不明



 悩みなんてものは人に相談したところで解決はしない。俺はそう思っている。勿論金策やら人材確保やらは他人に頼らなけりゃならないこともある。だが最終的には自分が何をするか、どうするかが肝になるものだ。人に相談するのは解決に向けての行動の一つで、それで何もかもが丸く収まるわけじゃない。そこを分かっていなければ、前には進めない。俺はそう思う。
 そう思うが、実際悩みを人に相談できない状況にあると、例え解決が見込めなくても相談したくなっちまう。認めたくないがそれが現実だ。できないことほどしたくなる。解決しないからせめて少しでも楽になりたくなる。情けない。自分の名前の通り、もっと毅然としていたい。けどもう無理だ。俺はこの状況に動じ続けている。どうにも終わりそうにない。
 この状況というのは、俺が男と付き合っているという状況だ。言うまでもなく俺は男で、相手も男で、付き合っている。つまりホモだ。俺は元々そういうわけではないのだが、そういうことになっちまってる以上、そういうこととする他はないし、いくら考えてもそういうことであるということは動かしがたい事実なので、それについてはもう、悩むことも少なくなった。悩まないわけじゃない。何でこんなことになっているのかとか、何で俺がカマを掘られているんだとか、これが人にバレたらどうなるんだとか、現状と先行きに対する不安は無尽蔵だ。だが処置の仕様のないことを考えてもそれこそ仕様がない。だから悩んでも、仕様がないとして終わらせる。終わらせられるようになった。それでも不安はある。誰かに話を聞いて欲しくなる。誰かに助けて欲しくなる。だが誰に話せることでもない。野郎と付き合っていると聞いて、引かない奴もいないだろう。万が一引かない奴がいたとしても、そういう奴を相手にすると多分俺が居たたまれなくなる。
 それに、ただ同じ男と付き合っているというだけならいいのだが、話は単純なくせに複雑だから、人には説明しがたい。相手は同じ男で、同じ走り屋だった。俺もそいつもチームには所属している。だが違うチームだ。ホームコースも違った。住んでいる県からして違った。向こうのチームがこっちの県に遠征してこなければ出会うこともなかっただろう。だが遠征してきやがったので、俺はそいつと出会った。走り屋として。そして負けた。それからしばらくして、そいつと出くわしたところ、ヤられた。カマを掘られた。それから何のかんのあって、俺はそいつと付き合うことになった。何で無理矢理人を犯してきやがった奴と何のかんのあって付き合うことになったのかは、俺が知りたい。そのあたりの前後関係を記憶することを俺の脳味噌が拒否しちまったので、定かじゃなくなっている。だから人に説明できることじゃない。説明したくもねえ。口にしたくもないことだ。けど誰かに話したい。このジレンマは根深い。おかげで俺は柄にもなく胃のむかつきに悩まされるようにもなった。

 そいつは俺の家に来る。月に二回。俺もそいつの家に行く。月に二回。つまり大体週に一回は会っている。そしてヤっている。それも含めて付き合っているということは理解している。俺とそいつは間違いなく恋人同士だ。そいつは俺と付き合いたいと言っていて、俺はそれを何でか承諾しちまったからだ。何で承諾したのかは俺が知りたい。それも前後関係が定かじゃないのだ。
 週に一回そいつと会ってヤるということに関して、俺はもう悩むべきではないのだろう。俺はそいつを拒めない。すべては俺が決めたことだ。それでも納得いかない思いがある。不安がある。悩んでいる。このままでいいのか、俺はどうするべきなのか。誰かに話したい。誰かに話して、俺の行き先を決めて欲しい。けどそんなみっともないことはしてられねえ。それでも何かは言いたい。
 だから、せめてそいつに言ってみたりもするが、
「俺はこのままじゃねえと、困るな」
 と、そいつは俺の話をそいつの話にしてしまうから、何らすっきりすることはない。いつでもそうだ。そいつには、俺を、そういうことだと言う割には、俺の話を聞こうという意識が見かけられねえ。むかつくところだ。けど俺はどうも、何というか、むかつき切れない。多分そいつが俺の話を聞こうとしていない割に、聞いている面もあるからだろう。しかしもう何が何だか定かじゃない。定かじゃないまま、話は続く。
「お前が困っても、俺は困らねえよ」
「俺が困らなくても、お前は困らねえだろ」
「あ?」
「だったら俺を困らせるのは勘弁してくれよ。もう俺ゃ、お前にしか勃たねえし」
 人が混乱しているうちに、そういうことを、ごつい顔をしているくせに缶ビールを片手に持ったまま、何でもないようにさらっと言えるのが、岩城清次という男だった。どのツラ下げてそんなセリフを吐きやがる、と思うが言わない。ツラについては俺もこいつのことを言えた義理でもない。というか全体的に俺はこいつに何を言えたものでもない。だからそれはともかくとして、だったらってお前、俺は肯定はしてねえぞ。勝手に話を進めるな。ということは言おうと思うのだが、何でかそいつは俺がきちんとものを言おうとした時に限って、それまで保っていた距離を詰めてくる。真剣な顔をして。ちゃらちゃらしてたら殴りようもある。真っ直ぐな目を向けられたままで寄ってこられると、拳は握れない。抵抗する方が卑怯に感じられる。こんなことに卑怯も何もないと思う頃には、握った拳をふるおうにも急所を握られているので困難になる。そんなこんなで色々と舐められて擦られていくと、どうしても反応する。そいつが好きというのとは違う。違うと思う。が、最近自信が減少してきている。他の奴に不意に触られても、触られた部分が熱くなることはない。その限定性はどうだ。俺も同じってことか。だったら勘弁して欲しいのはこっちの方だ。
「責任、取ってくれよ」
 おい、それはてめえが言うことじゃねえだろ。そう思う。思うが言えない。耳に触れる熱い息やら中に傍若無人に入ってくるものやらが俺の言語中枢をどうにかしやがる。胃をむかむかとさせる感情もどっかにいっちまう。戻ってくるのは分かっている。それでもどっかにいってる間のその解放感を、体が満喫しようとする。これで、どうしようもない、快感ってもんがあるから、厄介だ。誰にも言えない。話せない。息ができなくなるほどの気持ちよさを、味わいたがっている俺がいる。余計に誰にも言えなくなる。ああ、もう、勘弁してくれ。そう思う。それは言ったかもしれない。いつもよりしつこくされていた。そんなところの理解は早い奴だ。それより俺の話を理解して欲しいが、そいつに理解されてもどつぼにはまるだけのような気もするので、俺はやはり、結局誰にも何も言えないままだった。
(終)


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