ストーブリーグ



 小田さんは金持ちの息子らしい。それこそレッドサンズの高橋兄弟なんか目じゃないくらいの。実際どのくらいの稼ぎがあるのか小田さんの口から聞いたことはないが、駅近11階建て3LDKのマンションの一部屋軽く子供に買い与えちまえる親の資産といったら、推して知るべしってやつだ。そう考えると、大学の学費も安下宿の家賃もびた一文出してくださらない、俺のご両親の経済状況も推して知るべしってもんで、まあウチの親にはふつうに高校まで出してくれただけでも感謝しておくことにしよう。この世には家庭の事情で高校に行けない人間もゴロゴロいる。それとは別に行かない人間もゴロゴロいる。前者は道久で、小田さんは後者だ。
 ガキのころグレにグレていたらしい小田さんは、人には言えないこともやりまくっていたらしい。どんなことをやっていたかも小田さんの口から聞いたことはないが、こればかりは推して知るべしって話じゃない。髪はビジネスマンっぽく短くて、顔はキリッとしてる割にいつものほほんとしてる感じで、何があってもマイペース。喜怒哀楽の怒哀が生まれつき抜けてんじゃないかってくらいダークな感情をまったく見せないのが、今の小田さんだ。グレてたなんて、想像もつかない。
 毅さんは、そんな小田さんが悪の道をひた走っていたころを少しは知っているという。何でもふたりは遠い親戚で、何だかんだあったすえに、親戚会議で群馬に隔離された小田さんは、同じく親戚会議で小田さんの見張り役を押しつけられた毅さんに出会う。都会のスレたガキには田舎のスレてないガキをあてがっておけ、というご親戚方の責任回避策は、幸か不幸か功をそうし、毅さんは小田さんのグレ期を知って、小田さんはスレてもグレてもない毅さんに無事に落とされた。同じ走り屋チームに入るくらい。
 小田さんを落とした毅さんについては、簡単に想像もつく。田舎道のドラッグレースにハマってて、車のことじゃあグレーゾーン上等、すぐかっとなるし柄も悪くなる、けれども根はマジメで気がよくてスレてないしグレてもいない。峠にハマってること以外、今はもちろん俺が落とされたときとも全然変わらないんだから、これぞまさに推して知るべしって話だ。
 親父が譲ってくださったN14のパルサーは良心的な価格通り、まあパッとしねえの何のって状態だった。アシにするだけでも俺の貴重な諭吉さんが飛んでくし、他の車も探せばよかったとちょっと後悔してたんだが、それでも金と手間をかけてくうちに何だかかわいく見えてくるもんで、同級生のスープラ乗りに峠に誘われたときも、まあたまには違うところに連れてってやってもいいんじゃねえか、と思ったわけだ。駐車場にいるだけでバカにしてくるヤツがいて、その女連れの同級生も結局バカにしてくると事前にわかってたら、たぶんそのときの俺は山には行かず、家でマジメに勉強してただろう。
 だから、走り屋ってのは性格悪いヤツしかいねえのかなあ、とか不思議に思ってたとき、いきなりどっかから出てきた、地味な割に柄のまあまあ悪い、俺より少し年上そうな走り屋に、底抜けの無邪気な笑顔でパルサーをほめられることもなくて、好きだと言われることもなくて、その走り屋が、冗談半分のブーイング飛ばしてくる他の走り屋に、ガキみたいにムキになって反論してるのを見て、この人はいいな、なんて思うこともなかっただろう。この人と、もっと話してみてえな。パルサーのことも、他のことも。俺がそう思った、柄がまあまあ悪い割にスレてる感じがなくて、何だかかわいくも見えてきた走り屋は、まだS13に乗ってた妙義ナイトキッズの中里毅で、俺はその走りを見るまでもなく、その人に無事に落とされたってわけだ。同じチームに入るくらい。
 俺よりもっと前に毅さんに落とされた小田さんは、グレ期を抜けて立派に更正し、今ではゴミクズを流行品に仕立てあげる事業に勤しまれていて、金持ちがみなピカピカ好きとは限らないという証拠のいつ見ても泥だらけの小田さんのジャガーは、妙義山に月一現れればいいとこだ。そんなお忙しいらしい小田さんに、俺たちは三ヶ月に一回、お呼ばれする。年に四回、春夏秋冬。そこには毅さんもいる。もとは毅さんと小田さん、ふたりだけで開かれてたって話のそれは、ザルによるザルのための酒びたりの会だ。
 チームの飲み会もたまにある。けれどもナイトキッズのメンバーの身分は見事にばらけてて、休みが合いにくいから、全体で集まるのはホントにたまにだ。ワリカンの飲み会ってやつは貧乏学生には参加するまでの壁が高い。果てしなく高い。けれども参加してしまえばこっちのもので、他のヤツらが次々くたばっていくのを尻目に、いつもは経済状況を考慮してガマンしてる酒を、これでもかってくらい飲んでやっていた俺は、同じくこれでもかってくらい飲みに飲んでた道久と小田さんと、よく話すようになった。酒に強くて飲むのが好きな人間がそろえば、考えることは同じだ。三ヶ月に一回の個人的な飲み会は、とんとん拍子で開催が決まった。
 小田さんは飲んでも飲んでもシラフみたいな顔色で、シラフみたいに喋る。道久はバリバリに焼けてるから、赤くなってんだか何なんだかよく分からないまんま、スコッチ一本空けている。毅さんは、チームの飲み会じゃいつも二時間くらいで帰っちまうし、顔は赤くなるしテンションもあがるが、全然くたばらない。俺は今までどんだけ飲んでも二日酔いになったことはない。まあだから、ザルによるザルのための酒びたりの会ってわけだ。
 パルサー以外に諭吉さんを使える余裕がないに等しい俺にとっては、部屋を貸してくれて酒までボランティアで準備してくれる小田さんは神様そのもの。とはいえ会が始まっちまえば無礼講で、出された酒はありがたく、一滴残らずいただいちまう。全部消えたらそれでおしまい。所要時間はいつも大体三時間。あとはみんなで雑魚寝して次の日帰る、そんな酒びたりの会は二年前の正月終わり、ちょうど今くらいに始まったから、本当なら九回目を数えるわけなんだが、実際は八回目だ。
 去年の十月のあわただしさったら、まあ思い出したくもない。かけ持ちしてるバイトの休みが何かの陰謀かってくらいにごっそり消えて、俺は月末には瀕死状態になっていた。峠に行く暇もなかった。酒を飲んでる暇もなかった。そのあいだ、道久は道久で歩いてるときに自転車につっこまれて足折って入院してて、小田さんは小田さんで仕事で大阪に行っていた。毅さんは、休みが消えうせたわけでも怪我をしたわけでもどこかに行ってたわけでもない。ただ、栃木のランエボ乗りにバトルで負けてから、正確にはその前にレッドサンズの高橋啓介に負けてからだが、32で峠を走りこみまくっていた。たぶんそのときの俺たちの中で、一番酒にひたってる場合じゃなかったのは、毅さんだろう。俺たちが集まれなかったのは、結果的にはよかったのかもしれない。毅さんにとって。
 そんなわけで、十月の会はお流れになった。それから三ヶ月だ。師走も正月もすぎて、あわただしさもすぎていった。そして半年ぶり、八回目の酒びたりの会は、いつも以上にぐだぐだになって、いつも以上に長く続いてる。

 小田さんチのリビング、L字型に置かれてるソファ、長い方に小田さんが横になってて、短い方で道久が船をこいでる。俺と毅さんは、ふわふわのラグの上に座って、ソファの足を背もたれにして、NFLの録画中継を見ていた。テレビチャンネルの選択権は小田さんにあるが、スポーツ以外はかけないし、スポーツが嫌いってことはない俺たちには文句もない。
 俺はラグに左手をついていた。右手には、ビールグラスに入れた白ワイン。うまい。ような気がする。よくわかんねえな。まあ四時間も飲んでいれば、アルコールがあるってだけで十分だ。
 俺の左手はラグの上だった。いきなりその上に、何かが触れた。あたたかい、湿ったもの。人の手だ。俺の左となりには、毅さんが座っている。だからそれは、毅さんの手ってわけだ。
 俺は思わず毅さんを見た。毅さんはテレビを見ていたが、俺がじっと見ていると、気づいたらしく、見返してきた。俺は毅さんを見続けた。毅さんは不思議そうな顔をしてから、下を見た。俺の手と、それにのってる毅さんの手をだ。
「うわっ」
「えっ」
 変な声を出した毅さんは、思いきりよく俺から離れた。あんまりの驚き方に、俺が驚いちまった。何だそれ。
「わ、悪い」
 のせてきてた手をもみながら、毅さんが恥ずかしそうに、上目に見てくる。いや別にいいですけど、俺は笑った。手をのせられるくらい、謝られるようなことじゃあない。何だかおおげさだ。
「四時間ルール」
 と、いきなり小田さんが言った。独り言みたいだったが、ソファの上でウィスキーグラス片手にNFLを見ている小田さんに、俺は一応聞いてみた。
「四時間ルール?」
「四時間ルール。酒飲みだしてから四時間経つと、人肌が恋しくなるんだよ」
 小田さんは言って、毅さんを見た。毅さんは片膝立てて、その上に片肘ついて、手をあごに当てている。まだ何か、恥ずかしそうだ。
「四時間ルール?」
 俺は毅さんに言った。毅さんは、アルコールでほんのり赤くなってる顔を、もっと赤くして、気まずそうに俺を見た。
「……そうしなきゃいけねえ、ってほどじゃねえんだよ」
 言い訳みたいだ。四時間経つと、人肌が恋しくなる。ああ、俺は理解した。
「だから、いつも二次会行かないんですね」
 チームの飲み会で、毅さんがいつも二時間くらいで帰っちまうのは、四時間ルールが適応されないようにってことか。人肌恋しくなって、誰かに触らないように。この感じだと、触るのが恥ずかしいんだな。まあ山でも変にテンションあがって抱きつこうとするヤツをふつうになぎ倒したりするし、毅さんはきっとスキンシップ自体が恥ずかしいんだろう。
「ひとりでいれば、何もせずに済むからな。誰かといると、どうも、無意識に、こう……まあ、だから、酒飲んだら早く寝るようにしてるんだが」
「今日は寝れませんか」
「久々だからかな、お前らと飲むのは。頭が覚めてやがる」
 くちびるを突き出しながら毅さんが言い、水を飲んだ。毅さんは不満そうなとき、よくこんなこどもっぽい仕草をする。マジギレされると怖いが、八つ当たりみたく怒られてもそんなに怖いと思えないのは、こういうこどもっぽさがあるからだ。柄はまあまあ悪いのに、スレてもないしグレてもいない。このバランスは、けっこう奇跡的かもしれない。
「たまにはいいんじゃねえの。お前もしばらく誰かと手、つないだりしてないだろう」
 小田さんがソファの上からのんびり言い、毅さんは不満そうなまま小田さんを見あげた。
「そんなこと……も、あるけどよ」
「孝太ー、むなしい中里さんに優しくしてさしあげろー」
「むなしかねえっての」
 くちびるを突き出してる毅さんは、やっぱり不満そうだ。俺はとりあえず、毅さんに向けて両手を広げてみた。
「どうぞ」
 毅さんが俺を、どえらい引いた目で見る。いや、それはちょっとひどくありませんか。
「……何がどうぞだ」
「人肌が恋しいんでしょう。さあどうぞ、ご遠慮なく」
 俺は広げた両手で毅さんを手招きした。毅さんに貸せる金は貧乏人の俺にはないが、貸せる肌なら健康人の俺にはいくらでもある。まあどんとこいだ。毅さんは少しこっちに寄ってきそうな気配を出したが、結局どえらく引いた目をしたまんま、首を横に振った。
「やめろ、そこまでじゃねえ」
「いいじゃないですか。ほら、どうぞ」
 そこまでじゃないってことは、ゼロでもないってことだ。諦めない俺に、毅さんはガンを飛ばしてくる。
「やめろっつってるだろ、しつけえぞ、孝太」
「あー、わかりましたよ、やめますやめます」
 俺はすぐ、聞き分けがよくなったフリをした。毅さんは満足したみたいに鼻から息を吐いて、テレビに向き直る。けれども拒まれると燃えあがるのが人の常。俺は毅さんがテレビを見ているスキに立ちあがって、ソファと毅さんのあいだに強引に座りこんで、後ろから抱きついてやった。ミッションコンプリート。
「うわ、コラ、てめえ」
 抱えちまえばこっちのもんだ。焦って逃げようとする毅さんを、腹に回した腕でがっちりおさえる。毅さんは俺よりも小さいから、頭がくるのは俺の首あたり。俺はその上にあごをのせた。太めの髪が少しちくちくするが、座りはいい。
「日ごろの感謝の気持ちです」
 半分正直に言うと、小田さんの笑い声が聞こえた。
「いい後輩を持ったなあ、毅」
「……隆平」
 小田さんの名前を不満そうに呼ぶ毅さんの声は、疲れてる感じがした。俺は毅さんの腹の前で手を組んで、胸を背中に密着させた。毅さんの体は、あたたかい。酒が入っているせいかもしれないが、俺よりも基本の体温が高そうだ。ぽかぽかしてる。何か気持ちいいな。このまま布団に入って寝ちまいたくなる。
「毅さん、俺の抱き枕になってくれませんか。タダで」
「ならねえよ」
 すぐ否定してくださった毅さんは、それでももう、俺の腕の中から抜け出そうとはしなかった。恋しい人肌に触っちまえば、抵抗する気もなくなるのかもしれない。避けるなら、最初が肝心なわけだ。触るのもそうなんだろう。なぎ倒されずに済んで、四時間ルールさまさまだ。
 曲げっぱなしだと首が疲れてくるから、俺は毅さんの頭からあごを外した。それを毅さんの右肩に置いて、NFLを一緒に見る。
「おー、いったー」
「うっわ、すげ」
「ッ」
 いきなり60ヤードを超えるパスが通って、小田さんと一緒に俺は声をあげていた。そしたら、毅さんがびくっとした。何だ?
「どうかしました」
「……いや」
 聞くと、またびくっとして、顔を背ける。俺は首をのばして、毅さんの顔を見ようした。この角度からじゃあ横顔しか見えないが、肌の赤さはよくわかる。ああ、俺は理解して、首を戻した。そして毅さんの耳に、息を吹きかけた。
「ひっ」
 悲鳴だ。小さい悲鳴、体のびくつき。この敏感さは、なかなかすごいんじゃないか。
「耳、弱いんですか」
 くちびるを毅さんの耳に当てながら聞くと、さらに体がびくびくする。ちょっとおもしろい。というか、かなりおもしろい。やめろ、と言う毅さんの声は、とても弱々しかった。
「そいつの最大の弱点だぜ。隠されてない分、発見しづらいんだよなあ」
 小田さんがしみじみ言った。俺は小田さんを振り向いた。
「小田さんはご存知で?」
「遊びすぎて一回本気で殴られたのは、痛くも懐かしい思い出だよ。あご割れたかと思ったけど、割れてなかったし」
 平然とおっしゃるもんだ。てめえな、と立ちあがろうとする毅さんを、まあまあ、と俺はおさえた。この位置だとあごを殴られる心配はないが、頭突きをかまされる心配はあるから、いったん耳からは離れるにしても、このあたたかさを逃すのはもったいない。
「ぎがっ」
 と、いきなり変な声が聞こえた。道久だ。さっきまで船をこいでたが、ソファからずれ落ちかけた状態で、目を覚ましていた。こどもが見たら泣き出しそうなひどいしかめっツラをして、深いため息をつく。
「ひでえ夢見た……」
「どんな夢だよ」
 聞いてみると、道久はソファに座り直して、細い目で天井をにらんだ。
「病院の中で、ツキノワグマが、ハンドガン持って追っかけてきやがってよ。野生動物に文明の利器は渡しちゃいけねえな、おっそろしい」
「そりゃひでえなあ」
 小田さんが言って、俺も同意した。病院でハンドガンを持ったツキノワグマに追っかけられる夢は、確かにおっそろしい。
「ひでえっすよ、もう二度と見たくないっす。で、何やってんの、孝太」
 俺がそのツキノワグマのディテールを何となく想像していると、ひでえ夢から抜け出した道久が聞いてきた。別に何ってわけでもないが、強いて言うならこれだろうか。
「毅さんに抱き枕になってもらえるように、交渉中」
 そう答えた俺に、バカ言ってんじゃねえ、と毅さんはキレ気味になって、そのあとすぐ、小田さんが言った。
「毅の弱点発表会」
「弱点?」
 道久はソファからさっと降りると、興味深そうに寄ってきた。こいつの動きは猫科だよなあ、猫っ毛だし、とか思いながら、小田さんの答えに補足する。
「耳が弱いそうで」
「孝太、てめえいい加減にしろよ」
 至近距離で毅さんが振り向いてきたので、俺は毅さんと危うく鼻をぶつけかけた。まあまあ、ともう一度言ってすぐ、毅さんがびくっとしたので、俺は毅さんと軽く鼻をぶつけた。
「へえ、ホントだ」
 道久の、納得の声があがる。ああ、こいつ、毅さんの耳に何かしたな。
「お前っ……」
 毅さんが道久を向こうとして、止まる。ぴちゃぴちゃと、音がした。
「はっ……あ……」
 毅さんはびくびく震えて、きわどい声を出した。この反応的に、というか音的に、道久は、毅さんの耳を舐めてるんだろう。行動の早いヤツだ。何となく、先を越されたような感じで、ちょっとむかつく。俺ははらいせにとりあえず、毅さんの耳の、穴のそばの軟骨を、舌の先でくすぐってみた。毅さんはまた震えて、俺の腕をぎゅっとつかんできた。腹に回してる俺の手を外そうとしてるんだろうが、いちいちびくびくするから、ただにぎるだけになっている。というか、俺の腕にしがみつくみたいになっちまってる。ああ、何か、いいな。あったかい。気持ちいい。
「あ、あ……」
 目を閉じてる毅さんの、まつげまでぷるぷる震えてる。最大の弱点。小田さんもこういう風に遊んだんだろうか。そして、一回本気で殴られた。顎が割れそうになるくらい。それからやってないんだろうか。
 その小田さんは、ソファの上からいきなり降りて、リビングを突っ切って、たぶん風呂場の方に入った。あんまりいきなりで、速すぎて、声をかける暇もなかった。怒ったのかな、と思って、何に怒るんだ、と思う。毅さんで遊んでることか。でも、それなら弱点教えたりするかな。っていうか俺、何してんだろうな。四時間も飲んでると、酔わないってこともないが、泥酔するってこともない。何っていうか、これはまずいだろ、と思えるくらいの冷静さも残ってる。毅さんで遊ぶなんて、あとでどれだけ怒られるかわからない。じゃなくて、いやそれもあるんだが、問題はこの遊び方だ。耳舐めて感じさせるとか、企画モノAVじゃないか。じゃなくて、前戯じゃねえか。ちょっとこの方向は、まずいよなあ。
「んっ、ん」
 考えながら、俺は小田さんが突っ切ってった方を見ていたから、毅さんと道久の様子は見てなかった。毅さんの鼻にかかった声を聞いてから、思い出して目を戻して、俺は驚いた。道久が、毅さんのセーターをまくりあげて、乳首を舐めていたからだ。
「あのー、道久くん」
「なに」
「それは何をしてるんでしょーか」
「いや、ここも弱点になんのかなって」
 驚きすぎて丁寧語になった俺に、全然驚いてない道久は言って、毅さんの乳首を吸った。また鼻から声を出した毅さんが、両膝をすり合わせて、足のつま先を丸める。ああ、弱点だな、明らかに。
「やめろ、お前ら……」
 毅さんの声は、かすれてる。もともと低くてかすれ気味なのが、少し高くなってもっとかすれるだけで、厳しくよりも色っぽく聞こえるのは、何でだろうか。これが欲目というやつだろうか。目じゃなくて耳か。それにしても、色黒の道久が色白の毅さんの胸を愛撫してるのは、男同士だとはわかっていても、AVに見えてくる。これはまずいよなあ。やめろって言われてるしなあ。思うんだが、俺は毅さんを抱くのはやめずにいる。あったかくて、気持ちいいから。

 戻ってきた小田さんは、片手にバスタオル、片手に百均で売ってそうなチャチなカゴを持っていた。
「あれ、パッカーズ勝ってんだな」
 言われてテレビを見ると、負けていたはずのパッカーズがリードしていた。いつの間に。
「あ、ホントだ。どうしたんでしょうね」
「見てなかったのか」
 その通り、全然見てませんでした。すみません、と言うと、いやいいよ、と笑いながら小田さんは、持っていたものをラグの上に置いた。
「どうせあとでもう一回見るからさ。結果は知らねえし」
 リモコンでテレビを消してしまった小田さんが、俺たちの前にあるテーブルを、何でか奥へ移動させる。怒ってる感じじゃない。小田さんはテーブルのあったところ、毅さんの前に座る。毅さんの胸を舐め続けていた道久が、そこで顔をあげて、っす、と小田さんに頭をさげて、毅さんから離れた。おう、と小田さんは道久にうなずいてから、息を乱しまくってる毅さんをじっと見た。小田さんは、ふつうの顔だ。キリッとしてる割にのほほんとしてる。毅さんは、やばめの顔だ。感じまくってどろどろになってる。
「お前、ホンット人の言うこと聞いてくれないよなあ」
 ため息つくみたいに、小田さんは言う。隆平、と言う毅さんは、恨みがましいような感じだが、小田さんが気にする感じはない。
「こんだけ酒飲んでも立っちまうんだから、禁欲に向くタイプじゃねえんだよ、お前は。って俺、今まで何回言ったっけ?」
 首をかしげ気味に、小田さんは毅さんを見あげる。毅さんは、何も答えない。否定できないってことは、今まで何回かはそう言われてるんだろう。禁欲に向くタイプじゃない。酒飲んでも立っちまうから。なら、酒飲んで立たせてる毅さんを、小田さんは知ってるってことか。まあ、仲いいんだよな。
「孝太、ちょっと浮かせてくれるか」
 しっかりため息ついた小田さんにいきなり言われて、俺は考えるより先に、抱いている毅さんの背中を胸にのせるようにして、毅さんの体を浮かせてみた。
「こうですか」
「オッケー」
 上出来と言うように俺に笑った小田さんは、笑ったまま、いきなり毅さんのジャージを脱がせた。下着ごとだ。その拍子に、毅さんの立っていたチンポが、びょんっと勢いよくはねあがる。もし俺が脱がせてたらその瞬間、どっかのAV女優みたいに笑っちまってただろうが、小田さんはいたってふつうの顔で、さらした毅さんの尻の下に、迅速にバスタオルをしいた。
 俺は思わず道久を見た。道久も俺を見た。何となく間抜けな顔になっている。きっと俺も似たような顔をしてるんだろう。そうやって何となく見合ってから、そろって毅さんのチンポを見た。見かけ通りというか見かけ以上というか、ムケてるけどスレてなくて、俺よりでかい。まあ立ってるから平常時はわからないが、にしてもでかい。ちょっと触ってみたくなってくる。
「溜めるから、こんなことになるんだぜ。今度からは、ちゃんと毎日自分で抜けよ、ホントにさ」
 小田さんがやさしく言いながら、カゴの中から出した薄手のゴム手袋を、右手にはめる。この流れは、ちょっと、どうなんだ。俺が思っているあいだに、小田さんはカゴの中から取ったボトルの中身を、毅さんのチンポに垂らすと、ゴム手袋をはめてる方の手で、自然にしごき始めた。
「おい、やめっ……」
 毅さんが言おうとした言葉は、毅さんの口の中に消える。毅さんが引こうとした腰は、俺の股間に当たって止まる。毅さんが閉じようとする足は、片方を小田さんがおさえて、片方を道久がおさえた。毅さんのチンポをぬめぬめ濡らして、小田さんの手コキでねちゃねちゃ音を立ててるのは、ローションだ。
 小田さんが、毅さんにローションをかけて、手コキをしている。毅さんのチンポは立っている。バリ立ちだ。俺と道久に弱点を舐められて、毅さんは感じまくっていた。息子もびんびんになるだろうってくらいに。それは抜いてあげなきゃ、かわいそうだろう。けれどもそれをふつうにやっている小田さんは、何なんだろう。それをふつうに見てる俺たちも、何なんだ。酔ってんのか。四時間も飲んでたしな。でも、いいのかなあ。まずいんじゃねえのかなあ、これは。俺はそう思ってるのに、道久ときたら、また毅さんの乳首を舐め出した。こいつ、舐めフェチか。思いながら、つられて俺も、毅さんの耳をまた舐めていた。
「んっ、ん、んん」
 口を閉じたまんま、毅さんは鼻から声を出して、体をぎゅっと硬くした。そしてケツを俺の股間にこすりつけるみたく動かすと、イッた。

 所要時間は三分もなかったんじゃないだろうか。禁欲に向かないタイプは、溜めずに毎日抜きましょう。今回の教訓だ。先月一年ぶりに買った新しいカットソーの袖に、毅さんの精液がついたのは安い授業料ってもんだが、乾かないうちに洗っとかないとなあ。黒だから漂白剤も使えないし、シミになってからじゃあ落とすまで時間がかかるんだよな。
「孝太、足あげさせてくれー」
「はい?」
 すっかり日常モードに戻っていた俺は、小田さんにそう言われても、すぐに反応できなかった。
「足だよ。膝の裏に手、入れてさ」
「ああ、はいはい」
 言われるがまま、毅さんの腹に回してた腕を外して、それをつかんでくる毅さんに邪魔されつつ、小田さんがよこしてきた毅さんの足を受け取る。
「お、おい……」
 イッて少しは落ちついたのか、毅さんの声は安定していて、焦ってるのもよくわかった。まあ焦りもするだろう。小田さんに言われた通りに毅さんの足をあげさせると、M字開脚になるからだ。こどもにおしっこさせるポーズ。これは恥ずかしい。毅さんも恥ずかしそうに体を硬くして、うつむいて、声が出せなくなっている。まあシミになったらなったで、そこだけ切ってリメイクしちまえばいいか。安物のカットソーなんていくらでも代わりはある。毅さんの代わりはいない。特に、こんな風にチンポさらして恥ずかしがってる毅さんは、めったに見れるもんじゃない。というか、ふつう見れない。というか、ふつうこんな風にしない。っていうか、何でこんな風にするんだ?
「サンキュ」
 俺の疑問は、すぐに解決した。小田さんの動きは自然で早い。毅さんのチンポにまたローションを垂らした小田さんは、チンポじゃなくて、その下に手を入れた。タマの下だ。ケツだった。
「うあっ……」
 毅さんは背中を反らして、俺の胸に肩甲骨のあたりを押しつけてきて、きわどすぎる声をあげた。首を伸ばさなくても俺からは、ゴム手袋をはめた小田さんの右手の、人差し指と中指が、開かせた毅さんの足のあいだ、ケツの穴に入ったのがよく見えた。
「あ、あ……あぁ……あ……」
 小田さんの指が毅さんのケツに出入りすると、毅さんの声は急に不安定になった。力が抜けてるから、痛そうには聞こえない。そうか。アナルに指を入れるなら、足をあげさせた方が楽だよな。もしかして、これが前立腺マッサージってやつだろうか。それを何でまた、小田さんが毅さんにするんだろうか。仲いいからか。いいんだよな。そういうことか。何か違うかな。まあ仲はいいんだよ。
 とか何とか思いながら、毅さんのケツに出入りする小田さんの指を見ていたら、俺は変にむらむらしてきた。毅さんのケツは白くて、肉がつまってる感じがする。その中で、くすんでるような赤いような肛門は異様な感じがするのに、ローションでぬるぬる光ってるのは、何でかすごく、色っぽく見えた。そこに小田さんの指が出入りするたびに、毅さんはケツの肉をきゅっとさせて、力の抜けてる声をあげて、俺の腕の中でびくびく震えるから、俺もそこに何か入れたくなってくるってわけだ。指とかチンポとか。気持ちいいんだろうな。毅さんは、気持ちいいのかな。俺がチンポ入れたりしたら。ああ、むらむらするなあ。けれど俺のチンポは立っていない。酒を飲みすぎたせいだ。バリ立ちになってたら、入れたくて仕方なくなってそうだから、飲んでおいてよかったかもしれない。さすがに毅さんのケツに入れちまうってのは、まずすぎる。まあ、今でもたぶん、じゅうぶんまずいんだけどなあ。
 俺がむらむらしつつ、最後の一線は越えられない小市民なことを考えていると、道久が動いた。毅さんの左足の膝から下を持って、靴下を脱がせる。道久がそのあとに何をするのかは、考えなくてもわかった。
「ひあっ」
 毅さんの足を、親指から順に道久が舐めていって、毅さんは声を裏返して、さらにびくびくした。足の指も裏も甲も舐めて、ときどきしゃぶったり吸ったりする道久は、何だかうっとりしてる。やっぱりこいつ、舐めフェチだ。毅さんのこと、尊敬してるからな。いや、尊敬してるから舐めたくなるってわけじゃないのか。でも、こいつは毅さんのこと好きだよな。じゃなきゃ、足なんて舐めねえよな。俺はどうなんだろう。俺も毅さんのことは好きだな。チンポ入れてえって思うくらい。ああ、酔ってるよなあ、俺たち。俺は酔っていた。いきなり毅さんに思いきりよく腕をつかまれても、特に何とも思わないくらいに、俺は酔っていた。
「りゅ、隆平ッ」
 ただ、毅さんがいきなりそう叫んで、驚くくらいには意識ははっきりしてた。何だ、どうしたんだ。毅さんが呼んだ小田さんをあわてて見てみても、小田さんは、ふつうの顔だ。
「んー?」
「やめろ、マジで、こんなの、ねえよ……」
 そう弱々しい声で続けた毅さんが、なみだ目で、俺と道久をちらっと見た。そうだ、まあ、ねえよなあ。ふつうはない。小田さんは、俺と道久を何でもなさそうにちらっと見てきてから、毅さんを見る。
「こいつら手伝ってくれた方が、お前もいいだろ。俺も楽だしさ。ひとりでやると、けっこう疲れるんだぜ、これ」
 小田さんはあいかわらずふつうの顔だが、何か、答えのピントがずれているような気がする。小田さんも、酔っているのかもしれない。それともいつも通り、マイペースなだけだろうか。どっちでもありそうな小田さんは、毅さんのケツに指を入れ続けて、またびくびくし出した毅さんは、力の抜けてる声をあげ続ける。毅さんのチンポは段々大きくなっていって、道久はまだ毅さんの足を舐めている。俺は、毅さんの足をあげさせてるだけだ。手伝ってるってほどじゃない。また耳でも舐めてみようかと思ったが、何となく気になったこともあったから、俺は毅さんの耳に、くちびるを当てるだけにした。
「小田さん」
 そこは毅さんの最大の弱点だ。息をかけるだけでも、毅さんはもろに感じる。小田さんと話すだけで、手伝えるってことになる。
「なんだー?」
 手は動かしたまま、小田さんが俺を見てくる。シラフみたいな顔色だが、額には汗がにじんでた。
「こういうこと、よくするんですか、毅さんと」
「んー、よくってわけじゃねえかなあ。この前したの、確か八月だから、もう五ヶ月前だぜ」
 俺が聞くと、小田さんはのんびり答える。手は動かしたままだ。
「俺、忙しいとやる気起きないんだよな。こいつとふたりで会ってもさ。暇ならするけど、最近はそんなに暇もなかったからなあ、俺もこいつも」
 最近まで小田さんは何だかいろいろ飛び回っていて、毅さんはとことん走りこんでいた。おふたりとも、暇じゃなかったってことだ。五ヶ月前は暇だったんだろう。今みたいに。
「でも今って、ふたりじゃないですよね」
 なのに、小田さんはそういうことをしている。
「まあ、俺も溜まってたんだよ。やっぱ溜めちゃダメなんだよな。四時間越えてもダメだ。ガマンできねえ」
 小田さんはどっかなげやりに、苦笑しながら言ってため息をついた。そんな小田さんを見たら急に、小田さんが昔グレにグレてた都会のスレたガキだったってことがしっくりきて、俺は何か笑っていた。
「ガマンできませんか」
「あー、ムリ。でもまあ、こいつほどじゃねえから、俺は」
 俺と小田さんが話しているあいだも、毅さんはびくびくしまくって、チンポを立たせていた。道久は飽きずにそんな毅さんの足の指を、うっとり舐めている。舐めフェチかつ、足フェチなのかもしれない。今までこんな道久は見たことがない。酒を飲み出して四時間越えると、人のフェチ度ってのはあがるんだろうか。
「あ、そっか」
 と、いきなり小田さんが思いついたように言った。小田さんが何を考えてたかはわからないから、俺は聞いてみた。
「何ですか?」
「いや、思いついた」
「はあ、何を」
「そうだよなあ、何で今まで考えなかったかなあ」
 俺の質問を聞いてんだか聞いてないんだか、小田さんはひとりでうなずいて、いきなり毅さんのケツから指を抜いちまった。きわどい声をあげてびくっとした毅さんは構わず、小田さんははめていたゴム手袋を外すと、カゴの中のビニール袋に入れる。何だ。いったい何を思いついたんだ。俺の疑問は、小田さんがおもむろに、履いていたグレーのパンツと下着をふとももまでおろして、バリ立ちのチンポを出したあたりで、大体は解消した。小田さんは、カゴの中からごそごそ探した何かの封を切り、細めだが長めのチンポにつける。何か、っていうか、明らかにコンドームだ。これはサガミだな。バリ立ちのチンポにコンドームをつけてやることったら、ふたつくらいしかない。オナニーかセックスか。小田さんは、後者だった。
「よ……っし」
「ぐ、あ……あ……」
 毅さんのチンポにローション追加して、毅さんのケツに、小田さんは入れた。入れちまった。小田さんのチンポが、毅さんのケツの穴に、びちっと入って、毅さんが、苦しそうにうめく。俺は、とりあえず道久を見た。道久は、毅さんの足を舐めるのをやめて、小田さんを見ていた。それから、俺を見た。細い目がくわっと開いて、ふつうの人と同じくらいの大きさになっている。フェチに走った道久も、最後の一線は越えられない、俺と同じ小市民な考えを持ってたってわけだ。入れちまうってのは、まずすぎる。でも、小田さんはもう、入れちまった。これで驚かなけりゃ、何で驚くかって話だ。
「離していいぞ、足」
 驚いたままの俺は、小田さんに言われるがままに、毅さんの足から手を離した。毅さんはそれでも、俺の腕をがっちりつかんでくる。小田さんは毅さんの足を抱えて、腰を入れる。うめいた毅さんが、俺の腕に爪を食いこませてくる。つかまれる痛さがリアルになってきて、うそだろ、と思いながら、俺は小田さんに声をかけた。
「小田さん?」
「ん?」
 不思議そうに、小田さんが見てくる。シラフみたいな、何も変なことなんてしてないような顔だが、全体ににじんでる汗はリアルだ。
「えーと、あの。何やってんですか?」
「この状況で、何って聞かれてもなあ。エッチ?」
 小田さんが、不思議そうなまま首をかしげる。毅さんのケツにチンポを入れてピストンしてんだから、まあエッチだろう。いわゆるアナルセックス。それはわかるんだが、俺はこの状況で、聞かずにはいられない。
「え、いや、何でそう?」
「いやあ、だって手でやるより楽だし、これで俺がイケば、こいつもしゃぶらなくていいし、一石二鳥だろ。もっと早く思いつけば、もっと楽だったよなあ。なあ、毅」
 言って、小田さんは毅さんにいきいきと笑いかけた。毅さんは答える余裕も笑う余裕もなさそうに、俺の左肩に頭をのせて、ぜえぜえあえいでる。酒飲んでるときでもここまで赤くならねえって顔は、汗でぐちゃぐちゃで、なみだ目は何か、どこ見てるんだかわからない。そんな毅さんを、小田さんが気にする感じはない。笑いながら、毅さんの足を持ったまま、ゆっくりピストンしていく。何も変なことなんてしてないように。
 小田さんが思いついたのが、これか。これだよな。今まで考えなかったこと。小田さん、毅さんに手コキして、前立腺マッサージして、たぶんイクまでしゃぶってもらって、今までエッチは考えてなかったってことか。今は何で思いついたのかな。ガマンできねえとか、俺と話したからかな。いや、四時間越えたからか。ふたりじゃなくても、ガマンできなくなったんだな。まあ、こんなぐちゃぐちゃでどろどろな毅さん見てたら、ガマンなんてできねえよな。できねえのかな。そうなのかな。わかんねえなあ。
 毅さんのまさに穴って感じに丸い肛門に、小田さんのコンドームつきのチンポが出入りするのを見ながら、チンポが半分立つまでむらむらしてきた俺が、わかんねえなあと思ってるあいだも、小田さんが腰を入れると伸びて、戻すと折れる毅さんの体は、ゆっくり小田さんの方にずれていく。離れられるのは何かさみしいから、俺はまた毅さんの腹に手を回して、抱いちまうことにした。あったかい毅さんが、俺の腕の中でびくびく震えて、力の抜けた声をあげる。ああ、気持ちいいな。
「ひ……あ……、あ……」
 毅さん、話、聞いてたのかな。聞けてたのかな。わかってんのかな。わかんねえな。小田さんは、腰を浅く入れたりぐるっと回したりしながら、ふつうに笑ってる。道久は、また毅さんの足をうっとり舐めている。飽きねえなこいつ。毅さんのチンポは小田さんに入れられて少し萎えてたのに、また大きくなってる。ふつうかなあ。わかんねえなあ。でもまあ、小田さんやってるし、道久もやってるし、小市民はまわりに流されてナンボだし、俺もやっていいんじゃねえのかな。
 いいだろう、と自分で決める前に、俺は毅さんの腹に回した手を、セーターの中に入れて、胸でクロスさせて、そこの弱点にじかに触った。ぷくっと立った乳首を軽くなでるだけで、毅さんはきわどい声を出して、背中を思いきりよく反って、俺の腕をギチッとつかむ。道久の舐めてた左の方が腫れてる感じだから、何となく右の方を強めに愛撫してみる。毅さんはもう、どんなAV女優の演技も目じゃないくらい、色っぽく感じまくってる。これでも最大は、やっぱり耳なんだろうか。気になって、首をねじって、俺の肩に頭のせてる毅さんの耳に、くちびるを当てた。
「ねえ、毅さん」
「ひぅ、う」
 俺は毅さんにしか聞こえないくらいの声で言ってみた。毅さんはすきま風みたいな声を出して、びくびくもだえる。
「どうですか、小田さんのチンポ。いいですか」
 ケツ、感じるんですか。立っちまうくらい、気持ちいいんですか。どの辺がいいんですか。どこが好きなんですか。ねえ毅さん。聞いても毅さんは言葉じゃ答えてくれなかったが、やっぱり耳が最大の弱点だってことには体で答えてくれた。俺の腕に爪を食いこませて、俺の腕の中でのけぞって、色っぽい声をあげた毅さんが、大きく二回びくんと動くと、ぐったりする。
「おー、イッたかあ」
 のほほんとした顔に汗かきながら、にこにこしてる小田さんが、止まって言った。俺の腕からするっと手を落として、息する以外じゃあ動かなくなった毅さんを、俺は離さないようしっかり抱えながら、下を見た。毅さんのチンポは立ったままで、白いもんはどこにも出てない。毅さんはイッてない。けれども毅さんはイッたわけだ。毅さんを何回もイカせてるはずの小田さんが言うんだから、まあ間違いはないんだろう。
 体から力が抜けきってて、頭が弱そうな顔になっちまってる毅さんは、ナカで激しくイッたあとの女の子みたいで、俺はちょっと感動した。ケツでイクのってすげえんだな。止まった小田さんが、立ったままの毅さんのチンポをしごき始める。毅さんはぴくぴくするが、ほとんど動かない。気持ちよかったんだろうな。毅さん、いつもこんな風になるのかな。全然知らなかったな。ふつうじゃわかんねえよなあ。毅さんと小田さんがこんなことやってるなんて。慎吾も知らねえよな。あいつ知ってたら、小田さんとっくの昔に死んでそうだな。あいつにだけは言っちゃダメだな。いや、他のヤツらにも言っちゃあダメだな。もったいない。小田さんに手コキをされて、あっという間に精液出してイッちまってもまだぐったりして、息するのと小田さんのスピードあがったピストンで揺れる以外で動かない毅さんをしっかり抱えたまま、もったいねえ、と俺はしみじみ思った。
「あ、ムリ」
 スピードあげてた小田さんは、がっつり毅さんを突いてから、いきなりそう言ってまたぴたりと止まった。目を閉じて、深い息を吐いて、ひとりでうなずく。今度は小田さんがイッたらしい。
「オッケー、終わった」
 小田さんはそのままあっさり毅さんのケツからチンポを抜いて、つけてたコンドームを迅速に始末して、ゴム手袋を入れたのと同じビニール袋に入れた。手際がいい。一息ついた小田さんが、パンツをあげてチンポをしまって、俺を見て、道久を見た。俺も道久を見た。道久はまだ毅さんの足の指を舐めている。すげえ。もうそろそろ毅さんの足もふやけてるんじゃないだろうか。
「おーい、みっちゃん」
 小田さんに呼ばれた道久は、ふっと我に返ったみたく、毅さんの足から顔を離したが、手は離さなかった。
「何すか」
 軽く警戒入った顔で、道久が小田さんを見る。毅さんも小田さんもイッて終わっちまったから、毅さんの足を取りあげられると思ってるんだろう。俺もそう思ってた。他のことは、全然考えていなかった。
「お前、毅とやりてえ?」
 小田さんがふつうの顔で言ったことも、まったく考えていなかったから、俺は驚いた。道久は、俺ほど驚いてなかった。細い目は半分しか大きくならなかったし、小田さんに聞き返しもしなかった。毅さんを見て、俺を見て、小田さんをまた見て、道久は言った。
「そうっすね」
 俺はつい、道久の股間を見た。黒いスウェットにはテントが張られている。ああ、俺はそこで納得した。やりてえんだな。まあこいつ、毅さんのこと好きだしな。そういう意味じゃあないにしても。いや、立ってんだから、そういう意味になってくるのか。
「孝太は?」
 小田さんは、俺にも聞いてきた。俺は道久の股間から小田さんに目をやった。やっぱりのほほんとしてる。毅さんとエッチしたいか聞いてくる人の顔じゃあない。でも、それ聞いてんだよな。聞かれたことには、答えないとな。
「いや、俺、半分立ってないんで」
 俺は驚いてたから、やりたいかどうかって答えじゃなくて、やれるかどうかって話をしちまってたが、小田さんはそんなこと気にもしてない感じで、うなずいた。
「なら道久がやって、孝太はしゃぶってもらえ。それでいいだろ、毅」
 俺が考えもしないことばかり、小田さんはふつうに言う。俺は驚くしかない。
「……待て、隆平、おい……」
 ぐったりしてた毅さんは、小田さんに同意を求められてすぐ、俺の腕の中から抜け出したそうに動いて、苦しそうな声を出した。俺は毅さんを抱き直して、道久は毅さんの足を持ち直した。小田さんはにこにこと笑って、おもむろに毅さんのほほに手を当てた。
「手伝ってくれたんだし、礼くらいしてやらねえと、なあ」
 そう言って毅さんのほほをなでて、軽くキスして、ふつうに笑う小田さんは、何でなんだか、ぞくっとするほどおっそろしく見えた。ハンドガン持ったツキノワグマなんて、目じゃないくらい。

 ソファの足を背もたれにしたままの毅さんの股間に、ローションを追加して入れてすぐ、道久は毅さんの右足の靴下も脱がせた。そのあとは、足を舐めるの9割、腰を動かすの1割だ。何かすごい。俺はパンツをおろして、毅さんの横で膝立ちになって、毅さんにしゃぶってもらっている。けっこううまい。小田さんはソファにあお向けに寝ながら、そんな俺たちをビデオカメラで映している。暇だからだそうだ。
「そいつに文句は言うなよー、孝太」
 暇な小田さんは、そんなことを言ってくる。しゃぶってもらってるだけの俺も暇といえば暇なんで、小田さんに言い返してみる。
「何ですか、文句って」
「そのやり方、俺の趣味だからさ。苦情があったら、俺にどうぞ」
「苦情なんて、ないですよ。あると思うんですか」
「上品な方がいいヤツも、中にはいるだろ」
「俺は、別に、ふつうにうまいんで、毅さん。うまいですよね」
「だろう。やっぱフェラしてもらうなら、下品なくらいが丁度いいんだよ」
 毅さんは、俺の半分立ってるチンポを下品にしゃぶってくれている。下品な顔で、下品な動きで、下品な音を立ててしゃぶってくれているから、俺はとても気持ちいい。酒を飲みすぎてるのに、バリバリに立っちまいそうだ。小田さんが自信満々に言うのもわかる。下品なくらいが丁度いい。ふだん柄はまあまあ悪くても、こういう下品さはない毅さんが、こんなに下品にしゃぶってくれるのは、丁度よすぎて、気持ちがよすぎる。
「小田さん、趣味いいですよ」
「そうか、ありがとう」
 俺たちがそんなことを話しているあいだも、毅さんは俺のチンポをうまそうに下品にしゃぶってくれて、道久は毅さんを舐めているが、足には満足したのか、今は胸だった。舌全体であちこち舐めて、乳首を舐めて、またあちこち舐めて、だらりとさげてる毅さんの腕を持った道久は、脇の下から手までじわじわ舐めていって、指をしゃぶった。俺のチンポをしゃぶっている毅さんは、道久に舐められるたびに、苦しそうに鼻から声と息を出す。道久が毅さんの手の、指のすみずみまで舐めると、毅さんの足が、道久の腰をはさむ。道久の腰は、さっきからまったく動いてない。もう舐めるの10割だ。道久がじっくり毅さんの手を舐めて、また腕を舐めて、肩まで舐めて、首から耳へあがっていくころには、俺のチンポはバリ立ちになっていた。道久にあごをなめられて、びくびく震える毅さんが噛んできちまっても困るから、抜いちまう。
「はあっ、はっ、あ」
 口をふさぐもんがなくなった反動でか、道久に耳を舐められた毅さんは、びっくりするほど大きな声をあげた。俺はびっくりした。小田さんはびくっとして、毅さんもびくっとした。道久だけがびっくりせずに、毅さんの耳をぴちゃぴちゃと舐め続けて、毅さんに口を閉じるスキも与えずに、そのまま顔を横にスライドさせて、開いてる毅さんの口も舐めた。舐めて、中に舌を入れて、くちびるを合わせて、ディープキスになる。俺のチンポをさっきまでしゃぶってた毅さんと、ふつうにキスしちまう道久は、やっぱすげえ。
「ん、ん、う」
 キスしながら、道久はようやく動くのを5割くらいまで持ってった。毅さんは道久に抱きついて、さっきよりも力の抜けた、きわどい声を、鼻から出す。ケツで感じてるんだろう。気持ちいいんだろうな。毅さんとキスしながら、毅さんを抱いてピストンしてる道久も、気持ちよさそうだ。動きにさっきまでと段違いのキレがある。やってるふたりを、やってて気持ちよさそうな道久を、やられてて気持ちよさそうな毅さんを、バリ立ち状態で見てると、俺もやりたくなってきて仕方がなくなる。酒、飲みすぎたはずなんだけどな。抜けてきてんのかな。っていうか、どれくらい飲んだっけ。最初に飲んだの何だっけ。思い出せないってことは、酔ってはいるんだよな。でも立ったってことは、そうでもないのか。わかんねえなあ。
「なに」
 ぼんやりしてた俺は、道久がそう言ってくるまで、毅さんとのキスをやめていた道久が俺を怪しそうに見ていることに、気づかなかった。道久は動くの10割になって、毅さんに抱きつかれながらも、俺に顔を向けている。俺がふたりを見てたからだろう。正座でバリ立ちで見てたんだから、怪しく見られても当然だが、正直途中から見てても見てなかったようなもんで、この状況で何と聞かれても、ちょっと困る。いや、と俺は適当な言葉を探して、すぐに見つけた。
「お前、舐めるの好きなんだな」
 少しスピード落とした道久が、細い目と同じくらい細いまゆげを少しあげて、少し間抜けな顔になる。思いもよらないことを言われたように。
「そうだな。好きだな」
 少し意外そうに言った道久は、好きだな、ともう一回言って、毅さんに顔を戻して、またキスをし始めて、あとはもう終わるまで、どっちも10割だった。

 俺はソファの上で毅さんとやることになった。小田さんのお達しが出たからだ。道久は風呂に入って、小田さんはもとの位置に戻したテーブルにカメラを置いたあとは、片づけを始めちまったから、何となく、毅さんとふたりきりという感じがして、変にドキドキしてきた。
「失礼します」
 一応そう言って、毅さんに失礼する。毅さんの、半分しか立ってないのにでかいチンポや、その下、タマの下の、ローション追加した毅さんの白くてがっしりしたテカってるケツの、赤くなってる穴に、俺のチンポが入ってくのを見てるだけで、俺の心臓は止まりそうだった。入れただけで死んじまうんじゃないかと思うくらい。実際には死にはしなかったし、イキもしなかった。竿まで入れて、ぎゅっと締めつけられても、ビリッくるような気持ちよさはなかった。ああ、カンペキ酔ってるな。でも、気持ちいい。毅さんのケツにチンポ入れてるってことが、気持ちいい。ドキドキする。コーフンする。
 あんまりコーフンしすぎて死んじまうのはやばいから、ちょっと心臓が落ちついてから、俺はゆっくり動くことにした。チンポを締めつけてもらえるところで、押したり引いたりする。毅さんのケツの中にこすられると、ぼんやりした感じで、気持ちいい。毅さんは、俺がケツの中をこすると、それに合わせて息をして、うっとりした顔で、気持ちよさそうな声を出した。俺のチンポひとつで感じてくれてる毅さんは、やばいくらいに色っぽくて、ずっと見ていたくなる。近くで見たくなる。
 俺はゆっくりピストンしながら、毅さんの顔をのぞきこんだ。どのパーツも太くて厳しくて、男らしさ満開の毅さんの顔が、とてもかわいく見えるのは、何でだろうか。これが欲目か。いつもセットしてる前髪が、汗で崩れてまゆげまでおりているから、いつも以上にかわいく見える。それを手であげてみると、いつもの毅さんだ。俺のパルサーをほめてくれた毅さん、他のヤツらにからかわれてムキになる毅さん、負けてもくじけず走り続ける毅さん、妙義最速GT−R、ナイトキッズの毅さん。そんないつもの毅さんが、俺がチンポを出入りさせるだけで、髪をなでるだけで、うっとりしてくれるんだから、もう、心臓も爆発しそうになるってもんだ。刺激が強すぎて、やばい。インターバルを取るために、俺がいったん動くのをやめて、毅さんの前髪をあげたりおろしたりして、ビフォーアフターで心を和めていると、うっとりしてた毅さんが、ふっと俺を見てきた。
「……孝太、お前、何……」
 ぼんやりした目で、ぼんやりした顔で、ぼんやりした声で言う毅さんは、俺のことはわかってくれてるらしい。
「はい?」
「……何、やってんだ……」
 何やってるかは、わかっていないらしい。この状況で何と聞かれても、って感じだが、説明した方がいいんだろうか。どっからだ。最初からか。飲み始めて、四時間越えた毅さんが人肌恋しくなったそうなんで、俺が日ごろの感謝をこめて後ろから抱きまして、抱き枕になってくれないでしょうかと交渉しながら一緒にNFL見てたらロングパスが通って……長いな。まあ、何やってるかって説明なら、動くだけでもじゅうぶんだろう。
「んっ、うっ」
 インターバルもじゅうぶん取ったから、俺はまたゆっくり動き始めた。俺を見てた毅さんが、目を閉じてびくっと震えて、かわいい声を出して、驚いたように目を開いて、また俺を見る。
「ここ、いいですか」
「あッ」
 言って、同じ動きでチンポを出入りさせると、毅さんはまたびくっとしてかわいい声を出して、俺の腕をつかんできた。前につかまれてたのと同じ場所から、今まで気にしてなかったリアルな痛みがビリッと走る。腕が肉をえぐられたみたいにズキズキするのに、それは何でかぼんやりしてたチンポの気持ちよさをビリッとさせるから、毅さんの手を払う気にもなれずに俺は、スピードをあげていた。ああ、これならイケるかもしれない。毅さんは、どうだろうか。驚いた顔は、もううっとりしてて、ぽかんと開いた口が、肉厚の赤いくちびるが、色っぽい。
 俺には舐めフェチの気持ちはわからないが、毅さんとキスをしたくなる気持ちは、そのときよくわかった。俺のチンポをしゃぶって、道久とディープキスをした毅さんだろうが、毅さんとキスをしたくなるもんは、したくなるし、いつの間にかしてるってことだ。毅さんのくちびるは、俺のくちびるにやわらかく触れて、舌は俺の舌にぬるぬる絡まってきて、口の中は俺よりあったかくて、聞こえる音は下品で、聞こえる声はかわいい。ああ、もう、口もチンポも、気持ちいい。毅さんは、どうだろうか。気持ちいいだろうか。俺がピストンするたびに、俺の口にかわいい声を届けてくれて、腰を足ではさんでくれて、腕から背中に回してきた手でぎゅっとしてくれるから、きっと気持ちいいんだろう。俺と同じくらい、いいのかな。俺の腹には、毅さんのチンポの先が当たっている。カットソーにローションは染みてるが、たぶん精液はまだ染みてない。イッてほしいな。イカせてえな。チンポもケツも、俺で気持ちよくなってもらいたい。
 だから俺は、毅さんとのキスからはおさらばした。離れると、毅さんはぽかんと開けたままの口の、歯のあいだから、舌を見せてくる。それに最後のキスをしてから、俺は毅さんの喉を舐めた。反ったあごまで舌全体でべったり舐めあげて、右の耳までいって、そこにくちびるを当てる。
「ねえ、毅さん、どうですか」
 聞くと、毅さんは小さい悲鳴をあげて、俺の背中に爪を食いこませて、俺のチンポにケツの中をこすりつけてきた。しつこい男は嫌われるんだよな、と思いながら、俺は聞いている。気持ちいいですか。俺のチンポでも、感じますか。聞きながら、両手で直接乳首を愛撫する。ここも、いいですよね。感じますよね。好きですよね。ねえ毅さん、いいですか。俺はいいですよ、すげえ、気持ちいいです。イッちまいそう。毅さん。イキそうですか。いいですか。ねえ。
「ん……いっ……い……」
 毅さんは俺の言葉に、体でも言葉でも答えてくれた。やさしい人だ。俺の腹で毅さんのチンポがびくびく震えて、毅さんもびくんと震えた。もう一回震えた毅さんに、カットソーの背中を爪で思いきりよく引っかかれて、走ったリアルにビリビリした痛みが、ビリビリした気持ちよさを連れてきて、俺は毅さんのケツでイッた。

 心臓が落ちついてから、顔をあげて、毅さんを見る。目を閉じて、ぐったりしていた。俺の背中をつかんでいた手がするっと落ちて、俺の腰をはさんでいた足も離れていく。毅さんは、動かない。まったく動かない。俺はあわてて息を確かめた。生きてはいるみたいだ。
「大丈夫、息はあるだろ。失神しただけだ」
 そのあと毅さんの名前を呼んでみたりほほを叩いてみたりした俺に、片づけ終わった小田さんが、笑いながら教えてくれた。失神。しただけ、ってのも簡単な言い方だ。俺はとりあえず毅さんのケツからチンポを抜いて、コンドームを始末して、小田さんに聞き返してみた。
「失神ですか」
「それだけよかったんだろ。やるねえ、お前も」
 小田さんは毅さんの顔色を確認しながら言って、俺を見て、というか俺の股間を見て、にやりと笑った。俺の股間では、俺の息子はお役ごめんになっていて、俺のカットソーの腹には、毅さんの精液がべったりついていた。
 道久は洗濯機を抱えるようにして眠っていた。風呂からあがって着替えて、その場で寝ちまったらしい。俺と小田さんはふたりがかりでまず道久を布団に運んでから、気を失ったままの毅さんを風呂場に運んだ。小田さんが俺のカットソーなんかを洗ってくれるというんで、俺は毅さんの体を洗った。傷つけないように慎重に、洗い残しがないように丁寧に、のぼせないように迅速に洗っていると、腕と背中がどうもヒリヒリする。鏡で軽くチェックしてみれば、指と爪のあとがくっきり肌に残っていた。それは男の勲章ってことにして、俺が自分の体もついでに洗ったりしてるあいだ、毅さんは目を覚まさなかった。洗い終えても目を覚まさなかった。寝てしまったのかもしれない。
 小田さんとふたりがかりで毅さんを脱衣場に出して、体を拭いて、髪を乾かして、寝巻きを着させて、俺も着替える。洗濯は小田さんに任せて、俺は毅さんをひとりで布団に運んだ。まあ金はなくても体力はあるから、どんとこいだ。それでも毅さんまで布団に寝かせちまうと、何だかどっと疲れて、ため息が出た。となりの布団に腰をおろしながら、毅さんの寝顔を見る。ぐちゃぐちゃもどろどろも洗い流したから、きれいさっぱりってなもんだ。見てると、何もなかったように思えてくるほどだ。本当にあれはあったんだろうかと思えてくるほどだ。
 小田さんと道久と俺は、本当に毅さんとエッチしたんだろうか。不思議な感じだ。けれども毅さんにつかまれまくっていた腕と背中はまだヒリヒリしてるし、やったことを思い出すと少しむらむらしてくるから、したんだろう。しちまったんだろう。そうだ。あれはよかった。うん。気持ちよかった。すげえよかった。ふつうの女の子より全然よかった。いや、それもどうなんだろうな。まだ酔ってるかな。かなり覚めてる気もするな。まずいよなあ。でもやっちまったしな。あした毅さんに何て言うかな。おはようございます。きのうはすごくよかったです、ありがとうございました。何か違うな。まあ、何言っても怒られるよな。その辺は小田さんにお任せするか。仲いいもんな。ビデオもとってたもんな。でもこれ、やっぱバレたらまずいよなあ。毅さんとだもんなあ。慎吾にバレたら、殺されっかなあ。
「寝ないのか」
「おっ」
 布団の上に座ったまま、俺があいかわらず小市民なことを考えてたら、いきなり脇から誰かに声をかけられた。振り向くと、部屋の入り口に、さっきと違う服を着た小田さんが立っている。風呂にでも入ったのかもしれない。にしてもいつの間に、と俺は驚きながら、聞いた。
「洗濯、終わったんですか」
「ああ、大体。残りはあしただな。俺も眠いし」
「何かすいません、片づけとかも任せちゃって」
 毅さんとやるのに熱中しすぎて、すっかり忘れていた。気にするなよ、と小田さんは笑う。
「暇だったからやっただけだ。それよりお前、寝ないの」
「や、寝ますよ。ちょっと考えてただけなんで」
「ん?」
 小田さんが笑いながら、俺を見おろしてくる。何考えてたんだ、ってことだろう。俺は寝てる毅さんを見ながら、思わず笑った。
「慎吾にバレたらこれ、やべえだろうなあって」
 慎吾以外の誰にバレてもかなりやばいんだが、真っ先に思い浮かぶのは、あいつのことだ。あいつの場合はやばすぎて、笑うしかない。
「まあ、お前らはどうかわかんないけど、俺は間違いなく殺されるだろうなあ」
 小田さんはしみじみ言った。見れば、ふつうに笑ってる。凶悪さなんてひとつもない小田さんの顔が、何となくグレ期を感じさせるのは、言葉と合ってないからかもしれない。間違いなく殺されるなんてことを、俺みたいにお手上げな苦笑いで言うんじゃなく、ふつうに笑って言っちまえる人は、ふつうには見えなくなるってわけだ。
「そんなマジなこと、笑いながら言わないでくださいよ」
 マジな顔で言われる方が反応に困るから、これは冗談だ。それをわかってくれてるらしい小田さんは、笑うのをやめない。
「あいつ、毅のヤツ甘やかすのが嫌いだろう。甘やかすヤツも。だから、俺はあいつに嫌われてんだよな。たぶん、チームで一番」
 当たり前のように、小田さんは言う。確かに慎吾は小田さんを嫌っている。あいつは好き嫌いをはっきり口にするタイプだが、あいつが小田さんについて何か言っているのを聞いたことはない。毅さんと仲のいい人を見すごすわけのないあいつが、小田さんについて何も言わないのは、存在自体を認めていないからだ。存在することを許さないくらい、慎吾は小田さんを嫌ってる。
「あいつにとって毅のヤツは、ナイトキッズの、GT−Rの中里毅なんだよ。俺はそれ、否定しちまってるからなあ。まあ、殺されるだろうな」
 そんな小田さんに加担した俺たちも、慎吾のターゲットにはなるだろう。バレたらだ。それはいただけない話だった。俺は実感をこめて言った。
「バレたらダメですね、そりゃ」
「ダメだなあ。俺、まだ死にたくねえもん。それに、こいつもそれが一番いいみたいだしな。ナイトキッズの中里毅、って慎吾に思われてんのがさ。それがさ、ホント、幸せそうだよ」
 幸せそうに言った小田さんが、電気消すぜ、と言って、部屋の電気を消した。俺は暗い中で、そのまましばらく小市民なことを考え続けて、まあ幸せそうならいいか、と適当な結論を出して、寝た。

 三ヵ月に一回、俺たちは集まる。ザルによるザルのための酒びたりの会。それが四人で開けるうちは、少なくとも慎吾にはバレてないってことだ。
(終)


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