アレ
「やっぱ、アレだと思うんだよ」
「あ?」
「何だよアレって。お前アレとかコレとかソレとかで意味通じんのは熟年離婚迫ってるレベルで年季入った夫婦くらいだぜ? そして俺は貴様とメオトになった覚えはない!」
「複数形がさ。ナイトキッズ」
「アレか」
「アレねえ」
「スルーか!」
「ってことは何? キッドならいいってこと?」
「ナイトキッド」
「歩留り感はいいよな」
「それ何と比較していいんだよ」
「てかそもそも歩留り感って何だよ」
「カラスだってさ、一羽だけでクルミ割りにかかってたり、ガァガァ鳴いてたり生ごみ漁ってたりする分には、可愛いじゃん。神の使いだし。だからさ」
「いや可愛くねえ、コワイ。黒い。うるさい。悪魔だ。コワイ」
「一部こういう偏見持ってる奴もいるけど、単独行動する分には俺らが悪者扱いされる率も減るかもしれねえってことか?」
「で、『ナイトキッズ』がアレなワケ?」
「名前の問題でもねえと思うけどなァ」
「まあけど名は体を表すって考えりゃあ、レッドサンズなんて輝きまくってるわけだし、女子人気高ェわけだし、詐欺なわけだし」
「詐欺だな」
「詐欺だ詐欺だ。捕まりゃいいんだあんな奴ら」
「詐欺かどうかはともかく、輝いてはいるな。主に高橋兄弟が」
「んじゃうちの問題って、要するに毅さんなんじゃねえの。トップの」
「いやー毅さんはそんなアレじゃねえから別だろー」
「慎吾は?」
「慎吾はアレだけど、あいつトップじゃねえし。バックだし」
「うん、ごめん俺その例えうまくイメージできない」
「俺は何となく分かるぜ」
「マジで?」
「ああ。あいつはバックが好きそうだからな」
「いやああいうタイプは意外に正常位で顔見てやってねえと安心できねえんだよ。ねちっこいんだよ。でも結局疑心暗鬼になってキレるんだよ。可哀想だよな」
「んじゃ可哀想グループに慎吾、ってワケ?」
「いや悪いけどそういう例えじゃないから」
「え」
「っていうか、毅さんがもっとアレなら俺らももっとアレになっててアレだから、ある意味開き直れてると思うぜ」
「だからお前らアレとかソレとかコレとかが通じんのは青汁のCMに出るおしどり夫婦くらいなもんだっつってんだろうが! 貴様らは健康食品会社の回し者か!」
「おしどりって実際仲良いわけじゃねえんだよな、夫婦」
「それ言ったらウグイスだってメジロじゃねえから気にするなよ」
「おーい、お前らが鳥談義してる間にコース空いたけど、どうする?」
「何か軽く誤解が生じてんだけど、どうするよ」
「複数形だよ。問題は。やっぱり」
「こだわるねえ、ショーちゃん」
「ナイトキッズ、って今更変えるわけにもいかんべよ。もうこんだけ広まってんのに」
「あ? うちって何年くらいこの名前でやってんだ?」
「知らん」
「分からん」
「使えねえなお前ら」
「えーと、毅さんでチーム入って五年くらいじゃね? だからまあ、最低五年?」
「石の上にも?」
「桃栗三年柿八年?」
「桃にも栗にも柿にもなれない毅さんか……切ねえな……」
「まあそれなられても困るよな。現実的に」
「桃色の片思いに感情移入して泣かれても困るしな、現実的に」
「何だその笑えすぎて慰めようがない現象」
「桃から生まれた中里毅! 失恋! か!」
「何つーか、あやや聴いて泣いてる姿も鬼退治までの道程も簡単に想像できるあたり、何なんだろうな、あの人」
「童貞?」
「まあ童貞だろ」
「切ねえな……」
「そうだ、確か原田さんが十六ン時からこのヘンピな世界に飛び込んだとか言ってたような気がするから、えーと原田さんて今いくつよ」
「あーいくつだっけ、年齢不詳なんだよな原田さん」
「三十と四十の間?」
「え? 原田さん三十路いってんの?」
「違ったっけ?」
「違わねえだろ、あの人と話してっと話題にちょくちょくジェネレーションギャップ感じるし」
「よく分かんねえけど、チーム名一新? とか、やっぱ今更じゃね。合併するわけでもねえのに」
「どうせならレッドサンズと合併してえよなあ。そしたら人気も合併じゃん?」
「いや、外様は絶対ハブられる、間違いない」
「レッドキッズ……ナイトサンズ……駄目だ、どっちにしてもアメリカのB級ハイテンションミュージカルに出てきそうなチーム名にしかならない……日本的美意識とマッチしない……」
「まーいいんじゃねえの、ナイトキッズで。フェラーリだってフォードだってトヨタだってホンダだって元は人の名前だってのに、何かもう世界的じゃん。要するに名前がどうのーじゃなくて、活躍の度合いだろ、問題は」
「はい、そこにスズキが入っていないところに微妙な悪意を感じるんですが」
「俺はマツダがハブられているところに特別な悪意を感じる。特別な」
「むしろなぜカワサキを外すのか? あれこそ世界的だろ? ワールドワイドなニンジャだろ?」
「くだらねえこだわりで話をややこしくするんじゃねえよお前らは」
「くだらねえって! くだらねえって言い切っちゃったよこの人!」
「モタスポフリークとしてそれ言い切っちゃうとなー」
「ま、メジャーのボストンだってレッドソックスなんだからよ。赤い靴下だぜ、チーム名が赤い靴下。それでもあんだけ歴史があって人気があるってことは、やっぱりどうやって地域に受け入れられる組織として活躍してくかって話になるんじゃないかね」
「峠の走り屋が地域に受け入れられるとかって、すっげ難易度高ェこと求められてる気ィするんですけどー」
「まー基本法律無視の集団だしな。サーキットとかでやってる奴らと違って」
「でもぶっちゃけ集団的には地域密着してね? 掃除とかお祭りとか、普通にみんな参加してるし」
「それがナイトキッズの名を上げるという結果に結びついていない現象に、俺らの問題の本質があるのでは……?」
「ねえわ」
「ねえな」
「あるだろ!」
「あれ、ってかショーちゃんは?」
「君らが靴下の色について熱弁振るってる間に走りに行かれましたけどー」
「靴下関係ねえ!」
「俺としては毅さんにはオールドスタイルで決めてほしいね。日本人らしい足回りを強調してほしいね」
「何の話?」
「んじゃ俺も行くわー」
「あ、それもう無理っす。さっき毅さん行くってんで閉めました」
「うわーもう貸切?」
「もう、っつーかもう時間が時間じゃねえか」
「お前こんな横暴、相手が毅さんじゃなかったら独占禁止法で訴えてんぞ? 怒れる人畜無害な一般市民をナメんじゃねえぞ?」
「別にナメてませんけど、相手毅さんっすよ?」
「じゃあいいや」
「こういう姿勢にこいつらの問題の本質があると思うぜ、俺は」
「我らがナイトキッズの先は暗いな。ナイトだけに」
「あーこんな時に慎吾がいりゃあ、完全犯罪達成してくれんのになァ」
「バックだけにな」
「お後がよろしいようで」
「どこが?」
「アレが?」
(終)
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