ふざけた奴ら:中里毅
「そうだ毅さん、ナイトキッズも二部制にしましょうよ!」
ようやく夜の峠にも陽気が満ち始めてきた頃、子供時代に好きだったスーパーカーについて語らっていた中で、突然俺に向かってそんなことを言ったのは、波田野という初心者ながらベンベの318isに乗る男だった。我がナイトキッズには稀有な女性ファンの多い、カワイイと褒め称えられている波田野のツラを、そして俺はまじまじと見てしまったが、カワイイ男を見ていてもどうしようもないので、見るのはやめて言葉を返すことにした。
「……二部制?」
「はい!」
波田野はキラキラとしたオーラを出しながら、力強く答える。ティーガー1のフォルムを思い出していた俺は、波田野の提言をいまいち把握できない。二部制?
「お前さ、この頭の回転速度が地球の公転速度の一億分の一もねえ奴に、極端な結論から話したって理解されねえぞ」
波田野の隣で外車には興味がなかったと言ったのち黙って煙草を吹かしていた慎吾が、口を挟んでくる。庄司慎吾という奴はどうも、俺を逐一貶すのを習慣としているらしく、それで俺と互角の腕前を持っていて、妙義のダウンヒル最速の名を狙うに相応しいドライバーであったりするので、俺はその逐一の貶しを寛容に受け流せずについ怒りをかき立てられ、それなりに怖いと言われる顔を向けてがっちり睨んでやるのだが、性悪なツラの慎吾は習慣に従っただけだとばかり、どこ吹く風で煙草を吹かしやがる。ふざけた奴だ。
「公転って何だっけ?」
「太陽の周り回るやつだろ。とってもざっくり言えば公転が春夏秋冬、自転が朝昼晩だわな」
フェラーリに憧れていたという派手な顔の浩志が首を傾げ、ランボルギーニを今でもそらで描けるという地味な顔の嶋が答える。はて、地球の公転速度は一体時速何秒だ。いや比較するなら秒速か。規模がでかいからかなり速かった気もするのだが、それの一億分の一とはどの程度なのか。俺が高校時代の勉強の記憶を掘り起こそうとした時、
「ほら毅さん、二部制ですよ。一部と二部、J1とJ2、メジャーとマイナーですよ。っていうのも今はプロD全盛期ですから、群馬はがら空きなわけですよ。で、レッドサンズはやっぱり高橋兄弟がアレでアレですし、ここでこそ矢面に立つナイトキッズがですよ、二部制で環境分割集客力もパワーもアップ、群馬エリア制圧でレギュラーシーズン両リーグ優勝目指しましょうよ!」
と、気を取り直したように波田野が力説し、妙な修飾に邪魔はされたが、ようやく俺は波田野の言わんとしていることを理解できた。二部制というのはつまり、メンバーを戦力に応じて上下に分けるということだろう。そして整理された環境で個々に切磋琢磨してもらい、総合的な戦力増強を図り、戦績知名度双方向上、目指すは群馬制圧、という波田野の主張なわけだ。
赤城レッドサンズの創設者であり群馬の走り屋のカリスマたる高橋涼介は去年一線を退いて、今年に入りその弟でこちらも群馬ではカリスマ的な人気と相応の実力を備える高橋啓介と、去年の夏に唐突に現れて多種多様な走り屋を破り続けた秋名のハチロクこと藤原拓海とをドライバーに据え、県外遠征チームを結成し、現在奴らはそれにかかりっきりだ。確かに群馬はがら空きだった。
とはいえ波田野がアレでアレと言うように、レッドサンズには高橋兄弟の影がまだ色濃く、下手に寝首を掻こうとするとどんな返報が来るか分からない不気味さがあるので、誰も手出しはしてないようだ。その代わりといっては何だが、春になってからのナイトキッズには、去年よりもバトルの申し込みが増えている。それも、俺個人を指名したものがだ。
俺は妙義山のコースレコードを保持しているし、拮抗する慎吾とも常時競い合っているから、そんじょそこらの走り屋には下らないという自負はあるのだが、去年は秋名のハチロク、高橋啓介のFD、更に栃木のエボ4にも立て続けに負けちまっているので、どうも群馬内の走り屋は勿論、他県の奴らにも軽く見られているらしい。ああ、あの負けまくったGT−Rね、という具合だ。そういうわけで、バトル相手は大体俺を指名してきて、今のところ俺は一応そいつらを退けてはいるものの、去年の三連敗が人々に与えたインパクトは俺が考えているよりも強烈だったようで、お相手はなかなか絶えずにいる。そこでこその波田野の、ナイトキッズ二部制、戦力底上げギャラリー歓待、群馬エリア制圧、という意見なのだろう。
「二部制っつってもなあ……」
言わんとしていることは理解したが、俺は唸った。うちは走り屋チームという体裁は取っていても、はっきり言ってまとまりがなく、メンバーは基本好き勝手に動いている。ひたすらタイムを伸ばそうとする奴、限られた直線で最高速を出そうとする奴、馬力の低さを活かそうとする奴、ドリフトができればいいだけの奴、ドライブができればいいだけの奴、ただチューニングが好きなだけの奴、ただ峠の空気が好きなだけの奴、ただ仲間と話をするのが好きなだけの奴、ただ騒ぐのが好きなだけの奴、等々。そういう奴らを一律に管理するというのは、何とも難しい話だし、そもそも敢えて空白地帯を狙ってまで、制圧だ優勝だどうのと県内を荒らす気はないので、二部制についての具体的な想像はしにくかった。
「まあ分けるにしたって、チームのメンバーどんだけいるのかまず分かんねえわな」
嶋が笑って言い、浩志も俺も頷いてしまった。そうだ、新年度を迎え、チームに入ったまま遠方に旅立つ者もいれば、チームを辞めてなお峠に現れる者もいて、今正確にチームに所属している走り屋が何名なのか、一応トップ的立場にいる俺ですら分からない。これでは分けるも何もない。
「え、会員名簿とかないんですか?」
波田野が目を丸くした。名簿。……見た覚え、ねえな。
「俺は見たことねえな」、浩志が大仰に肩をすくめる。「なくても困ったことねえし、気にしたこともなかったぜ」
「クモの巣的な連絡網が自然とでき上がってるしな」、嶋がゆったり笑いながら言う。「俺も見たことねえわ」
チームに入って五年も経つ俺たちが見たことないのなら、名簿は存在しないのだろう。俺も含めて、内部情報を正確に把握しようとする奴が存在しなかったのかもしれない。と、そこまで考えて俺は、今のチームにはそういう奴が存在するということを思い出した。
「康平なら、名簿も作ってそうだな」
俺が呟くと、あーそうだな、と嶋と浩志が同意した。康平は、タイム表やスペック表や年表を作ったりするのが趣味の、チームのあらゆるデータを常にそらんじられる、チームでも貴重な頭脳派で穏健派な男だった。そんな情報管理に長けている康平なら、誰に頼まれていなくとも名簿を作っているだろう。そして、現在のメンバー数も把握しているはずだ。俺は康平の車、ファミリアGT−Xを探した。黒いハッチバックはすぐ後方に停まっていて、康平はそのボンネットに腰を下ろし、賢そうな目を地面に落とし、何か物思いにふけってるようだった。
「おーい、康平クーン」
浩志が声を大きくして呼ぶと、康平は優しげな顔を上げ、俺たちを見、考え事を邪魔された人間が浮かべることなどないような、親しみ深い笑みを見せ、そして俺たちに向かって来た。
「悪いな、いきなり呼んで」
謝った俺にも、いや全然、と康平は笑みを保ち、そうして不思議そうに俺たちを見渡した。
「で、どうした、みんな集まって」
「お前、今うちのメンバー何人いるか分かるか?」
藪から棒の質問だったが、康平は驚きもせず考えもせず、答えた。
「山に来る来ないは別として、群馬にいるだけなら丁度二十人だな。全員集めて飲み会でもするのか?」
問い返され、やっぱこいつはデキた奴だ、っつーか二十人もいたのかよそんなに見たことねえぞと思いながら、いやそうじゃねえよ、と俺が言ってすぐ、俺の頭の回転速度を地球の公転速度と比較してから黙っていた慎吾が、つまらなそうに言った。
「うちを二部制にするかどうかって話らしいぜ、ファイナル優勝のために」
「へえ、実際やったらナイトキッズの歴史に残るだろうな、それは」
すぐに康平は話を理解し、言葉を返す。……俺もこのくらいのこと、すぐ理解できねえとダメだよな。いやでもポルシェの話をしてて、いきなり二部制どうのって言われたって、意味が分かんねえよ。俺は悪くねえ。多分。それにしても、ナイトキッズの歴史?
「何、うちってずーっと組織的に選手育成したことねえチームなの? ドラフト一択で後放置?」
嶋が薄笑いを浮かべながら言った。おそらくな、と康平が嶋よりはしっかり笑って言う。
「冬の間思い立って、創設から今までのバトル記録と戦力推移をまとめてみたんだけど、うちはトップ以外の情報をほとんど残していないチームなんだよ。公式な対外バトルに出るのはトップ、内輪のバトルに出るのもトップ。他のメンバーは非公式なバトルには出ていても、非公式だからその記録は残っていなくて、情報を取るにも曖昧な人の記憶しか頼りにならない。記録表の類も俺がチームに入るまでは存在しなかったみたいだ。ここからトップ以外のメンバーを、組織的管理下で育成していたという結論を導き出すのは相当に難しい。簡単に導き出せるのはしたがって、ナイトキッズは伝統的にトップ以外のメンバーについては組織的に放任されているという結論だな」
感嘆が皆の口から漏れる。それはチームの伝統に、というよりは、よくぞそこまで調べて考えた、という康平に対する感嘆だ。これだから康平というのは頼りになる。頭脳派で穏健派なので折衝もお手の物だし、ファミリアを操る腕もなかなかだ。俺がそのありがたさを実感しつつ康平を見ていると、
「だから管理体制整えたら、歴史上初めてってわけか」、と浩志が納得の声を上げた。
「そうだな。対外バトルをチームというドライバー組織の成熟のための一途と見なすことも、初めてになるんじゃないか。俺の個人的見解だけど、ナイトキッズにおける対外バトルはトップの欲求とチームの体面を保つものだろうから」
康平が朗々と言い、なるほど、と言う各々は納得の面持ちだった。俺もチームに所属して、というか最初は無理矢理所属させられたのだが、それで何だかんだ五年経ってもその歴史については、かつてのトップの走り屋に飲み会でくだを巻かれた時くらいでしか聞いたことがないので、情報に裏打ちされた話というのは、興味深かった。我がチームは昔から、トップが表に立ち、それ以外は好きにやっていたようだ。現状を見れば、伝統は受け継がれていると言えるだろう。
「今更それ変えるのも、めんどいだろうなあ」
浩志が言い、嶋が頷き、波田野は悩み顔で、康平は笑い、慎吾は黙って煙草を吹かしている。確かに、そうだ。ナイトキッズの名声ならば俺や慎吾がバトルで勝てば自然と高まっていくものだし、今時分団体で群馬制覇も全国制覇も目指すものでもなし、そこでわざわざ新たな仕組みを設け、好きに楽しくやってる奴らをぎちぎちに縛って鍛え上げるというのは、まったく面倒だろう。
「っつーか毅と慎吾の二人でローテ回せてんだから、何も問題ねえしな。今更そこに食い込む気も、俺はないわ」
嶋がしみじみそう言うと、
「俺もねえな」、と浩志が言い、
「俺もだな」、と康平が言い、
「俺もっす」と波田野が言った。
「お前らな……」
俺はつい、肩を落としつつ、慎吾以外の面々を見てしまった。チームの総合力上昇を求めるのは面倒だとはいえ、そこはこう、俺がそのうちお前の牙城を崩してやるぜ、的な活気あることを言ってもらいたかった。言いそうにない面々であるのは分かってるのだが、何というか、一緒にやってるんだし、ババンと向かってきてほしいじゃねえか。何となく。
「食い込む気だけはありそうなのって、精々雪雄くらいじゃねえの。実力は微妙だけど」
俺の落胆も無視するように、慎吾がよく通る声を出した。
「あー、そうか、あいついたな」、浩志が同意する。「下りは雪雄か」
「じゃあ上りだと誰っすかね?」、と波田野。
「上りか……」、と浩志が遠い目をした。
「上り……」、と嶋も遠い目をした。
「春哉もやる気はあるんだけどな」、と康平も遠い目をした。「実戦形式だと雪雄にすら届かないからな……」
俺も遠い目をしてしまった。速い奴は何人でも思い浮かぶが、俺と慎吾に取って代わろうという気勢のある奴は、今挙げられた二人以外に思い浮かばない。これはちょっと、どうなんだ。いや悪いわけじゃねえんだが、こう、なあ。皆、同じ思いなのか、しばらく沈黙が生まれた。それを破ったのは、妙な方向に元気のある、波田野だった。
「だから、こういう時のための二部制ですよ! 二軍作ってテクニック鍛えてモチベーションを高めるんです。草魂です! そして一軍二軍で熾烈な争いを繰り広げ、仲直りして力を合わせて群馬甲子園を制圧するんです!」
甲子園制圧云々はともかく、ギラギラした奴がこうもぱっと思い浮かばない状態では、向上心を増幅させる環境作りも必要なのかもしれない、と考えさせられる。俺が表に出られるうちはいいが、俺が出られなくなって、更には慎吾がどこかへ行っちまったりした時に、俺たちの後を引き受ける人間がいないとなると、ナイトキッズが瓦解する可能性もある。それは、嫌だ。チームには愛着があるし、前のトップに今後を任された責任もある。俺は一つ頷いてから、俺の前にいる、嶋と浩志を見た。
「嶋、浩志。お前ら本当に、やる気はねえのか」
こいつらは俺より前にチームにいて、二年半ほど前までは、よく俺の相手もしてくれたものだ。それも浩志が結婚してすっかり落ち着いて、なぜか嶋まですっかり落ち着いてからはないが、しかし二人とも昔と変わらず峠に来ていて、流しはしている。経験値は豊富だし、ほんの少しやる気を出してくれるだけで、こいつらは俺や慎吾に続き、より速くなり、チームの戦力も手っ取り早く底上げされるはずだった。
「うん、ねえな」
「うん、ねえわ」
しかし浩志は即座に断言し、嶋も続いた。あまりにあっさり否定されたのが若干ショックで、俺は未練がましく言っていた。
「おい……お前ら、走り屋じゃねえのかよ……」
「いやあ」、腕組みした浩志がしみじみと言う。「一応まだ微妙に走り屋かもしれねえけど、毅クンが頑張るの見てたら、ああ毅クン頑張ってくれてるからいっかー、って満足しちゃうんだよな、俺。やる気とかもうどうでもいいって感じだぜ、ははは」
「そうそう」、嶋もしみじみと続く。「お前が頑張ってると、見てるだけで自分も命懸けた気になれるんだわ。それで自分がやるもやらないも今更ねえよ、どうでもいいの」
何だ、それは。俺のせいか。俺が頑張るから、こいつらのやる気はなくなるのか。俺はただ、車も走りもチームもバトルも好きだから、それを全部味わえるよう、何とかやっているだけで、頑張っているわけではないというのに、こいつらはそれで、満足できてしまうのか。それは、俺のせいか。いや、そうとも言い切れねえような気もする。何だ。こいつらとは五年も付き合ってるのに、分からねえな、畜生。
「そんな、それじゃあ二軍の意味がありませんよ! 二部制やりましょうよ、メジャーもマイナーもチャンピオンリング獲得しましょうよ!」
そんな俺の困惑を、波田野が代弁して、くれていない。どうも波田野は余計なことを付け足したがる奴らしい、と、そこで俺は気付いた。そういえば、去年は他のチームやノリノリな慎吾を相手にするのに忙しく、新しいメンバーとはあまり話をしたことがなかったかもしれない。波田野ともそうだから、女性ファンが多いのは知っていたが、その性格までは知らなかった。春になり、高橋兄弟や秋名のハチロクは外の世界へと旅立ち、俺はここに残ったままだが、まだまだ知らないこと、変わることはあるようだ。
「っつーか人数的にメジャーから落ちねえわな、みんな。ロースター枠余ってるし」
「待遇に差ァつけねえと昇格降格も意味ないだろうけど、うちでそれやったらきっとメンバー激減りするぞ。ほぼ全員マイペース好きだから」
「能動的に仕組みを変えていくんじゃなく、受動的に素質のある人間が現れるのを待つ、というのがナイトキッズの正しい歴史だろうな。毅にしても慎吾にしても、自然発生なんだし」
嶋、浩志、康平と続けて言う。そう、ナイトキッズの歴史としては、現状が正しいのだろう。しかし、次の人間が自然発生しているのかどうか定かではない現状では、不安は残る。今のままで、本当にいいのか。
「そうですか。なるほど、分かりました、納得です」
俺の不安など関係なしに、今までの主張は何だったのかと思うほど、波田野はあっさり合点した。分かったのかよ、驚いた俺が言うと、はい、と波田野はハキハキ返事をした。
「やっぱりナイトキッズは毅さんと慎吾さんですよ。それが一部で、二部は俺たちです。それがナイトキッズの正しい姿ですね」
変なところで物分りの良いらしいキラキラオーラを放つ波田野の言葉に、そうそう、と嶋が笑い、浩志は頷き、康平が微笑み、慎吾は興味もなさそうに煙草を吹かす。
……正しい姿、なのか。そうか。まあ、考えてみれば俺の前のトップにしても、他のメンバーの走りは基本的に放置して、一人でドライビングやバトルを楽しんでいたが、チームは普通に成立していた。自然発生するものを、無理に発生させても、どこかに歪みが発生してしまうものなのかもしれないし、今のままだからこそナイトキッズはナイトキッズとして続いてきていて、それを独善的な思いから下手に変えようとすれば、空中分解もありえる話かもしれない。そう納得はできるが、不安は消えなかった。俺は嶋と浩志を改めて見た。物言いや動作が軽々しく映る時もあるが、バトルの調整や事故の処理などを率先して行ってくれる、俺がチームに入って以来、ずっと一緒にやっている、大事な仲間だ。
「……なあ、俺がいなくなっても、お前ら、何とかやってくれるか?」
だから、頼りにもできるはずだった。期待を込めつつ、俺は嶋と浩志に尋ねた。
「何とかが何かは分かんねえけど、毅クンいなくなったら俺、チームには残らねえよ」
浩志は、何の引っかかりもなさそうな顔をして言った。
「俺もそうだわ、他の奴の面倒見る気もねえし」
嶋は、当然のような顔をして言った。
俺の期待はそうして砕かれたわけだが、その失望感よりも、顔色の割にさばさばとした二人の言いようへの不思議さが、胸に募った。
「いや、お前ら……それでいいのか」
「うん」
二人に揃ってきっちり頷かれると、それ以上何も言えなくなった。まあ、こいつらは、それでいいんだろう。多分。しかし、こいつらがこんなにもチームと俺とを直結してるとは、知らなかった。いや、直結してるわけでもないのか。けど俺が辞めたら辞めるんだよな。俺は別にチームじゃねえのに、何で俺がいるかいないかで決まるんだ。やっぱり分からねえ。
「まあ俺はやるのはやりますよ。毅さんっていう目標いなくなると、微妙っすけど」
「俺もやるのはやるだろうけど、情報整理のし甲斐がなくなるだろうなあ」
何も言えなくなった俺に、波田野と康平がフォローするように言ってくれたが、二人とも不満顔をしていた。俺がいなくなることが、歓迎されている雰囲気ではない。俺がいなくなったとして、誰かがチームを引き受けてくれる雰囲気ではない。直接辞めないでくれとも言われたわけではないのに、俺は何か、妙なプレッシャーを感じた。俺一人がいなくなったところで、チームの大勢に影響などないと思う俺と、後に続く奴がいないなら、終わりもあるのだと思う俺とに、チームを去る気のない俺が、挟まれて、得体の知れない圧力に襲われ始めた。空気を切り裂くような鋭い声が傍から聞こえたのは、その時だ。
「まあ安心しろよ、毅。お前が消えてもこの慎吾サマが、妙義の最速張ってやっから」
嘲笑をその性悪面に乗せながら、慎吾は言った。字面だけは頼もしいが、その言い方からも声からも、今すぐ俺が消えてもまったく構わない、むしろ歓迎するという意思が読み取れる。ふざけた奴だ。そのふざけた奴の発言で、しかし俺は妙なプレッシャーから解放されてしまった。こいつがこういうことを、俺に向かって言ってくれる間は、消えてたまるかこの野郎と俺を怒らせてくれる間は、不安も何もなく、俺は確実にここに留まっていられる、そう確信できた。
「誰がお前に最速張らせるか」
俺の睨みは、やはり慎吾には通じない。にやにやしながら紫煙を吐き出した慎吾は、視線でもって俺を見下ろす。
「人の親切踏みにじったら後悔するぜ、中里サン」
「何が親切だ、何が。後悔なんざしねえよ、俺は」
「ったく、威勢だけは良いんだからな」、急に笑みを消して呟いた慎吾が、煙草を捨ててから、俺をまた嘲った。「その空っぽ頭ももうちょっと、良くしとけよ」
そしてもう二度と俺は見ず、嶋や浩志にひらひら手を振って、奴の赤いEG−6へと歩いて行く。俺は反論する機会も与えられない。まったく、ふざけた奴だ。そんなふざけた奴が、俺をここに変わらず立たせてくれる、唯一のライバルなのだ。ふざけた話だ。
「相変わらず仲良いな、お前ら」
慎吾を見送った浩志が、俺を見て、ふざけたことを笑って言う。俺の睨みはどうも、近しい仲間にも、特に浩志に通じにくく、どこがだよ、と凄んでみても、浩志は何だか嬉しそうに笑うだけだ。ふざけた奴だ。
「そりゃ、全体的にだよ。なあ?」
「そうだな、そのあたりの裏付けも俺の楽しみなんだ」、康平が爽やかな笑顔を浮かべる。
「まあうちで二部制は無理あるわ、何やっても二軍選手は一軍入りできねえんだし」、嶋が意味深長に頷く。
「鉄板ですねえ」、波田野が呻いた。
どいつもこいつも、ふざけたことを言いやがる。そんなふざけた奴らと一緒にいることを、幸せに感じる俺がいるのも確かで、そんな俺が一番ふざけているのかもしれなかったが、それも俺であるから、俺はため息を吐くしかなかった。
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