頬。震える唇。すがるような、困惑に満ちた目。見ていると、まだ大丈夫だと安心できる。いつもならここで動き出す。だが慎吾は動かなかった。
「お前は俺のもんだろ」
ただ口は動かしそう言った。下にいる中里は数秒ののち、呆けていた顔に思考を表した。
「……何言ってんだ」
「だから」
「――あッ」
一気に突き上げると、高い声が上がった。そのまま一定の間隔で、慎吾は腰を揺らした。その都度中里は、苦しそうに、狂おしそうな声を出す。
「他の奴らとお前が話してんのも、一緒にいるのも、腹が立つ。見たくねえ」
話しているうちに、段々とその腹立たしさが思い出されていき、慎吾は動きを激しくしていた。知ったような顔をして近寄っている奴ら、蔑みを交えて近寄っている奴ら、どいつもこいつも目障りだ。苛立ちが欲を煽り、肉を刺激する。中里はもだえていた。
「……待て、ちょっと……ッ」
「見たくねえから見ねえんだ。お前が誰と喋くってんのも誰と笑ってんのも、俺は一切見たかねえ」
「人の、話をッ……く……、う……」
「そういう我慢をしてんだよ、俺は」
いかれてる、と思う。この男が、誰のものでもないことは分かっている。そんな理性的な自分が好きだった。それでも感情を止める気にはならなかった。欲望を抑えようとは思わなかった。どうしても、手に入れていたかった。深く速く突いていると、中里は噛み締めていた歯を緩め、荒い呼吸と声を口から漏らした。両手はシーツを掴んでいる。それが、肩の横に置いた手に触れてきた。目が合った。中里の手が、慎吾の腕を伝う。肩を掴まれ、引き寄せられた気がした。慎吾は中里の背へ腕を回し、胸を合わせてキスをした。今度は拒まれなかった。むしろ導かれた。浅く揺すり続けながら、舌先をゆっくりと撫で合わせる。突き出たそれを強く吸うと、抱いた体がくねった。腹に硬くぬめったものが感じられる。
「俺だって」
唇が離れた合間に、中里が言った。押し付けると声はやみ、離れるとまた発された。
「我慢してんだ」
慎吾は下腹部を根元まで入れた状態で、中里の顔を見下ろした。充血している目を逸らした中里が、色々と、と唇をほとんど動かさずに呟き、片手で首の汗を拭った。真っ赤な顔は、今すぐ倒れそうなほどだ。いつものことだった。
「そうか」
慎吾はそう呟いて、腰を引き、押し込んだ。くう、と中里が鳴く。動くたび、視覚も聴覚も奪われる。粘膜への刺激が重たい快感を運んでくる。そうか、と慎吾は思った。我慢し合っている。その末こうして、遠ざけた分はゼロになる。何も変わらない――変えたくはない。
もう、離れられそうにない。
(終)
2007/07/19
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