未通
「俺は、汚い真似をする奴だけは、どうやっても好きにはなれねえんだ」
岩城清次はそう言った。それが、庄司慎吾のことを言っているのだとは、妙義ナイトキッズの者なら、誰でも分かった。そうでなくとも、分かったかもしれない。岩城は、庄司を見ながらそれを言っていた。そして、この妙義山において、汚い真似をする走り屋の筆頭は、庄司慎吾だった。
揚げ足取りはお手の物で、自分が優位に立つためなら、どんなハッタリでも貫き通す、腹黒い男が、庄司だった。
だが、チーム意識はあるし、仲間思いの面もある。運転技術は高く、車についての知識も豊富だった。
チームにおいて、そう嫌われている人間ではない。
嫌われるよりは、恐れられていた。一度キレると、見境がなくなるところがあった。
だから、庄司に対し明確に、嫌悪を示す人間は少ない。例え庄司を嫌っていたとしても、それを庄司に知られることを良しとする者が、少ない。
実際、チームにおいては、庄司はそう嫌われている人間ではないが、チーム外の走り屋からは、疎まれていることが多い。我が物顔で峠を走り、気分次第で勝手な因縁をつけ、事故を誘発する。
それでも、手は出されない。庄司は、恐れられている。走り屋として、というよりも、人間として、冷酷さがむき出しなところがあった。
「人のチームのステッカーを目の前で切って、車のリアウイングに逆さまに貼り付けるのは、汚い真似じゃねえのか?」
せせら笑いながら、庄司は言った。
「ああ」
と、岩城は疑問もないように応えた。
庄司は笑いを消し、理解をしかねているような、顔になった。出した声はだが、平静そのものだった。
「立派な倫理観をお持ちだな」
岩城が、今度は、理解をしかねているような、顔になっていた。そして、理解をしかねているような、声を出した。
「けど俺は、相手をわざと事故らせるような走りはしねえ」
数秒ののち、どちらも、似たような表情を浮かべた。相手を探るような、それでいて、探ることなど厭っているような顔だった。
「誰が、そんなことをお前に言った」、と、答えを分かっていながら、庄司は聞いていた。「そういう趣味を、俺が持ってるってよ」
ためらうような間を、岩城は置いた。だが、単に、誰が言ったのかを、思い出していただけだった。
「お前のこと、根は悪くねえとも言ってたぜ」
顔をしかめながら、岩城は言った。庄司は、顔をしかめなかった。代わりに、嘲った。
「俺は、他人の意見を鵜呑みにする奴が、この世で一番嫌いなんだ」
岩城は、顔をしかめたまま、庄司を見ていた。
「誰のこと言ってんだ、お前」
庄司は、それを言われると同時に、嘲笑をやめた。わざとらしい、速やかなものだった。岩城の顔はしかまったままで、庄司の顔は、陰鬱になっていた。
「誰でもねえよ」
そう言った庄司の声は、呟きのように、小さかった。
(終)
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