串刺し
師走が近づくと冷えた空っ風が身に染みる。夜の峠にシャツ一枚で行こうもんなら凍死するね。上着は必須。だが俺らの間じゃ寒がる奴は敗者と見なされるのがこの十一月。バリバリ防寒決めてる奴は多くない。ま、それでも今日みてえに季節がかなり前倒ししてくださると、シートに収まりそうもない着膨れしてる奴も出ますがね。
「いや今日マジ寒ィんすけど、俺死ぬんですかね?」
「こんくらいで死んでたら命がいくつあっても足りねえだろ」
「まあこれでバタバタ絶命してたら人類的に危ういよな」
「淘汰されまくりっすね」
青白い着膨れ野郎の限界宣言に、上着一枚軍団が平然と物申す。っつか寒い寒くねえの以前にパーカにGジャンにスタジャンって重ね着は肩凝らねえ? 俺上ダウンじゃねえと首痛くなるぜ。
「そりゃ陽平、お前の肩が凝りすぎなんだろ」
当然顔でそう言ってくる毅はフィールドコート一枚だ。着膨れ野郎と比べりゃ薄着のレベル。こいつは基本体温高えしな。俺も凍え死にそうになった時には大変お世話になりました。抱きつくとあったけえの。しかし三分抱きついただけで高校からのダチにでも背負い投げ決めようとしてくるあたり、中里毅は歪みない奴です。おかげで本気で臨死の危機迎えた時以外抱きつけもしねえ。ま、それ以外でする気もないけど。で、凝りすぎですか。
「ってほどでもないんじゃないかね」
「ってほどだよ。お前の肩に指入れようとするだけで、俺の肩が凝りそうになるんだぜ。相当だ」
そんな投げやりに言ってくれるなって。最近頭痛も出てないし凝ってる自覚ねえんだよ。この前お前が揉んでくれたのが利いてるし。いつもなら裸体段階から首痛くてしゃーないからね。って思ってる間に約一名の呪いの視線が体に刺さってきてるんですが、肩揉んでもらうくらいいいじゃねえのよ、もっと広い心を持ちましょうよ、ねえ慎吾君。
「けどまあ今日は結構アレだよな、何つーのこれ、シベリア?」
「ツンドラ?」
「北極?」
「ナポレオン?」
俺が慎吾の視線で串刺しにされてる間も、頭の緩いうちの野郎どものざっくりした会話は進行中。で、毅の後ろからもう一人、頭の緩い朴念仁野郎のご登場。
「おうミッチー、どうよサンバー」
「動くよ」
「マジかよ!」
「あれ半分潰れとったじゃん」
「半分残ってたし」
ざっくり言った朴念仁ミッチーこと光夫が毅を見て、首を傾げた。毅は光夫を見返して、似たような角度で首を傾げる。二十五度くらい?
「何だ」
毅の問いかけには答えずに、光夫はぬるっと毅の後ろに回り。いきなり毅の両耳に、両手を押し当てた。
「あったかいですか?」
聞く光夫、黙る毅。
「あれ?」
首を傾げる光夫、黙る毅。うん。光夫、それ多分聞こえてねえよ。
「パーペキ耳塞いでんもんな」
「よっしゃミッチー、テレパシー使ってみテレパシー」
「誰が使えんだよそんな超能力」
「どうせ使えんならサイコキネシスがいいよなー」
「パンチラ演出してえよなー」
ざっくり会話をしてる俺らを、毅が見回す。仲間外れにされたガキみてえな不満顔で。やっぱ聞こえてねえなこれ。
「……何話してんだ、お前ら。というか、何やってんだ、光夫」
「いや、耳超赤かったんで」
答える光夫、黙る毅。答え聞けねえのに質問する奴、答え聞こえねえようにしたまま答える奴。こんなとこだけ同レベルだよな。っつか光夫、それ答えとしては半端だぞ。毅の耳が赤くて冷たそうだから温めて差し上げようとした、くらいには言っとこうや。
「あ、そうか」
相変わらず理解が遅えが、ま、いいのか。どうせそのままじゃ言っても毅に聞こえねえし。
「……聞こえねえ」
不満顔で呟く毅。そりゃそうでしょうよ。光夫も頭緩いんだが、基本緩くねえからな。毅の耳を温めて差し上げるまで手もがっちり押し付けっぱなしだろう。で、何で呪いの視線は俺に向かってくるんでしょうかね。やってるのは光夫だべ、矛先違うべ、慎吾君。それとも俺の存在自体を呪ってんの? 俺そんなに嫌われてんの? 俺は君のこと嫌いじゃないんですけどね。それに俺と仲良くしといた方が毅に近付けるんだぜ、ダチ的に。とか思うのが悪いのかもしれんがね。呪いの視線はやめてちょーだいよ、串刺しされっと動けねえのよ。
「よし!」
と、叫び声は後ろから急に。堂々割って入ってきたのは萩原だ。無駄に爽やか好青年。笑顔の萩原は毅の前にきっちり立つと、毅に向かって手を差し出して、頭を下げた。
「毅さん、俺と付き合ってください」
こんなどさくさ紛れに交際申し込むあたり、ま、萩原だ。歪みねえ。
「おお、コクった」
「今年何度目よハギー」
「でも聞こえてなくね?」
頭の緩い野郎どもに走るどよめき。みんなの視線は毅に集中する。毅は不満顔を不思議顔から面倒顔に移して萩原を見返す。頭を上げた笑顔萩原、毅に手を出し続ける。存在自体うぜえよな。そりゃさっさと手でも何でも取ってご退散願いたくもなるでしょうよ。で、毅の手を握り返してすぐ放した萩原は、俺らに向かって万歳決めた。
「やった! 勝った! ありがとう!」
謎の勝利宣言、わき上がる拍手喝采、置いてけぼりな毅。うん。聞こえてねえしわけ分からんだろ。分からんままでいいと思うぜ。どうせ萩原明日にゃ忘れてるから。
「さすがハギー、よく勝ったな」
「けどあいつの勝利基準マジ分かんねえわ」
「何に勝ったんでしょうねあれは」
「こういう時にはあれだろ、自分との戦いに勝ってんだろ。自分に打ち克ってんだろ」
「マジかよすげーな萩原やり手だな」
「まあ幸せそうなあたり勝ってそうだよな」
「あいつ見てっと幸せなるのってすっげ簡単に思えんよ」
楽しそうに両手を挙げている萩原に拍手を送りながら、各々思い思いの感想を言い合う。平和そのもの。そんな中。新たに毅の前に立つ、仏頂面の男。なあ慎吾、お前まで気配消さなくていいんじゃね? 光夫は素だけどお前わざとだべ? 慣れてても結構怖えのよ、近くになってから気配出されると。そんな俺の思いは、ま、届くわけもなく。言ってもねえし。どよめきが消えた頃、真剣顔になった慎吾は、するっと毅に手を差し出した。で、一言。
「俺と結婚してくれ、毅」
走るどよめき、広がる沈黙。見詰め合う真剣顔の慎吾、面倒顔の毅。毅の首の角度はy=2xのグラフくらい。聞こえてねえよな。さてどう出るのかとみんなが固唾を呑んで見守る中、毅はどう見ても投げやりな感じで慎吾の手を握った。慎吾はそれを握り返してすぐ放し、天高く拳を突き上げる。無言の勝利宣言、わき上がる拍手喝采、置いてけぼりな毅。うん。わけ分からん。
「……負けた……」
萩原は地面に這いつくばって、敗北宣言。その隣に立った慎吾が、萩原を見下ろしながら鼻で笑った。
「残念だったな萩原」
「くっ……俺としたことが、結婚を前提にするのを忘れるとは……」
「詰めが甘えんだよお前は。そんなんで俺に勝とうなんざ、身の程知らずもいいとこだぜ」
悔しがる萩原を馬鹿にする慎吾は、凶悪顔だが幸せそうだ。こいつの勝利基準は萩原より偏ってると俺は思うね。
「やっぱ慎吾の方が一枚上手だよなあ」
「っつーかこれってハギーと慎吾の勝負だったの?」
「だったんじゃねえの、サプライズ的な」
「いや、二人とも内なる自分との対決からの溢れ出るパッション的な何かだろ」
「意味分かんねって」
「ご婚約おめでとーございまーす」
拍手と歓声に送られて、わけの分からん萩原と慎吾の対決も終わり。光夫はいきなり毅の耳から手を放した。光夫を向く毅、毅を見る光夫。
「耳なし芳一はきついですよね」
言葉の足りない光夫。それを何とか理解しようと頑張る毅。
「……………………ああ」
毅の同意を得た光夫は朴念仁のまま去っていく。背中は満足そうだ。
「……耳が取れたら大変、ってことだよな?」
光夫を見送った後、毅は俺を向いて、不安顔で尋ねてきた。凍傷になって、ってのが抜けてるが、ま、そんだけ分かってりゃ上等だろ。
「だろうな」
俺が同意を差し上げると、毅はすぐに安心顔になる。こいつも結構ざっくりしてるのな。で、再び俺に突き刺さる呪いの視線。いやいやいや、そこはもっとこう、ね。勝利に浸っておきましょうや、慎吾君。プロポーズ受けてもらえたんだし。聞こえてねえけど。しかしうちの野郎どもの勝利基準が基本毅なのは恐れ入るね。俺? 俺は違いますよ。違うに決まってますでしょうよ。いや信じてくださいよ。俺はお前と違うんだぜ、慎吾。毅のことは好きだけどな。とか思うのが悪いのかもしれんがね。串刺しもきついね。
(終)
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