秘密
その単語を聞いた時、アメリカの十何代目かの大統領を俺は思い出した。奴隷解放宣言。それを言うと奴は不可解そうな顔したので、俺は何もなかった振りをして話の続きを促した。
俺が妙義ナイトキッズという走り屋のチームに入った正確な理由を知っている奴は一人もいないだろう。おおよその理由は俺をチームに引き入れた奴が知っているが、それも都市伝説のような扱いをされた。身分証明書代わりのオートマ免許の限定を俺が解除したのは春先のことで、その二日前に俺は深夜仕事帰りに寄ったコンビニで偶然会った古い知り合いに妙義山へ連れて行かれ、彼と初めて体面したのだった。実直そうな彫りの深い顔、腕は細くも太くもなく、太い眉毛の割に体毛も濃くも薄くもないようだった。知り合いは俺を運動神経が抜群だの喧嘩が強いだの勘が鋭いだの虚飾を並べ立てて彼に紹介し、彼は感心した様子で右の頬を上げると、よろしくと俺に手を差し出してきた。中里毅だと彼が言った声は今でもはっきりと思い出せる。俺は彼の手を内心恐れながら握り返し名前を告げた。彼は自然に握手を解くと、力強い手をしているな、と大きく笑った。俺はその時点で彼に一目惚れをしていた。それを憧れととった奴が広めた話が妙な形に変わっていき、結局俺は彼の速さを敬っていることになっていたが、俺の方が彼よりも体格も歳も上だったことと俺がほとんど彼と話もしていないために、俺が彼に憧れてチームに入ったという話よりもむしろ俺が彼を嫌っているのではないかという噂の方を信じる奴は多かった。だから俺がチームに入った正確な理由は誰も知らない。俺は彼のその素直さ、繊細さ、鈍感さ、わずかに焼けた肌、シャツから伸びる首と腕の艶かしさに一目で惚れて、正確に言うならば欲望を覚え、彼の姿をずっとこの目に焼きつけたくなったからこそ車などという金しかかからない代物に手を出したのだ。
とにかく輪姦だった。奴はとても人権蹂躙をなそうとしている人間とは思えないほど容易くそれを言ったのだ。いや、あの人を一度でいいからヤッてみたいって奴がいんのよ。まあ一回ヤりゃあ煩悩もハケるじゃん? それに俺も多分勃つと思うんだよ、あの人相手なら。こう、日頃の抑圧された欲望ってえのかな。ほら、微妙に声色っぽいし。だから輪姦してみるのだとそいつは言い、俺もやらないかと話を持ちかけてきた。山さん、あの人の体に興味あるだろ。
俺がマニュアル車を手に入れてそれに乗れるようになり、ステッカーを貼らないままチームに入る頃には春が過ぎていて、誰もいない時間帯を狙って峠を走りこんでいるうちに夏も越し、秋はチームに何度か刻まれた敗北も癒えるほどに更けた。チーム間での派閥争いなる珍しいものも起こったが、派閥のトップの二人の不和もすぐに収まったため、特に問題も残らなかった。そう、今はもう山は平和であり、このまま冬に突入するのだと誰もが思っているに違いなかった。俺もそう思っているし、無論彼もそう思っているだろう。
興味があると俺が言ったのは夏の頃、俺自身トレーニングをしているから彼が綺麗な筋肉を持っていることに気付いて――その頃からずっと俺は彼が現れれば彼のことばかりを視界に入れていた――、その時に不埒な意味ではなく、ただ、全身の筋肉のつき方を見てみたい、と奴に零した、それだけだった。俺はそれ以上に彼の肉体に興味はあったが奴が俺の本当の目的に気付くことはなかった。奴は俺がカムフラージュのために付き合っていた彼女の友人だったが、俺の本質は彼女も奴も知ることはなかったので、俺が彼を強姦すること夢想してオナニーにふけっていることなど知るはずもなかった。
それでも奴が人道を踏みにじるような話をわざわざ俺に持ちかけてきたのは、俺が人道を踏みにじるような行為を常日頃しておりまた腕力が強いからだった。水商売に携わる以上は多量の金と暴力とセックスにも耐性がなければならないし、俺は無駄なセックスを避けるためにカーセックスをしている奴らの現場を押さえたり因縁をつけてきた奴らから奪った財布をホームレスのテントに投げ入れたり、無法な振る舞いばかりを好んでしていた。奴はそれを知っているのだ。例え俺が誘いを断ったとしても俺が彼にその計画を告げることも、その計画を潰そうとすることもないと踏んでいる。奴の思惑に乗るのは不快だったが俺は誘いを受けていた。なぜなら俺はその話を聞いただけで軽く勃起していたからだ。
ビデオを撮るという奴の案は俺が却下した。撮影されていることを考えたら勃つものも勃たないかもしれない、俺はそう主張し奴は簡単に納得して引き下がったが、俺が却下した本当の理由はそれではなかった。そんなものが残ったら俺の気が触れそうだったからだ。
面子は俺と奴と彼をヤりたがっている奴の三人だった。三人。二人よりも力があり四人よりも迅速に行動できる人数。
彼をヤりたがっている奴は沢口何たらという二十一、二のまだ若い男だった。高卒で土建屋をしているらしく筋肉はよく締まっており大人しそうな風貌だったが目には時折危ういものをはらんでいた。生粋のホモセクシュアルではなく単純に速い人間を犯したいというだけだと沢口は言った。馬鹿で偉そうな人間は全員犯したくなるが、そんなことをしたら捕まってしまう、でもどうしても我慢できずこのままだと子供を襲ってしまいそうだから、今回のことでまともな社会生活を続けられるようにしたい。沢口は異様な集中力を窺わせる顔でそう言った。俺はアイマスクと耳栓とボールギャグをつけられて左右の手首と膝と足首を荒縄で一緒に結ばれ、手首は背中に足首は太ももに固定されて限界まで背筋をしているような格好になっている彼が、何事かを呻いては体をばたんばたんと跳ねさせているのを眺めながらその沢口の話を聞いていた。正直沢口が何を考えていようが警察に捕まろうがまともな社会生活を送れようが俺には関係なかったが、それを言って変に関係がこじれても面倒なので適当に相槌を打っていた。彼はその間に奴のエスティマのトランクで何とか手首や足首の戒めを解こうともがき呻いていたがやがて力尽きたように静かになった。
彼の家の場所を彼と親しい奴はよく知っていたので、俺たちは彼がいつも車を停める駐車場に車を用意して峠から帰ってくる彼を待ち伏せした。彼が山から帰るのはもう誰も走らなくなるほどの深夜なので俺たち三人が山にいなくとも誰も疑うわけもない。彼がアパートと離れた駐車場にGT−Rを停めて丁寧にカバーをかけるのを見計らい、夜ともなれば暗闇以外にない駐車場の脇に潜んでいた俺は彼を後ろから羽交い絞めにした。彼は勿論抵抗したが俺が彼の腹を抱えるように殴ると彼は脱力し、俺はその彼にアイマスクを被せてから前に回りもう一度みぞおち辺りに拳を埋め、膝を崩した彼を抱えて奴のエスティマに乗せたのだった。それから彼を縛るまでは沢口とともにやり、奴は田舎にある奴の祖父が遺しかけている家へと車を走らせた。そこは隣の家との間隔が凄まじく広いので夜中に騒いだところで近所迷惑の概念からは遠い場所であり、なおかつ古い家で奴の祖父が死に次第取り壊しにかかるというからいくらでも汚していいのだという。俺はそこに着くまで彼の耳栓が外れていないかどうか恐れている沢口のひそめた声がつむぐ人生語りを右から左へ聞き流しながら、抵抗の機を待つようにじっと動かずただ荒い呼吸と涎を漏らしている彼を見て、甘い期待に胸も股間を熱くしていた。
俺は車から彼を担ぎ下ろし、そのまま鍵もかかっていない家に上がって居間の奥の八畳間にある鉄の枠で囲まれた巨大なベッドの上に彼を放り投げた。その部屋にはベッドとは反対側に大きなテーブルがあってその上に何やら多数の道具が並んでおり、後から来た奴はその中の一つである首輪を取って俺に放り投げると、それで彼をベッドに固定して足はひとまず開いてやるよう俺に命じた。俺は仰向けにした彼の首に輪をはめて都合良く開いているベッドの鉄枠に固定し、ポケットにしまっていたナイフを使って彼の足首と膝を結んでいた紐を解いてやった。その途端彼は足で確実に俺を蹴ってきたが、俺は彼に太ももを蹴らせておいて安全圏まで引き下がった。
奴と沢口はテーブルの上の性具を選びながらその端に並べてあるCDも選んでいた。BGMとして何をかけるかを話し合っているのだ。奴は俺に何がいいかと尋ねてきたが、俺は俺が決めることじゃないと言った。すると奴は今度は俺に彼の服を脱がせて口も解放するように命じてきた。俺は従った。今更ごねても仕方がないし裸にしなければ何も始まらない。俺が近づく気配を感じてか両足を上げる彼の足首を両方とも両手で取ってベッドに押し付けると、その上からまたがった。足を動かせなくなった彼のジーンズを太ももまで下ろし、ついで下着も下ろす。それから腰を上げて彼の足を解放しながらも今度はジーンズと下着を一緒に下ろし、つま先から脱がしてやって、靴下も剥いだ。これで彼の下半身は晒された。彼はやはり何事かを呻いていたがボールギャグにさえぎられた声は日本語を作っていなかった。俺はもう一度素肌になった彼の足にまたがるとナイフで彼の着ていたシャツを切り裂いた。布になったそれを剥ぐと彼は全裸になった。そしてようやく彼が言葉を発せられるようにしてやった。その頃には奴と沢口はBGMを決め終えており、彼の叫び声とともに井上陽水の曲が流れ出した。
唾を撒き散らしながらの彼の叫びは一分ほど続いた。てめえら何しやがる(複数人だということには気付いたらしい)、これを外せ(といって首を示す)という適確な発言にも何の反応がないと分かると、何なんだ、冗談じゃねえ、クソったれといった類の非難の言葉を続け、それでも何の反応もないことで諦めたのか、やがて乱れた息を整えるだけとなった。特に計画していたわけではないが、俺たちが行動を始めたのはそれからだった。
沢口はとにかく突っ込みたいだけだと言ったので、奴がまず彼の肛門をラテックスの手袋をはめた手でほぐし始めた。ローションを存分に使い指を差し込み肉を広げていく。彼の左足は奴が封じていたから俺は右足を抱え、そして彼の体から緊張が抜けるように首筋から乳首へと舌を這わせた。そこで奴が言ってきた通りに俺は彼の耳から耳栓を外した。彼の耳にはおそらく井上陽水の若い頃の歌声と俺たちの息遣いしか聞こえていないだろう。俺はその彼の耳介を舌でなぞり、噛み、息を吹き込んだ。彼は首を振ろうとするが俺は足を固めている手とは別の手で彼の頭を掴み動きを止め、存分に耳を味わった。彼は喉の奥で小さい悲鳴を上げていた。俺は既に硬く勃起しており何も触れられないままでもそのまま達せそうなほどだった。
そして奴は彼の肛門から指を抜き取って沢口に挿入を促した。ベッドの下にいた沢口はいつの間にかジャージを下ろし勃起したペニスをいじっていた。目はぎらぎらと輝き半開きの口からは荒い息が漏れている。沢口は奴と場所を交替すると奴から渡されたコンドームをあたふたとつけその表面をローションで濡らし、荒い息のまま彼に挿入した。彼は獣のような唸り声を上げ背をたわませた。沢口はしばらくじっとしており、そこで彼の両足を抱えたので俺は彼の足から手を離し、勃起したペニスの位置をこっそり調整してベッドから下りた。
沢口が腰を進め出し、彼は呻き声を上げ出した。彼を容赦なく突き上げる沢口の顔には恍惚とした笑みが浮かんでいたが、それとは対照的に彼の顔は苦痛に歪んでいた。結構ほぐしたんだけどな、と奴は俺にだけ聞こえる声で囁いてきた。俺は何も返さなかった。何、怒ってんの? 奴は勘違いをして続けて囁いてくる。命令しっぱなしだったしな、悪いと思ってるよ。な、あとでちゃんと金やるからさ。それとも沢口終わったあとお前やる? 俺まだ微妙だからいいぜそれでも。奴の声の後ろに彼の苦しげな声が重なってくるので俺は集中できなかったが、俺は最後でいい、と奴に言った。あっそ。まあいいけどな、と奴は肩をすくめて彼らに背を向けると性具を見定めだした。俺は沢口が彼をガンガンと突き上げる様をじっと見ていた。首輪によってベッドにつながれ後ろ手にしばられたまま、男に荒々しく突かれては声を上げる彼の姿はひどく切なかった。沢口は十分ももたずに射精した。沢口から解放された彼は体をぐったりとベッドに預け、抵抗も忘れているようだった。そして奴が動いた。
奴は脱力している彼に休む間も与えずバイブを使った。彼は再び肛門に挿入されることに気付き腰を引こうとしたが、彼の隙をついていた奴は彼の足を一人で押さえて青色のそれを完全に入れてしまった。数度抜き差しをしてからスイッチを入れると彼は身をくねらせて徐々に声を高めていき、ついにはペニスをそそり立たせた。奴はバイブを差したまま彼のペニスをしごいた。彼はこっちが恥ずかしくなるほどの声を上げて射精した。奴はそこで自分の服をすべて脱ぎ捨てると、微妙には見えない角度を保っているペニスにゴムをつけ、彼の中に入ったままのバイブのスイッチを切りそれを抜き、代わりというように奴自身を突き入れた。彼は首からつながっている鎖をがしゃりと鳴らすほど身を揺らす。あー、すげえなこれ。奴の小さな囁きは俺にも聞こえたから多分彼にも聞こえただろう。奴と親しい彼がそれによって強姦者の正体を見極めるということはないようだったが、それから奴は一言も発せずに同じ体勢で彼を貫き続けた。俺は今すぐオナニーをしたかったが、彼とつながりながらイきたかったので我慢した。汗が全身に浮いていた。彼の尻に腰を打ちつける奴もまた愉悦の笑みを浮かべていた。彼は奴が奥にいくたびに泣きそうな声を上げていた。最初の頃に言っていたやめろだのやめてくれだのといった懇願は既になかった。ただ彼は苦しそうに切なそうに、またとてもよさそうに声を上げるのだった。あぐらをかいて畳に座っている沢口はジャージを脱ぎ捨てオナニーをしていた。こいつは多分自分が奴の立場であることを想像しているのだろう。俺は何も想像していなかった。俺はただ彼が腰を揺らす様を見、彼の喘ぎ声を聞いているだけで興奮していた。
規則的に動いていた奴は不意に止まり、俺を見てきた。顎をしゃくって俺を呼んでくる。俺が近寄り顔を寄せると、奴は俺に囁いてきた。俺遅いんだけどさ、それだと悪いからお前、咥えさせとけよ。俺は驚いて奴を見た。できるわけねえだろ。そう囁き返すと、写真に撮ってるとかビデオとか言っちまえよ。お前の声こいつ覚えてねえだろうし。それで抵抗したらって脅すんだよ。いいだろ。大体ケツだけ犯してたってつまんねえだろ。首輪外してよ、俺バックからやるから。やれよ。奴の目もまたぎらぎらと光っていた。俺は奴がこういう男であると――興奮すると年上に対する礼儀も忘れ、性的な限度も忘れることを――知っていたが、多少躊躇はあった。それでも俺の股間はもう限界だった。俺は奴に言われた通りに行動する。
俺が彼の首輪を外すと奴は即座に彼を裏返し、後ろから突いた。彼はシーツの波に顔を埋めて声をこの期に及んで押さえようとしていた。俺はひぐひぐと妙な声を立てる彼の耳に口を寄せ、撮ってるからな、と囁いた。彼はびくりと体を震わせ、甘い声を漏らす。俺は続ける。写真もビデオも撮ってるから。少しでも抵抗したらばらまいてやる。男にヤられてお前がイッてるところをな。彼はぼんやりと口を開け、そして奴に突かれてぐう、と唸る。何を、と切れ切れに言う彼に俺は更に続けて囁く。少しでもだ。抵抗するんじゃねえぞ。抵抗さえしなけりゃ気持ち良くしてやるよ。逃げ出そうとしたらお前の身は破滅するからな。覚えておけよ。忘れたらお前、多分自殺するぜ。彼は歯を食いしばりながら頭を振った。俺は硬く締めつけてくる忌々しいズボンを脱いで、たっぷり染みができてしまったパンツも脱ぐと正座になり、彼の顔を上げさせてその口に俺のペニスを押しつけた。何も見えていないはずの彼はだがそれだけで俺の意図を悟ったらしく、歯を食いしばったまま固まっていたが、やがて声を漏らしながら俺のペニスを咥えた。その中は生暖かく刺激的だった。彼はただ咥えただけだったが、奴に押されて引かれるたびに顔も動いているので、とても稚拙ではあるが一応フェラチオの形にはなっていた。ああ、と俺は息を漏らしていた。彼が俺を咥えているのだ。あの彼が、32を乗り回し峠で最速を掲げんとしている彼が、性欲に最も近くまた最もかけ離れて見える彼が、威厳と腕力と運転技術によってチームの者どもを従えている彼が、俺など歯牙にもかけていない彼が。俺は彼の頭を優しく撫でていた。彼は歯を立てずによく俺のペニスを刺激してくれて、俺は三分ももたずに彼に咥えられたままイッていた。彼は俺のペニスを吐き出すと俺の精液もシーツに吐き出した。奴は相変わらず彼を突いており、彼はすぐにまた喘ぎ始めた。涎と俺の精液を唇から漏らし、高く上げた尻を奴の動きに合わせて揺らす彼を俺はその場でずっと眺めていた。やがて奴がようやく終わる頃には俺のペニスは再びどくどくと脈打っていた。
俺は奴の了承を取ってから彼の手首を縛っていた縄を切り落とした。奴に貫かれた体勢のままだった彼はだらりと腕を体の脇に落とし、それから顔の横に伸ばしてシーツを掴もうとした。俺はその手首を取って奴から代わりに渡された手錠をかけ、そこから出した鎖をベッドにつないだ。そして彼の後ろに回り、触れないうちに十分挿入に耐える硬さを持ったそれにゴムを被せてローションを加えると、俺は彼を仰向けにした。彼はもう足をばたつかせることも閉じようとすることもなく、人形のような無抵抗を演じていた。俺はその彼の足を抱えて開き、彼にやっと挿入することができた。沢口と奴によって荒らされた彼の中はそれでも俺をきつく締めつけた。俺はしばらくそのまま彼の内部のゴム越しに伝わる感触に浸っていた。俺は一旦奴と沢口を見た。全裸の奴は座って煙草を吸いながらこちらを楽しげに眺めていた。沢口はティッシュで股の間を拭っていた。俺は彼に目を戻すとゆっくり腰を使った。彼は甘い声を漏らす。俺は彼の中をじっくりと味わう。急いでは勿体ないし、興がない。
彼は胸を大きく上げて息をしていた。俺は彼の呼吸が落ち着くのを待ってから少しずつ腰の動きを速めていった。それとともに彼の声が高まっていく。普段は人を圧する力を多分に持つあの声が、俺の手を褒めてくれたことがあるあの声が、快楽を露わにしている。彼のペニスは再び勃起を示していた。気付けば俺は彼を貫きながら彼の怒張したそれを扱いていた。彼の肉体が俺の下にあることだけで俺は目がくらむような快感を得ていた。戒められている手首、いまだ力が抜けていない腕、筋肉の乗った首、胸、鮮やかな色に染まっている左右の乳首、流れにそって薄く毛の生えたバネの潜んでいる腹筋、縮れた陰毛、はちきれんばかりの濡れたペニス。手に触れる肌は汗で濡れ掌に吸いついてくるようで、俺は彼の肉体をすべて感じたくてならなかった。だが俺は奴と比べて早く、彼に射精されてしまうとその余波で出してしまったのだった。
沢口は続いて飽きずに彼を襲っていた。俺は疲れており勃起しても彼に入れることはできそうもなかった。奴も同じのようで脱いだ服を着込んでいた。彼の声はすすり泣きのようになっていた。BGMは読経が似合いそうだった。それでも服に包まれた俺のペニスはまだうずくのだ。
距離を置いてともに彼を眺めていた俺と奴だったが、沢口がフィニッシュの動きに入ると奴は俺の方にやってきた。どうする、と聞いてきた奴に俺は、これで終わるか続けるかだな、と答えた。俺もう飽きてんだけどさ、と奴は囁く。いいんじゃねえの、と俺は囁き返す。俺はできれば彼の体を舐め尽くして精液が出なくなるまで彼を犯してやりたかったが、正体を隠したままできるほど甘くはないと思っていたので、それ以上何も言わなかった。やがて沢口が呻きを発してイき、それと同時に彼の体から力が抜けたようだった。俺は彼の様子を真っ先に確かめた。彼は失神しているだけのようだった。奴はゴムを処理した沢口にもういいだろうと話をしていたが、沢口は納得いかないように眉をひそめている。俺は彼の手首の手錠を外してから今後について話している奴らの横を通り洗面所からタオルを三枚ほど探し出し、それを古いガス湯沸かし器が何とか出した湯で濡らし、そして部屋に戻った。まあ確かに何日も監禁もできねえな、と沢口は納得したようだった。俺は再び奴らの横を通って失神している彼の顔や体をタオルで拭っていった。そして彼に靴下と下着とジーンズを履かせてから俺は彼の上着を切り裂いたことを思い出した。すると彼と似たような体格の沢口が再び着たジャージの下のシャツを差し出してきた。峠には着ていかないお気に入りだと言うので俺はそれを彼に着せ、奴と沢口を見た。二人とも先ほどまで立っていたが今は腰を落ち着けていた。沢口が何で山さんそんなにきびきび動けんだと不思議そうに言ってくる。そういう役回りだからなと俺は答えた。しばらくそのまま三人とも座っていたが、リピートされていた井上陽水がもう何度目になるか分からない傘のない嘆きを唄い始めた時、俺は立ち上がって再び彼を担いだ。
まず失神したままの彼を奴の車に乗せて自宅まで運び、俺が再び担ぎ下ろして先に取っておいた鍵で彼の部屋の玄関のドアを開けると、彼をベッドまで運んでアイマスクを外してやった。俺は彼が起きていたらどうしようかと思っていたが、暗い中じっと見ても周りに跡がつき強く赤みが残っている彼の目が開くことはなかった。彼に布団を被せ、自宅の鍵はテーブルの上に置き俺は彼の部屋を後にして奴のエスティマに戻った。
そして奴は沢口を家まで送り、俺と奴が二人になると、唐突に言ったのだ。いや、ビデオ撮ってんだけどね。俺は助手席に座っており顔を向けて奴を見たが奴は前方を見ているままだった。俺あそこに女連れ込むからさ、こう、記録用にさ、気づかれないようにね。カメラ仕込んでんの。山さん駄目って言ってたの分かってたけど、外すの面倒くさくてさ。俺は喋る奴を見据え続けた。奴は居心地悪そうに頭を掻くと、いやだから今回はさ、山さんに随分世話になったからそれ、あげてもいいんだけどさ。俺はそこでこの車に乗ってから初めて口を開いた。別に俺はどうでもいいよ。奴はもぞもぞと体を動かすと、いや、だからさ、俺もあんなの持ってたくねえっつーかさ。実際やっとやれるもんだけど、何か後味悪いわ。だってあの人でしょ。沢口にやんのもさあ、あいつあんなのあったらやっちまいそうじゃねえ? その点山さんはさ、何つーか信用できるから。俺は黙っていた。それを了承と取ったのか、赤信号で止まった際に奴は座席の下からビデオテープを取り出した。何でそんなところからそんなものが出てくるのかと俺は顔をしかめたが、奴はただそれを俺が不満がっていると取り、いやいいよ、と俺の胸にテープを押しつけてきた。返してくれなくてさ。上書きできっし。な、頼むよ、俺じゃ荷が重いっつーか。でもさ、楽しかっただろ? 俺は楽しかったぜ、あの人もああまでなると妙義の中里じゃねえよな。誰でもできんじゃねえのって感じ。俺はテープを受け取ったままやはり黙っていた。奴が次に何かを言ってきたら殴るつもりだったが、その前に俺の家に着くことを分かっていたからだ。
しかし俺のオナニーはそれなくしてはしばらく成り立たなかった。
峠で見る彼はそれからしばらく情緒不安定だったが、一週間もすれば元の彼に戻ったようだった。それでも庄司慎吾はしつこく彼の様子を探っていたが結局彼が俺と奴と沢口に強姦されたことに気づきはしなかった。それほど彼の立ち直りが早かったともいえるし、そんなことを考えられるほど誰も彼に性的な苛立ちや魅力を感じていなかったともいえるだろう。
沢口は彼が元に戻る前にチームを辞めた。邪推をしたくなるところだがあの一件と何ら因果はなく、ただ家を継ぐ予定だった兄が自殺したというので実家に帰らざるを得なくなったためだった。奴は彼に対して何ら変わりがなかった。俺に擦り寄ってくる回数が増えてはいたが俺は奴のことはある程度無視をしたので、奴と俺の間も何ら変わりがなくなった。俺はあれ以来彼と喋らないことに決めた。あの時彼と唯一喋ったのは俺で、彼は俺の声を覚えているはずだった。例えそれが欲望にまみれて掠れていても、自分を脅してきた人間の声を忘れることはないだろう。だから俺は彼とはもう二度と話さない。彼をもう二度と犯すこともないだろう。彼を抱くことも。それでも構わなかった。俺は彼と親しくなりたくはないのだ。彼と親しくなってなお彼を無理矢理やれるわけもないと俺は知っていた。俺は彼を遠くから見るだけでよかった。そして彼が人知れぬ懊悩を抱えていることを想像できれば良かった。そうした彼をまた犯すことを想像できるからだ。
あのビデオテープはまだ、上書きもされず俺の部屋にある。
(終)
2007/01/05・2008/06/08
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