ドライブ



 襲ってきたのは、過去経験したこともない緊張だ。胃が引き絞られるような、手の先が凍りつくような、背筋が引きつるような、脂汗がにじむような、落ち着きも、何かに挑戦するという愉快さも一切ない、心臓が息を吸うたび鼓動を強め、吐くたび弱める、不規則さが指先を焼き、内臓をかき乱す、まぶたが痙攣する、そんな緊張だった。深呼吸をしてみても、状態は何ら変わらない。腹をくくり、気合を入れた。いつも通りに手足を動かすと、尻に、足の裏に、初めての振動が伝わり、増した緊張で、太ももが跳ねた。車ががくんと一時に揺れ、音が消える。ああ畜生、中里はステアリングに突っ伏した。笑いの気配が隣から伝わってくる。
「気にするな。初めての車ってのはそういうもんだろう」
「初心者マークでも貼ってんならな、クソ」
「買いに行くか?」
 揶揄の過ぎる提案に、助手席を睨みつけると、窓の下に肘をついた、この白い車の持ち主は、男にしては細い指を形の良い唇に当てながら、ドライブには変わりねえ、と楽しそうに笑った。
(終)


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