無計画計画



 顔にツヤはなく動きにキレはない。どうしたんだと尋ねてみれば五秒してから「あ?」、と反応を示す。もう一回どうしたんだと聞くとまた五秒後にようやくだるいんだよと質問の答えが返ってくる。そんな見れば分かることを聞いたわけではなかったのだが、中里の頭はかなり鈍っているようなので、そりゃそうだろうな、と納得し、清次はそれ以上何も言わないことにした。まあ疲れているのだろう。日勤の仕事にも深夜の走り屋活動にも同等の精力を注ぐペース配分を知らない男だ、体力不足か睡眠不足にでも陥っているに違いない。こういう時には三千円のユンケルでもタイ製のレッドブルでも振る舞ってやれば少しは助けになるのかもしれないが、生憎この世に生まれ出でて二十余年の間ただの一度もエネルギーの欠落を感じたことのない清次の家に、そういったドリンク類は常備されていなかった。ただ、ふと飲み物繋がりで思い出したのだ。何年か前に京一がくれた精がつくというそれ、スズメバチの焼酎漬けを。
「……あっ……あっ、あ……」
 先ほどから中里は清次が突くごとに普段からは考えつかないほど甘ったるい声を漏らしている。だらしなく開いた唇はただでさえ赤らんでいる顔のどの肌よりも赤く濡れ光り何とも美味そうで、清次はつい自分の唇を寄せてそれを食っている。口の中で聞く中里の鼻にかかった声はまた一際股間にくるから、腰をその尻に押し込むことはやめられない。
 こんなこと、計算してやったわけではないのだ。ただどうせ家に来た中里は酒を飲む。それならただの酒より精がつくらしい酒を出した方が疲労回復に役にも立つだろう、清次にある計算といえばその程度のものだった。スズメバチ入り焼酎の生産者である京一は一朝一夕で効果が出るものでもない少量ずつ継続することが肝要だとか何とか言っていたが、中里は思い込みの激しい男である。半年前リマッチの申し込みにわざわざこちらの地元まで来た時でも、お前は覚えちゃいねえだろうがと堂々と前置きしたほどだった。実際清次の記憶には自分があっさり負かした妙義山の黒いR32乗り中里毅の存在は遠かったが、完全に忘れていたわけでもない。しかし中里は清次が忘れていることをまったく疑ってもいない様子だった。清次の記憶力がその程度であると信じきっているようだった。そのため清次は走り屋としての素性とリマッチ目的を説明し終えた中里に、とりあえず身の程知っとけと清次にしては優しく忠告してやった後、俺の記憶力を甘く見るなよ、お前のことは忘れちゃいねえと一応指摘しておいた。すると中里はそれまでの敵対的で手厳しい雰囲気を一気に霧散させ、決まりが悪そうな顔つきになってそうかと唇だけで小さく言った。その自分よりは隆起の少ないが限りなく男臭い顔をした、馬鹿にしたくなるほど隙だらけな中里を見た瞬間で清次は一目惚れのようなものをしてしまったわけだが、ともかく中里というのはそのように先入観に囚われやすい思い込みの激しい男であって、精がつくと強調して出したものを飲めば実際に効き目がなかろうともその気になることもあるだろうと思われたのだ。
「……んっ……んぅ……」
 清次から舌を伸ばすまでもなく、中里の舌はぬるつく唾液とざらつく皮膚を絡ませてきて、尻は清次のペニスをきゅっと締め付ける。ここまで積極的な中里というのは清次の記憶についぞない。この男はザルであるから酒を飲んだ後のセックスでも理性を飛ばすことは滅多にないし、理性を飛ばしたところで直後に寝落ちするのが恒例だ。酔わせてもその程度で終わるものを素面で陥落させられるわけもない。とはいえ理性を捨てきれない中里が尻で感じる羞恥に苦しんでいるのをより辱めることに愉悦を覚える清次としては、別に現状のままで不満もなくむしろ充足していたのだが、いざスズメバチの生エキスが染み出た焼酎を飲んだ中里に、いつも通りにソファで隣同士適度な距離を取って座りテレビを見ていたところ突然寄り添われ、シャツ越しにもその火照った肌を感じ熱いのかと顔色を窺ってみたらとろんとした目つきで見返され、何を言う間もなく物欲しそうにキスをされたら、本能に忠実に反応せずにもいられなかった。据え膳食わぬは男の恥である。
 すぐさまクッションに押し倒し、ディープキスを仕掛けても中里はいつものようには身を硬くせず、柔軟に清次の首に腕を回して腰には足を回してきた。厚いセーター越しに胸を揉めば体をびくびくとふるわせて、犯しきった口を解放してから耳を食む頃にはスウェットの上からでも形が分かるほど中里のペニスは勃起しており、服を脱がせる時にも協力的で、ペニスをしごいてやった手を尻の狭間に滑らせても嫌がられることもなかった。過度の疲労と少量のアルコールとスズメバチの何かの成分が、中里を完全に欲情させてその理性を征服したらしい。普段はソファで事に及ぼうとすると拒まれる、それはそれでそのまま耳や脇や乳首やペニスといった性感帯を刺激し、ベッドで、と請わせるまで感じさせるのが楽しいものだ。ベッドで思いきり、やってくれ。顔を背けながら捨て鉢な口調で頼んでくるそれでも気恥ずかしげな中里は清次をこの上なく誘惑するので、後は仰せのままにベッドに移行して責め抜いてやる。だからソファで交わったことは一度もない。だがその時の中里はソファの上、汗だけで湿った指先で尻の縁をくすぐっても嫌も待ても言わなかったし、ワセリンで湿らせたそれを中に入れても熱そうな吐息と共にすすり泣くような声を漏らすだけだった。そしてその尻は太く張り詰めた清次のペニスも従順に受け入れた。
「んっ、はぁ、はあ……」
 突きながら舌を下品に強く吸って離すと、中里は口をだらしなく開いたまま舌を出し犬のように忙しなく呼吸をする。雄めいた容貌の男が快感に惚けている姿、そんなものに欲情する傾向は今も昔も清次にはないが、惚れた相手ならば別物だ。いくらでもよがらせたくなる。
「イイか?」
「あぅ、う」
「おら、どうだ」
「いい、いい、岩城ぃ……」
 締めつけてくる筋肉を摩耗させるように中をぐるりと擦って問うと、中里はぼんやりと、だがはっきりと悦を表す。清次は笑う。中里が素直に反応してくるこの状況はたまらなく愉快で、幸福だ。その感情を隠さず笑う清次をまたぼんやりと見上げた中里は、六回短い間隔で瞬きをした後その目をさっと上下左右に走らせると、いきなり厳しく顔をしかめた。
「……あァ?」
 それまでと毛色の違う声が上がる。濃密な情事の雰囲気を容易くぶち壊す、それは何とも素っ頓狂な声で、清次も思わず似たような声を上げていた。
「あ?」
「おま……な、何、何……」
 頓狂さを落ち着かせながらもまったく落ち着くことなく言う中里の顔には、意識の明確な人間らしい締まりが戻っている。そしてその肌は今まで以上に真っ赤に燃える。どうやらこんな良い場面で、中里は我に返ってしまったようだ。
「何が、何だよ」
 言って少しなおざりにしていたものを改めて大きく抜き差ししてやると、くう、と中里は甲高く鳴いた。だがにわかに目を見開き、首にかけてきていた両手を肩の前に滑らせて清次の体を押しのけようとする。
「ちょっ、待て、やめろ、おい」
 狼狽露わに逃げ出そうとするのは、状況を理解しているからこそかもしれない。行為を進めることを重大な恥であるかのように毎回躊躇する中里にとって、先ほどまで自ら積極的に清次を求めて散々感じていたという事実は、かなり衝撃的なものだろう。混乱するのもよく分かる。だがここまできて逃がしてやるほど、清次は謙譲を尊びはしない。
「やめろって?」
「いっ」
 中里のペニスは腹につきそうになるまでそそり立ち、これまで蓄積された快楽を素直に反映させている。それを見せつけるように掴み、先端から染み出している体液を指と掌で全体に塗り広げる。
「いいのかよ、やめて」
「やっ……あ、あ……」
 そうして強く、わざと大げさに手を動かし猥褻な粘着音を立ててしごいてやれば、中里は体を震わせ苦しげに顔を歪めながらも先ほどまでと同質の、出すまいと堪えている分余計にエロティックな声を漏らした。中里の顔は緊張と弛緩を繰り返し、次第にその間隔は短くなっていく。適度に肉のついた腹がうねり尻は清次のペニスを味わうように締め付けて、歪んだ顔の眉根が上がりきり歯が噛まれる。そこで清次は手を止めた。
「あっ……う……」
 悲鳴に似たものを放った中里が、息をするのも辛そうに見上げてくる。ここで止められる辛さは分かる。自分も似たようなものだ。ただ中里よりは数倍楽だろう。中里の達するタイミングはもう分かっている。だから達しそうなところで止めてやっている。
「やめてほしいんだったっけな」
 見下ろしながら思い出したように言えば、中里は顔を端々に痛みを感じたように痙攣させ、斜めに逸らしたその上に両腕を被せた。こうして極まっている状況でも無駄な抵抗を見せる、これこそ清次が好む中里だ。これを打ち捨てるように追い込む快感を知ってしまった以上、動くことはやめられない。清次は両手を中里の腹の上に置き、胸へと筋肉を絞り上げるように滑らせた。
「あっ」
 掌で轢くように乳首を擦っただけで、中里は腰をくねらせる。据え置いたままの清次のペニスを中里の尻が滑らかに上下にしごいていく。
「エロいなァ」
 ペニスを勃たせたまま自分から腰を振る中里は、実に良い眺めだ。エロいよな、マジで、清次は笑いながら中里の平らだが掴み甲斐のある胸を揉む。中里はそれに連動するように尻で清次のペニスを揉んでくる。
「はあッ、あっ」
 腕が隠しきれていない中里の口は再び大きく開き、歯の白さが唇と口腔と舌の粘膜の赤さを際立たせる。そのまま一人でやらせても良かったが、勝手に終えられるのも終えた顔を見られないのも面白いというわけではない。そこで清次は中里の胸から離した手で中里の顔を隠すその両腕を取った。手首を掴んで自分側へと引き寄せて、開かせている中里の押しつける。腰を押し込みながら中里の手ごとその足の付け根を抑えれば、もう中里は一人で尻からもペニスからも刺激を得ることはできなくなる。そうしてもなお快感の余韻に体を震わせている中里を見下ろして、清次は白々しく問うた。
「イキてえだろ?」
 中里は瞬きを何度も繰り返しながら、躊躇を振り払うように浅く頷いて整髪料と汗を飛ばす。清次は動かぬまま、だろ、と念押しするように言う。俺もそうだ、とまでは口にしない。早くお前の中に出しちまいてえ。だが伝わってはいるだろう。顔も声も肉体も、射精への欲望には忠実だ。だから中里もそろそろ本能に忠実になってしまえばいい。その思いを込めて、なあ、と清次は中里の手首を強く握って既に根元まで挿入してあるペニスを更にねじ込むようにする。イキてえだろ、中里。すると浅く短い呼吸を重ねていた中里が、哀切に眉間を引き絞り口を歪めながら、ああ、と息と同じ速い調子で掠れた声も吐き出した。
「いきてえ、いかせて、いかせてくれ、早くッ……」
 そこまで言わせた上で焦らすほど、清次は忍耐を尊びもしなかった。すぐさま掴んだ中里の手首を持ち上げて中空で両手を繋ぎ合わせ、それを手綱代わりに思いきり腰を振るってペニスが直接中里の肉壁に擦られる快感に耽る。清次が突く度に波打つ中里の体はそれでも大きく離れていくことはない。繋いだ汗やら何やらでぬめる熱い手が離されることはない。短い爪が皮膚に食い込むほど強く強くすがってくる中里の両の手から伝えられる哀訴に応えるため、また自らが高みに上り詰めるため、清次は力の限りの抽送を尽くした。
「清次ッ、清次……」
 泣きそうに喘ぎながら中里は普段は使わぬ名を呼んでくる。同じく毅と普段は使わぬその名を呼び返せば自由にしてやった腰を揺すって喜んでみせ、間もなく中里は清次の腰を足で挟み込んで全身を強張らせると、ペニスから精液をぼたぼたと零した。それよりはわずかに早く清次は限界を見失い中里の尻の中へと精液を零していた。
 長いようで短い射精の快感と痙攣が過ぎたところで一つ息を吐き、手は離し結合は維持したまま体を起こしてソファに仰向けになる。胸の上に重なった中里は、まだ息遣いも激しい中で訝しげに見下ろしてきた。
「……何?」
 何かあると何としか言えねえのかこいつ、ふとした瞬間度々感じる人間性の妙をこの状況でも思わせられながらも、清次は中里の尻を触って言う。
「今抜いたら、漏れちまうからな」
 俺の精液が。くっきり続けると中里の顔は赤いままで青ざめたようだった。その眺めも悪くない。汗にべたつく中里の尻から離した手をその頭にやって自分の方へと寄せながら、青ざめてはいない耳に、寝るまで待っててやるよ、と清次は労うように囁いた。
(終)


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