構う
頭を心臓よりも高くしているのに、一層血が上っているようだ。頸動脈が破裂しそうなほど、血流は強く、速い。見下ろすよりも、見下ろされる方が、遥かに羞恥は少なかったと、頭痛を覚えるほどの血管の広がり具合から、中里は実感する。今の、高橋涼介にまたがっている体勢は、自由が利くだけ、意思が直接反映されるようであり、己を露呈せねばならない恥ずかしさが、身につのる。これが、マウントポジションを取っているというだけなら、もっと優越感に浸っていられたのかもしれないが、全裸の男同士がやることではないし、せめて自分がこの男に挿入していたらという仮定も、具体性をもっては想像しがたい。結局、意志でもって、そのまま受け入れるしかないのだ。
「そんなに緊張するな。根本的には、いつもと違うことをするわけじゃない」
電気を落としている部屋で、高橋涼介の顔は、それでもほの白く、その声は、針金が通っているように、冷たく、硬い。焦るということがない男だ。生まれ育ちによるのか生来的なものなのか、生活についての逼迫を感じさせない。振る舞いに、余裕がある。高橋涼介は、妬むのも馬鹿らしく思えるほどの、美形で、好漢だというのに、そうして、余裕をもって、欲望を躊躇せずに提示してくる。焦ることなく、時間をかけて、中里の体をほぐし、反抗心を奪い取る形で、性交を実践する。いつもと言えるほど、それはかさんでいる。
「無茶、言うなよ」
だが、高橋の勃起したものを、尻で感じているのがいつもだとしても、しゃがみこんで見下ろしているのは、いつもではないと、過大な羞恥が呼んだ理性が叫ぶので、緊張もする。
「無茶なら、やめればいい。俺は構わないぜ」
ただ、事実が告げられるだけで、突き放されるように感じるのは、高橋の声に、何の含みもないからこそだろう。逃げ道は、それに乗っかることが卑怯に思えるほど、実直に与えられる。だから、事に向かう選択しか、浮かばなくなる。
「俺は、構うんだ」
言って中里は、足に力を入れ、態勢を整えた。動く前に、高橋を見下ろしてやると、満足げに微笑されたので、天井を見ることにした。
頭を上げていても、やはり血は引いていかない。ベッドのバネに助けられながら、尻を揺すって抜き差しをすると、嫌でも筋肉は疲労し、動悸は激しくなり、息も切れる。それでも中を、高橋のものが行き来する度に、太い快感が、身を貫く。
「ふっ……」
全身ににじみ出た汗が、皮膚の上を流れ、むずむずするが、拭うのも煩わしい。ひたすら、持続する快感を求めて、腰を振っていると、筋肉がしびれてきた。だるさが募り、頭を上げているのも辛くなって、俯くが、緩やかにでも、動くのはやめられない。高橋が終わるまでは、感じ続けたいとする肉体が、休みたがる肉体を、酷使する。
「疲れたか」
下から、歪みない顔をした高橋が、聞いてくる。疲れは確かにあるのだが、上にいることに慣れてきたせいか、緊張は消え、余裕が出てきた。優位性も、感じられる。
「まだ、いけるぜ」
答え、もういい加減、極めさせてやろうと、動こうとした矢先、股間のものを握られて、中里は、慌てた。
「ッ、たかッ」
「いけるんだろ?」
汗に濡れた髪を、額に落としている高橋は、薄く笑み、実直さを残しながら、卑猥なほどの艶めかしさを醸し出す。その空気に触れると、ぞくぞくしてたまらない。
「そう、いう……ことっ、じゃ、あ」
しごかれると、勝手に腰が揺れて、前からも後ろからも、刺激が加わり、それもたまらない。先ほど、高橋の口に、放出を促されたものは、摩擦に喜び、すぐに完全に勃ち上がる。理性が、疲労が、快感に、焼却される。
「……あ、あ……」
「いけたら、いつもみたくしてやるよ」
完璧な笑みが、下にある。声は、針金が通っているように硬いが、それが燃やされて、熱をもって、耳に突き刺さり、融けて、神経にこびりつく。先に、終わらせてやりたいと思いながらも、そうできない自分が、すぐ近くにいることを、快感に浸りきってしまっている血と肉とで、中里は感じた。
(終)
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