願い 3/3
はっきりしていることは、もういっぺん中里に会ってまだむらむらするようなら、あいつと寝る以外に俺にできることは何もないってこと。なぜなら俺にはDがある。勉強とかと違って、こういうことを頭から、というか体から追いやるのは絶対無理。だからもし中里と寝られたとしても、付き合うとかはできねえ。それは認められとかねえと。けど俺があいつを好きだってことが決定的になって、いざ抱こうとしても、大きな障害がある。あいつはロータリーエンジン搭載車を嫌っているから、多分俺のことも好きじゃない。まあでも、久々会って笑顔を見せるくらいなら、憎んでるってわけでもないだろう。三代後まで恨む、ってタイプでもなさそうだし。けど好いてくれてはいない相手を抱くってのは、イージーじゃねえな。女がいたら面倒でもある。しかもこれが最大、男同士。常識的に考えることが好きそうな律儀な奴には、問題だろう。俺にも問題がなくもないが、まあ好きになっちまったら、これはどうしようもないことだ。男だろうが女だろうが。けど、あいつは俺じゃねえし、俺もあいつじゃねえ。俺だって、まだ少し、っつーか大分自分が信じられない。今まで男とやりてえと思ったことがないのに、いきなりこれだ。でもまあ結局、好きになっちまったら、どうしようもねえんだよな。体験談。俺の。あいつのじゃねえ、から、イージーじゃねえんだ、やっぱ。
まあ一番はっきりしていることは、もういっぺんあいつと会わなけりゃ、何も始まらないってことだ。
ウソを言ったわけじゃないけど、他にうまい言い方あったかな、とは思った。アニキに対して。実際、あのブランドに力がありやがって、そこらじゅうに散らばってるせいで、俺があいつのことを完全に忘れられなかったってのはあるけど、アニキが本当に、何かのせいにしなきゃいられなかったのかってことは、冷静に考えてみると、どうだかなって感じ。せい、ってか、何の影響か、ってことだったのかな。いや、分かんねえ。走るための走りじゃねえ時は、こういうこと、考えちまう。車を足として使う時。ただ目的地まで走らせるだけ。もっと能力出してやりてえけど、車通りの多い公道じゃあ警察に睨まれるのがオチだ。飛ばせる場所までは、安全いたわり運転。これが一番気を遣うし、暇。で、余計なことを考えると。中里。秋名で会った時は、藤原とあいつのチームの誰かの話。交流戦の時は、バトル前とバトル後で、バトルの話。赤城レッドサンズの俺、高橋啓介と、妙義ナイトキッズの中里毅。それだけ。さっきはどうだ? プロジェクトDの高橋啓介と、妙義ナイトキッズの中里毅か。いや、走りのことは入ってきたけど、もっと個人的だった。近かった。一回遠くなったから、どれだけ近いかが、分かった。あいつが最初っからバトルしろとか言ってきやがったら、また別だったんだろうな。俺に負ける気はねえとか言ったけど、それも言われるには近すぎた。だとすると、これはやっぱり、星野好造のせいにしとくんだったか。あのおっさん、近づかせやがって。でも結局近づこうと決めたのは俺なわけだから、俺のせいか? いや、やっぱGT−Rのせいでいいだろ、スカイラインの。面倒くせえし。済んじまったことは、もうどうしようもねえんだ。
というようなことを考えているうちに、目的地までの距離は短くなって、到着する。クラッチつないでアクセル踏んでりゃ車は進むし、道に沿わせてりゃ走ってく。そりゃそうだ。妙義山にも着いて当然。さっきと同じ駐車場。そこに黒いGT−Rがあるのも、当然ってことにしとくか。これで諦めるっつー選択肢は、キレイサッパリ消え去った。お見事。
中里はRの傍、その中里の傍に一人、男がいた。さっきの二人とは違う、茶髪に長髪、体型は中里と同じくらいで、格好も赤城にいる奴らと変わりねえ感じ。駐車場には中里のRと、赤いホンダ、シビック。形的にEG−6か。その二台。で、ここにいるのは中里ともう一人の男。ってことはEG−6がその男の車ってことだ。妙義の赤いEG−6。そういや昨日、藤原が言ってたな。去年、ガムテープで右手縛ってバトルをやったとか。ワンハンドステアのぶっ飛び具合についての話だった。あんなの普通はできねえっつー流れで、藤原が言った。妙義の赤いEG−6。あ、そうか、あの時俺、妙義って言葉に反応しちまったんだ。アニキ、気付いてたに違いねえ。藤原、やっぱ俺、お前がちょっと恨めしい。
「マジに来たな」
FDを近くにとめて、おりて三歩、茶髪が中里に、うさんくさそうに言うのはばっちり聞こえた。だってすぐそこだし。
「こいつと二人で話してえんだけど」
俺は中里よりも先に、その茶髪に声をかけた。こいつがいなくなりゃ、中里だけを見てられる。そいつは俺が中里をさしてる指をゴミでも見るような感じで見て、そのまま俺を見た。
「どうぞ。俺はもう帰るからな」
嫌そうに見られることはよくあるけど、ゴミみてえに見られることはそうそうない。珍しい。面白くはねえけど。
「シンゴ」
「またな、毅」
中里が慌ててそいつに声かけて、けどそいつは手をひらひらさせながら、余裕たっぷりって感じにEG−6に歩いて行った。あれがもし、俺のこと嫌ってんなら、中里放ってあんなに簡単に退場はしねえよな。でもあれ、俺のことは確実に、下に見てやがった。こいつの、中里の周りって、ああいう奴しかいねえのか。これ、普通の奴だと近づけねえだろ、こいつに。それだけ愛されてんのか? こいつが? 意外っつーか妥当っつーか、もう手えつけられてたりしねえよな。
「高橋、お前」
まだ慌ててる感じで、中里は俺に声をかけてくる。「ちょっと待て」、と俺は言った。あのEG−6がいなくなってくれねえと、気分が落ち着かない。俺のそんな希望を知ってか知らずか、EG−6は速やかに駐車場から消えてくれた。ありゃ分かってるな。だからそんなに俺は分かりやすいのかって、とうんざりしつつ中里に向き直ったけど、多分、こいつは分かってねえんだ。どん詰まりは続く。
「お前、俺にまだ、何か用なのか?」
顔をしかめながら、中里が言ってくる。これはこいつ、困ってるな。ものすげえ困ってる。百パーセント困ってる。くせに、それを見せねえようにと努力をしている。普通だったらバカにしてやるんだけど、何だこれ。何だも何もねえか。かわいいんだ。俺の考え分かんねえけど、また来るって言われたし、一応待った方がいいかって感じで待っといて、でもやっぱり俺の考え分かんねえから、困ってて、それを見せたくねえから、しかめツラでつくろおうとしてる。バカだ。バカにかわいい。もう俺は、こういうこいつが好きってことだな。脳ミソやばい。丸洗いしても直らねえだろ、これ。お手上げだ。ってことは、今すぐこいつとやれねえと、俺は一生どん詰まり。で、俺はどん詰まりでいるわけにはいかない。さて、アニキ風に言ってみよう。コレラノゼンテーカラミチビキダサレルコタエハ?
「ああ、まだ用だ」
「何だ。バトルか」
「それは全然関係ねえよ」
「全然か」
「全然。俺、お前のことが好きなんだ」
これをまず言っとかねえと始まらないことを、俺はこいつに仕掛けなきゃなんねえ。それが答え。
「……はあ?」
中里の顔は、わけが分からねえって具合にひどくゆがむ。本当ならもっとゆっくりじっくり攻めていきたいところだけど、これは時間との勝負になる。俺がどれだけ早く、集中して走りに戻れるかどうかだ。つまり、俺がどれだけ早く、このむらむらを晴らせるかってこと。なら理屈はさっさと終わらせとかなきゃ、時間がもったいねえ。
「お前のことが好きで、お前とキスがしたい。お前を抱きたい。だから抱かせてくれ。頼む」
「……何だって?」
「だから俺、お前とやりてえんだよ。セックス」
「…………な、何?」
「お前と寝たい。お前がかわいいから。だから頼むよ。させてくれ」
「……………………はああ?」
これだけ理解してくれねえと、アッパレっつーか、どうしよう。もっと頭働く奴だと思ってたんだけど。俺の話は聞いてるよな。現実理解できてねえだけか。そんな顔してるもんな。まずこれを現実のこととして受け止めてもらわないと、どうしようもないので、固まってる中里に、キスをする。軽く触るだけ。いい感触。で、離れても、中里は固まったままであると。ホント、何だこれ。このままさらっちまえってことか?
「おい、俺の話聞いてるか?」
「……あ、ああ」
声は返ってくる。目も俺を見てる。多分。意識はこっちにあるってわけだ。
「じゃあ、俺の頼んでることも、分かるよな」
「分からねえ」
それは即答かよ。どこが分かんねえって。
「全部。分からねえ」
「頭大丈夫か、お前」
「そりゃ、お前、こっちのセリフだ。何だ。お前、言ってること、おかしいぞ、高橋。おかしい。おかしすぎる」
中里はおかしいおかしいと繰り返す。こいつに理解を求めるのが間違ってるんだろうか。どうしよう。おかしくても何でもいいから、とりあえず分かってもらわなきゃいけない。
「あのな、中里。お前が俺の頼みを受けてくれないと、俺は大変なことになる。絶望的だ。だから頼んでるんだぜ、抱かせてくれって。それは、分かってくれ」
固まったままの顔が、しかめツラに戻る。お、ちょっとこっちに寄ってきたか。
「……脅迫じゃねえか、そりゃ」
「お願いだ」
「脅迫だ。俺がそれ、受けねえと、大変なことになるって」
「いや、俺が大変なことになっても、お前にゃ関係ねえだろ。だから脅迫じゃねえよ。お願い」
「俺のせいで、お前に大変なことになられちゃ、後味悪いじゃねえか。十分脅迫だ」
ニガニガしい感じに中里が言う。流れ的にこれ、俺が大変なことになったら後味が悪いから、やらざるをえない、って感じだよな。普通、後味悪かろうが、嫌いな相手ならザマアミロで終わりだろ。抱かれてなんてやらねえって。でも中里はそれを気にしてる。後味の悪さ。俺が関係ねえっつってんのに、中里は関係あると思いたがってる。普通じゃねえ。というか、何だ。脈アリだ。違うか? 違わねえだろ。問題ねえじゃん。ここが押し時だ。
「お前がそう言うなら、脅迫でも何でもいいけどよ、中里。だったら俺とセックスしてくれるのか」
何でもいいってことはねえだろ、と呟いた中里は、俺がじっと見ていると、あごを手でなでつつ、すんげえ嫌そうに言ってきた。
「……しねえと、大変なことになるんだろ?」
「最低、お前のこと以外何も考えられなくなる」
俺は言った。何かこういう曲、あったよな。実際そうだ。頭がこいつでいっぱいになる。他のことが入る余裕がなくなっちまう。Dにシショーが出る。それはこいつも想像がつくんだろう。脈アリとかじゃなくて、そっちを無視できねえのかな。まあでも、本気で嫌ならやっぱ、まず怒って殴るだろ。カマ掘らせろなんて。中里は怒っているわけではなさそうだ。殴りかかってきそうな気配もない。ひたすら困ってる。困ってて、救いを求めるみたいに俺を見てくる。
「なあ高橋、何で……お前が俺なんだ?」
ようやくそこかよ、俺は最初から引っかかったぞ。だから答えはもう出てる。嫌になるほど簡単なことだ。お前がかわいいから。そう言うと、中里はとんでもねえくらい顔をゆがめまくった。
「し、信じられるか、そんなこと」
「お前が信じられなくても、俺は信じられる。俺のことだからな」
だから、この話は置いとこうぜ。俺はお前じゃねえし、お前は俺じゃねえんだ、中里。というわけで。
「あと五数えるうちに嫌だって言わないと、俺の頼みを受けたってことにするぜ。時間もったいねえし」
どうせだから、脅迫っぽくなるように、顔を寄せて、上から言ってやる。中里は俺が顔を寄せた分だけ首を引いて、コイみてえに口ぱくぱくさせて、すっげえ泡食い出した。脅迫脅迫言うからされるのも慣れてるかと思ったら、そうでもねえのか。まあいい、カウント開始。五、四、三、二、一。はい終了。
「いいよな」
一応確認。中里は相変わらず泡食った感じで、目を泳がせながら、それでも結局、分かった、とうなずいた。このスムーズさは普通、脈アリとしか考えられねえって。まあこいつのことだから意地とか何とか、こいつだけのことなんだろうけど。本当のところは分かってねえ。だがしかし、やれるなら今、他に言うべきこともない。こっからが俺の本領ってやつ。
行き先は中里の部屋。あいつが強く主張したからだ。金かけたくねえとか言ってたけど、ラブホとか、やるための場所が嫌なんだろうな。家でやる方がコンセキ残るだろうけど、そりゃいいのか。とか何とかを考える移動時間再び。前を走るGT−Rは酒酔い運転してるみてえな不安定さ。それでもGT−RはGT−Rってあたりがヤラシイな。でも初心者マークはつけといてほしい感じ。動揺しすぎじゃねえの。俺がイキナリすぎたのか。例えば、俺があいつだったら? あいつが久々いきなり赤城に来て、ちょっと話して、また来るっつって、また来て、好きだやらせろと言ってくると。うっわ、わけ分かんねえ。今ならカモネギだって思えるけど、何もなかったら、何だそりゃ、って感じだな。引く。日本の裏まで引くんじゃねえか。引かなかった中里は偉い方だろう。それとも脈アリでいいんだろうか。だから赤信号の前で急ブレーキかけるようなバカをやってるとか? 夢が現実になるんだ。俺に抱かれるっていう。そりゃドキドキするよな。いい理由だ。ぞくぞくする。ただ欠点がある。リアリティがゼロ。あいつ、そういうタイプじゃねえよなあ。っつーか抱かれるなんて考えたことねえだろ。でも実は考えたことあるどころか、経験済みだったりして。あの理解ゼロさでそれか。ねえよなあ。俺も考えたことはないし。考えると、ぞっとするな。あいつが相手だと思えば……いや、ケツは大事にしねえと。ちゃんとシートに座れそうにねえ。あいつもそうか。マジでいいのか? やっちまったら走りにくいだろ。まあ、よくなくても、俺はやるしかねえんだけど。あいつはちゃんと考えてるのか? これ、今になって考えてるから、ウインカー出さねえで曲がったりする、ってのが、一番納得できる理由かな。っつーか中里さん、大丈夫かよ。
まあ、そんなある意味スリリングな走りも、事故にはあわずに終えることができた。奇跡的。生きてるって素晴らしい、そんな感じ。駐車場はアスファルト。俺がFDから降りた時にはもう、中里が傍まで来てた。電灯がまばらだから、はっきりとは顔が見えないけど、まだ困ってるのははっきり分かる。行こうぜ、と俺が言うと、ああ、と言いつつ、動こうとしないで、俺をそっと見てきた。
「高橋、ドッキリってんなら今のうちに言ってくれれば何も俺は……」
「俺は本気だ」
声を大きくして、言い切る。中里は不快そうに顔をゆがめて、歩き出しながら、分かった、と言った。でも俺は見逃さなかった。一瞬、泣きそうな感じになったこいつの顔。困り果ててる。受けちまったけど、女がいるとかか? 好きな奴がいるとか。まあ、そりゃ、それでも受けたお前が悪い。でもこうしてちゃんと家まで招いてくれたんだから、せめて後で始末は手伝ってやろう。しっかし狭い家。玄関開けたらベッドが丸見えってどうよ。金ねえのかな。節約ライフか。ベッドも年季入ってる感じ。スプリングギシギシいいすぎ。俺、そんな重くねえんだけど。
「からかってんじゃねえのかよ」
「お前からかうような暇が、俺にあると思うのか」
中里は、人の家に上がりかねてるみてえに玄関のあたりで立ち止まってる。立ち尽くしてるって言った方がいいか。何で客の俺が先にベッドに座ってんだよ。大体からかうために好きだとかヤりてえとか言うって、お前俺をどういう人間だと思ってんだ、中里。
「……そりゃ、ねえだろうが、しかし、そんな、お前が俺を……」
まだうだうだ言ってきそうな予感がする。受けたんだったら男らしくシャワー浴びに行くなり裸になって横になるなりしてみろっての。まあでも、こういう風にうだうだされる方が、やり甲斐はあるかもしれない。でもされすぎても興ざめだ。俺は一旦立って、中里に歩いてく。五歩もねえ距離。中里はぎょっとして、足を引こうとした。引かれる前に、腰に手を回して、あごに手をかけて、とりあえずキス。唇合わせるだけじゃない。舌入れても拒まないのは、何だかんだ、そういうことだよな。どういうことかって、俺を受け入れる気はあるってこと。腰に回した手を、背中に上げてく。ゆっくりさする。中里は、俺のシャツの裾を掴んでる。押しのけようとはしない。舌を絡ませると少しだけだけどノってくる。俺の腕の中で中里は、おぼれてるみてえ。思う存分味わって、唇離したら、ぜえぜえ息をし出した。顔は赤い。目がうるんでる。キス一つでこんなもんか。経験少なそう。それとも俺のテクニックがすげえのか。いや普通だろ。まさかこいつ、童貞ってこたねえよな。まあそれでも別にいいんだけど、俺は。
「た……高橋」
「これでも、からかってると思うか」
「や、やりてえなら、さっさとやりゃいいじゃねえか、なのに……」
強気なお言葉。でも、顔真っ赤にしたままうるませた目を逸らして言うことじゃない。声も弱々しいし。俺、こういう風に無駄に怯えられるのとか、うぜえとしか思えなかったんだよな。でも今、すっげえかわいく思える。俺の頭割ってみたら、多分脳ミソかなりピンクになってるだろう。あれ、脳ミソって元々ピンクか? アニキに聞いてみねえと分かんねえか。そりゃまた今度。今は、こいつをもっと、違う風に怯えさせたい。
「これもセックスの一つだろ」
耳に声を吹き込むだけで、中里はオオゲサにビクっとする。オオゲサだけど本当だろう。慣れてねえんだ、多分。分かりやすい。
「な、何言って……」
「でもお前、そう言うってことは、やってくれってことだよな」
ついでに耳を舐めてやると、もっとビクビクする。おもしれえ。慌てたみたいに中里は言う。
「そ、そんなわけがお前、あるか」
「俺からすりゃ、全然アリ。むしろ大歓迎」
だから、遠慮なくやらせていただきます。とささやいてから、中里の襟首掴んでベッドに引きずって、ぶん投げた。重かったけどまあ、勢いつきゃ人間なんて簡単にすっ飛んでくもんだ。中里はオオゲサな声上げて、ベッドのスプリングまでオオゲサに鳴った。俺はその上から覆いかぶさって、余計な布団床に落としつつ、もっかいキス。苦しそうに、中里が鼻にかかった声を出す。腰にくる声。これ、全然アリ。普通にやれる。何つーか、自信があるとかじゃなくて、普通。こいつとやることが普通にしか思えねえ。シャツの中に手を入れて、ごわごわする平らな胸撫でるのも、普通だ。胸ないのに違和感ねえっつーとちょっとうそだけど。
「ん……、あっ……」
キスの合間、中里は声を漏らす。いい声だ。柔らかい唇。他の部分が少しざらざらするのは目をつむろう。新鮮っちゃあ新鮮だ。でもいつまでもキスだけってのもサービスがないから、一度離れて、シャツを脱がせてやる。これでもまだ抵抗するならスピード上げようかと思ってたけど、中里は自分からシャツの袖を抜いていった。やっと諦めたか。
「にやにやしてんじゃねえよ、クソ」
思いきり嫌そうに中里は睨んでくる。へえ。
「にやにやしてるか?」
「あ?」
「じゃあ、俺、楽しいんだよ。どうせだから、お前も楽しめ、中里」
「た、楽しめるか、こんなこと」
どもりっぱなしの中里の、服の下の肌は、意外に白い。毛は思ったより濃くねえけど、女と比べたら、まあ比べるなって感じ。もむ胸は触った通りにない。筋肉が少しあるだけ。上から見ると、意外に腰が細いのが分かる。色気ってやつ。何も言わないで、観察に集中した俺を、中里は不安そうな顔で、見上げてくる。俺は今度はちゃんと、俺の考えで、笑ってやった。不安紛らわせてやろうとか、その中里の様子がおかしかったとか、そんな特別な意味はない。ただ、楽しいってこと、そのまんま出してみた。でもまあ、中里は顔の筋肉少しゆるめたみたいだから、俺の笑顔も捨てたもんじゃねえな。
俺もシャツを脱いで、下の前だけ緩めて、また中里に覆いかぶさる。今度は額にキスをして、こめかみから耳に。汗とかガスの匂いがきつい。クセになりそう。洗い流すのはもったいない。いい流れだ。上腕は外から手でさすっとく。逃げたくならないように、優しく。耳を舌でつついたり舐めたりしてやると、キスしてた時と同じくらい、中里の息が荒くなっていく。声も出てくる。感度良好。これ、他の奴にからかわれるだろ、絶対。汗の浮き始めてる顔を見てやったまま、耳から首、肩に舌すべらせながら、そんなことを考えた。ナイトキッズの奴らとか。あいつら、こいつの傍にずっといるんだよな。俺みたいな気になった奴、いないんだろうか。いねえか。普通。あのチームって普通か? 分かんねえ。俺が普通のつもりで普通じゃなかったんだから、普通じゃねえ奴がいても普通っつーか、もう普通が分かんねえな、これじゃ。まあでもこいつの顔見ながら乳首舐めてやんのが楽しいって、普通じゃねえか。歯を立てると何か言いたそうにこっちを見てきて、すぐ顔を逸らす。乳首でこれだろ。手を下の方に伸ばしたくなってくるのも無理はない。と思う。好奇心ってやつ。
「お、おい」
何かそこにあったんで腹の肋骨噛みながらジーンズ脱がせてやろうとしたら、中里は顔を上げてきた。焦ってる顔。さっきから似たようなツラばっか。慌てるだけが芸じゃねえだろ。それはそれで楽しいけど。腹筋に力入ってんのが分かる位置から俺は離れる。足から下抜くのにそんな近くでやってらんねえし。スカート履いててくれって感じ。直で。パンツも脱がしやすいのを。女装趣味かよ。でもやるんならそっちの方が親切だよな。スカート履いたままなら、丸裸で恥ずかしがって膝閉じちまうこともねえだろうし。
「なあ、もっと協力的にしようって気にならねえか?」
隣り合ってる膝を両方交互に叩きながら言ってやる。見えてるもんは見えてるんだぜ。ここまできたらむしろ覚悟を決めるべきだろう、普通。
「……協力的だろ、十分」
「ここ開いてくれたら、十分だ」
もっぺん膝を叩く。恨めしそうに中里は俺を見る。峠で見る顔。さっきキスであんなに息切らせてたのはどこのどいつだよ。中途半端に流れに乗る奴だな、おい。期待させやがって。恨みをこめて俺は中里を見返す。俺の視線に負けたのか自分に負けたのか、中里はまた顔を逸らして、足を開いた。半端に。まあ一回開いたもんなら開けるのに苦労はしない。っつーかあれか、最初から裸ならいいのか。触り放題だし。萎えてるものも。そんなでかくはねえな。でも剥けてる。女に引かれる感じのものではない。もっとこう、エキセントリックなやつ期待してたんだけどな。中里だし。このくらいの大きさで柔らかさだと、咥えてもいいかと思えてくるから、困るな。やられたことはあるけど、やったことはねえし。下手したら噛みちぎっちまいそうで、俺が怖い。硬くないから尚更だ。
「ちょ、おい、高橋!」
すぐに腰が引かれそうになって、俺は太ももに腕回して捕まえた。一旦口からは出して、中里に言ってやる。
「話しかけるなよ。俺の口の中が血だらけになる確率が高くなるぞ。ついでにお前のこれも」
「俺がついでかよ! いや、いい、そんなことは……いや、というか、お前、せめて、色々と洗ってから……」
「そういうことは最初に言え、もう遅い。っつーかマジで黙ってろよ。俺さすがにフェラチオはしたことねえから、はっきり言ってそんな自信がないんだ」
「じゃあやるな!」
「嫌だ」
「嫌って、普通そっちの方が嫌じゃねえか、おい」
こいつに理解を求めることは後回しにした方がいいんだと、俺もさっき学んだので、何かぐだぐだ言われてたけど、気にせず作業に集中した。作業。操作かな。車と似たような感じ。強くしたり弱くしたり、続けたりやめたり、優しく時に激しく、レスポンス一つ一つ確かめながら確かな部分を極めていく。勘と経験。フェラチオとドライビング一緒にすんのもどうよって感じではあるけど。っつーか疲れる。そりゃ金がなけりゃやってらんねえな。あと愛。反応の加減がダイレクトに伝わってくんのは面白いし、震える中里見るのは楽しい。愛か。俺に愛はあんのか? こいつに対する? で、愛って何だ。愛。フェラチオできるかどうかってことか。だったらこいつにはなさそうだな。ならこいつには何がある。勃ってんのも信じられなさそうだし。顔見りゃ分かる。顔、ずっと見てるから。っつーかこれ勃たせて俺はどうすんだ? イかせちまうか? イかせられんの? 初体験で。まあでも確実に勃ってるもんな、こいつのは。口入れてんのもいい加減辛いくらい。実は見込みアリか、俺。アニキにやってもできんのかな。うわ、ちょっとコワイ想像した。愛はあるんだけど、金プラスされてもやりたくねえ、それは。
「た、高橋……」
だから話しかけてくるなって。コツ掴めてきたけどまだ経験不足が自分で分かるくらいだ。これはもうちょっとやってたい。自分との戦い。と、いう風に集中してたから、中里がどれだけまあ、キてたのかは俺としたことが、っていうか俺がそんなこと極めてるわけねえだろって感じで、分からなかったわけで、そりゃ息づかいとか声とかでそろそろやばいのかとかは思ったけど、いきなり発射されるとは思わなかった。うん。俺としたことが。いや、予想はした。口で。手でも。けどこればかりは経験がないと、いつかってのは見極めにくいもので。自分の手でこくのと人のやるのとじゃあな。これがあれだ、自分と他人は違うってやつだ。常識の再確認。しつつ、口に出されたものを手に吐き出してみる。中里の精液。
「あ、いや……」
俺の口で射精してくれた中里は、襲われてるみてえなカワイソーな顔になって、おたおたしてる。襲うんだったら俺がここでこいつのこれを尻に入れて腰を振るのがAVだろうけど、AVじゃねえし、っていうか俺自分のケツは開きたくねえし。でも普通は人のより自分の方が抵抗少ねえのかな。しかし何だ、丁度俺の手にはねばねばするもんがあって、目の前には中里のケツがあるんだから、タイミングだ、タイミング。
「初めてにしちゃうまかっただろ、俺も」
穴の周り指で触りながら言ってやる。俺は笑ってる。中里は笑っていない。っていうかもうそろ腰引くのやめてくんね? 押さえてんのも疲れんだけど。
「そ、それは、その……そ、それよりお前、そこは、そんな、そういうところじゃねえ」
「どういうところだ」
「いや、だから……」
中里は口ごもる。ここ以外で入れる場所ってあるのかよ。口か。でももう指入れちまったしな。やめろって言われても困る。お前が抜かさねえんだろって。動かせないわけじゃないけど、きつい。俺は女にされたことがある。指入れられるだけ。何事も経験だ。確かこの辺押さえときゃくるんだよな。あの時は出したばっかだってのにすぐ勃たされた。あとは勝手に一人で楽しんでくれた。その時の教訓一つ。思いやりはあった方がいい。どんなセックスでも。思いやりを持ちつつ指を動かしてやる。すると中里も声を出す。まあこれは運が良かっただけだけど。入ったところがぴったりだったっつーか。
「あ、や……」
「いいだろ?」
言葉で確かめるまでもない。ここはいいんだよ。中里は信じられなさそうに目と口を開いて自分の股間を見つめてる。変態だ。でもこれは見たくもなるか。面白いほど勃ってくもんな。俺があんだけ努力しても結構時間かかったのに。しかもこれ出したばっかなのに。あーひでえ。俺の口の疲れをどうしてくれる。何かむかつくので、緩まってきた穴の中で指を動かす。入れちまえばなんてことはない。動かすのもそうだし、別に抵抗もなくなる。思いやり? それはいつでも心の中。の脇。の端あたり。に置いてあるから大丈夫だ。多分。
「な、何……」
なあ、お前は物事を信じるってことを知らねえのか、中里。無条件に何でも信じるようなイメージあったんだけど。変なツボでも買っちまってそうな。違うか? でもお前、パーツとかもすすめられると簡単に欲しくなるだろ。そうだろ。分かりやすいんだよ、お前はさ。隠したって意味ねえっての。それで、お前のケツの穴が俺の指を二本咥えてくれてるのも事実だし、お前のドノーマルのがカチコチのまんまでいてくれてんのも事実だし、俺がもうお前に突っ込みたいって思ってんのも事実だから、そろそろ、さっきシャツ脱いだおとなしさを取り戻してくれねえかな。俺が、これやんなきゃお前のことしか考えられなくなるってこと、お前が同情して、こうしてくれてるんでもいいからさ。
「セックスしてんだぜ、俺とお前は」
そんなこと喋っていると、中里の体が少し、緩んだような気がした。緊張がちょっと和らいだ、みたいな。穴にも三本入るようになって、動かしても、ものすごいきついってことはない。俺のカンペキなやつを入れるのはやばそうだけど。だけど、まあ、こいつもこうして足開いたまま腰上げてくれてるし、努力はしてみてもいいだろう。ごほうびだ。ホント、俺にしちゃ我慢した方。パンツ濡れちまってるし。明日履きたくねえな。とりあえず、中里の中から指抜いて、俺もようやく下を脱ぐ。ゆっくりと。見せつけるように。っつーか汚さないように。今更だけど。あとはケツをしっかり出させて、入れるだけ。中里は、目を閉じて、眉間にシワ作ってる。硬い顔。
「中里」
呼べば、目を開いて俺を見てくるくらいには素直。
「俺はお前が好きなんだよ」
って言っても、疑ってるような顔をして、
「だから、してえなら、さっさとやれっつってんじゃねえか、俺は」
って言い返してくるくらいには反抗的。飽きねえ奴。
「さっきは色々洗ってからとか言ってたくせに」
「うるせえ、クソ、お前、こんな格好、俺がお前の前でしたいとでも思ってるのか!」
「なら何でしてんだよ」
本気の疑問。俺がさせてるから? したくねえのに俺がさせたらそのままするのか。脅迫したからか? そりゃ悪かった。でも俺としちゃあれはお願いだ。中里は黙る。答えてもらえないままじっとしてるのもつまんねえから、足もっと上げさせて、入れてみる。ぐいっと。まだちょっと抵抗されたけど、気になるほどでもない。少しでも入ればこっちのもんだ。
「……っ、うう……」
それだけでも、中里は苦しそうにあえぐ。俺も地味に苦しいんだけど、地味すぎるから苦しむのもやめとく。動かせないほどじゃないし。っていうかすげえイイし。気持ちいいっつーか、何かすげえ満足。先っぽだけでも。って思うとマヌケだけど。
「俺が脅したから、お前、こんなことしてんのか」
一気に押し込むとこっちがきついんで、休憩がてら、また聞いてみる。中里は、一回閉じた目をまた開いて、俺を見る。汗だらだら。赤い。涙出てる。マジでイイ顔するな、こいつは。
「分かんねえよ、そんなこと」
投げやりっぽい、泣きそうな声、泣きそうな顔。それ俺に見せてるって、そりゃ分かってんのか?
「じゃあ、お前、どんな格好してえんだ、俺の前で」
じわじわ進めてったら、半分は入った。その場で軽く引いて押してみる。動く。今んところはこれくらいにしとくか。拒否はそんなにされてねえし。まだ硬いけど。
「俺は……」
「何?」
「普通に、できりゃあ、それで……」
そこまで言って、中里はのけぞった。何つーかこう、風が鳴ったみてえな、鳥が鳴いたみてえな声上げて。オオゲサに。でもこいつは普通がオオゲサだ。普通。普通が一番か。つまり、普通にしちまえばいいってこと。それでいいだろ。マジでこれ、我慢した方だぜ、俺。似合わねえことしちまった。反動がきつい。中里の腰、きっちり押さえて、がっちり入れる。あとはもうどうにでもなれってな。分かんねえんだろ? 実は俺も、まだよく分かんねえんだ。何で今、お前のことやってんのか。しかも何でこんなにお前見てんのもお前に入れてんのも気持ち良くて、笑いてえ感じになってて、お前のこと感じさせたいって思ってんのか。ま、でも、これが俺ってことで、それがお前ってことだ。中里。それでいいだろ。それに、こっからが俺の本領なんだ。だから中里、
「これも、普通にしてやるよ」
楽しもうぜ。
結構声も上げたし、お互い一回はイったから、地獄の時間ってわけではなかったと思う。楽しんだかは微妙。俺は楽しんだ。中里が楽しんだかは分からない。だから微妙。何回好きっつったって、中里が好きだと言い返してくることもなかった。そりゃ当然か。俺が好きでやったんだから。それに、こいつに好きだと言われても、俺は、嬉しいけど、困る。こいつのこと、今は幸せにはしてやれねえし。あ、やっぱ俺、逃げてるな。消極的に。何だかな。やっちまってもこんなもんか。むらむらは消えたけど。こいつのこと、抱きたくてもうどうしようもねえってほどでもなくなったし。一緒に風呂入ってたら、もう一回やってたかもしれねえけど。っつーかやろうとすりゃ今すぐもう一回できないわけでもないけど。ただ、すっげえしかめツラでベッドに座ってる中里に手を出すほど、俺も無神経ではない。ここでやったら絶交されそうだし。
「何だよ」
煙草吸いながら俺は中里を見ていて、そんなことを考えていて、中里はそんな俺を怪しむ感じで見ながら、そんなことを聞いてきた。何だって、でかい質問だなそれ。でかいことはしてない。考えてただけだ。
「ここでお前のこともう一回襲ったら、絶交されそうだなってな」
中里は、ロコツに嫌そうな顔をした。折角人が素直に言ってやったのに。その上、その嫌そうな顔のまま、こんなことを言ってきた。
「お前にしちゃ、無難な考えだぜ、そりゃ」
「俺、無難に見えねえかよ」
「やってること、無難じゃねえだろうが。あの時だって……」
何か言いかけて、中里は俺から顔を逸らして、舌打ちした。あの時?
「……交流戦の時だ。うちとお前らの。最後、お前、ありゃ、全然無難じゃねえよ」
言いづらそうにそう言って、また舌打ち。言ったの後悔してる顔。なら言うなって。それでも言っちまう正直さは、でも嫌いじゃない。走り屋として。
「無難にやって勝てるなら、俺だって無難にやってるぜ」
中里を見ながら俺は言った。中里は、何かヘンテコな顔してから、しかめツラに戻った。俺だって、そうさ、無茶が趣味ってわけじゃない。ただ、確実に勝てる方法、選んでいきたいだけだ。『あの時』なら、それが無難じゃなかったってだけ。無難に、させてもらえなかった、とも言えるのかもしれない。今ならそれは認められる。あの時はまあ、俺もガンガンいきすぎてた。それくらいは、こいつも分かっているはずだ。俺の気持ちは全然理解してねえみてえだし、相変わらずしかめツラだけど、走り屋としては、極端に鈍いってこたねえ奴、のはずだから。多分。けど、これだけしかめツラ続くってことは、いてえのかな。俺入れてる間にイかせられたから、激痛ってことはなさそうだけど、まあ肛門だしな。出すとこだしな。無理はそんなにききそうにない。それとも、気にかかることでもあるんだろうか。そういえば、困ってたか。忘れてた。始末、つけるんなら、つけさせねえと。
「お前、付き合ってる奴いるのか?」
俺としてはここぞってはっきりした質問だったんだが、中里はそうではなかったみたいで、かなり間を置いてから、答えた。
「いねえよ」
答えてくれただけいいだろう。付き合ってる奴はいない。ということは、
「じゃあ、好きな奴は」
「いねえよ。だから何だ」
イライラし出した感じで、睨んでくる。しかめツラを維持したまま。怖くはない。こいつになら、睨まれるのも、俺だけ見てるって感じがして、それもいい。そんなことを俺が思いながら見返してやってるおかげか、中里はすぐ俺から視線を外す。弱い奴。まだ怯えてるみたい。興ざめしそうでしない、ギリギリの線の上。そんな珍しいとこの気分味わわせてくれてるお礼に、質問にはちゃんと答えてやろう。
「いや、さっきお前かなり困ってたみてえだから、そういう奴がいるなら、後始末手伝ってやろうと思っててな」
「……はあ?」
これ、俺の言い方が悪いのか? 他の奴ならもっと、こいつの理解得られるんだろうか。
「まあ、いないんだったらいいよ。その方が俺も、気分がいい」
俺にはこれ以上は、無理だな。人間には、あれだ。向き不向きというものがある。相性も。体の相性は悪くないと思う、というか思いたい。けどこういう会話の相性は、それとは別だ。無理はすべきではない。うん。俺も学んでいるんだ、色々と。ところで、なら何でこいつはあれだけいちいちためらっていたのかと考えると、単にあれか、俺とやることに困ってたのか。単純だな。分かりやすい。しかもまあ、もっともだ。こいつが俺とやること堂々と引き受けるのがありえねえってこと。結論出た。これは終わり。
「……高橋」
で、煙草も吸い終わったし、帰ろうとすれば、帰れる。ここに泊まると多分、こいつのこと俺は引きずるし、こいつも俺を引きずるだろうし、お互いのベストは、俺が帰ることだ。そこで、俺を呼び止めるみたいに、中里は俺を呼んできた。俺を見ながら。しかめツラじゃなく、これしか見てねえって思えるほど見た、あの、俺のこと分からねえってことで、困っている顔で。またかよ。
「俺は……その、お前のことは……」
「中里」
さえぎったのは、こいつの言うこと全部聞けるだけの余裕が、俺にはないって、本能みてえに分かったから。こいつのこと全部取れるだけの余裕が、ない。それなのに、取っちまっても、腐らせるだけだ。それは、こいつにも悪い。というか、まず、俺がもたない。
「俺は、お前のこと好きだし、まだやりてえし、今後ともお付き合いヨロシクお願いしますって感じだし、っつーかお願いするし、それで、何回言っても言い足りねえくらい、お前のこと好きだけど」
俺は、中里を見た。中里も俺を見てた。困ってる顔っつーか、何言ってんだこいつって顔。ひでえ扱い。
「俺には、今、やらなきゃなんないことが、山ほどあるんだ。お前とは、関係のねえことが」
でも、そんな俺のことを疑いまくってるだろって感じでも、俺を見たまま、中里はうなずいた。
「ああ」
「だから、それ以上、言わないでくれよ。頼む」
俺は中里を見ている。中里は、何かもう微妙な顔になって、うつむいて、やってらんねえっつーため息をつく。人の前でそこまでヤサグレるんじゃねえよ、って思うけど、許してやろう。こいつのヤサグレてるのも、見ごたえはあるし、やらせてくれたし。ため息つき終わって、中里は口を変な感じにゆがめて、見上げるみたいに俺を見てきた。恨めしそうに。やってた時みたいに。
「お前の頼みは、脅迫だ」
相変わらずなことを言う奴だ。ここまできても、こいつは俺を誤解している。学ぶってことを知らないに違いない。
「お願いだ」
「俺にとっちゃな」
「お願いだって、だから」
「脅迫なんだよ、だから」
っていうか中里、お前俺の言うこと理解する気がねえんだろ? って俺は言いたかった。言いたかったんだけど、俺は何ていうか、もう、弱いんだよな。食らっちまうと。
「だから、断れねえんだ」
そういうこいつの、崩しどころがありすぎますっつー、全然おかしくねえだろって無理矢理な笑顔とかさ。俺の方が、降参してえ感じ。しないけど。
(終)
(2007/12/22)
トップへ 1 2 3