寸前
勉強机は、父のお下がりだった。
整備され、研磨されたものは、現代的なフレキシビリティには縁がなかったが、使い勝手が悪いということもなく、美しい木目と光沢、木の香りを放ち、居心地の良さをもたらした。
小学生には大きかったそれも、中学生になる頃には身の丈に合い始め、今ではサイズの適した洋服のように、しっくりきている。
広い板面にパソコンを置き、スピーカーにディスプレイを二台、キーボードにマウス。スキャナとプリンタは隣の棚に置いてある。
狭さはない。字を書くにも不都合はない。
足下は、ゆったりとしている。膝より上には広い空間があり、足も伸ばせる。
涼介は、椅子に浅く腰かけながら、キーボードを指で弾いている。時にマウスを持ち、資料を持ち、打ち進め、時に秀でた眉を曇らせ、切れ長の目をつむり、吐息を吐く。
勉強机の下に、子供の頃、体育座りをして、じっとしていたことがある。かくれんぼをしていたわけではない。ただ、かまくらのような孤独な空間に、ほっとした。
成人した今も、入れるほどには、その空間は広い。たまに、どうしようもない焦燥感に襲われた時にも、入って余裕はある。昔のような、万能的な安心感はなかった。
180cmを越える涼介でも、自由の利く空間。そこに今は、別の人間が入っている。170cm半ばの男だ。
その男は、涼介のペニスを咥えている。
じゅぷ、じゅぷと、下品な音を立てながら、口全体を使い、粘膜を粘膜でぬるぬると擦っている。
男の顔は、机に隠れ、涼介からは見えない。だが、想像するのは簡単だ。太い眉の間を屈辱で狭め、強い輪郭の目を羞恥で伏せながらも、厚い唇は涼介のペニスを従順にすっぽりと覆い、それに吸いつく白く削げた頬は、明白な快感で紅潮している。
行為に引き込むのも、簡単だった。その感情には気付いていた。見られている、その視線の意図を理解できるほどに、誰よりも涼介がこの男を、観察し、分析していたからだ。
疾しさに付け込み、逆上させ、退路を塞いだ。自尊心を傷つけられれば、瞬間的な怒りで我を忘れる男だと、分かっていたのだ。
腰の奥に、甘い衝動が突き上げる。涼介の敏感な粘膜を、男は口腔で巧妙に刺激する。同じ行為を重ねるごとに、技術が進歩していっている。
他のことをやる時間はない。敢えて、それを作らない。両親も、弟も自宅にいない時を見計らって、男を呼び、他の作業をしながら、自分のペニスを咥えさせる。
いつ露見するか分からない、その危険性に、興奮しないわけでもない。自分の立場がこの男に侵される、その想像に、背徳性に、昂らないわけでもない。だが、わざわざ時間を制限しているのは、プレイのためではない。
誰よりも涼介は、見ていたのだ。たった二度の接触、その間、この男を意識しないことはなかった。だからこそ、今、この男にペニスを咥えさせられている。この行為に、引き込めている。
その理由を告げて、受け入れられればいいだろう。だが、拒まれたら? この男が抱えるよりも深く暗い、この男のすべての知り、あらゆる構成要素を把握したいという、この男の頭から爪先まで余すところなく愛撫してその反応を確かめて、自分のペニスでその腸壁を味わいたいという欲望と、それを生み出す感情を、拒絶されない確証はない。
確証のないことに挑戦できぬほど、弱い人間ではないと思っていた。無謀に近い勇気を持ち、愚かさにも似た賢さを持っているつもりだった。
だが、不安を拭えない。怖いのだ。一度手にしてしまったこの男を失うことが、恐ろしい。否定され、拒絶され、去られることが恐ろしい。
この限られた時間だけは、その恐怖から解放される。作業の能率が落ちる行為に耽られる、特別性の付与されないこの時間だけは、安心して、この男を受け入れられる。この男に、自分を受け入れさせられる。
誰のお下がりでも、誰からのお仕着せでもない。この時間、この男は、確かに涼介のものだった。
(終)
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