キャンプ場も兼ねているただっ広い公園の、幾分色褪せている芝生の上、動物の糞が転がっていないか、蛇がいないか確認してから、腰を下ろすや否や、隣の男は一言も発さずに、仰向けに寝てしまった。
 長い足を伸ばし、胸の上で手を組んで、目をつむり、死んだように動かない。青白いくらいに色白で、美形だから、本当に死んでいるようにも見えるが、胸は小さく上下している。息をしている。生きてはいる。寝ているだけだ。
 日向で寝ては、肌に負担がかかるのではないか、芝生で寝ては、白いジャケットに、草の色が移るのではないか、思うが、そんなことくらい、聡明なこの男は、分かっているだろう。分かっていて、寝ているものを起こさなければならないような、火急の用件はないし、嫌がらせをしてやろうという、ささけた気分でもない。
 手を芝生について、空を見上げる。青い。その青の透ける、白く薄い雲が、地上に近いところに散らばっている。
 秋の暮れにしては暖かな日差しが顔を照らし、穏やかな風が顔を撫でる。
 目をつむる。心地良い。重力に身を任せて、芝生に背を預ける。組んだ手に、頭を置く。
 息をする度に、草の、青々とした匂いが、鼻の奥に染みる。そこから、目まで染みるような、懐かしさを感じるのは、この近さで、草の匂いを嗅いだ記憶が、遠いせいかもしれない。緑に囲まれて暮らしながら、緑に触れる機会は少ない。機械に触れる機会を、多く持とうとする。だが、緑に触れたくないわけではないのだ。
 ぼんやりと呼吸を繰り返すうちに、心地良い眠気が迫ってくる。頭の後ろから、地面に引き込まれるような感覚。これは、拒みがたい。寝過ごしたら、隣の男の責任にしてやれば良い。自分の時間くらい、自分で管理するべきなのだ。
 体が地面に引き込まれるような、筋肉の、骨の重さが消えていく感覚。
 それが不意に、遮られる。生身の重さが、意識を呼び起こす。
 胸の上だ。左側、心臓の上。
 何事かと目を開き、頭を少しもたげると、茶色がかった柔らかな髪の、つむじが見えた。顔は見えない。服に、息の温度が伝わってくる。胸に、隣の男の顔が乗っているのだ。
 息を吸うと、草の匂いに、場違いな、薄く甘い、うっとりするような薔薇の香りと、消毒液の匂いが混じる。
 心臓が、重みに抵抗するように、拍動を速める。血液が、暴走するように、全身を駆け巡る。
 体の左半分に、男の体の左半分が乗っている。男の左手だけは図々しく、右肩にまで侵入している。
 こんな、大きく細い男と並んで寝ながら胸を貸している、何とも説明のしがたい状況を、誰かに見られてはたまらない。
 しかし、ここで引き剥がして起こそうものなら、眠りを妨げるなんて心が小さいだとか、寝返りを打った時に乗るような距離にいたのも、一緒に寝ようとしたのも、つまるところは自己責任だと、一ヶ月先まで笑いの種にされそうだ。それこそたまらない。
 起こしたくはない。動けない。なら、寝るしかない。男が先に起きて、離れていくまで、知らぬ存ぜぬで通すしかない。
 だが体内で、太鼓が打ち鳴らされている。心臓が勝手に生き急ぎ、体を震わせる。神経は興奮し、感覚は鋭敏になり、眠気は砕かれる。
 寝るしかないのに、もう、寝られない。
(終)


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