切断面



「俺は、今ある幸せが明日もあるとは思わないようにしてるんだ」
 歯の先に熱々のたい焼きの生地を感じながら、中里は隣に座る涼介を見た。
 エリート大学生らしい利発さを残した美貌は、中型スーパーの裏手に、似合うものではない。
 そこに並ぶ、一軒家風情のレストランと喫茶店の間の、小さなたい焼き屋の前の背もたれのない木製ベンチに座っていると、似合わないからこそ、似合うようにも思えてくる。
「人にたい焼き食わせようとしといて、ネガっぽいこと言うんじゃねえよ」
 中里は一旦たい焼きを歯から外し、言った。
 涼介は、小さく笑う。
「悪いな。性分だ」
 謝罪する人間の態度ではない。
 その気はないのだろう。
 性分で、済むと思っているのだ。
 見透かされている。
 買い物中に、腹が減り始めたことも、そうだった。
 大げさに反発するのも億劫で、中里は、改めてたい焼きの頭をかじった。
 硬い表面を歯で割ると、もっちりとした生地に当たる。表面は、もう温くなっていて、火傷をすることはなかった。冬は、すぐに熱が奪われる。
 中までは、冷えていなかった。
 しっとりとした粒あんが、熱さの後に、砂糖の甘さを連れてくる。
「だから、お前のことも」
 涼介の言葉に構わず、中里はたい焼きの尻尾を食べた。あんこが口の中に残っているうちに、尻尾を食べると、丁度良く生地が混ざる。
「明日には、いないものだと思ってるぜ」
 口にたい焼きだったものを入れたまま、涼介を見る。
 笑っていた。自然で、綺麗な笑みだった。
 何の味を感じているのか、分からなくなり、中里は塊を飲み込んだ。
「何を堂々と、人の明日を決めてやがる」
「その方が、会えた時の幸せも大きいからな」
 涼介の表情は、変わらない。
 本気の時ほどこの男は、嘘のように、美しい顔をする。
 中里は前を向いた。
 夕方、スーパーの駐車場には、車が多く停まっている。
 スポーツカーは、片手で数えられる程度だ。
「俺が思ってもねえことを」
 口にものを入れたまま喋るのは、礼儀が悪いと教えられた。
 分かっている。
 だが、礼儀を貫くには、相手が悪い。
「お前が勝手に思うなってことだ」
 切られた両端からあんこがはみ出そうになっている、たい焼きの胴体を、口に押し込んだ。
 生地の弾力、小豆の風味、砂糖の味。
 甘い。甘いと分かる。
「足りない部分を補えるんだ。丁度良いだろう?」
 横を見れば、変わらない涼介がいる。
 甘い顔だ。
 かじってやりたい。
「どうだかな」
 急に熱くなった顔を隠すよう、中里はそっぽを向いて、もごもごと言った。
 涼介は、声を出して笑った。
(終)


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