首
「お前大丈夫かよ」
「いやちょっと何か右の首が」
「ここか?」
「いいッてえええ、何だこの野郎!」
「キレんなよ。触っただけだろ」
「思っきしグリッとしてたよな」
「うんうん」
「あーいてー、クソ、帰ったら湿布貼んねえと」
「あ、俺サロンパス持ってんぜ。車ン中だけど。使う?」
「マジ? 頼むわ」
「イエッサー」
「サーじゃねえよな」
「スァー?」
「いや言い方じゃねえし」
「っつーか何で車にサロンパス?」
「教師たるもの必要なんだろ、いついかなる時もサロンパスが」
「大正製薬の回し者かよ」
「……大正だっけ?」
「んで何だったのお前、慎吾に首キメられるとか」
「や、あいつの尻触った」
「あー」
「最低なスキンシップだな」
「命があるだけでもありがたいと思えレベルだな」
「はあ? 尻くらいで何だってんだよ、毅さんなんて俺が触ってもすんげえ微妙な顔して首傾げただけだったぜ」
「お前毅さんの尻も触ったのかよ」
「ちょっとこっちゃ来い、俺が左の首も折ってやる」
「右折られてねえし! 折れたら死ぬし!」
「つまり折るって表現で殺すことを遠回しに言うというこの、日本語ならではのわびさびだな」
「勘弁してくだせえ、儂には故郷に残した妻と娘が……」
「問答無用! そこに直れい!」
「わびさび?」
「何時代劇コント始めてんだよ、ほれ」
「あ、サンキュ」
「いやこいつが毅さんのケツ触ったとか言うから」
「へえ、どうだった」
「それ聞くのかよ」
「どうって、あーサロンパスサロンパス、うんどうも、何つーかこう……がっしり?」
「まあ見かけ通りだな」
「ボキャブラリーの貧困さがビシビシ伝わってくる表現で」
「何だとこの野郎、だからな、つまりこの……そう、幼少のみぎり、背負わされた巨大な餅のような感触というか……」
「は?」
「あー、それ俺やらされたみてえだ、写真残ってる」
「あんなもんガキにしょわせて転ぶとこ見て笑うなんて虐待だよな、日本の暗部だ」
「よく分かんねえけど、餅の手触りってことか?」
「表面はつき立ての餅で、中身は少し放置された餅……」
「その手つきやべーって」
「触るっつーかお前揉んでんだろそれ」
「そりゃ慎吾も首折るわな」
「折れてねえし、折れたら死ぬし」
「ちなみに慎吾のケツは?」
「………………こぶ?」
「一気に現実的になったな」
「まあ硬そうだよな、あいつは」
「肉が足りねえんだよ肉が。毅さんを見習えってんだ、あの人のあの……皮下脂肪と横紋筋の適度なコントラスト……」
「だからその手つきやべーって」
「そういやお前肉マニアだもんなあ」
「肉マニアって何だよ、ロースがどこかとか分かってんのか?」
「それは焼肉マニアなんじゃあ?」
「お、焼肉行こうぜ焼肉、明日みんな休みだろ」
「げえ、俺夜勤だって」
「んじゃ昼でいいんじゃね?」
「昼肉?」
「過不足なく鍛えられてるからこその、この指を入れた時の脂肪の柔らかさの奥に触れる大臀筋の深い弾力が……」
「あのー、約一名肉世界にトリップしてるんですけどー?」
「おーいマーくん、戻ってこーい」
「……よし。俺、もっかい毅さんの尻触ってくっから」
「から何だよ、っつかそっちに行くなよ」
「っつーか今やったら慎吾に頸椎折られんぞお前」
「あー、あるある」
「頸椎か……そりゃきっついな……」
「首が回らねえとなっちゃあ、生活するのも至難の業だからな」
「お、普通のこと言った」
「うっせ」
「まあ俺たちしがないパンピー走り屋は、明日お昼の焼肉としゃれ込みましょーや」
「普通が一番ってことで」
「でも俺、明日首回んなくなってっかも、リアルで」
「だろうな」
(終)
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