アイオワ
「そういや毅さん、こいつまた仕事辞めたんすよ」
「はあ? お前今年何度目だ」
「いや違うんですよ毅さん。俺はただ、昇格されそうになったんで辞めただけです!」
「おー、カッコつけたねえ」
「決めポーズつきで宣言することでもねえけどな明らかに」
「……ちょっと待て。何で昇格されそうになったからって、辞めるんだ?」
「まあ当然の疑問っすよねー」
「ねー」
「だってね毅さん、俺は今まで通りのポジションが良かったんですよ。特に責任吹っ掛けられてるわけじゃないけど主要なことはさりげなく任されてるし自分でできておもしいし、給料そこそこな分休みもそこそこ自由に取れるし? それがね毅さん、昇格して正社員になっちまったら、責任範囲固定されるし仕事範囲も固定されるし休みも今までみたいにホイホイ取れなくなるんですよ! そんな仕事の楽しみ奪うような提案、俺が呑めると思いますか!」
「……ちょっと待て。今、お前の発言の意図するところを考えてるから」
「まあそりゃ二回待っちゃいますよねー」
「言ってることは分からんでもないけど、ここまで開き直れる奴ってのも珍しいよな」
「んだんだ」
「……あのな、三山。そりゃ気に入らないことはあるだろうが、正社員になった方が、生活は安定するだろう。かつかつになってからじゃあ、後悔したってあとの祭りだぜ」
「大丈夫です! 俺、将来のために貯金はしっかりしてますから! 財テクもばっちりですから!」
「…………………………そうか」
「おお、毅さんも説得を諦めたぞ」
「まーそりゃそうなるわな」
「ミッちゃんの無駄な自信、俺もほしいよ。普通潰しって効かなくね?」
「ドロップアウトの道にもよるけどな」
「あー、女なら永久就職って手もあるのになー」
「アッ、そうか。毅さん、そこまで俺が信用ならないというのなら、俺をお嫁にしてください!」
「……は?」
「家事は得意ですし、仕事にもちゃんと出ます。週に一度の風俗代もしっかり出します!」
「じゃあアイオワ行かねえとアイオワ」
「何でアイオワ?」
「アイオワじゃなかったっけ? カルフォリニア?」
「いやカリフォルニアだろ」
「カル? カリ?」
「こんな人生について語らってる最中に下ネタ言うんじゃねえよ!」
「いやちげーし!」
「どうですか毅さん、さあ!」
「……ちょっと待て。とりあえず、そんなもんは要らねえ」
「え、じゃ俺にくれよ俺に」
「お前ただ風俗行きてえだけだろ」
「馬鹿にするなよ、風俗ってのは一期一会なんだよ。お気に入りのあの子も明日にはどっか行っちまってるかもしれねえ回転率の高さなんだよ! だからちゃんと通ってないといけねえんだよ! この世知辛さ、分かってんのかお前ら!」
「俺走り屋だから風俗とかどーでもいいでーす」
「その分ガス代にするしー」
「っていうか俺彼女いるしー」
「あ、俺嫁さんいるんで。腹にガキもいるんで」
「何だ! ここに味方はいないのか! これが俗に言う四面楚歌なのか!」
「ウォーウォーウォーウォー」
「ラーラーラー」
「ヒュイヒュイ!」
「口笛禁止!」
「大体、俺は野郎に世話なんてされたかねえよ」
「毅さんがそこまで言うなら俺は何もしませんよ。手始めに生活費折半でいきましょう!」
「……意味が分からねえ」
「じゃあ結婚しましょうか! アイオワ行きましょうか!」
「行かねえよ。お前はそんなわけの分からねえ選択肢考える情熱あるなら、それを仕事に向けておけ」
「毅さんへの情熱は二つとありません! だから俺とケッゴッ」
「ゴッ?」
「おードストライク」
「クリーンヒットだな」
「いてーぞありゃ、新品だろ」
「……何だ?」
「ガムテっすね」
「某凶悪紳士の代名詞だな」
「紳士?」
「チンピラじゃね?」
「……凶器だな」
「凶悪凶器って凶ダブルじゃねーすか、そんなカッケー二つ名慎吾に与えちゃっていいんすか毅さん」
「何?」
「カッケーかカッケーくないかは議論の余地があると思うね、俺は」
「っつーかミッちゃん昇天してっけどいいの?」
「凶器に凶器飛ばされちゃあ、そんなもんだろ」
「それまとまってねえわ」
(終)
トップへ