惑う



 細いな、とその体を見る度に中里は思う。骨や関節をしっかり守る程度に筋肉はついているが、脂肪が乗っているようには見えない体だった。引き締まっている、とも言えるかもしれない。だが、その全身を覆っている、血管が透けて見えそうなほどの白い肌は、筋肉による隆起を無意味にし、病弱な印象をもたらすのだ。
「……ん……ッ」
 だというのに、高橋涼介という男は、無尽蔵に体力があるのではと恐れさせるほど、攻め手を休めてこない。まったく詐欺だった。このひょろ長くて生白い男より、人並みの重量感を持つ自分の方が、誰が見たって強いと思うだろう、とは中里の感覚であるが、現実は期待を裏切るもので、今もまた中里は、背丈はともかく筋肉の量は似たり寄ったりだろう男の手に、翻弄されている。
「どうだ?」
 低く艶やかな声が、直接的に耳に触れ、背中がざわめいた。怯えるでもなく、窺うでもない、ただこちらの状態を知らしめるような愉しげな色と、そして甘い響きの残る声。ぞわぞわとして、思わず中を擦り、かき回してくるその指を締め付けていた。
「……なるほど」
「……ッ」
 吐息が耳を撫で上げ、余計に力が入る。自分の反応が表していることを想像すると、中里は羞恥のために、全身を強張らせる。そのたび涼介は、髪や頬をゆったりと、熱の浮いている手で撫でてきて、緊張を解かせてしまう。そして、一層指で深く、また背骨を駆け上がっていく刺激を生む場所に触れられ、中里は喘ぐ。
「……あ、あッ……」
「中里」
「や、もう……ッ」
 反射的に押しのけようとしても、その体は上に位置したまま動かない。指だけでこうまでされては、恥ずかしくてやる方なかった。だからつい口をつくのは、
「やめろ、やだ、もうやめ……」
 拒絶の言葉で、すぐ近くから見下ろしてくる男は動きを止め、しかし恍惚とした、それでいて見る者をうっとりさせる笑みを浮かべた。
「やめてほしいか?」
 蜂蜜が垂らされているような、甘い声だった。そのために頭がしびれて、引き抜かれかけた指を自分の肉が押さえても、中里はすぐには気付かなかった。
「それとも、指だけじゃ物足りないか」
 近くで見ても、その顔に欠点はなかった。少なくとも、中里の目には映らなかった。ばらばらの存在感を放っている長いまつげも、目の下に浮いているくまも、わずかに右側が上がっている口角も、渇いている唇も、何もかもが完全な、高橋涼介という男のものとして、知覚される。その途端、肉体がより昂り、求めずにはいられなくなる。
「……涼介」
 名を呼ぶだけで、すべてが伝わることは、多くの慙愧の念と、わずかな陶酔感、そこに被さる罪悪感をもたらし、それらの根本にある快感を浮き彫りにして、全身に広める。その上で、ようやく慣れてきた一定の質量のものが排泄口を押し開いてきて、中里は息を詰めた。じりじりと、感触を確かめるように貫かれていく。そこで苦しくなり、呼吸を取り戻すと、挿入は滑らかになった。
「あ、あ……」
「……こっちの方が、良いみたいだな」
 すっかりと埋めてきてから、上半身を起こした男が、情欲に溢れているくせに、綺麗である笑みを浮かべた。その顔、声、言葉が、ただでさえ熱い体に火をつける。汗がどっと浮いてきて、勃ち上がったまま放られている自分のものに、たまらず手を伸ばす。だが、その手も別の手も取られて、シーツに押し付けられて、動かれた。
「や、……う、ああ……あッ……」
「ほら……お前の体は素直だよ、中里」
 一定の調子を保ったまま、優しく声を落とされると、こちらの声が抑えられなくなる。息がどんどん乱れていく。うがたれている自分よりも、苛烈な動きをなしているはずの男の呼吸の方が、よほどうるさくない。この細い体の一体どこに、それほどの体力があるというのか――中里の疑問は、そしてその力が生み出す快楽の波に呑まれ、消えていく。


2007/02/14
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