隠匿の上
部屋に呼び込む度に、中里は居心地が悪そうに首をすくめる。涼介がいくら微笑みをくれてやろうとも、顔を余計に強張らせるだけだった。自分の身に起こる出来事を、危惧しているのだろう。幾度交接を重ねても、常に何かに怯えている。涼介が侵入するという現実が今もって信じられないのかもしれない。自ら告白してきたことも、進んで股を開いたことも、忘れているように。
「中里」
頬に手を当てながら、優しく声をかける。ベッドに腰かけている身が、びくり、と揺れる。ゆっくりと口付けると、おずおずと中に招かれる。舌を絡ませ、粘膜をこすり、根を吸い上げる。唾液を残しながら離れると、それだけでもう、蕩けた顔になっているのだ。何と単純な。
「……りょ……」
言葉を発そうとした口を再びふさぎ、頬に当てた手を首に回して、体をベッドへ沈ませていく。背を掴む手を感じながら、丁寧に口を味わう。これは異常だろうか? 時折涼介は疑問に思う。この破壊的な愛おしさは、擬似的だろうか? シャツの下の肌に手を這わせると、それはじっとりと、熱く濡れていた。裾をまくり上げながら、胸を撫でる。鼻からの声が、口の中で聞こえたような気がした。探り尽くしてから口を離し、胸の上まで溜まったシャツを、脱がしてやる。万歳をして、中里は協力し、だが決して目を合わそうとはしなかった。いつも、いつも。忘れようとしているのだろうか? 脱がせたシャツを、ベッドの下に放り、自分のシャツにはまったネクタイを外す。どうせ最後には自ら腰を揺らすのに、何を否定したいのだろうか? 父親が、大学の合格祝いとして渡してきたネクタイだった。紺地に黒のストライプが走った、肌触りの良い、いつでも首を締め付けてくる、象徴。涼介はそれを引き伸ばすように両手で持ち、仕様がないようにベッドに寝たままでいる中里の目に当てた。身を起こされながらも、後ろできつく、二重に片結びをする。
「……おい、涼介」
訝しげな声を上げる中里に、またも口付けて、ベッドに倒す。だが、中里は顔を背け、肩に手を当ててきた。
「待て、ちょっと……何だよ、これ」
「何が」
「何がって……」
「俺のこと、好きだろ?」
ねっとりと耳の奥へ囁いて、腹の下へと手を這わせていく。布越しに既に反応を示しているものを撫でると、体が波打った。
「……そんな、こと」
「だからこんな風にして、喜んでる」
片手でボタンを外し、ファスナーを下ろす。今度は下着越しに、形の明瞭なそれをしごいてやる。
「や、め」
「いつもしてるだろ。いつも、してやってる、俺が」
「……ッ」
詰められた息が、小さな声とともに吐き出された。覆う繊維が水分を吸い込んでいる。一旦その無駄な下着を脱がしてやり、すがるようにこちらの肩を掴んでいるその手を取って、現れたそれへと一緒に触れた。
「ほら」
「――あ……」
「自分でしてみろよ。できたら外してもいい」
ネクタイに覆われた目が、どこを見ているかは分からなかった。ただ、赤く染まった顔の、唇、口が開き、舌が覗いていた。酸素を取り込もうとしている。何かを誘うように。誘導した手を、進めてやる。最初はあった抵抗が、少しずつ、薄まっていく。涼介が力を加えずとも、十分に擦られていた。いつもなら、こんなことはしない。させてもやらない。
「ん……ん、ッ…………は……ッ」
ベッドに仰向けになり、足も、口も開き気味に、中里は一心不乱に充血したものをしごいていた。――最高だ。
「俺の言うことは、ちゃんと聞くんだな」
「あ、あ……」
喘ぎか、肯定かは知れなかった。用意していた潤滑剤を手に取って、立てている膝を押し上げるように、開かせていく。露わになった窄まりの周囲へと、指を伸ばした。
「……ン」
ひだを広げるように周りをほぐしてやると、呼び込むように開いてくる。一本を入れて、じっくりこね回し、二本、三本と増やしていく。その度、咄嗟に中里は自慰の手を止めるが、しばらくすれば、我を忘れたように勢いを取り戻した。
「……あ……ん、あ……んん……んッ……」
内側を強く刺激すると、太ももが震え出した。完全に起立したものは、今にも破裂しそうだった。
「ひ、あッ、や……涼、す……」
「できるだろう?」
「やッ……」
「やれよ」
「あ、い……い、あッ――」
急激に指が締め付けられ、同時に中里は射精した。締め付けが緩まってから指を抜き、スキンを被せた自身を、そのまま押し込む。
「あ、ああ……」
悲鳴がほとばしり、腕を強く掴まれた。その手を手で絡め取り、不規則に腰を動かしていく。中は熱く、刺激的だった。
「ま、待ッ……外し、おま、え……ンン、んッ」
「感じるだろ?」
「あ、あ……やめ……」
「こっちの、方が」
突き上げると、一際大きく声を上げた。
「お前が、分からなけりゃ、いいんだろ?」
含めるように、言葉を重ねる。理解ができぬように、中里はただ喘ぐ。
「俺が、分かってりゃあ、いいんだ」
縮まっていく体を抱き、口付ける。舌が、ぐちゃぐちゃと、崩れそうなほどに、くねる。電気が走るように、筋肉に締め付けられる。
「たか」
合わせた唇の狭間から、声が聞こえた。その隙間を埋めながら、涼介は尚更強くその体を抱き、快感を求めた。ああ、と心が嘆息する。根底に現れるのは、それなのか。幾度手を取り誘導しても、そこに行き着いてしまうのか。すべては、そうでなければならないのか。
「……中里」
「――は……ッ」
緩めた動きの中、名を呼ぶと、切なさがこみ上げる。この愛おしさは、擬似的だろうか? 涼介は、見られることのない、猥褻な笑みを浮かべていた。これを今すぐ、狂わせたいと思うことは、異常だろうか? 何も見えないまま、幻影を探らせ、快楽の地獄に突き落とし、一切の忘却、否定を得、そして――。
「…………し」
そんなplayくらいは、今ならまだ、許されるだろう。
2006/11/05
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