楽しいやり方



 深夜から峠を走っていたらいつの間にか寝る機を逃しており、腹をくくって徹夜のまま会社へ行ったら案外大丈夫で、目がやたらと冴えていた。
 テンションがおかしいなとは感じていたが、走り屋の仲間内で飲み会をやる予定だった。会費はもう払ってあるし、飲めばそのうち寝られるだろうということで、中里は半袖シャツにジーンズにスニーカー姿で、春の夜、開催地へ歩いて行ったのだった。

「まあ何だね、あれだ、俺らの今後の益々のご清祥とご健勝を願いまして」
 うさんくさい青年実業家風の仮家主兼幹事が立ち上がってそう音頭を取ったものの、すぐに、
「自分に『ご』ってつけんのはどうかと思いますけどー」
 と坊主頭のメンバーから難癖がつき、仮家主兼幹事はそいつに「うっせ死ねバカ」、と笑顔で言いのけてから、「乾杯!」、と今度はためも作らずグラスを掲げて、お前タイミングわりーんだよ、と参加者総勢六名中、半分から叱責を受けた。

 その朽ちた一軒家は、中里の自宅から徒歩十分のところにあった。駐車場は広かったが、十二分に歩いて行ける距離であり、あまり泊まる気もなかったので、車は出さなかった。
 若者一人が住むには随分と大きく、外見は危ういが人が生活できる程度には修繕されているその家を、なぜうさんくさい青年実業家風のメンバーが自由に使えるかというと、元々住んでいた祖父母が体調不良のため両親と同居することになり、たまたま自活を始めようとしていた彼に、家の管理者の白羽の矢が立ったというわけで、彼はその立場を大いに利用し、中里たちを招いたのだ。
 様々なメーカーのビール、焼酎、日本酒、チューハイ、洋酒、そして水や炭酸水やかち割り氷や酒の肴が、広いテーブルの上に所狭しと並び、マグカップやジョッキが無秩序に各々の席の前に置かれていた。
 会が始まる前から、きつい天然パーマの元バーテンたるメンバーが、はいはいはいと甲斐甲斐しく各メンバーの要望を叶え、酒を用意していっている。飲む速度はそれぞれ違うが、できあがり具合は似たり寄ったりだった。24インチのテレビはあるが、誰もつけようとはせず、CDコンポはクイーンを流していた。そんな中、ビールにブランデーを大さじ三杯ほど入れたものを飲み干した鷲鼻のメンバーが、あー、と息を吐くとともに言う。
「やっぱこの人数なら宅飲みだよなァ」
 うんうん、と二名ほどが頷いて、仮家主兼幹事は甲高い声を挟んできた。
「うちが一軒家で良かったな、お前ら。俺の爺ちゃん婆ちゃんに感謝せえよ」
「でもこの家カビくさくね?」
「ダニもいるだろ」
「便所はかろうじて洋式だけど、普通にやっぱくせーし」
 簡単に不満を述べた奴らをじろりと見て、うっせうっせ、黙殺せいそこいらは、と手を振った幹事に、布団に入ると体中かゆくなるんすけどー、シャワーがすぐ熱くなってくんないんすけどー、隙間風がピューピューいってんすけどー、と酒を片手の三人が更に不具合を言い上げて、黙殺だ黙殺、という単純な言葉を幹事は返し、そこから各家の珍環境暴露大会に発展していた。
「おー、中ちゃん、今日はいくねえ」
 その輪の中には入らず、一人割らない焼酎をぐいぐい飲み干していた中里は、隣の古参メンバーに声をかけられて、ああ、とまだ赤くならない顔で頷いた。
「飲ませてもらうぜ今日は。そして帰ったら迷わず寝る。徹夜明けなんだ」
「へえ、珍しいな」
 その古参の言葉には二つの意味がある。まず中里は走り屋という夜間に活躍する傾向のある肩書きを持っているなれど、基本は早寝早起き朝昼晩の三食つきの生活が信条であり、徹夜はほとんどすることがない。だから珍しい。次に、いつもは周囲のことも考えてチームの飲み会で酒を入れることは控えている。そこで飲もうというので、これもまた珍しい。そうかもな、と中里は呟いて、何が入っているかいまいち覚えていない湯呑みをぐいっと煽りテーブルに置いた。ここは居酒屋でも壁の薄いアパートでもなく、他の家と隣接もしていないので気を遣う必要はない。好きなだけ、一人で飲んでいられる。
 軽くぬるい息を吐くと、空になった湯呑みに、前方からウィスキーをどぼどぼ注がれていた。
 前を見ると、顔中真っ赤にしながらも、目はいたって醒めている男が、出っ張った頬を意味深長に上げた。
「そんくらいの量じゃまだ無理だろ、お前は」
 分かったような口を利く慎吾を一つ睨んだのち、中里は何も言わずに注がれた酒を一気に飲み干し、気付いたメンバーから賞賛を受けた。慎吾はかっかっか、と楽しそうに、妙な風に笑っており、あれこいつ酔ってんのか、と中里は訝りつつ、ようやく内蔵から熱が発生していくように感じていた。

 宴もたけなわ、BGMはローリングストーンズとなり、テレビにてヘッドフォンを耳につけ南極物語のDVDを見始めた坊主頭は放っておいて、幹事と鷲鼻と古参と天パの四人はぐだぐだやれどこの女を引っ掛けただの締まりが悪かっただのどこの風俗は良いだのと、下半身方面の話に花を咲かせており、慎吾はその中でたまに口を挟んで「えげつねー」と言われつつ、慎吾からは前方に位置する、テーブルから人二人分離してあるソファでうつ伏せに寝転がっている中里へ目をやっていた。
 数分前からソファの上で飲んでいたが、いつの間にか横になって飲んでおり、ついに中里はうつ伏せに沈み込んでいた。帰るだのと言っていたが、眠気には勝てないらしい。隣の部屋に布団は敷かれているが、誰もそこまで運ぼうとも、起こしてそこまで蹴り飛ばそうともしなかった。ナイトキッズにも上下関係はあるが、一度酒なり何なりのために皆の理性のかせが外れると、人類皆兄弟、自業自得の自己責任、無礼講という様相を遂げるので、中里も放置されているのだった。
 慎吾からはその顔は見えず、ただ規則正しく上下する肩が目につくだけだったが、生きていることは窺えた。
 と、いい感じに酔っ払って過去に女としたプレイの種々を語っていたうさんくさい幹事が、話の途中で、「あーそうだそうだ」、と突然中里の足を揺すり出した。ねー毅サンはどう思います、と続けて言う。話の流れからすると、付き合って三日経ってもフェラチオしない女は女じゃない、ということらしいが、そんなことを童貞臭たっぷりのこいつに聞いても仕方ねえだろ、思いつつ、慎吾は傍観していた。
 中里は足を揺すられたくらいでは低いうめき声を上げるのみで、焦れた幹事はついに両肩まで揺すり出したが、誰もその若手のリーダー格に対する横暴をとがめる者はいなかった。自業自得、自己責任、無礼講である。がくがくと前後に揺さぶられ、ようやく中里は目を覚ましたらしく、ソファに寝転んだままうつ伏せから仰向く体勢になると、膝立ちで肩を掴んできている幹事を薄目を開いて見た。
「何だよ、俺に意見求めんじゃねえよ、俺はもう寝るんだ、寝る……」
 あまりろれつが回っておらず、目もすぐ閉じた。更に肩を揺らしにかかるかと思われた幹事は、しかし動きをそこでぴたりと止めていた。何事かと慎吾が幹事を見ると、困ったような顔がこちらを向いていた。目が合い、その目に誘導されるがごとく慎吾が見たのは、ジーンズに包まれている中里の、膨らんでいる股間だった。幹事へ目を戻すと、やはり困ったような顔をしていたので、慎吾はとりあえず頷いてみた。すると幹事も頷き、膝立ちのまま、今度は中里の足を揺すった。
「あの、毅サン」
「……あ?」
「えー、その、あの」
「用がねえなら呼ぶんじゃねえよ……ああ眠い」
「いや、あるんすけど。うん、その、毅サン」
「何だ」
「タッてます」
「……あん?」
 中里は目を閉じたまま首を傾げた。幹事は他のメンバーを見回しつつ、「トーテムポール?」、と言い、更に中里は、「は?」と言った。すると焼酎に日本酒を加えてウィスキーで割ったものを作っていた天然パーマが、「えーと、水の都?」、と口を挟み、「……ヴェネチア?」、と中里はそこでは一応の正解を述べたが、あーそっちじゃねえな、という空気が流れ、実際鷲鼻がそれを言い、あれだろうが、と古参が分かりやすく言った。
「太宰治じゃねえ、あれ、シェイクスピアのあれだよ。肉はやるけど皮とか毛はやらねーぞってやつ」
「……ヴェニスの商人か」
 またもや正解を述べた中里へ、幹事が喜色満面で、そう、ペニス、と言った。
 中里は五秒経ってから目を開け、その五秒後、仰向けになったまま己の股間へ目をやって、
「うおおッ!?」
 と驚愕の声を上げると、ソファから転がり落ちた。大丈夫ですか、と下にいた幹事が中里を拾い上げ、ソファの足を背もたれとして、寄りかからせる。南極物語から目も耳も離さない坊主頭と、こいつはそういう奴だしな、と思っている慎吾以外のメンバーに、疑心の波が広がった。
「……そこまで気付かねえもん?」
「さあ」
「いや、気付くだろ普通」
「下敷きになってたからとか?」
「だって自分の体だぜ?」
「酒入ってっし」
「そこまで鈍感になるもんかね」
 その中里の人間性を疑うごときやり取りは、だって毅サンだし、という幹事の一言であっさり終結を迎え、あー、俺もあるわ、と古参は経験談を語り出した。
「二日徹マンしてよ、そん時、くらっくらで家帰って寝ようとしたら、ビンビンになったんだよな。あれ何だったかな、徹夜とか疲れてる時ってのは、生命の危機だか何だかで本能的にもう発射オーケーになっちまうんだったか? まあ、普通に突っ込めるくらいなわけだよ。んで突っ込んだわな、半分寝ながらそん時の彼女に。いやー、でもありゃ結構気持ち良かったぜ」
 へー、という納得の波が今度は広がった。
 驚愕していたはずの中里を慎吾が見ると、既に半分寝ているようだった。やはり酒が入ったために、いつにも増して鈍感になっているのだろう。常ならば下ネタなど振られるだけで動揺を示すような奴だ。それがここまで堂々となっているとなると、妙に心が広くなっているのかもしれない。そうしてこっくりこっくり船を漕ぎ出した中里へ、あ、毅サン、と幹事が余計な気を回した。
「トイレ使っていいっすよ、いくらでも抜いてくれて全然構わねーすから。何ならここで抜いても別にいーすけど」
 いやそれは俺らが嫌だよ、と冷静に返す鷲鼻に、えーでもまあ一蓮托生の仲だろよ、と幹事は返し、その間に中里は、薄目を開けつつむにゃむにゃと、
「いや、このままでいい……それより眠りてえ……っつーかここでやるのだけは絶対嫌だ」
 最後だけは断言し、再び目を閉じた。まあ俺らも見たくねえわな、と一人常識的なことを鷲鼻が言い、どういうプレイだってな、と古参は笑い、オナニーショーってのも需要あんじゃないかな、と天然パーマが金銭的な面を見せ、「絶対嫌だとまで言われると」、と慎吾は個人的なことを言った。
「やらせたくなってくるって面もあるけどな」
 不意に、場が静まったが、中里の、「お前らしい発想だな……」、という寝ぼけ十割の地の底に消えそうな呟きをきっかけに、だな、と古参が笑い、皆も笑い、慎吾も笑った。
「人の嫌がることほど楽しいことはねえだろうよ、オイ」
 性格わりーよお前、と鷲鼻から褒め言葉をもらい、上等上等、と慎吾が笑ったまま返すと、古参は正気の目を光らせて、酔ってんのかよ、と聞いてきた。全然、と慎吾は嘘を言った。酔ってはいるが、肯定するのも面倒だった。それに、今日は昼間に食べた賞味期限切れのコンビニ弁当の当たりが良かったのか悪かったのか、それから断続的な腹痛に襲われており、会の最中でも時折差し込む痛みがきていて、酔いもそのたび引っ込んだり出てきたりで、自分の状態が把握できていなかったのだ。
 元々少量のアルコールでも顔は赤くなり、肌も赤くなるが、思考は侵害されにくい性質だった。しかし気分は半分ほど侵害されているようで、慎吾は今までになくこの状況が楽しくなっていた。くつくつと笑いが漏れる。古参は少し怪訝な風だったが、慎吾に行動を起こす気配がない――言ったことは事実だが、何より面倒だった――のを見取ったためか、当人も十二分に酔っているのでどうでもよくなったためか、それ以上何を追及することもなかった。
 そして鷲鼻も古参も天パも女の話に戻り、坊主頭は南極物語に相変わらずかじりつきで、船を漕ぎ出した中里は再び放置されるかと思われたが、仮家主兼幹事は空気を読まないことにかけてはチーム内ナンバーワンの実力を持っており、中里を見下ろして、あれ、と不思議そうな声を上げた。
「でも毅サン、そのまんまだときつくねーすか? せめて前くらい緩めていっすよ、ガチガチでしょ」
「……あ? いいよ、俺のことは放っとけよ……」
「あー、面倒すか。じゃあ俺がやったげますよ、ほら」
 話の通じぬ幹事が、躊躇なく中里のジーンズのチャックに手をかける。やめろ、という中里の声はやはり夢うつつだった。
「いいって、お前……おい……やめろ」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃねーすか、同じチームのメンバーなんだし」
 やはり話の通じぬ幹事の手でボタンが外されたところで、突如中里は、おい、と声を荒げ、幹事の手を引っ掴んだ。
「いいっつってんだろ、それ以上やるんじゃねえ!」
 しん、と広まった静けさは、先ほど慎吾が作り出したものよりも、冷たいものだった。あ、すんません、と幹事は萎縮し、中里それを一瞥すると目を閉じて、掴んだ幹事の手を払いのけ、苛立たしそうに舌打ちし、一連の光景を見た慎吾は、常とは違う中里の無分別さと傲慢さに強い瞬間的な怒りを感じ、体を動かしていた。すっくと立ち上がり、空気の流れが停滞している中を三歩歩いて、中里が足にもたれているソファの上に、中里をまたぐように座り、こちらに気付かぬほど鈍感さに磨きをかけている中里の、両脇の下に両腕を入れ、二本の腕で二本の腕を抱え上げ、その動きを封じてやった。
「……あ?」
 ようやく気付いた中里が、真後ろにいる慎吾を、億劫そうに見上げてくる。慎吾は唇の端を醜く、冷酷に上げてやると、話を止めてこちらを見ていた鷲鼻と古参と天パへ、おい、と水を向けた。
「テーブルそっち寄せてよ、足、押さえてやれよ。じゃねえと楽にしてやれねえだろ」
 半ば慎吾はキレていたが、そんなことはアルコールに浸っている連中にはどうでもよく、とりあえず面白そうな流れになってきたと悟って、常識人を気取っている鷲鼻を除く古参と天パが、あい了解、俺らは親切だね、と笑いながら、無駄な動きなくテーブルをソファの前から退避させると、まだ事態を認めきれていない中里の両足を開かせて、右足を古参、左足を天パがそれぞれ動かぬように固定した。丁度その間に、幹事が正座しているような格好となり、中里は眉根を思い切り寄せた。
「……お前ら、何してやがる」
 その声は不機嫌に満ちていた。酒のせいでかすれ、更に普段持っている上に立つ者としての節制も忘れている現在では、峠にてこれを使えば誰もが服従するしかないほどの威圧感を持っていたが、同じく普段持っている遠慮というものを忘れている者たちには、まったく通用しなかった。慎吾はカカカと笑い、この場合俺はどうするべきだろうか、と顔に書いている相変わらず空気の読めない幹事を見た。
「ほら、澤田、やってやれよ。毅サンはきつくてたまんねえって仰ってるぜ」
「言ってねえだろうがッ、てめえらコラ、さっさと離さねえと全員叩き潰すぞ!」
 激しく各部に力を入れながら威勢のいいことを言う中里にも、開き直ったらしい幹事が屈することはなく、イエッサー、と不自然な敬礼を笑顔ですると、楽しげに先ほどお預けを食らったチャックを下ろし、そのまま中里のジーンズと下着を脱がせようとし始めた。中里はクソだの殺すだのと物騒なことを口走り、全力で抵抗していたが、三人がかりの戒めから抜けられるわけもなく、ポン、とジーンズとパンツが抜け、ビョン、と元気なイチモツが飛び上がった。ぎゃはは、とその途端哄笑が上がり、てめえらァッ、と中里はアルコールでは染まらなかった顔を、一挙に真っ赤にさせた。脱がせてすぐに再び足を固定した二人が、おー、とわざとらしい歓声を出す。
「勃ってる勃ってる、さすが水の都だな」
「お、剥けてんなこの野郎。日本男児の六割は包茎だってのに」
「どこのデータよそれ」
「俺のデータだ」
「でも仮性でも使えんならいいんじゃねえの?」
「いやでもズル剥けは男のロマンだろ」
「分かんねえな」
 二人が中里の股間を挟みながら会話をしていると、なぜか中里の靴下までを脱がし終えた幹事が、でも、と口を挟んだ。
「勃ってて剥けてねーのはヤバくねーすか? 使えねーんだから」
「あー、そりゃ手術が必要だわな」
「自分でやってりゃ剥けるとかねえのかな、そういうのって」
「さあ。やろうにも中ちゃんのはこの通りだし」
 と、三人同時に視線を中里の海綿体出血大サービス中のそれに向け、下を剥かれてからは口をわななかせるのみだった中里は、耐え切れなくなったように、今度は悲鳴のような叫びを上げた。
「お前ら、人のモン見てごちゃごちゃ言うんじゃねえよ!」
「えー、いいじゃねーすか毅サンのは普通なんだから」
 幹事の切り返しはいまいち的を外れており、だから中里も、そういう問題じゃねえ、と叫ばずにはいられなかったようだが、それを聞く慎吾としては、いい加減うるさく感じられてきたので、前置きなく中里の身を覆うように前かがみになると、そのシャツの裾を両手で掴み、両腕を再び動かせぬようにしながら、素早く肘の中間までまくりあげ、そして右手で中里の口をふさいでやった。これで両腕を胸元で抱え込むのに、難が減った。むうむううめいて顔を振ろうと努力する中里に、まああれだよ、と慎吾はまったく衰える気配のない楽しい気分のまま、
「このまんまじゃお前もさ、行くも地獄戻るも地獄じゃん? じゃあイカせてやろうじゃねえかって、なあ」
 と言い、えーでも俺あんま触りたくねーな、と古参は興ざめしたようだったが、おお、と天パが乗っかってきた。
「んじゃあれだな、俺が手コキのやり方をレクチャーすりゃいいわけだな。うん」
 通常であれば、そこは何の納得し時だよ、と突っ込む人間もいただろうが、何せ宴会中である。直接触れるのは嫌だという古参も、靴下まで脱がせた幹事も、自信満々に手をわきわきさせている天パも、輪に加わらず枝豆をつまんでいる鷲鼻も、南極物語に集中している坊主頭も、右手のうちに中里の熱い息を感じている慎吾も、正常なストッパーは意識の彼方に放り捨てていた。中里ですら酔いの境地にて、恥辱と眠気の狭間に落ちかけていた。
「あ、んじゃ松山、お前あれ使う?」
 手の空いた幹事が立ち上がり、居間の端にあるタンスへ向かい、あれって何だよあれって、と問うた天パへ、タンスから取り出したものを掲げてみせた。
「……何でそんなもんが、あんなところに入ってんの?」
「いやー、ほら、アナルセックスとかって衛生的にやべー時あるし」
 平然と言い放った幹事が天パの手に渡したのは、ラテックスのゴム手袋とローションのボトルだった。そして天パと入れ替わりに左足を押さえた幹事に、え、お前やんの、と古参が驚いて尋ね、あーまープレイの一種っすよ、と幹事は何のてらいもなく言った。
「一回開発すっとね、そっちの方がいいっつー女もいるんでね。すげえっすよ、濡れまくりのイキまくり。中にバイブ入れといてケツの穴にっつーのもねだられたりして、相性のいい奴だとね。最近はそんなしてませんけど、処理とかめんどいんで」
 その語りに、へー、と古参が感嘆している間に、手術用ゴム手袋をかっちりはめて、ローションでその表面を濡らした天パは、中里の股の間に腰を据え、その腹からそそり立ったものへと、無造作にローションを垂らした。手の中で中里が声を上げるのが、慎吾には分かった。素裸の中里が自分の手の中にいることも、そのペニスがひくつくさまを眺められることも、妙な興奮を煽ったが、そうすると腹痛が襲ってきて、慎吾はしわが寄りかける顔を、平静に保つのも心がけなければならなかったので、酔いも加勢し、自分が何をしたいのか、まったく不明な状態になっていた。
「まず、こういう握りな。これはいつも通りだろ、多分」
 天パが勃ち上がっている中里のものを、右手で軽く握る。ああうん、と古参が頷く。
「んでこれが逆手っつーの? まあたまにやってもらうと刺激が違うんだよな。自分ではできねえし。まあでもいっつもの方が大体うまくいくんだけどな、こういうのって。どっちがいいんだろうな」
 天パのゴム手袋に包まれた指が、中里のものの天頂をぐりぐりとこすり、中里は最早動きを封じている慎吾たちには抵抗をせず、何か己に抗うように、筋肉を盛り上がらせていた。
「まあ、シチュエーション重視じゃね? やっぱさ、進んでやってもらうのも頼んでやってもらうのも、こう、技術も大事だけど、やっぱあれだよ、状況のエロさだよ」
「あー、あれっすよね、何か脳ですもんね、エロさって」
「お前それ意味分かんねえよ、何が脳なんだよ」
「だから、何かこう、脳なんだよ」
「まあ分かんねえってんでもねえかな、でまあ、時々袋ももんでもらうといいもんだよな」
 右手の指で輪を作り本体を軽くこすり上げながら、左手で右手では届かぬ場所を刺激しつつ、天パは語り口を緩めない。中里の呼吸が荒くなっているのが、慎吾にはそれこそ手に取るように分かったが、苦しげなその顔を見下ろすと、愉快さと同時に、不愉快さも生まれており、何をしてやりたくもなかったし、実際ここまでくると、既に慎吾にはどうしようもなかった。
「まあ後はあるもの全部使ってって、たまに違うもんも入れ込みつつ、偏らないように。ひたすらリズミカルに、と」
 シコシコシコシコ。
「あれ、皮使ったら遅漏になるんだっけ?」
「あー、俺やったことねえから分かんねえな」
「っつーか伸びるでしょ。それに皮使うくらいならオナホ使った方がいいっすよ、まだ女に近いから」
「あ、オナホ俺範疇外だ。あそこまでいくとよ、何か戻れそうにねえから」
 シコシコシコシコシコシコシコシコシコシコ。
「あー確かにありゃ、結構なもんだなあ。マジ最近のすげーすからね。子供作らねーんならそれで別にいいんじゃねーかってくらい」
「こえーなそりゃ」
「なあ中ちゃんさ、使ったことある?」
 けらけら笑いながら古参が話を振るも、慎吾に口をふさがれている中里が答えられるわけもなく、また、質問の意味を理解できぬほど、中里の思考はアルコールと快楽と眠気にやられており、うつろな目を古参に向けるだけだった。古参は一瞬笑みを引きつらせたが、まあそんなことに金かけねえわな中ちゃんは、と自己完結し、それ以降はしばらく口を開かず、天パも幹事もなぜか口をつぐみ、ただ中里のペニスがしごかれる音と、市販の音楽のみが場に漂った。慎吾は何か、段々と腹の底に異物が溜まっていくような感覚を受けていた。中里が根強く射精にいたらないために、それは増え続け、腸からくる腹痛とは違う、精神的な重さが、内臓を腐らせているような、むかつきが全身を支配し始めたところで、つまんねえなあ、と古参が呟き、幹事は似合わぬ苦笑をした。
「こんだけ見られててあっさりイくっつーのも、すごくねーすか?」
「そりゃ中ちゃん露出狂だわな」
「変態度たけーすよ、いや俺は別にいいけど」
 でも後はイかせるだけなんだよなあ、と手を動かすのも疲れてきたらしき天パが、ため息混じりに言う。両腕を抱えているのも疲れてきた慎吾は、皮膚の下にざわめく暗い感情を無視するためにも、じゃあ、と声を上げた。
「プラスアルファやってみるか?」
「あ? 何」
 古参が不審な顔を向けてきて、何でもいいけどよ、と慎吾は嘲るように言った。
「この体勢から俺ができるもんならな。っつーか俺、トイレ行きてえからさっさと済ませて欲しいし」
「何だよ、お前まで愚息が昇天か」
「ウンコだよ、昼間っから腹の調子悪くてよ。早く終わってもらわねえと俺の肛門括約筋が限界を迎えるぜ」
「リアルなこと言うんじゃねえっての」
 下品な笑いが場のたるみを伸ばし、そこで、「あ!」、と幹事が勢い良く挙手をした。
「そうだ慎吾、乳首乳首!」
「……あ?」
「ほら、結構イイらしいぜ。毅サンも新たな性感帯に目覚めて、一石二鳥じゃん!」
 自信満々、笑顔満々で幹事は叫び、いいことなのか、さあ、と古参と天パは首をかしげ、あー、と慎吾は確認した。
「じゃあこいつの乳首いじりゃいいのか、俺は?」
「まあさっさと中里がイってくれりゃあいいからな、俺らは。何でもやってくれ」
「やっちまえ!」
 テンションが各自で随分と違ったが、それを気にしていられるほど慎吾の体勢も緩くはなかったため、左腕で中里の両腕を固定したまま、もう反論する気もねえだろうと踏み右手をその口から離し、まずローションの被害を受けていた腹へと伸ばした。案の定、中里は何も言わず、ただ鼻とかみ締めた歯の間から、ひゅーひゅーと荒い呼吸音を立てていた。慎吾はぬめる手で腹から胸へと撫でていき、その吸い付くような熱さを非現実的に感じながら、右の乳首を指でかすめた。
「んんッ」
 びくり、と中里が体を揺らした。一瞬、すべてが静まった。それまでの静けさとは違う、不自然さに満ちたものだった。慎吾は一旦手を止めたが、気を取り直して、周辺をゆっくりなぞり、焦らすようにたまに指で弾き、こね、中里は口を開いて声を上げ出した。ペニスをしごく手の動きに呼応するそのかすれた声は、普段の凄みのある低さからは考えられないほど、鼻にかかった甘い響きを持って持続した。おそらくいい加減中里も何かがキレたのだろう、それこそかせが外れたという言葉が似合うほどに、あえぎ声が漏れ出した。
「……すげえ、ビクビクしてる」
 天パが沈めた声で言った。世間話は最早なされなかった。誰かが生唾を飲み込む音がし、そして、
「なあ」
 と、それまで一人で枝豆を延々食らっていた鷲鼻が、突然こちらへ声をかけてきて、ばつが悪そうな顔で、トイレ借りていいか、と幹事へ問うた。
「あ? ああ、いつでも何でも自分の家みてーにしてくれていいっつっただろ」
「いや、じゃなくて……」
 枝豆の空を睨んだまま語尾を濁した鷲鼻をじっと見た幹事は、珍しく空気を読んだ。
「あー……まあ、それもコミだから」
「……朝勃ち放置したからかな、朝から何かムラムラしてよ……じゃ」
 聞いてもいない言い訳をして鷲鼻は立ち上がり、猫背で居間を抜け出した。その間も、中里の声は断続的に上がっており、そして鷲鼻がトイレに消えたところで、慎吾の腹にも断続的な腹痛が訪れたため、背筋を伸ばしていられず、中里の肩に顔をつけるように前かがみになって、いてえ、と呟いた。
「――あッ」
 慎吾の口の先には、赤みを帯びた中里の耳があった。ふと気付き、小さく息を吹きかけると、ひっ、と中里は体を跳ねさせる。腹痛は治まっていたが、慎吾はその体勢のまま、他の人間には聞こえないほどの声で、息を吹き込みながら、囁いた。
「毅」
「あ、あ……」
「お前、反応やべえよ」
「――ッ」
 それから背筋を元通りにし、間髪を入れずその胸をいじると、中里は小さく、
「イッ……く、……」
 吐き出すように言い、背を弓なりに反らせ、実際精液を吐き出しながら、体を数瞬小さく跳ねさせた。慎吾は代わりのように己の股間が硬度を持つのを感じたが、間隔が短くなってきた腹痛に襲われ、すぐにそれもおさまっていた。

「まあ、終わった後はちゃんと全部出すようにと」
 言って最後まで中里のペニスを絞り上げた天然パーマは、終わった終わった、とゴム手袋を外し、幹事が用意したゴミ袋に放り投げ、一息吐いた。そこで幹事が中里の左足を離していることに慎吾は気付いたが、中里が動く気配はなかった。慎吾が固定していた両腕は重みを増しており、シャツをすべて脱がせてから試しに解放してやると、中里は両腕をだらりと体の隣に垂らすのみだった。もう一度前かがみになって、今度は中里の顔の前に耳を寄せると、呼吸音はあった。
 ということは、つまり、
「寝てやがる」
 ソファの背もたれにどすんと体を預けた慎吾が呟くと、何をするでもなくぼんやりとしていた三人が、きょとんとした顔を向けてきた。
「……何?」
「寝てるぜ、こいつ。千野、もう足離しても何もねえよ」
 古参はそっと中里の足から手を離し、何の動きもないことを確認すると、神経が太いっつーか細いっつーか、とため息混じりに言い、まあウルトラCだよな、と肩を揉みつつ天パが言い、終わり良ければすべて良しっすよ、と幹事は的の外れたまとめ方をした。
「あれ、何やってたんすか、みんなで」
 そこでまったく普通の声音で入ってきたのは、ヘッドフォンをつけてテレビにかじりついていたために、こちらに一切関知していなかった、わずかに目を腫らしている坊主頭だった。おお、と幹事が笑って迎える。
「タロとジロはどうなったよ」
「健さんと感動の再会果たしたに決まってんじゃねえか。何、中里さんオナニーしてたの? っつーか寝てんの?」
 ソファの足に背を預け、全裸で腹に射精の跡を残している中里を見、坊主頭は怪訝そうに言った。っつーかさせた、みえてな、と幹事は言い、ほら、と天パが補足した。
「中里疲れマラってたから、抜いてやったんだよ、俺らが親切に」
「滅茶苦茶あえいでたぜ、録音してたらおもしれかったろうな」
「うわそれ売るんすか、犯罪っすよ」
「そこまでするかよ、っつーか録る時点で犯罪じゃねえか」
 がはは、と三人笑い、ふうん、と坊主頭は頷き、どうせならケツの穴いじってやりゃ良かったのに、とぽそりと言い、あ?、と古参が引きつった笑みを向けた。
「いや、いいらしいっすよ。俺のダチでね、フーゾク嬢にやってもらってからハマっちまって、結局ホモ街道に進んじまった奴いますから」
「えー、毅サンホモにしちゃ駄目だろー」
 幹事がしかめっ面で言い、別にホモにするわけじゃねえだろ、と坊主頭は気に食わぬように反論した。
「気持ち良さの次元の問題だよ、チンポだけがすべてじゃねえんだから」
「毅サンが変な性癖に目覚めちまったらどうすんだよ、お前責任取れんのかよ」
「取れるわけねえだろ。お前が取れよ」
「俺だって取れねえって、いやまあその気になりゃアナルセックスくらいはしてあげられるけど」
「んじゃいいじゃねえか」
「そっか」
 納得してから、ん?、と二人が首を傾げ、うんまあ良くねえな全然、と避難したテーブルの上で天パが再び酒調合を始めながら言って、それで良くなるとチームがやべえな、と古参は避難したテーブルの上の焼きスルメを噛みながら言い、そのやり取りが行われている間、ソファから腰を上げた慎吾は、携帯電話を左手に持ち適切な構図を探しており、それに気付いた古参が、おいおいおい、と素早く言った。
「慎吾クン、写メまではひどくね?」
「別に売るわけじゃねえからいいだろ」
 カシャリ、と音を立てて携帯電話が写真を記録した。いやそうはいってもな、と渋い顔をする古参は構わず、全身、そして局部のアップ、顔を入れたショットと、後四枚ほど撮ってから、慎吾はその中で一番分かりやすい画像を選択して、古参の目の前に突き出した。
「で、中里毅は衆人環視でマスターベーションを行いました、ってことだよ」
 古参はぽかんとしていたが、ああなるほど、と幹事は頷いた。
「つまり、毅サンが俺らの犯罪を覚えていた場合、それを突きつけてごまかすわけだな」
「んなわけねえだろ、そもそもこいつ覚えてねえよ。酔って寝たら全部忘れやがるんだから」
 ああなるほど、と今度は古参が頷き、え、じゃあ何だそりゃ、と天パが不思議がり、慎吾は携帯電話を閉じて、
「ま、保険だな。万が一覚えてた場合の脅し用と、今後調子に乗った場合のヤキ入れ用。これでチームも安泰だろうがよ」
 笑って言ってのけ、えげつねえ、と四人見事にハモッて言い、っつーわけで、と慎吾は携帯電話をジャージのポケットに入れて、腹を押さえつつ言った。
「そいつ適当に片しといてやってくれ。証拠隠滅しとかねえとやべえぞ」
「お前やんねえのかよ」
「俺は腹が痛いんだよ」
 胸を張って主張すると、全然そう見えねえし、と疑いをもらったが、その時タイミング良く鷲鼻がトイレから帰ってきたので、んじゃ任せた、と慎吾は居間を抜けた。鷲鼻とすれ違う際、そのやましそうな表情を見て、憎しみや怒りによらぬ殺意が一瞬胸のうちに芽生えたが、一秒にも満たない間で生まれて消えたので、それに慎吾が頓着することはなかった。
 トイレに入り、大便をひねりだして便所紙で肛門を拭い、水を流してパンツとジャージを上げ、ふたを閉めた便器に再び座った。腹痛が遠のけば、自然股間が盛り上がった。ポケットから携帯電話を取り出して、画像を呼び出す。膝上まで下半身を露出させ、白い飛沫を腹に散らして、恍惚の表情のまま眠りに落ちた中里。酒が入った鈍感な状態であれならば、シラフではどこまで感じるのか――小さい画像を見ながらそれを考え、慎吾は中里の体をなぞった右手で、思う存分手淫にふけった。



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