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 猫のような男だ。それも、灰色の毛に覆われた、綺麗な青い目をしている……しなやかな体、優美、高貴。やわらかく動き、足音を立てずに人の背後に迫る……寝首を掻くように。自由奔放に見えて、自縄自縛……自分で立てたルールにのっとって、動く。時には他人に擦り寄って、利用し……いや違う。違う。考えを変えなければならない。猫ではない。この男はあくまでこの男だ……でも……そうだ、犯しがたい雰囲気があるのは似ている……似ている部分はある。
 背中。背中……骨の出ている背中、肉が薄い……これは似てない。全体的にやせ細った、枝で作った人形のような……それでも動きはしなやかだ。矛盾……この男の存在と、そう、今、自分がここにいるということの、矛盾。裸で……背中がある。背中が、横に。起きていない。いつもは少しの物音を立てればすぐ起きるのに……矛盾。
 煙草。日常への回帰。煙。のろし。一つ吸って一つ吐く。のろし。何の合図か? そろそろ逃げなければならない。逃げる。逃げる……この場から逃げる……後ろを振り向かず、逃げる……矛盾。振り向くだろう。振り向くだろうから、逃げられない。
 偏執的。この男。一つの物事に執着する……指を舐めるなら指を舐め続ける。ただ指を舐め続ける。親指、人差し指、中指、薬指、小指。丹念に舐める。表も裏も爪も毛も舐める……偏執的。女とやる時もそうなのだろうか? ひたすらあそこだけを舐めるとか……笑えない話だ。
 主導権を握りたがる。相手の動きを把握したがる。手の平にすべての世界を乗せようとする……できやしないのに……途中までやってのける。勝手な男。猫。自由奔放に見えて、自縄自縛。遠くへ行けない男。遠くへ行きたがっている男。だからこうして……しかし偏執的だ。まるで愛という言葉がしっくりくる……そんなことはありえない……矛盾。矛盾、矛盾、矛盾。うるさい。
 相手を捕獲するなら、足で絡め捕る方がよほどこの男には似合う。自分から動くより、相手を動かさせる……蜘蛛が糸を張り巡らせて、獲物を待つように……じっと……しかし蜘蛛はこの男よりも、彼に似合う。
 彼は……これを知ったら、どうするだろう。どうもしない。知ることはないだろうが……もし知られてしまったら……どうしたらいいだろう。言い訳はできない。何も言われないかもしれない……そのまま、終わるだけ。一番最適だ。彼は……こんなことはしない。彼は普通だ。この男は普通じゃない。
 逃げる。煙草を消して、立ち上がれ。逃げろ。振り返らずに逃げるんだ。逃げろ……付き合うな、この男は……実のところ……自分しか見ていない……すべて見渡しているような顔をして……自分しか見ていない……矛盾の塊……逃げろ。逃げろ。チャンス。背中はかたいままだ、バレてはいない、腰を上げて服を着て、何もなかったように……。
 ……できない。できない、できない、できない。腰が上がらない。痛い。痛みは慣れた。痛み……えぐりとられるような痛み……肉を、頭を、内臓を、命を……死ぬためにやっているのか。死ぬために。生きるためではなく? 少しずつ縮まる寿命。逃げなければならない。逃げなければ……腰を上げて……その前に一度だけ見ておこうか……いや、振り向くな、振り向いたら逃げられなくなる。矛盾の塊。見るな。見るな、逃げろ、振り向くな、このまま……ああ、駄目だ。
 ……起きてるじゃないか。



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