実用



 使いどころのない食材というものがある。直接食べるにはクセが強すぎるが、かといって料理に多用しないものなどだ。大学イモを急に作りたくなったのは三ヶ月近く前のことだった。余ったものをチームのメンバーに押しつけたらうまいという感想を貰ったが、それ以降は食べたくもならなかったので作っていない。さつまいもはすべて使った。黒ゴマもない。だがわざわざ大学イモを作るために買った瓶入りの水飴は残っている。そういうことだ。
 水飴はパンに塗って食べてもみたが、いかんせん甘すぎて食は進まなかった。料理に使おうにも普段使わないので場所を取っているのに存在を忘れている。掃除している時なぞに容器を見て、そういえばあったから今度使おう、と思い、再びその蓋を開けることもなく時間が経ったのだった。
 それを清次が再び思い出したのは、うまそうにまんじゅうを頬張っている中里の姿を見た時だった。職場の年かさの女性が旅行土産として渡してきたまんじゅうだ。包装されているし一人で食べるには多い量だったので、峠帰りのファミレス帰りの風呂上りに、食べるかと茶と一緒に出してみた。夜食に近い夕飯を終えた直後だったが、中里は今まんじゅうを食べている。まったくうまそうだった。
「お前、甘いモン好きだよな?」
 清次は今は食べる気も起きなかったが、中里は平然と二個目に手を出していた。そこで清次が尋ねると、二回しっかり瞬きをしてから、気まずそうに、いや、と言った。
「好きってほどでもねえけどよ」
「でも好きだろ」
「……まあ、それなりには」
 妙な部分で古臭い男らしさにこだわる奴だから、甘いものが好きだと宣言するのは意地が許さないのだろう。だがその不自然な態度は宣言しているのと同じだった。清次は頷いて、でもそんなものすげえ食べたいと思うことがあるってわけでもねえというかあるというか、とぶつぶつ呟き出した中里に、とりあえずキスをした。舌を入れると茶の渋みの奥に甘さの感じられるキスだった。舌を絡めて吸い上げてから離れる。顔に赤みがさしていた。反応が分かりやすい。
「い、いきなり、何だ」
 惑っている中里の様子だった。清次はそれには答えず、待ってろ、と言って、立ち上がり、台所に行った。すっかりその存在を忘れて久しい水飴を収納ボックスの隅から引っ張り出す。それを持って戻りベッドの端に腰を下ろして中里を見ると、まだ顔を赤らめていた。キス以上のことも幾度もしているのに、敏感な奴だった。そこがまたいい。清次は水飴の容器をベッドに置いて、スウェットごと下穿きを脱いだ。服は床にやり、中里を見る。眉を寄せながら目を見開き口もぽかんと開けている。驚愕しきりという顔だった。清次は両膝に両手を置き、左の頬を小さく上げながら、言った。
「してくんねえか」
 中里は眉を寄せたまま目を瞬いて、してえのか、と不審げに聞いてきた。清次は上げていた頬を元に戻し、少し考えてから、してもらいてえ、と答えた。そうか、と言った中里は難問にぶつかったような顔をして俯き、しばらくじっとしていた。それをじっと見ていた清次は中里がためらいながら上げてきた顔を直視できた。惑いが甚だしく見えるが、話は通じているような安心感も見えた。中里はまた俯きながら、だが、まあ、と軽く頷き、清次の膝の間に座ったまま入ってきた。それから無造作にペニスを取って咥えようとした中里を一旦制して、清次は水飴の容器を取った。蓋を開け、粘度の高い液体を右手の指にすくいとって、まだ萎えている自分のペニスに塗りたくる。塗った端から体温で粘りがゆるやかになっていった。
「お、おい、岩城」
 一通り塗り終わってから、焦ったような声を上げた中里を見下ろした。焦った顔をしていた。清次は水飴の蓋を片手で閉めながら言った。
「甘いモン好きだろ」
「いや、好きとかそういう……っていうかお前、何だそれ」
「水飴だ。余ってたからよ、ちゃんと使わねえと」
「……そ、それにしても、お前、こういう使い方は、ねえだろ、おい」
「うわ、垂れてくる。早くしてくれ」
 ペニスを支えている手は水飴でべとべとなり、指の間から今にも飴が漏れそうだった。清次が焦って言うと、急かされて思考が途切れたのか、中里はいきなりすっぽり咥えてきた。ペニスは中里が吸って舐めるのに任せて、清次は自分の手に残った水飴を舐め取った。歯に染みるような甘さだ。ある程度液体を落としたのち、シャツを脱ぐ。中里はペニスを口から出して、一度陰嚢の方まで舌を這わせてから、先端までじっくり舐め上げて、口にまた含み、口腔で粘膜を擦ってきた。手は使っていない。まだ水飴が残っているからだろう。
「うまいか?」
 腰全体にかかってくる重力のような性的快楽を感じながら、清次は懸命に首を前後させている中里の頭を、左手で撫でた。中里がちらと見上げてきて、すぐ居たたまれないように目を落とした。陰毛を見られているようで、ぞくりとした快感が背筋を通って脳を痺れさせる。初めての頃に比べれば格段に巧くなっている中里のフェラチオだった。唇や舌や口腔の使い方も力の加減も刺激のしどころも分かっている。ためらいの窺えるその表情からこの性技のほどを見抜くのは至難の業だろう。清次は見抜く必要もない。清次が教えたからだ。
 だがまだ射精感は遠かった。それほどむらむらしていたわけでもないし、水飴のコーティングは違う刺激もあったが刺激自体を遠くしたところがある。このままされるがままというのも手持ち無沙汰なので、中里が再び陰嚢の方まで垂れている水飴を舐めてきたところで、清次は右足を動かし、ジャージに包まれている中里の股間を押した。途端中里はびくりと全身を小さく揺らして、驚いたように、勃起している清次のペニス越しに清次を見上げてきた。清次は心底からの興奮を表す笑みを浮かべた。
「いいぜ。続けてくれよ」
 言えば、何か物言いたげではあったが、中里は口腔性交を再開させた。清次はその間、中里の股間を足裏でゆっくり撫でた。硬いものが触れていた。押しては撫でてを繰り返すうちに、それは次第に形を明確に感じられるほどの硬度をもった。中里の口淫の動きは慌しくなった。清次は絶頂の近さを感じた。自分のペニスを丁寧にしゃぶっている中里が、自らもジャージの下で強く勃起させていることからの精神的な昂ぶりも影響していた。唸りのような声が口から漏れ出していく。清次は思わず左手で撫で続けていた中里の髪を掴んだ。中里の喉に叩きつけるように射精したのはそれからすぐだった。中里は苦しげに呻き、喉を上下させ、それでも口内で清次のペニスを包んだ。そして清次は中里の髪から手を離した。清次のペニスを口から出した中里は、軽く咳き込んだ。
「すげえよかった」
 声をかけると、口を手の甲で拭った中里が見上げてきた。大ぶりの目が濡れ、口の周りや鼻の頭や頬も濡れており糸を引くような光があった。水飴がついたようだった。清次はベッドに足も上げ、中里を手招いた。数拍気まずそうな間を置いてから、ぎこちなく中里はベッドに上がってきた。その体に腕を回してシーツに倒し、顔を見合って笑いかけてすぐ、清次はまたキスをした。歯に染みるような甘さの残ったキスになった。
 舌を絡ませながら水飴にまみれなかった左手で、中里の服を脱がせる。片手では苦しいものがあるので、最後は中里が自分で脱いだ。素裸になった中里の首から胸、腹へと清次は口付けていった。勃起して濡れ光っているペニスの先端に唇を一度つけてから身を起こし、余っている水飴をまた右手の指にすくい取って、それはまた驚きを露わにした中里の肛門に塗りこんだ。そうしながらペニスを咥えてやると、そう技巧をこらさぬうちに中里の精液が清次の口内に溢れた。吐き出したそれもついでに肛門に塗り込んでしばらく穴をいじっていると、浮かせた尻を耐え難いように動かしながら、あえいでいた中里が、名を呼んできた。苗字ではない。名前だ。それは合図のようなものだった。清次のペニスは外的刺激によらない勃起を果たしていた。中里の尻の穴は広がっている。挿入に無理はなかった。
「んん……」
 きっちりペニスをおさめると、中里がほっとしたような、充足したような声を上げた。響きが耳に心地良かった。正常位のまま清次はそれから浅い位置で突いた。水飴のぬめりはなかなかだった。常と同じ中里との性交の刺激に、そして常と少し違う中里との性交の刺激に、体は熱くなる。たまらない快感がある。中里は血液が透けて見えそうなほど赤くした肌に、汗を浮かせて、低めることに失敗している擦れた声を上げている。また一旦深くペニスを入れ込んで、清次は汗みずくの中里に、キスをした。まだどこかに甘さと渋みが残っていた。キスをしながらゆっくり突いて、キスをやめてからもゆっくり突いたまま、清次は笑って言った。
「甘いな」
「……もったいねえことを……」
 断続的に短い声を上げていた中里が、久々にまともな言葉を作った。快楽に溶けかけているその顔を見下ろし、清次は腰を一度止めた。
「どうせ、使いどころねえしよ。こういうのも、たまにはいいだろ」
「お前が、使わなくても、俺が、使いようも……」
「うまかったか?」
 聞くと中里は、小さい声で、いや、だから俺は甘いものは、と呟き出したので、清次はそれ以上は答えを聞かず、快感を高めるための激しい抜き差しを行った。中里は、それ以後終わるまで、普通の会話ができるような言葉は発さなかった。
(終)

2008/03/02
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