平和
「あのさあ」
「え、走り屋やめるって?」
「おお、お前もついに決心したか。そうかそうか、そりゃあ良かったな、おめでとう」
「お前の場合は遅きに失したって感じだけどな」
「お先に知った?」
「……微妙に合ってる感じがしねーでもない空耳だなあ……」
「いや皆さんね、人の人生勝手に決めないでくれますかね。俺まだ走り屋やめねえし」
「何だ、つまんねえな」
「うわー」
「久々にぱーっと引退パーティしてえよなー、カラオケでも行ってさー」
「美谷さんの時はマジ楽しかったな、オールで飲みまくってよ」
「まあ美谷さんの一発芸は底ないから。主役が芸披露しまくる展開もあとないだろうけど」
「そういや美谷さんって今どうしてんだ?」
「どうって、普通だったぜ。いつも通り。走ってねえだけ」
「お前会ったの」
「うん、この前遊んだ。来年結婚するってよ。夏とか言ってたなあ」
「へえ、そりゃめでたい」
「お前らもさっさと結婚しろよ、いいぞー結婚は。嫌な上司に媚売ってお客様の奴隷となって、疲れて帰った我が家には、綺麗な奥さんと温かい料理が待っている。これぞ人生の幸福の極みだよ」
「まあ既婚者に結婚生活賛美されても、信用ならねえよな」
「そうやってイイ顔しといてよ、地獄に引きずり込もうって腹なんだよな。詐欺師だぜ、詐欺師。いや悪魔だ悪魔」
「何でそんな悲観的な考え方しかできないのかねー、君たちは」
「現実的と言ってくれたまえ」
「でさあ、慎吾の奴なんだけど」
「慎吾?」
「え、あいつ走り屋やめるのか」
「そりゃめでたい」
「めでたいか? あいつから走り取ったら単なるカスじゃねえの?」
「カスならまだいいけど、あいつは精々汚物だろ。再利用の方法がねえっつー」
「汚物は肥料になるぜ、堆肥なんて排泄物の熟成品だ。それが地球を豊かにする」
「え、そこで地球いく?」
「なら産廃だ産廃、利権の肥やしにしかならねえんだ」
「で、いつやめんの?」
「いやね、誰も慎吾が走り屋やめるなんて一言も言ってないんですけどね」
「何だ、つまんねえ」
「慎吾の引退パーティとか大盛り上がりしそうだけどなー」
「でもよ、走り屋って引退とかそういうもんか? 仕事じゃねえんだし、別にやめようが続けようがテキトーな感じでいいんじゃねえの?」
「煙草みてえなもんだって。やめるってちゃんと決めねえと、やめれねえんだよ」
「依存症かよ」
「そこに車がある限り、チューンして乗っちまうのが走り屋ってもんだ」
「度し難いよな、まったく」
「慎吾の奴さあ、この前はさ、仲良くやってこうって感じだったっしょ」
「お前もよくへこたれずに話続けるよな」
「まあ慣れてますんで」
「っつかこの前?」
「交流戦の。レッドサンズの」
「あー」
「あれか。まあ、あれはな。そうだな」
「でも今は前と同じっていうか、毅さんに普通に突っかかってってるし、あの時慎吾が流した涙は何だったのだろうかと、僕なんかは思うわけですよ」
「嘘泣きじゃねえの」
「いやー、そこまで演技派じゃねえわ、あいつは。実際ショックだったんだろ、あれで結構センシティブだし」
「せ、せんて……?」
「そんで心入れ替えたってことか」
「あんなもん単なる掌返しだろ、ふざけんなっての。毅さんが秋名ハチロクに負けた時あの野郎、散々こき下ろしてたんだぜ、人格もドラテクも何もかも。毅さんがあいつのドラテクひどく言ったことなんて一度もねえってのに、あー、今思い出してもムカついてしょうがねえ、クソったれ」
「まあ、あいつこそが遅きに失したな」
「っつーかさ、お前慎吾について語りてえなら滝本たちに言っとけよ。こいつらいまだにネチネチ慎吾のこと恨んでっから、百パー私怨の意見だぜ。参考記録にもなりゃしねえ」
「いやあ、擁護派の意見は当たり障りなくてつまりませんし」
「それかよ」
「毅さんが許しても、俺はあいつと毅さんの交際は断じて許さねえ」
「どこの頑固親父だ、そりゃ」
「本人許してんなら他人が許すも何もねえって話だけどな」
「毅さんが許してんなら、俺らが何言う義理もねえよな」
「でね、慎吾は何で心入れ替えたまんまにしなかったのかと、毅さんと仲良くする道を歩まなかったのかとね」
「そりゃ好きな相手と仲良くすんのが恥ずかしいんだろ、あいつの精神レベルだと」
「まあ今更迎合すんのはプライドも許さんだろ、走り屋としての」
「度し難いな、まったく」
「それに考えてもみろよ、慎吾が毅さんのこと愛しまくって、毅さんにデレデレしまくるとか……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……キモイな」
「……怖えな」
「……微妙に今と変わらんような気もしないでもないんだが……」
「そりゃ、お前、気のせいだろ、明らかに……」
「……これが一番平和ってことかあ……」
「……そうだなあ……」
(終)
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