派閥



「なあ、毅さんて童貞だよな?」
「いきなり何だよ、んなこと俺らが知るわけねえだろ」
「知らねえのかよ、知っとけよ毅さんの性経験くらい」
「くらいとか!」
「っつーかんな個人のプライバシー的な情報とか、流出させたら訴えられちゃうんじゃね?」
「でもそーゆー時こそあの、あれ、えーとこう、知る権利? ってヤツ? あれがこう、憲法でも保障されてんでしょ?」
「そーなん?」
「俺憲法読んだことないから知ーらね」
「そんな堂々と言われると何とも言いようがねえやなァ」
「俺情報だと毅さんは高二でチェリーグッバイしてるはずだぜ。情報源は覚えてねえけど」
「俺は二十歳って聞いたけどな。誰に聞いたかは覚えてねえけど」
「怪しい情報錯綜してんなあ、おい」
「別に毅さんが童貞でもヤリチンでもどっちでもよくね? 結局モテてねーんだし」
「え、何その結論は」
「まあ俺らの敵はモテ野郎だから」
「峠に来て女とイチャつくとか何考えてんだって話だろ。そんなもん地上でやれよ。ラブホでやれよ。山はセックス場じゃねえんだよ!」
「まあサーキットでもねえけどな」
「エッチするだけなら山には優しいよな」
「お前らどっちの味方だよ」
「んなもんケースバイケースに決まってんじゃねえか。得になりそうな方を冷静に見極めて、何気なく擦り寄ってくのが正しい大人の生き方ってもんだ」
「クズっすねえ」
「人間なんてみんなクズだろ」
「いやーいくら自分がクズだからってそれを人類全体にフィードバックすんのはどうかと思うよー俺は」
「いやクズじゃねえし俺は」
「え?」
「え?」
「俺はこの先いつか毅さんがモテまくる日がきたとしても、毅さんの味方でいきますよ、はい」
「そりゃ良かったな」
「いいのか?」
「しっかしあの人モテまくる日とかくるのかねえ」
「GT−Rはモテんだろ。32だし。かっけーし」
「それだけで引っかかる女が毅さんの周囲にいるのかどうかってのが現実的な問題だよな」
「っつか車がモテんのとドライバーがモテんのは違わね? 車モテたからってヤれなくね?」
「いや車で感じてる女は車に乗ってる間はこっちのもんだから、速やかに事を済ませてしまえばどうということはない」
「でもカーセックスするような車じゃねーだろ32は」
「それ言ったらどんな車もカーセックスするようなもんじゃねえよ」
「そうかあ? やっぱエッチできるくらいが大衆的に丁度良いと思うぜ、お手頃っつーかお手盛りっつーか?」
「そうやって大衆に媚びる車がジャンジャカはびこるようになったから、日本のモータースポーツは衰退しちまったんだよ!」
「なーにが衰退だこのアホが」
「はああ?」
「別に大衆に媚びてもいいんじゃねえの、そういう方向でやってる企業はさ。大体車でニッチ狙ってたらキリねえよ、多分」
「ま、住み分けが大事だよな。うちだって毅さん派と慎吾派がうまい具合に共存してんだし」
「うまいか?」
「っつか慎吾派っていんの?」
「山内とか長谷川だろ。まあ俺も中里派ってほどじゃねえけど」
「ヌマさんクールっすよねー、その辺」
「派閥でどーのこーのは仕事でだけで十分よ」
「うちの派閥って具体的にどーのこーのなってんのかね?」
「別になってねえだろ、慎吾も結局毅さんラブなワケだし」
「げっ、マジかよあいつラブなのかよ、聞いてねえぞそんな話」
「いや見てりゃ分かんべよ、こう、視線の角度とか」
「さりげなさすぎて相手に通じてない優しさとか」
「かもし出すゾッコンな雰囲気とか」
「ってことはうちは全員毅さん派か!」
「それも何か違うよなあ」
「まあ、うちは全員ナイトキッズ派ってことじゃないっすかね」
「それ以外いるのかよ、むしろ」
「レッドサンズ派とか?」
「スパイか?」
「俺はインパクトブルー派でお願いします」
「そりゃあ基本じゃねえの?」
「いやそれはオプションだろ。基本は毅さん派でグレードがナイトキッズ派、後は好きに付け足してくださいってなもんだろ」
「でもそれオプションでわざわざ慎吾派選ぶ奴がいるとも思えねえんだけど」
「そっちも基本に入んのか? それともバージョン違いなだけなのか?」
「わけ分かんねえ例えだよなあ、マジで」
「まあうちの派閥自体がわけ分かんねえしな」
「で、毅さんは童貞ってことでいいんだよな?」
「知らねえよ」
(終)


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