日和見



 陽光暖かな午後だった。風はなく、空は冷たさを感じられるような澄んだ青さをもっていた。
 ドライブ日和と、朝のワイドショーの天気予報時に言われていた。
 それだから、ドライブをしているというわけではないが、まさに車で走り、景色を眺めるに相応しい陽気だった。
 国道を外れれば、車は少なく、主要観光地に行くのでなければ、人の賑やかしさもない。
 以前から、この日と決めていた。運が良い、と思わざるを得ないほど、良い天気だった。
「俺は雨の日に走るのも好きだけどな」
 隣に乗っている美貌の男は、不意に快晴を有難がったと思えば、そんなことをどこか楽しそうに言ってきた。
 中里は、車に余計な震動を与えぬようにと、普段よりも丁寧に運転することに神経を割いているため、このドライブが始まってからというもの、助手席の男の言葉に即座に返答できずにいる。
「そりゃ、峠をか?」
 信号にも一時停止にも当たらぬ道を走っているため、止まって会話を楽しむ余裕はない。
 中里がそう問えたのは、男の話が終わった二十秒後のことだった。
「それもそうだが、こうして誰かの隣に乗る時でも」
 一方、男は決して急がず、かといって中里のように長くためらいもせず、ごく自然な間を置いて言う。
 男を隣に乗せ、いざ出発という時に、緊張のあまり左の太腿が痙攣しかけたため、しばらくぶりのエンストを早々に起こしてしまった中里としては、走り屋として二度とそのような失態をしたくはないので、つい運転に意識が向いた。
 男も走り屋であること、それも県内の誰しもが認める一流の走り屋であることが、中里から会話を楽しむ余裕を奪っている。
「薄暗くて、景色もろくに見えねえだろ」
 篠つく雨の中、走ることを想像してから、中里は言った。
 折角の晴れの日に、こいつは何を言い出すのか、という不満が声ににじみ出ていた。
「それがいいんだ」
 男はその中里の不満を察しただろうに、とがめるでもなく、ただ、相変わらず楽しそうに、そう言った。
 その声は、車の鼓動以上の、全身に染み込むような、柔らかさがある。
 ガラス越しに差し込む太陽の光に、肌を焼かれながら中里は、車に乗ってから顔をほとんど見てもいないというのに、男のいることに、不満を消し去る、胸の熱さを感じた。
(終)

2008/04/02
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