範囲
肌が熱い。外側からも内側からも焼かれているようで、たまらなく熱い。毛穴という毛穴から、汗が染み出していく。自分の意思とは無関係に筋肉が収縮し、神経が刺激を伝導する。辛うじて、目は閉じられている。腕がまぶたを押し、自らの重みが自らの反抗を防ぐ。初めから見ようとしなかったから、見ないままでいられる。口は反対に、開きっぱなしだ。言葉を吐くにも呼吸を取るにも唾液を移されるにも、引き結んだままではいけない。だから、犬のように、耳障りな呼吸を繰り返す。唾を飲み込む時ですら、唇を合わせられない。些細な震動、横隔膜が動くそれだけでも、腹から下腹部に波が立つのだ。わななく口は、喉は、声をえぐり出そうとする。早く。早く。やめてくれ。やめろ。言葉にはならず、声にもならない。ぜえぜえと、空気からわずかに酸素を吸収しては吐き出していく。咳き込めば、何か変わったかもしれない。うるさい、あるいは大丈夫か、軽蔑でも心配でも何でも良い、とにかく何らかの声はかけられたはずだ。だが、喉には何も絡まりもしなかった。消化管の一部をふさいでいるそれは、一向に馴染まない。馴染まないくせに、いちいち肌を焼き上げる。内側では羞恥が煮えたぎり、外側では気配が無数の針となって全身を取り巻く。痒いほど熱くなる。それでも目は閉じられている。自重での封印は外されもしない。見たくもない。見たい。いつも見ることはできない。さて、と。入り込んでくる前そう言ったきり、あの内臓を撫でるような低い声は聞こえない。何十秒、何分経ったかも分からない。顔が見たい。見たくない。見られたくない。これ以上、このまま、見られていたら、この恥ずかしさと快感を見透かされていたら、二度と元には戻れない場所まで、足を伸ばしてしまう。いや、もしかしたら、見られてなどいないのかもしれない。見れば知れる。解放される。逃げたくない。抜け出せられない。絶望が目頭までのぼってくる。限界は来ない。来る前にはいつも始まる。そして咳き込む。そこでようやく、光が入り込む。あとは、進めるだけの、戻れるだけの範囲を、行き来するだけだった。
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