出る出ない
「何か、大分前にここ、女の子が住んでたらしくてさ。OLさん」
「へえ。可愛いかったの?」
「大分前の話に出てくる女に食いついてんじゃねえよ、ムナシイ野郎だなお前は」
「いや大分前だろうが一時代前だろうが一世紀前だろうが、女の子には食いつくのが男たるものの義務と言えよう。それが可愛ければなおのこと」
「いや分っかんねー」
「ってかキモイ」
「わー一刀両断だー傷つくなー」
「これ米洗ってんの?」
「米洗ったし、麺茹でてるからまんまどうぞ」
「ライス・ヌードル! 投・入!」
「ザバーッ」
「そのテンションも分かんねー」
「ってかOLさんがどうなんだよ、可愛かったのかよ」
「うん、まあ、可愛かったらしいぜ。可愛くて明るいし、挨拶ちゃんとするし、ゴミ出しのルールも守るし、掃除も進んでやるし。ご近所さまにも評判だったって」
「あーいい子だなそれは。確実にいい子だ」
「妹に欲しいタイプだな」
「いや姉だろ姉。そんな妹なんていてもつまんねえよ」
「絶対比較されるよな……あんなデキた妹がいながら、兄のお前は何なんだってさ……先に生まれたってだけで……クソ……俺だってちゃんと稼いで税金納めてんのに……」
「すっげ実感こもってね?」
「秋場んチは全員国立大だからな、約一名の底辺高校出身者を除いて」
「あーあ、一人だけデキが違うパターンだ」
「別にこいつの持ちネタなんてどうでもいいからよ、卵も入れようぜ」
「エッグ!? エッグが先か!?」
「先っつーか、今?」
「ダバーッ」
「その子が何か、婚約者に捨てられたとかって話でさ」
「え、OLさん?」
「何だよフリーじゃねえのかよ。期待させんなよ」
「期待するなよそんなもん」
「っつかそんなに可愛い子、捨てる奴なんているんだな。どんだけ可愛いかったか知らんけど」
「あー、そうそう。浮気されたんだってよ、親友と」
「親友と? 誰が?」
「そりゃ婚約者だろ。え、婚約者?」
「そう、浮気っつーか、もう半分本気みてえな。半分こっちで半分あっち、って感じで、いいとこ取り?」
「うわひっで。最低野郎じゃねえかそんなん」
「でもよ、シチュエーションとしてはあるんじゃねえの、可愛い婚約者とエロい親友の狭間で揺れる男のこう、まあぶっちゃけやりてえよな」
「ぶっちゃけすぎなんだよお前は」
「エロい親友とは限らねえだろ。可愛い親友なのかもしれん」
「お、うめえ。雑炊うめえ」
「お前さァ、食うのはいいけどちょっとは仲間に取り分けてあげようっていう奉仕の精神持ってねえの?」
「食う?」
「食いかけススめんなよ。食うけど」
「やっぱ鍋のシメは雑炊だよな」
「いやラーメンだろ。ラーメンうめえ、マジうめえ」
「っつーか何にしてもエグイよなァ、その三角関係」
「しかもその親友ってのが、子供ン時からの幼馴染だったらしくてさ。二十年来? 親同士も仲良くて、家族ぐるみの付き合いだったって」
「うっわー役満じゃんそれ」
「もう人生大爆発だなそりゃ、東映だな」
「テレフォン人生相談行きじゃね?」
「お前らもっとまともな感想出せねえのかよ」
「これがわたくしのまともですが何か」
「っつーかまともに考えたら精神病みそうだよな」
「病むだろそりゃ。病院通いだろ、下手すりゃ閉鎖病棟だろ」
「で、どうなったんだ」
「まあやっぱり、すげえトラブルだよな。大家さんもほら、親戚筋だったんで、それに巻き込まれて大変だったみてえで、ほんと、その話してる時、十歳くらい老けて見えたもん。元の歳知らねえけど」
「普通関わりたくねえよなあ、そんなん」
「婚約破棄って慰謝料貰えんのかな」
「不貞行為が原因だったら貰えんじゃねえの。払ってもらえんのかは別として」
「慰謝料請求とかしたのか、その子」
「いや。だから何か、出てたらしくて」
「は?」
「どこに?」
「何が?」
「その子が自殺したから、ここで。出てたらしいんだよな」
「え?」
「……ん?」
「えーと? 何? どーゆーこと?」
「だから、その子がここで自殺して、出てたらしいんだよ」
「え?」
「いや分かんねえ」
「つまりあれか、親友に裏切られて、婚約者に捨てられたそのOLさんが、この部屋で自殺して、幽霊ンなって、夜な夜な出てたってことか?」
「らしいぜ。今までみんな、それ気味悪がったりとかで、引っ越しちまったんだって」
「えー……」
「てっめそんな重要事案こんな宴会のシメにサラっと言い出してんじゃねえよ! 怖くなるだろ!」
「そこは素直だよな、ヤッくん」
「いやだからさ、家賃相場より安くしてもらってっから、生活そんな苦しくねえんだよ。助かるよな」
「あー、そういう話」
「そりゃまあ、助かるよな」
「俺は助からねえ……何か寒気してきたし……鍋なのに……」
「それってプラシーバじゃね?」
「バ?」
「ベ?」
「ル?」
「いやプラシーボな。もしくはプラセボ」
「よっしゃ、俺泊まんねえから全然セェーフ」
「ナイトキッズは抜け駆け禁止が法律なんで、アウトでーす」
「え、何その初耳ルール」
「俺もうナイトキッズじゃねえから全然セェーフ」
「セェーフ」
「揃って審判ジェスチャーやんなよ! うぜえよ!」
「いや、でも俺住み始めてからそんな変なことねえよ、この部屋。毅さんも何も感じないつってたし、そのOLさんももう、どっか行っちまったんじゃねえかなあ。幸せにやってりゃいいけど」
「幽霊の幸せって何なんだ?」
「成仏?」
「無念晴らしてあの世に旅立つ、っつーのが定番だよな」
「でもあの世が幸せって誰が決めたんだよ。っていうかあの世なんてマジであるのかよ」
「そこ突っついてったらキリねえぞ、宗教の分だけあの世の解釈存在するから」
「え、てか毅さんここ来たの。いつ」
「あー、夏?」
「ざっくりだなおい」
「山田くーん、俺の分もビール持ってきてー」
「あ、俺も」
「山田じゃねえし」
「俺がここに越した時、片づけ手伝いに来てくれてさ、毅さん。その日休みだからって、慎吾と」
「慎吾と?」
「え、慎吾と毅さんが? お片づけのお手伝い? 何で?」
「天変地異が起こりそうな組み合わせだよな」
「いやいやいや」
「うちの鉄板コンビじゃねえかそれ。そんなんで天変地異が起こったら、地球なんてとっくの昔にブラックホールだぜ、ほら」
「サンキュー」
「でも夏くらいってまだ慎吾と毅さん、酢と油みてえな感じだった気ィすっけどな」
「酢と油……ドレッシング?」
「混ざるに混ざらねえ、みたいな?」
「そうそう。卵ねえし」
「卵という名の愛がな」
「そしてマヨネーズという名の……」
「はいビール没収」
「あっ」
「慎吾は何か、毅さんがやっぱその日休みだから、病院まで送り迎えすることにしてたとかって」
「病院? 何で」
「あ、それってあいつガムテで怪我してた時か」
「そう、右手。使えねえからあいつ、いても使えなかったんだけど。何で来たんだろ」
「何でって、そりゃなあ」
「いや分かんねーわ」
「あれ怪我したのって、自爆だっけ?」
「だべ? 前からあいつはそのうちやるだろうと思ってたんだよ、俺は」
「後出しでこういうこと言う奴って、何かムカつくよな」
「勝手に乗っかってんじゃねえよって感じだよな」
「え、何この二面楚歌」
「でも二人とも、何も感じねえっつってたぜ、うち来ても。だからもう何もいねえと思う、ここ。よく寝れるし、日当たりいいし」
「日当たり関係あんの?」
「ってか霊感あんのかよ、毅さんと慎吾の奴は」
「慎吾はあるんじゃねえっけ?」
「だっけ?」
「あー、死人出た場所知らねえのに、分かってたりするからなあいつ。それ言いたがらねえけど」
「毅さんも多分あるだろ、オーラ見えるらしいから」
「オーラが見えるからって霊まで見えるかァ?」
「そもそもオーラって何だって話だよな。ツッコめたことねえけど」
「一応霊的なもんなんじゃねえの、オーラだし」
「へえ。じゃああの二人ってピッタシじゃん、霊感コンビで」
「いやいやいや」
「マヨネーズか! ディス・イズ・マヨネーズか!」
「あ、お好み焼き食いてえ、シメに」
「おーいいなお好み、シメはやっぱ炭水化物だよな」
「焼く?」
「焼く焼く」
「材料あんの?」
「あー、ある、と思う。多分」
「んじゃ先にこの辺片づけるか」
「ってか何でマヨネーズ?」
「つまり二人は乳化という名の……」
「はいボッシュート」
「あっ」
(終)
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