誕生日 2/2
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 腑に落ちないばかりではあったが、清次がこの特徴的なようで凡庸な男に惚れているという事実以外、ここにはないようだった。であれば、長居は時間の無駄である。ようやく一連の光景の衝撃から立ち直った京一が考えをまとめているうちに、清次が動いていた。
「なあ、俺今晩もうお前のこと満足させてやれそうもねえからよ、そんなに毛嫌いするなよ」
 清次はまだ諦めていなかったらしく、ベッドの上に座り合っている男の両手を取り、京一の意思も聞いていないというのに、その助力を前提として話を進めようとしていた。案の定、ふざけるな、と男は清次の手を払った。
「冗談じゃねえ、何だって俺が……お、おい、あんた、須藤さん」
 と、男に唐突に呼ばれ、京一は眉を上げていた。男は清次を押しのけ、焦った様子で続ける。
「あんた、こいつをどうにかしてくれねえか、ちょっと非常識なところがある奴だとは思っていたが、それでもこれほどの馬鹿だとは……あ、あんただって、そんな、気持ち悪い以外にねえだろ俺とだなんてこんな、ああクソ、何でそんなことが分かんねえんだこいつは」
 切羽詰った男に決め付けられると、清次の計画を気分が良いものとして受け止める自分はとても想像できなかったが、らしくもなく天邪鬼の性質が表出してきたため、さあな、と京一は言っていた。は?、と男は瞠目してすぐ、
「ひっ」
 と高い声を上げていた。何かと訝る間も置かず、横に退けられていた清次が、男の下着の中に右手を突っ込んだのだということが京一には分かった。見えたのだ。男は非難の声を上げる。
「バカ野郎、てめえッ」
「あれ、萎えてんな」
「この、……ッ」
 清次の手が男の下着の中で規則的に動いているのが見える。その清次の肩にすがって何とか座っている男の声が、息となって消えていく。男は清次の肩越しに京一を見、一瞬泣きそうな顔になって息を呑み、だがすぐに大きく顔をしかめ、舌打ちした。それから消え入りそうな声を清次にかけた。
「やめ……おい、清……」
「ほら、すぐ硬くなるじゃねえか。な?」
「あッ」
 清次がそう囁くと同時に男はびくりと体を震わせ、崩れかけたためか清次の背中に腕を回し、その肩の終わりに顎を預けた。噛まれた歯の間から、呼吸の終わりに、何かを堪えるような、低い声が漏れていた。
「大人しくしとけって、俺が今京一を説得するから」
「し、しなくて、い……ッ……ふッ……、う、あ……」
 勝手を言う清次を拒みながら、その体にすがりついている男の顔は、理性と快感に揺れているように見えた。目が遠くに飛び、近くに戻り、表情は緩まっては厳しくなる。それは精悍で雄々しい顔であるはずだった。京一はそこに、通常自分の欲を煽る要素を一つも見つけられなかった。しかしその赤く染まり汗に光っている肌、時折こちらを素通りしていく充血した目、開き歪んだ唇、それらは確かに肉感的なものとして知覚された。そのため昼間に会った女に対して義務的に宿った劣情が、今更体のうちからわき上がってきても、京一は何ら違和感を持たなかった。この男をして、可愛いと見なす清次の感覚はいまだ理解ができない。だが、それ以外の感覚ならば、分かりそうだった。
 そうして京一が、持っていたビデオテープを男の衣類が落ちている床に置いて、ベッドへと乗り上げると、それに気づいた清次は速やかに男の体を差し出してきた。一拍遅れてぎょっとした男の髪を掴み、膝立ちになった自分の股間へその顔を引き寄せる。そこで男の頭から手を離すと、驚きと困惑を浮かせた顔で見上げられた。
「……な、何だ」
「分かんねえか?」
 ジーンズのボタンを外しファスナーを下ろし、下着も少し下ろして、まだ芯の入っていない自分のものを取り出す。そこで身を引こうとした男の髪を再度掴み、逃げられぬよう固定してから清次を見ると、高く上がった男の腰に手を当てながら、何でもないような顔をしてこちらを見ていた。仮にも恋人だろう奴が、他の男に尺八を強要されかけているのも、止めようとする気はないらしい。真実清次にとっては、この男の体を満足させることが、第一なのだろう。その価値観に奇怪さを覚えながらも、糾弾するほどの不愉快さも得ず、京一は男に目を戻した。戸惑っていることが手に取るように分かる、反発よりも、怯えの強い表情だった。何か隷属させたくなる顔だった。
「お、おい、何を……」
「清次にはしてやってんだろ?」
 蔑むように言ってやると、こちらを見上げる目の奥に、怒りの炎が宿ったのが分かった。だが遅い。清次に頼り快感を甘受していた男を見てしまった今、いくら触れれば焼けそうなほどの怒気を持たれていようが、恐ろしさも哀れさもなく、ただ京一には滑稽にしか感じられなかった。倒錯的な場に、呑まれ出していた。この男など、所詮清次のものでしかないとまで思い、珍しく嗜虐心が表に立ち、京一は笑っていた。
「俺はこいつみてえに盲目的じゃねえからな。そうなれもしねえし、なる気もない。だから素面でお前相手、って言われたところで役立たねえんだよ」
 な、なら、と怒りの上に不審と切願の情を浮かべた男が益々滑稽に思え、咥えろよ、と性急に囁いた。「勃たせてくれりゃあ好きなだけ入れてやる。満足させてやるさ。俺にもプライドはあるからな」
「この……ざけたこと言ってんじゃ――うあッ」
 悪罵を思わせた男の声は、だが悲鳴となって消えた。見れば清次が男が身につけた唯一の下着を取り払い、その股座に手を入れていた。小さく粘着質な音が上がり、それに呼応するように鼻にかかった男の声が上がった。京一は俯く男の顔を、掴んだ髪を引っ張ることにより上げさせ、動きを封じ、じっと眺めた。男は固く目をつむり、歯を噛み、羞恥をか快感をか耐えがたいように、強く眉根を絞っていた。だが清次の手の先にあるその腰は、小さく動く。その光景を眺めているうち、軽蔑とも嫌悪とも知れぬ感情が生まれていくとともに、下腹部をも熱くする情欲が成立していることを京一は悟った。
「なあ、指じゃ足りねえだろ?」、と、あくまでも男の尻の狭間にのみ手を差し入れている清次が、ぞっとするような優しさと、全幅の信頼に満ちた調子で男に言った。
「大丈夫だよタケシ、京一なら下手なことは絶対にしねえ」
「そんな……、こと、俺、は……ッ」
「京一、頼むぜ」
 否定したがる男を無視し――その体の声は聞いている、ということなのかもしれないが――、清次は真剣な表情で京一を見た。そうして頼まれては、最早中断する理由もなくなった。

 京一が昂ぶる兆しを持った己のものを左手に取り、男の口に寄せると、目を開いた男は、その眼前にあるものと京一の顔とを交互に見、しばらく逡巡していたようだったが、やがて前にせよ後ろにせよ逃げ場がないことを理解したのか、再び目をつむり、顎を震わせながら口を開けた。男の髪を掴んだまま、京一はそこへ自身の先端を入れた。シーツにつき体を支えていた手で、男はその根元に触れてきて、そうしながら全体を口内に含み、唾液を絡ませていく。ざらついた舌が粘膜を這う。経験がないわけではなさそうだった。もしかしたら、つい先ほどまでこの口腔には清次のそれが入り込んでいたのかもしれない。その、時間を限定しなければ事実に違いないだろう想像は、どこか陰鬱で、京一の気を削いだ。
「慣れてんだったらさっさとやれよ。俺も気は長い方じゃない」
 その躊躇を思わせるまだるさに特別苛立つわけでも焦れるわけでもなかったが、なぜだか京一はこの男を気遣う必要性もまったく感じず、弄する言葉を吐いていた。男は伏せた目を瞬き、半ばまで吸い上げていたものをすべて咥え、粘膜で粘膜を擦っていった。時折苦しそうに吐き出しては再び収め、断続的に刺激してくる。機械的に生み出された快感が、わき腹を走る。清次の手は変わらず男の中を探っているらしく、男のがっしりとした腰は、頭と連動していた。なるほど、清次はそれなりには仕込んでいるらしい。思考に被さってきた得心が全身に及び、京一は男の髪を掴んでいる手から力を抜いていたが、男が京一の股間から顔を離すことはなかった。遠いような水音が近くで立っている。端から見ていても、自分がこれほど興奮するものか京一には分からなかった。だが、直接的な刺激によってか、視覚によってか聴覚によってか、それともこの有様の認識によってかは判然としなかったが、ともかく京一は勃起した。十分使えそうになったところで、手に力をこめ、掴んでいた男の髪を引き上げる。男は口から京一のものを吐き出して、咳き込んだ。
「げほっ、ごほ……」
「よくしたもんだ。指じゃ足りねえんだったか?」
 男の顔に何かの感情が走りかけたが、それが明確になる前に京一は男の髪を離しており、男はだらりとベッドに伏した。京一はシャツを脱ぎ、まだ男の尻に手を入れている清次へ、おい、と顎をしゃくった。
「こっち向かせて抱えとけ。逃げらんねえようにな」
「逃げるなんてしねえって、今更」
「どうだか」
「そういうのが嫌いなんだよ、こいつは」
 この状況で好きも嫌いもあったものではないだろうが、男の膝裏を抱え、こちらにその足を開かせた清次はそれを信じているようだった。その分別のなさのためか、それとも実際逃がさずに済ませてしまいそうな気配のためか、背筋が寒くなるのを感じながら、京一は下半身の衣服も脱いだ。常識的観念が思考に割り入ってきても、自身は硬度を保っている。結局は、そういうことだ。そこに投げられたコンドームの一つを被せ、清次によって開かれている男の体の間に入り込むと、息を荒げたまま、呆然とした風に京一の動きを目で追っていた男は、にわかに目を見開いて、驚愕と恐怖を満面にし、震えた声を上げた。
「や、やめろ……待て、須藤、待て、やめてくれ、おい、こんな……」
「やめて欲しけりゃ清次に言え。お前を押さえてんのはそいつだぜ」
 京一が男の太ももに手のひらをつけながら言うと、息を呑んだ男は、その体を後ろから抱えるようにしている清次を、首をねじって苦しそうに見上げた。
「お……おい、清次、よせ、離せ、離してくれ頼むから、他のことなら何でもする、だから……ッ」
「だからそんな嫌がるなよ。やっちまえば違いはねえって、多分」
 悲愴さ溢れる男の声とは対照的な、骨を溶解するような甘い無神経さに満ちた声で、清次は男に囁きかける。違う、と男は絶叫したが、いつまでも痴話を聞いている趣味もないので、京一は片手を添えた自身を、清次によって呈されている男の窄まりへ突き入れた。
「うッ……あ、あ……」
 身をびくりと反らせた男が、清次の腕を強く掴む音が聞こえたような気がした。これまでに清次のものと指によって十分広げられていたらしいそこは、京一のものを悠々と呑み込み、かと思えばぎちりと表層から締め付けてきた。封じ込まれた京一が顔をしかめると、清次が男の胸に片手を這わせ、もう一方の手で萎えかけていた男のものをしごき出した。
「力抜けよ、タケシ。変わりもねえだろ?」
「ぐ……く、うう」
 歯軋りする男の体から、だが余計な緊張は抜けていった。京一は清次が放った男の足を太ももから抱え、腰を入れた。ゆっくりとなじませるように抜き差しすると、男は顎の力も緩めたらしかった。
「はッ……あ……」
 浅い呼吸の合間に、男の舌の感触を思わせる、ざらりとまとわりつく声が漏れる。清次の手のうちにある男のものは、既に反り返っていた。
「あ、あ、あ」
 揺らすごとに音が鳴り、そのうち男の腰が進んで動いてきた。搾り取られそうな圧力が加わってくる。見ると、男の顔は大きく快感に覆われていた。時折理性らしきものが表れかけては、京一の動きとともに失われる。そうしているうちに、京一が残忍な笑みを浮かべた自分に気づいたのは、焦点すら失われ出していた男の目が京一を捉えた途端、男が大きくかぶりを振ったためだった。
「や、やだ、やめ、あ……やめて、やめてくれ……ッ」
 その時、男の顔には羞恥が張り出していたが、自分の顔の筋肉がどういう表情を作り出しているか、男にどういう影響を与えているか分かったところで、京一はそれを繕う気にはならなかった。女のような弾力性も伸展性も持たない硬い肉体は、掴むと加減を忘れさせる。いいだろ、と薄気味悪い恍惚を浮かべた顔で男に囁いている清次には、万能感を煽られる。屈辱と含羞に満ちた男の顔には、そして征服欲をかき立てられた。
「これだけ咥え込んどいて、やめろってのもな」
 男が再び頭を振るが、京一が大きく突き上げれば、無駄な動きはぴたりと止まった。規則的な抽送を繰り返してやると、その体の前に回されている清次の腕に、一層しがみつく。その清次の手が、京一の動きに流されながらも、男の胸の突起をなぞり、男のものを一気に擦った。
「あ、や……いッ……」
 途端、男は清次の体の中で仰け反り、射精しながら一際強く京一のものを締め付けてきたが、京一はその波にはさらわれなかった。

 清次が男の放ったものを、その胸に押し付けていく。男は一際大きく身を震わせ、数度深い呼吸を取ると、唾を飲み、意気の入った目を京一に向けてきた。だが既に血走り潤んでいたそれは、脅迫の効力も失っていた。清次の腕から手を離した男が、歯がゆそうに身をよじる。抜け出したがっていることは分かったが、京一は男に突き入れたまま、その片足を持ち上げ、強引に男の体をひっくり返した。清次の腿に顔を落とした男が呻く。高く上がったその腰を引き寄せ、体位の変更でずれた分を入れ直すと、下にある男の背が反った。男の内部に自身を完全にきっちりと収め、京一は男の背に覆い被さるようにして、その後頭部の髪を掴み、急な流れを把握できずに呆気に取られているらしき清次の、まだジャージをまとっている下腹部へと顔を押し付けた。
「どうだ、勃ってるか?」
「うわッ、ちょ、待て待て勃ってる勃ってる、十分だ」
 男はくぐもった声を上げ、焦った声を上げたのは清次だった。京一は男の背に張り付いたまま、男の髪を引っ張り頭を上げさせ、驚きのあまりか尻で後退した清次を見た。
「おい、脱げよ」
「へ? な、何?」
「やる気がねえなら、咥えてもらえばいいだろ。どうせ余ってんだ」
「……ああ、なるほど」
 合点のいったらしき清次が、下着ごとジャージを脱いで素裸になり、後退した分を進んできた。男が唾を飲み込む音が、すぐ近くから聞こえた。その耳に、おい、と囁いてやる。
「何だか知らねえが、そいつはお前の恋人だろ。俺とだけやってそいつを放っておくのは、どうかと思うけどな」
 そして無造作に髪から手を離すと、男の背から身を起こし、京一はその腰を再び抱え、一旦止まった。清次は男の肩を挟むように足を開いて座り、シーツにつけていた男の頬を手ですくって、大丈夫か、と真正面から見下ろした。何が大丈夫だ、と京一が思うと同時に、低いがか細い男の声が、何が、と同じことを問うていた。
「いや、できるか?」
 清次の真剣な表情も声も、男を気遣っていることを表していたが、それがこれまで幾度の拒否も叶えられなかった男の精神に対してではなく、幾度も下にされている男の体力に対してであることは、京一ですら易々と感じ取れた。それを男が理解していてもおかしくはなかった。しばらく間を置いた男は、だがそれ以上は何も言わず、シーツに肘をついて上げた顔を、清次の足の間に沈めていった。そこで京一は、動きを再開させた。
 大丈夫なわけがないだろう、と思う自分はいた。この状況を嬉々としてでも何でも、ともかく享受するような男であれば、もっと事は円滑に運んでいるはずだ。だが、そう思ったところで快感を追う体を抑える気も起こらず、こちらのものを昂ぶらせた口を今、清次のものでふさぐことには、何か充足していた。おかしいな、と理性が呟いている。普段、どれだけ淫蕩な女を相手にする時でも、力任せに行うことはない。体格が違うことを前提としているし、そこまで飢えることがまずない。だが、これは度が過ぎていた。意識的に控えている相手への嘲弄も、自然と口をついて出る。清次と一緒のためかもしれない。力を誇示したいのかもしれない。あるいはこの男に、こちらのそういう嗜好を引き出す何かが、あるのかもしれない。そのように理性はぶつぶつと呟いているが、肉体を動かすのは欲望で、いずれにせよ、京一に男の内壁を味わう作業を止める気はなかった。
「あー……すげえ」
 見苦しい足を開き、その間で動いている男の頭をゆっくりと撫でている清次が、感じ入った声を上げる。位置関係が変わったくらいで、当初と似たような状況だったが、男の動きはその時よりも滑らかになっている。京一は焦らすようにゆっくりと男の腰を引き寄せながら、小さくため息を吐いた。
「俺の時より熱心そうだな。やっぱり恋人の方がいいか?」
 言うと、逃げようとするように足が動いたが、深く貫けばやはり止まるのだった。そして尚更、離さないというように、食いついてくる。
「別に大して……変わんねえと、思うけどな、俺は……」
 と言ったのは、意識の大半が快感に奪われているような、間の抜けた顔をさらしている清次だった。はっ、と京一は嘲笑していた。
「どっちでもいいんだろ、お前は」
「ああ、まあ……こいつがしてくれるんなら、何でも……」
「俺相手でよがっててもか」
 そこで大きく反応を示したのはあくまで男の内部で、清次は特に表情を変えぬまま、ぼんやりと言った。
「そりゃ、京一だったら、無理もねえような……ん? ないのか?」
「誰が相手でも無理はなさそうだけどな、これなら」
「まあ、それでも……何だ…………ああ、俺が、初めてだってのは……確かだぜ」
「じゃあ、お前が良くしつけたわけだ」
「あー……? いや、だってこいつ何だかんだ言って……あ、やべえ、待て、出る」
 慌てたように清次が瞬いた。そこで京一は男の腹に腕を回し、挿入したままその体を引き上げた。清次のものを外した口から、男が切れ切れの声を放つ。あぐらをかいた京一は、その上に改めて膝立ちの男を乗せ、両手を腰にあてがうだけにした。体勢が変わったことによる刺激をやり過ごしたらしい男が、いまだ諦めず抜け出そうと腰を浮かしたところで、手に力を入れてそれを引き寄せ、突き上げる。
「うあ、あ」
 また力を抜き、声を止めた男が逃げようとする動きを利用して、少しずつ摩擦を行った。間近にある首筋が赤く染まり、汗が滴っている。京一はその背に胸をつけ、うなじから耳へと舌を這わせて、声を吹き込んだ。
「お前がこうして動きゃあできるだろ。そいつにもしてやれよ」
 そうして男が京一のものを抜こうと腰を上げれば、深く貫き直してやる。幾度もそれを繰り返すと、やがて男は京一が軽く誘導するだけで、自ら腰を落とすようになった。
「ひ、あ……あ、す、須藤、やめ……」
 苦しげに喘ぐ男に名を呼ばれ、臓腑がかっと焼け、全身に熱が広まる。俺は何もしてねえよ、と囁いてその耳朶を噛み、ふと男の前方を見ると、勃起したものをさらしたまま、こちらを凝視している清次と目が合った。馬鹿か、と冷徹に思い舌打ちを飛ばす自分を、京一はおかしいとも思わなかった。
「清次、お前もぼさっとしてねえで、助けてやれ」
「え? あ、ああ……いや、ああ」
 不可解そうに頷きながら膝を使って寄ってきた清次が、動きを止めた男の上腕に外から手を置き、どうする、と男に問うた。男は清次の肩に額を預け、助けてくれ、と答えた。そのやり取りの妙な場違いさのため京一はつかの間呆気に取られたが、清次が男の顔を上げさせて唇を重ねると、男の尻が離れていきかけたので、反射的に腰を浮かせた。男は清次の口の中で声を上げ、清次の首にしがみつくように体を前へ倒した。清次がその男の腰に腕を回し、引き上げては落としていく。これまでとは違う刺激が加わってきて、京一はしばらくその目新しさに浸り、馴染んできたところで、敢えてぞんざいなタイミングで腰を動かし、毛色の異なる快感を求めた。
「ん、ん、んん」
 男のこもった甘い声が、肉を打つ音と粘着質な音の上から響く。不意に兆しを感じ、京一は清次の動きに構わず男の中をえぐっていった。その京一の動きに、男を抱えた清次が合わせた。やがて清次の頭が男の首に下がり、男は顎を上げて、喘ぐ。
「あ、あ……やッ、……あ、あ、あ」
 男の背の筋肉が隆起し、汗が背骨を覆う赤く染まった肌を伝っていく。高く掠れた男の声は、扇情的な色を持って京一の耳へと滑り込む。重い予兆を感じながら、何の加減もなく京一は男を突き上げていた。
「はあッ、はっ、あ、あ、ああ……ッ」
 極まった声を上げた男は背をたわめ、びくびくと震えた。その余波を受け、ようやく京一は射精した。終えるまで男を離さず、男が力なく清次にもたれていったところで、己のものを抜き、ゴムを処理してから、押し倒されるように仰向けになっていた清次の上の、男の腕を取って体を引き上げる。そして互いに清次の伸びきった足をまたいだまま、こちらを向かせ、脇の下から入れた腕を背にまで回し、抱え上げた。
「ほら、清次のだぜ。お前の好きな」
 自失している男の下に位置させた、いまだ放出していない清次のものへ視線を落としながら、じっとりと囁いてやる。またこちらもどうやら射精に至っていないらしい男は、快楽に蕩けたような顔のまま京一を見、数拍置いてから下へと視線を落とした。再び京一を見てきた時、男は虚ろな目のままで、耳障りに呼吸をしながら、口元をわななかせるだけだった。ぞわりと、背骨を官能が走った。震えている男の唇を唇でふさいで、その口腔に溢れている液体を拭い取るように、こちらの唾液を塗り込むように舌を絡ませる。男の舌がうごめく感覚を味わったのち、京一は音を立てて口を離し、男の後頭部を右手で掴んで肩口に引き寄せると、男の肩越しに見下ろすことのできる、仰向けになった状態から少しも動かず口をあんぐり開けている清次へ、おい、と今度は冷静に声をかけた。
「こいつに入れてえか?」
「……あ、ああ」
「なら入れてやれ。自分じゃそれはできねえみてえだからな」
 その耳元で話しているというのに、男は何の反応も示さない。清次はいつまでも固まっていることはなかった。寝転がったままシーツの上を手でまさぐり、散乱していたゴムを怒張している自身につけると、その角度を調整しながら、京一が浮かせている男の尻へ手を当てた。
「そのままだ、そのまま、タケシ、腰落として……」
 熱に浮かされたような清次が言うと、男は京一の体から徐々にずり落ちていった。男の顎が上がり、肩から離れ、その額が京一の胸に当てられる。
「ふッ、……うう……」
 男の髪が皮膚を擦っていく感触に陶然としながら、京一は男の脇の下をくぐらせてその体を支えていた腕を、大きく下げた。自重で沈んだ男が、高い声を上げて仰け反る。
「あー……」
 締まりのない低い声が、下から響いてくる。二人が完全に結合したのだろうと察せられ、京一は後ろに倒れそうになっている男を引き寄せて、その動きのために呻いた男を、見下ろしてやった。
「動けよ。こいつが好きなんだろ? だったら気持ち良くしてやれ」
 男は泣きそうに顔をしかめていた。それでも京一の肩の上に腕を回し、これ以上落ちないように、あるいは反動をつけられるようにかすがってきているその体が、もぞりと動き、だがそこで止まる。京一の視線から隠れるように俯いた男の息は荒く、筋肉はそこかしこで痙攣している。京一は男を自分に頼らせたまま、その畳まれている膝の間に手をねじ込み、清次の大腿の上にまたがっている自分の足の上に、そうして無理やりすくい上げた下腿を乗せた。尻をより深く清次の腹につけた男が呻き、清次も呻く。腰をこちらに突き出した体勢になった男は、後ろに倒れないようにと、京一の首を抱える腕の筋肉を盛り上げている。その男の今にも弾けそうなものに、触れられてもいないうちに再び充血し出した自分の下腹部を擦りつけながら、京一は男のすねを脇に抱え、がくがくと揺さぶった。
「ッ、……はっ……あ、あ……」
 大きく動く体ほど、中をえぐられているようにも見えないが、男は刺激を堪えるように京一の首を引き寄せようとしてくる。京一はそこで男の足から手を外し、片方は背に回して、片方は顎にあてがい頬まで掴み、俯く顔を上げさせた。
「おい、ガキじゃねえんだからよ、自分で動け。俺よりいいんだろ、こいつの方が。初めての男だもんな」
 背けようとする男の顔を見据えたまま、首筋を指でなぞり、腰を押しつける。歪んでいる男の顔に、強烈な怯えと羞恥と快感が、混沌と浮かび上がっている。その目が京一を映す。様々な感情が奥深くに沈んだ目だった。そしてその唇が動き、須藤、と何かを望むように呼んできた時、京一は身震いするような興奮を感じ、開いた男の唇へと唇を寄せた。肉を触れ合わせ、じわじわと蹂躙していく。顎にあてがった手を喉へと、清次が撫でたであろうその肌へと滑らせる。鎖骨から胸へと掌を撫で下ろしながら、勃起した己のもので男のものを圧迫する。口付けの合間に苦しそうに息を継ぐ男が、鼻にかかった声をその前後に上げながら、やがて自ら腰を動かし始めた。京一はその体が崩れない程度に支えてやり、だがシーツにつけた曲げた足の筋肉を収縮させ、清次のものをその後ろで、自身の裏側は京一の肉で上下に摩擦している男の動きを、手助けすることはなかった。
「……ん、ん……ッ、はあっ……あ、……んんッ」
「う、お……あー……」
 口の中へと伝わってくる男の甘い声の底から、清次の堪えがたいような低い声が上がる。その背後に響き続ける粘液をかき回す湿った音。耳から脳へとノイズが伝わり、都合の良いものだけ感覚となって血液を沸騰させる。清次を咥え込み、快感を求めるように動く男が、まるでこちらまでを求めているように錯覚し出す。肋骨を撫でていた手で、男のものを自分のものとまとめて掴み上げ、絡まってくる男の舌の根からを吸い上げた。瞬間男の体がびくりと引きつり、
「うっ」
 二人の下で呻いた清次が、大きく数度体を震わせた。濁った液を下腹部から吐き出しながら、男も震えた。全身をわななかせた男が緊張を解くまで抱いていてやり、それから清次の上から引き起こし、その横へと倒した。ああ良かった、と上半身をのっそり起こしてゴムを抜いた清次が、陶酔感に目をつむったのを横目で見てから、体液にまみれた男を見下ろす。顎は上がり細められた目は天井へ、呼吸の度に胸が大きく上下するくらいで、手も足もだらしなくシーツの上に投げ出されている。京一は猛ったものの挿入準備を終えてから、弛緩している男の足を開き、その間に割り込んだ。そこでゆっくりと頭をもたげた男が、京一を見上げ、そして屹立している京一のものへ視線を落とすと、再び京一へと目を戻し、もどかしそうに首を振る。
「やめてくれ、もう、頼む……無理だ……」
 京一は男の足を開かせたまま、今にも煙草でも吸い出しそうに泰然と座り、目をつむっている横の清次へ、おい、とこの場に引きずり戻す声をかけた。
「無理だとよ。どうすんだ?」
「あ?」
「もう無理だって仰ってるが」
 目を開き振り向いてきた清次が、京一と男を交互に眺め、ああ、と何かを得心した風に頷いた。そして鈍重なようで的確に動き横から男に覆い被さると、その肩に手を滑らせつつ、男の顔を上から覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「……なわけが……あるか、この……」
 男が掠れきった声で低く言うが、清次は聞いているのかいないのか、でも、と男の頬を片手でうっそりとした風に撫でる。
「今までよりも良かっただろ、ありゃ」
「あんな……クソ、何を……」
「さっき俺とやった上であれだけだぜ、最高じゃねえか」
 言葉のみを切り取れば揶揄するようであったが、心底からの親愛に溢れた調子で清次は言っており、余計に男の意思は斟酌されていなかった。言葉は通じる。情も通じる。ただ、話が通じないのだ。その落胆と苛立ちはよほどのものだろう。男が当初に養い損ねた反発を取り戻すのも無理はない。だがやはり遅かった。閉じようとしているらしい足は、ほんの少しこちらが力を加えるだけで開いた状態を保つ。拒むなら、体力が存分にある時に済ませるべきだった。それをできなかった、しなかったこの男は、要するに清次に流されたのだ。その相手に、今更何を遠慮する必要があるだろうか。京一は理屈上で決断した。清次に喉を吸われ肌をまさぐられながら、苦しげに眉をひそめ、息を乱している男に、屈辱と快楽に堪えかねたような目を向けられ、なおも首を振られても、今更道義が入り込む余地はなかった。男が清次の肩に手指の爪を食い込ませているが、清次は構わず男の皮膚に音を立てて吸い付いている。その光景がひどく非現実的に感じられ、京一はひとまず初めに行ったように、呈されている男のただれていそうなそこへ一息に自身を埋めた。
「あ、あ、ああ……」
 低いままの男の声が、絶望的な色をもってあたりに響く。一瞬もためらわず、加減もせずに京一は激しく抽送していくが、清次の手によって男のものは昂ぶっていき、それに従い突き上げるたびに上がる男の声も高まった。男は清次の頭を掻き抱き、京一の腰に足を絡ませ、快楽を止めんとするように肉を締め付けてくる。だが必死を思わせる男の抵抗は、京一の欲を強く刺激するのみだった。懐かしい気配を感じながら、ひたすら腰を打ち付けていくと、息継ぎも滅茶苦茶に悶え出した男が、恥も外聞もなくしたような声で叫んだ。
「やだ、もう、やめ……、死ぬ…………ッ」
「死ぬ?」
「――ひッ、あ、うあ、あ……」
「死ぬわけねえだろ」
 そうして喘ぐ男を深く貫いたまま京一は、男の胸に顔を押し付けられている清次を越えて、真っ赤に腫れたその耳に唇を寄せ、笑いながら囁いてやった。
「俺がいくまではな」

 それから深く短いキスをしたのち横にして、恐ろしくもまた勃ち上がっていた清次のものを再び咥えさせながら、何度男が全身を跳ねさせても思うままに抜き差しを繰り返し、速やかに清次が達し、自由になった口から言葉にならぬ淫楽の声を上げ続けた男が、向き合って抱き締め直した体の中、失神したところで、丁度京一は二度目の射精を終えた。

 借りた風呂場でシャワーを浴びる。口をゆすぎ全身の滑りを熱湯で流すだけで、五分も経たずに上がった。服を着直し元の部屋に向かう。只中にいる時は気にならなかったが、家中にまで随分な匂いが広まっており、その部屋は特にひどかった。清次は京一を出迎えた時と同様に下半身にだけジャージを着ており、煙草を咥えてぼんやりベッドに腰かけていた。その奥に、毛布を被った塊が転がっている。鼻からの呼吸をやめた京一が中に踏み込み、毛布の下にいるはずの男の、床にあるその服の上に落としていたビデオテープを取ると、咥えた煙草を指に移した清次が、ようやく京一の気配に気づいたらしく向いてきた。
「あれ、帰るのか」
「当たり前だろ」、と腰を上げた清次へと、京一はうんざりしながらビデオテープを振った。「他に何の用事がある?」
 あ、そうか、と頷いた清次が目の前まで来て、わりい、と殊勝に謝った。
「時間取らせちまって……あれ、そういやあれ、えーと誰だ……あ、由香がどうしたんだっけ?」
 京一の手中のビデオテープを見て、たった今思い出したように清次は言った。京一は全身を支配する億劫さに抗わず、あいつはお前に惚れてんだよ、清次と、言った。煙草を口に咥えた清次が、は?、とぎょろりと目を剥く。
「お前に正式に紹介する前からだぜ。だからここのところのお前の様子を不審に思ったみてえでな、女の有無を探れと俺に頼んできやがった」
「はー……あいつが……あいつがねえ……よく分かんねえ奴だとは思ってたけど……」
 と、小難しい顔になって煙草を吸った清次は、
「けど俺、もう他の奴で勃つ自信もねえしなあ……」
 万感こもったように呟いた。その清次の、何かの実感はあれど、苦悩など一つもない様子を目の当たりに見てしまうと、この件にかかずらう自分こそが馬鹿馬鹿しく思え、深くため息を吐いた京一は、事態の収拾を決めることにした。
「おい、俺から由香には言っといてやるから、もうあいつとは連絡を取るな。それがお前のためにもあいつのためにも、俺のためにもいい」
 多分、そいつのためにもな、ベッドを目で示して京一が続けると、悪いな、と責任は感じているのか肩を落として清次が言った。
「何か色々手間かけさせちまってよ。そうかあ、あいつがなあ……そりゃ全然……でも俺、こいつ以外ってのは……」
「まあ、お前がはまるのも、分からねえでもねえよ」
 意気消沈した清次を放っておくにも情があり、進んで分かりたくもないが、と思いながらも京一が励ますようにしてやると、だろ?、と途端に清次は顔を明るくし、
「なあ、また今度やろうぜ」
 と、京一に懐かしい単純な後悔をもたらすことを、あっさり言ってのけた。マジでこいつは頭がわき始めたんじゃねえか、と真剣に考えながら、一応聞いておくけどな、と京一は尋ねた。
「それはついさっきのことを、またやろうってお誘いか?」
「今度は最初からよ。ああ、こいつとしたけりゃ俺に言ってくれよ。多分こいつも、京一とだったらいいんじゃねえかな」
 快楽に抗い切れずにはいたが、度々拒絶の声を上げていたあの男が、自分を受け入れてくる現実は、どうやっても京一には想像できなかった。だが清次にはできているらしい。今まで自分に追従してきていたこの男が、見知らぬ狂人にでもなったような不気味さを卒然感じ、京一はわずかに眉をひそめながら、それでも岩城清次という男と対する時の自分を心がけた。
「相変わらず平和な頭をしてるな、お前は」
 あ?、と吸った煙を吐き出しながら、意味を解せぬように歪めてくる顔は常と変わりなかったため、いや、と京一は話を変えた。
「そいつが起きた時、大丈夫か」
「何が」
「何がってな」
「え、ああ、あー何でもねえよ、いつものことだ」
 京一はつい顔を強張らせていた。どうも今日は、驚かされることが多い。
「……いつも?」
「始めちまうと俺、とことんやっちまうからよ。今日ほどってのは今までなかったけどな。いやあ、すごかった。どんなAVでもこんなにすげえこたねえだろうな、ホント。最高の誕生日だぜ」
 一人感心したような息を吐いた清次は、何を感じるべきかを選択しあぐねて二の句を継げずにいる京一を見、あ、じゃあまたな、と重い顔に似合わぬいつもの軽々しさを浮かべ、煙草を持った手を上げ、笑った。
「気ィつけて」
 浅く、ああ、と頷いて、ベッドの上の毛布に包まれている塊を一瞥し、似合わぬ爽やかさをまとっている清次の顔を最後に目に収めてから、京一はその場に背を向けた。

 外に出ると、凛とした空気が疲労の蓄積している体に染み入ってきて、常識的な感覚を呼び戻し、不意に京一はおののいた。あいつがあんな奴だったとは――そして、自分がああまでできる人間だったとは――。勝手に震え出す肉を押さえ、動かし、愛車に入ってともかくその場を抜け出した。らしくもない。驚きも後悔も、らしくもないことばかりだった。京一は舌打ちして、呼吸を一定に取り、妙に苦々しい唾を飲み下し、冷静に事態を考えた。清次に女はいなかった。だが、恋人はいる。この事実をいかに悟られぬよう、あの女に別れを薦めるかだ。いっそ近親相姦中だとでも言ってやればいいかもしれない。それだけのことをしていても、本来おかしくない男だったのだ。官能的な匂いを持つ若い女にも性的興味を持てないまでに、あの野郎に夢中になっているのだから。
 その清次の異常な誘いも、その場に居合わせてしまえばもう断れないだろう自分にめまいを感じながら、またはねえだろ、と京一は忌々しく思った。
(終)

(2007/03/01)
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